玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。

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音だけ機動戦士ZガンダムIII-星の鼓動は愛-

Gacktのまねをしてmp3にして、外出した時に聞いてたんだけど。
やっぱりいいねえ。
今回気付いたのは、かなり理詰めで作ってあるけど、理屈じゃなくて感情を作ってあるのが面白かった。
カミーユは戦いがストレスに成らないように演出したって富野は言ってるけど、やっぱり酷い目に遭って、大切な人が次々と死んでるのはファーストガンダムアムロと代わらない。
ただ、アムロはそこで次に求める物を見つけていってて、映画のカミーユは支えてくれる人に出会っていくって言う感じでしょうか?
上手く言えんが。
テレビのカミーユは死人に囚われてたかもしれん。
映画のカミーユは、死者を受け入れながらも生きる事に執念を持ってて素晴らしい。
あと、新訳カミーユ・ビダンは周りの状況をちゃんと分かって観察しているニュータイプだって書いたけど、それは冷静に観察して利用するるシロッコのようなニュータイプじゃなくって、カミーユは凄く感情的に、いろんな物を愛しているって言う感じです。
でも、テレビ版よりも全く違うって言う感じもしなくって、テレビ版の時に気取って演出していたのを判りやすくしたって言う感じもしたけど。
でも、分かりにくい所も在った。
今日分かったのは、パプティマス・シロッコカミーユが「貴方はいつも傍観者で人を弄ぶだけの人ではないですか」って言うのは、モビルスーツに乗って闘うシロッコには当てはまらないんじゃないか?と思っていたけど、
カミーユの主観から考えると、カミーユはレコアの離反とかサラがフォウのように利用されて死んでしまったところとかヤザンを引き込んでエマさんを殺させたとか、そういうことがニュータイプ的に理解できているので、それを総括して、「シロッコは人をもてあそんでいる」と評したんだよなあ。


んで、斉藤孝に富野が騙されて身体論に傾いて、教条的になっていると言う話題が大富野教スレに出ていたけど、トミノ自身はもともと体を鍛えるのが好きだったし、リーンの翼の原作も武道の話だしなあ。斎藤先生は三色ボールペンだけは便利だと、僕は思ってるけど。
まあいい。
んで、新訳Zガンダムのラストでカミーユがファを抱くのが身体論を理屈で演出してて分かり安すぎて嫌だという人が痛んだけど、それはそれで富野が身体論を最近唱えているという「情報」に引きずられすぎてはいないか?
そんなことでアニメがつまらんくなるのは面白くない。
僕としては、あのカミーユ
死んだ者の力を借りた後に、「やっぱり生身の女がいてくれて嬉しい」ってぬけぬけと言えるカミーユがスゴイという演出かなあって思った。
カミーユはスゴイ。すごい性欲。若い。
そんで、それがあるから、カミーユ個人が戦った後のご褒美をちゃんともらえた感じがしてよかったねーってなる。
ファは睫毛が長いし、かわいいし、巨乳だし、カミーユを頑張って追いかけていい子やなー。