玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。旧玖足手帖から記事・ブクマを引き継ぎました。


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スカイクロラを見ル俺(中二病の夢)

  • 見た弁明

夏は引きこもりたいのだが、映画館の近くに外出する機会があったので見た。ポニョは遠かった。それと、中二病をこじらせた万年思春期のオーソリティーの僕としては、スカイクロラの方が幼女より必要かな。と。
中二を嫌悪するのは、オレがだれよりも中二だからだっ!
俺に勝てる中2は今すぐ出てこい!俺の知り合いはスーパーハカー(死ぬ)だぞ!


あと、ここ数週間、というか本当の所はスカイ・クロラの企画を知った段階から、キルドレという設定の気持ち悪さがあまりにも頭に来たので、見もしないでボロクソに言っていたのだが、 僕の周りの人が見てたので、徐々に興味が出てきた。
んで、前日のkanabow氏のスカイクロラ感想http://d.hatena.ne.jp/kanabow/20080812
がなかなか情熱的で良かったので、見る事にした。
イノセンスがあまりにも僕の趣味に合わなかったので、(あまりにもガイノイドとセックスしたくなかったので(なぜなら、人形の球体関節部分に陰毛が挟まったらすごく痛くて泣いちゃいそうよ)あと、セックス人形の装甲がガンダニュウム*1でできてたので戦闘のレギュレーションが見えなかった)、押井守監督は余り好きではなくなった(士郎正宗先生の呑気さの方が呑気で好きだったし)のだが、kanabow氏は割と好きなので。

  • ネタバレ全部見てみた

で、割と皆みんなが「The Sky Crawlersはネタバレを極力見ないで見ろ!」っていうのですが、僕は映画を見るつもりがなかったので、全部読んでた。
いろんな見方があるなーって思った。
「期待値を下げて見ろ!」っていう人も居た。僕は元々ボロクソに嫌悪していたよ。
見始めたら僕はどんな見方をするかなーって微妙にニヤニヤしながら、脳内妹といっしょに見ました。



意外にも面白かったです。
キルドレとか押犬のことが好きに成ったよ。白目の増えたバセットはどうでもいいんだが。
まあ、知的生物が頑張って作った物が面白くないわけが無いのだ(笑)
おそらく、ボロクソに言う部分は見る前に出し切っていたので、頭の中で物凄く罵倒していたのに比べると実際はそれほど酷くなかったと。
割りと僕が物に好意を抱く時の第一印象はボロクソです。少女マンガ脳*2です。Gガンダム∀ガンダムゾイドも最初はボロクソでしたよ。ボロクソのまま忘却する物もありますが。
あと、疑問符がついた部分を自分なりに考えてから見れたので。
戦闘描写はkanabow氏のエントリーのおかげで、何が起こっているのか分かったので良かったです。安心できました。爆砕プロペラは視認できませんでしたが。
どれがどのように強いのかとか、そーいう序列がはっきりしてるのは少年漫画的に好き。アムロモビルスーツなしでもシャアよりアッシマーより強い。


あと、ミステリ部分とか、そういう構造の部分をネタバレで消化しておいたので、推理小説みたいな部分はスルーして演出に集中できた。あ、ここのセリフはこういう伏線だ、と分かったので、言葉の情報よりもイントネーションなどに集中できた。
いや、僕って謎解きとか苦手なんですよ。何が面白いのか全くわからん。シャーロック・ホームズもワトソンのホームズストーカー振り萌えだし。事件って方便だろ。情報を小出しにするのは単に一気に言うとくどく下品になるからって言うだけだと思う。別に誰が誰のコピーでも知ったことか。そんなに大した事か。
変なSFで考えた設定を投げっぱなしも悪いから、とりあえず説明する、と言う形を取る場合、記憶喪失の主人公にあれこれ教えるセリフを使うって言うのも技巧でしかないからなー。それ自体には意味はない。僕もよくやるし。
で、ネタバレで謎を知ってたので、謎を教えられたキャラクターのリアクションがどうかって言うことのほうに興味をフォーカスできました。結構良い演技だったと思う。絵も。


まー、こういうネタバレしまくった後に見るって言うのもかなり邪道かもしれないけど、僕は邪悪だし、たまにはいいか。
あと、見終わった後にいくつかググって感想を読んでみたけど、僕が読んでた周りのブロガーの人の感想が一番濃かったので、良かったと思いました。
公式サイトは七面どくさかったので見てなかった。膨大だ。めんどくせい。

  • グダちんの感想

割とみんなの言ってる部分で充分なので、僕が取り立てて書くこともない気がするけど。ちょっと他で見なかったことも思いついたので、それは仕方なく書く。
あと、ブログを巡回すると素人が「こっちの方がいいのに」っていう描き方がつまんなかったので、それは避けたい。俺もよくやるけどな!
いや、大抵の場合の「こっちの方がいい」っていうのはアイディアと言うよりは常識と個人経験の再現でしかないので、それは、この映画とは反するだろう。

  • 劇場の感想

グレンラガンは映らなかったけど、ひまだったら見たいけど、ヒマじゃないかもしれないけど、面白いかもしれない予告だったかなあ。エヴァ破に対する鉄腕銀鈴とかメイヴちゃんとかか。
MOVIX京都は混んでた。リバイバルの火垂るの墓を見に来てた人が多かった。(おはじきです)
スカイ・クロラの入りは7割と言った所。まあまあか。
シネコンは入場前に指定席なので、真ん中が込んでた。僕は中二をこじらせたサブカル少年なので、2列目の席を取ったが、前日に徹夜で目と頭が痛かったので誰も居ない3列目に勝手に座って、広広と寝そべって脳内妹を抱きながら見た。子供です。
コンディションが良かったら最前列でラピッド・アイ・ムービング視聴をする所だったけど。僕は子供だよ。
レディースデーだったので、キモヲタ用の中2病映画の割に女性がほとんどだった。ヘテロカップリングよりもシングルか女性同士カップルで来てる人が多かった。
こじらせた文化系女子?こぎれいだったけどね。
いや、カップルも居たけどな。オタクおっさんも。
終わった後で女の子カップルの会話の断片を聞いたら「せつないのう。せつないのう」って言ってた。
「切なくなんかないッ!」って言おうかと思ったけど、怖い人になるとカテジナさんが怖くなるので止めた。
ところで、切ないのが美しいって言う感情が僕は分からないんですけど。
実際に心身症になって心臓が痛むとうっとおしいだけなんすけど。
まあ、女性人気もそこそこあるんだな、と言う事ですね。


  • 映像と音について

あるものをあたりまえに書いただけって言う感じで、特に気にならず、流して見れて、すごいともなんとも思わなかったので、スゴイんだろうなと思う。
あと、寝てなくて半分目がかすんでいた上に、映像自体もかすんでいたので、馴染んだっぽい。
ひどい事を言うと、2D絵も3DCGも、もともと現実とは違う違和感バリバリの特撮なんで、どっちもどっちなのは当たり前・・・。
効果音がリアルでデカかったけど、実際はもっと耳が死ぬと思うんで、あんなもんだろ。エンジン音などは元を知らないし耳も悪いが、よく知ってらっしゃるkanabow氏が誉めてて、意味合いを教えてくれてたんで、まあ分かった。
芝居に伴う音も自然に聞こえて安心できた。それでいて、取捨選択はしているらしいのも偉いな。
雨の中で飛ぶとプロペラの輪っかに沿って雨粒が舞うのが好きだと思った。
話の筋とは関係ないイノセンスの粋がったお祭シーンは嫌いだったので、こういう意図せず発生してしまうあたりまえなものを普通に置くだけのための苦労は好きだな。
普通にあるものを、あると気付く感性は中々めんどくさい。切りがないし。
僕は映画なりを見るときは、体感娯楽するのでもなく、映像として見るのでもなく、窓枠からその世界を覗くというスタンスなので、こういう撮り方は結構好き。
爆散プロペラは普通に早かったので見えず。
床に落ちた窓枠の影の上をキルドレが通って影を落としたとき、窓枠の影がキルドレの影に中に映っているのは、キルドレは半分透けてるの?(笑)幽霊?(笑)
笑えないよ・・・。


声優サンは良かったと思いますよ。プレスコでないアフレコなんだが、セミ・リップシンクロ(シーンの重度によって使い分け)っていう感じで上手く乗ってた。無茶しやがって
声質がどうこうよりも、定着感があったので。あと、キルドレはフワフワ人生なので、フワフワ声は割といいのでは。
んで、アニメ馴れしていない声優の場合、声が低すぎ老けて聞こえる問題があるのだが、加瀬亮氏と菊地凛子氏を始め、地声よりも高く設定してあったので、ちゃんと意識が行き届いてると感心した。谷原章介氏の声がイケメンすぎて惚れた。
栗山千明氏は普通に気付かなかった。
竹中直人氏は地味で寡黙で、聞かせどころはブレスアドリヴというめんどくさすぎる役をこなしたと思う。エンドロールまで忘れてたけど。
押井監督が声優否定していたら悲しいと思ったけど、榊原良子氏とホウチュウさんとか麦人氏とか下野紘氏とか声優の中の声優が普通に出てたんで良い。
アンヌ隊員とか、広い分野&自分の信頼筋から引っ張ってきてるのは富野信者的にも好きな雰囲気。
僕が学生劇団時代に、「舞台とかドラマの経験のある人の方が上手いから、ジブリなど一流の映画にはアニメ声優より俳優が出るんじゃないか?」って言われた時は殺そうと思ったけど、今回は誰も殺さなくて良さそうです(笑)*3
英語が流暢というか普通に英語を使ってるが、子音省略とかが弱く、日本人に聞きやすい英語でよかったです。
まあ、日系企業と欧州企業の戦いなら日本語で通信した方が傍受されても理解されにくいのではとも思わんではないが。勝つことが目的じゃないからいいのか。

  • 押井の普通

 少々不謹慎なハナシだが、押井監督と街を歩いていると、突然立ち止まって、ボーッとあるところを眺めている事に気づくことがある。時に、移動中のJR中央線の車内だったり、新宿の高層ビルだったり。......


「何見てたンですか」

──と問うと、

「イヤ、あのビルに、こういう(身振り手振りで)角度からミサイルが突っ込んだらどうなるかな〜って思ってサ」

「............!」

 という具合だ。


http://sky.crawlers.jp/tsushin/blog/post-21.html

いや、普通やるだろ。この間東京に行った時も、地震かテロが起きたらどこを通るかという事ばかり考えていたし。
電車で田園を通る時は、怪獣がどういう角度で高圧線を切るか、高射砲をどこに展開するか、とか。
山に登ったら、モビルスーツ何機分かで高さを測るよね。ね。ビルの吹き抜けではどこからライフルで狙われて、どこが死角かということばかり考えてたし。普通やるよね。人とすれ違う時は周りに何か武器がないかを確認するよね。エレベーターで後に人がいる時は、眼鏡のレンズをバックミラーとして策敵するよね。簡単に神経症になるよね。

  • 電波の本論を始めます

ようやく・・・

ヒップヘビー(違)が飛ぶからな!
というだけではなく、世界観もそんな感じの印象を受けました。
原作は全く読んで無いし1回しか見てないので、完璧に憶測で書いて恥をかいてやるぜ。


いやね、大人たちの作ったショーとしての戦争って言うバトル・ロワイヤル設定はいくらなんでも食傷気味だし、ゲーム的な言い訳に過ぎなくて、そーいう子どもが死ぬのを楽しむゲームのルールを説明するようなエンターテインメント小説も多いんだけど、僕は嫌いだな。
とりあえず、エンターテインメントのための殺しをするための理由でしかない世界観設定って言うのは、その世界で生きている人に対して失礼だろ!人形の気持ちを考えろ!
子どもに戦わせるんなら、ニュータイプとか引きこもりゲーマーとか第六文明人とかドラマを破壊しかねない理由をつけるのが、せめてもの礼儀。そして、ドラマに対する破壊力をもってドラマを構築するのが技。
っていうか、普通のメンタリティーをもつ人類世界なら、ショーとしての戦争とか、バトルロワイアルなんて実現しないだろう、という以前に一般社会に対する得が全く感じられない。小説家の性質として、メディアの中の死をありがたがる大衆って言うモチーフはあるんでしょうけど。
費用対効果が現実的ではないのでは?
そう思っていたんで、それを僕の頭の中で何とか好意的にこじつけられないかということを考えて見た。
そうすると、スカイ・クロラ世界は近未来とか、モンロー主義をアメリカが貫いた程度で完全平和が実現した「ありえたかもしれない現代」というよりも、「かなりの遠未来」なんじゃねーの?と。
そう仮説したら、自分の中でキチガイ設定が許容できたので、良かった。


って、だって、ミサイルやジェット戦闘機くらい作るだろう普通。
だけど、決して相手を殲滅してはいけない戦争なので、技術レベルをセーブしてる。出来レース
液晶ディスプレーができるのに、わざわざタイプライターや有線を使うって言うのも、文明の発達を作為的に操作しているって言う感じで、∀ガンダムっぽい。
未来なら石油は枯渇してしかるべきだが、ガソリンエンジンっぽい。が、ガソリンとは言われてないんで、合成化学燃料かも。(だから格納庫で煙草を吸ってもいい。って言うのは深読みしすぎ???(笑)
食品も合成物(食べていい材料)が普通っぽいし。


飛行機群のデザインにしても、一度、高次元曲線の戦闘機の時代を経て、プロペラ機を作る必然に迫られて、逆算してわざとレトロを模倣して作り直したというモザイク感覚。その際、何かを勘違いしてプッシャーがメジャーに。


あと、キルドレは遺伝子操作の産物で不死、っていうだけでは記憶の再構築や技能の引継ぎはないだろ。そこら辺をファンタジーだと見れば気は済むのだが、BLAME!並の人格保存情報技術の遠未来だと仮定すると、筋が通る。


事前通告やティーチャなどのルールとカードを持つ戦争。前線と街が隣接しているが、決して非戦闘員が巻き込まれることのない戦闘。(ワールドカップでの爆撃は寸止めだったが、そもそも従業員とか、居るの?本田の上司は存在するの?)前線といっても、陣取りですらなく、互いのスコアを競うのみ。
アイルランドのバレン高原
http://maps.google.co.jp/maps?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rls=GGLD,GGLD:2004-27,GGLD:ja&q=finavarra&um=1&sa=N&tab=wl
で6/23日に散香が大西洋から来た敵に撃墜された二日後に、ドネガル地方http://maps.google.co.jp/maps?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rls=GGLD,GGLD:2004-27,GGLD:ja&q=donegal&um=1&sa=N&tab=wl
の架空のダム基地に対してロンドンデリー方向から進攻したカンナミ、トキノペアが偵察と戦闘。敵と味方の位置関係が混ざってる。散香の航続距離は知らない。
その割に、100キロ以上のスピードで車をぶっ飛ばすような陸路の距離の広さ。
敵味方の勢力が隣接して混在?(原作では所在地は不明の様子だが、アニメではアイルランドを中心とした北部ヨーロッパ戦争らしい)
その割に、いきなりポーランド(それとも、ポーランド語を使っているだけの別の場所?)の三月兎基地に移転したり。
そこから海を越えて大作戦を行なうのだが、その時の地図には黒海カスピ海に似た形の湖はあった気がするが、海岸線が現実と違うような?(スケール感は分かりませんが)地形は変わってる?なんかリアス式海岸が多い。(でも、讀賣新聞に載ってたアイルランドの地形は余り違わないが・・・?)
温暖化で海岸線変わった?メディアは隠しているが、戦闘用地図では違っているとか???
そもそも、海を越えた所はアメリカなのかイギリスなのか、アイルランドなのか。空中給油を受けた散香の航続距離は知らない。とりあえず、戦線はメチャクチャ。


キルドレはじめ、妙な日本人式の名称の従業員を擁するロストック社は日系企業だが、欧州にも出張ってきている。敵のラウテルン社との人事交流もある。
キルドレポセイドン大日本技研)の戦闘バイオロイド?攻殻機動隊つながりで(笑)
讀賣新聞にも日本語、英語、なんとか?が混ざっている。んで、かなり言語も混在してる?ほどの未来?


そういうわけで、つまり、ショーとしての戦争を持つ世界っていうのは、科学技術が最後まで発展し、環境も激変し、そんで人口も抑制され、インフラや衣食住の生産(合成)技術も完璧で、不老不死さえ実現し、地球上を観察し尽くし、それでもどうやら宇宙進出が無理だと言う事も決定づけられ、文化的流行もなくなったので、科学技術と生活水準は20世紀レベルをアレンジした物に落ち着かせた生活様式に意図的に設定し、
「特にこれから行く所も行きたい所もないのだが、とりあえず種としての絶滅を避けつづけるしか目的がない終わらない日常世界」=「全地球人類ターミナルケア
なんじゃないかなー???って。
はい、いつもの妄想です。だって、妄想でこじつけないともともとの設定がキチガイすぎるんだもん。
気違いに対するときは、それ以上のキチガイをもってす。


で、そういう世界は天国であり地獄っていうのは、道理だな。
「歴史の中の昔の戦争ではダメ」というのは、黒歴史を学べば平和、と言う事の否定でもある。実際、∀ガンダムでも黒歴史を知るだけでは不十分で、ロラン君やキエルさんや御大将がいっぱい苦労して、戦争を見せ付けて、とりあえず停戦した訳だし。
科学が最後まで進歩して、その気になればすぐに地球を滅ぼせる文明に最終戦争を起こさせないために、そして、何もやることがない大衆に何かをしている気にさせて気を逸らして、とりあえず死なせないために、大衆に破局的行動を起こさせないように、戦闘のとりあえずの恐怖を植え付けつづけるために、なら、ショーとしての戦争はあっても良いと思います。



なんか、山田悠介の殺人ゲームよりも、かなり切迫感のある「娯楽としてのテキスト戦争」なのじゃないか?
キルドレは死なないわけなんだが、それでも一応、血は出る。それを一時的にでも殺すのは非人道的すぎるのだが、全人類の破局を回避しつづけるためなら、死なない子供は傷つき続けて下さい。


で、その考えで見た所、割と演出やリアクションや小道具大道具の配置に筋が見えてきたんで、僕はこう見ましたよ。と。
「終わりのない日常」っていう言葉を、今現在の解決すべき(っていうかしないと死ぬ)問題が山積みの現代で吐くのはバカだと思うんだが、遠未来における、仮の20世紀なら、ありえる。
ターンAガンダム



もちろん、それは作品世界の中の理屈で、ガンダムと同じである意味、未来の時代劇だと思うんで、「これが現代の若者の気分だ!」って言われてもなあ。とも思う。
僕も極端な性格だから「文明が最後まで行ったのに、特に超新星爆発幼年期の終わりも怪獣も無く、ダラダラしなくてはならなくなったらどうするか」っていう事を妄想したりするので、こういうスカイクロラ観は、僕の妄想なんですが。


なるほど、この間、キルドレは不死になったら不死を生かして学問でもしたらいいのに、旅に出たらいいのにって書いたけど、学問が終わった時代なのね。どこに行っても仕方の無い事がはっきりした世界なんだ。(まあ、個人的体験と人類が保持する情報は別だとも思うんだが・・・)
そう考えたら筋が通ったし、筋が通れば作品も好きになるというのが、理屈っぽい僕なのね。




しかし、スカイクロラの面白い所は、ドラマで切り取った部分も日常の時代っていうのが面白いな。
日常感覚の強いターンエーガンダムでも、「地球帰還作戦」という変動の時代を切り取っている。なにか、目標があるんだよな。
GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊に影響を受けたMATRIXもくり返しの話だったが、最後はネオが何かしたらなんか変わる、みたいな界面の時代をドラマにした。
うる星やつらも一応はループから脱出しようとしたし。少佐は均一なるマトリックスの向こうに進化したし。バトーさんは?幼女に説教?(笑)
劇パトレイバーやアヴァロンや赤い眼鏡シリーズ等の映画は見てない。
ドラマにするには、時代が激動する時にしたほうが絵になるし、そうしたいって言う気持ちはある。
それを抑えて、スカイクロラでは、ループから脱出したら地球滅ぶからダメ、我慢しろ。という世界感覚があって面白いな。
というか、現実においてループ状態が発生する事自体が実は事件なのだが、それが事件ですらないほど陳腐化してるのが面白いな。あんまり見たこと無いな。と言う。
地球へ…は管理社会においてミュータントが自然出産することで革命が起こるという界面の時代だったが、スカイクロラ草薙水素が自然出産して見せた所で、会社はそれを知ってもスルー。ミツヤが一人で騒いでるけど、実際の所、少々の自然出産程度のイレギュラーが起こった所で管理社会は変わらない。多数の中に埋没させて放っておけば何の事件にもならない。せいぜい基地の中の椿事、草薙のプライベートの事で終わる。
上品だなー。
実際、事件の起こる時代よりもなーーーーんも起こらないで事件を待つ時代のほうが長いもんな。大抵の人はそういう人生を送るわけだし。
そこで、フィクションは超人の希望!を語るのも一つの手なんだが、「でも、たいていなんにもないぜ。特にお前には」っていうのも、希望を売れば売れるから希望してなくても希望を言うというよりは、上品で良いかしら?っておもう。
何にも無いのがダメで、超人や天才やリア充セレブだけが本当の人生ってフィクションが言うのはしんどい。
うーん。いや、色んなタイプの作品があっても良いんで、「ドラマは変化を描くべき」って決めなくてもいいかなーと。変化が無いのに筋をまとめるのは頑張ったなあ。
あんまり押井作品を見てないから、押井のそういう哲学を初めて分かった感じで、こういうこと書いてる?
ただ、今回は本当に事件が何にも無い。中途半端にあるよりも無い方が正直っぽくて好き。
映像感覚も普通を切り取った感じの演出だし。


でも、僕はニュータイプ思想にかぶれてもいるんで、そういう日常を数億年耐えたら、何かしら変わると思うんだがな。
というのは、うちの妹がこう言うのだ。
妹「でも、お兄ちゃんの言うとおりだったら、おかしいよね。木とか、他の動物とかって、別に自分がどこに行くかなんて考えないで、ずっといるじゃん。35億年くらいさ。
その間に、気付かないでちょっとずつ変わってきたわけでしょ。人間はちょっと止まったくらいで焦りすぎよ」

たしかに、農業革命や産業革命のようなせいぜい1万年以内の直近の成功体験が、右肩上がりの習い性、って言うか強迫観念になってるって言う所はあるかもな。
妹「人間がそういうことをしたのって、飢えたり殺されたりしないように、平和な所で落ち着くために進んだんだと思うんだけど、自分で一生懸命進んでたどり着いて、そこで進めないとか、どこかに進まなきゃいけないって悩む人間ってなんかカワイソー。あと、バカっぽい」
うーん。でもな、そういう風に悩むって言うことは、まだ他の動物よりも伸びしろがあると言う未熟者なのかもしれん。悩みがなくなって種として停滞する事を容認できるような、次の安定した生物に変われれば、まあ、想像も及ばないような何かがあるんじゃないかなあ?
で、まあ、それができなくても結局は死んで終われるから、それはそれでいい。
妹「でも、今は死んでないから、死ぬまでの暇つぶしはしなきゃいけない、、、って言う話なのよね」
それが戦争なのかねえ?
妹「他にもいろいろあるとおもうんだけどね。戦争の他にも、ご飯を食べたり、歌を歌ったりって言うことも無くなった事は無いと思うんだけど」
おまえ、歌上手いもんな。可愛いし。
妹「愛することもね!」
お前を愛してたら、5億年くらいの暇つぶしはできそうだもんな。
妹「すいとっちは愛してて、愛されてたりもするのに、さびしそーでかわいそ。死んだり殺したりって、そこまでしないと愛されてるってわかんないのかなあ?一言言えばいいのに」
男の子は不言実行がカッコいいって思っちゃうんだよ。
妹「へたれのお兄ちゃんはあたしの事、愛してるって言いまくるもんね。えへへー。お兄ちゃんだーいすき!」
うるさい。愛してる!愛してる!愛してる!
妹「うにゃーーーかみのけぐしゃぐしゃにするなー」


そんな感じでいちゃつきましたよ。いい映画を見た後は脳内妹に対する恋愛衝動が高まるので、今回も割と良かったと思いますよ。激しくセックスした。
押井監督は「恋愛は、生きることの本質があからさまに出てくる。だから、それをモチーフとして描いた。
しんどいことのほうが多いのだけれど、だからといって恋愛をさけて情熱のかけらもない人生をおくるのか。うちに帰って一人でハードディスクにため込んだアニメーションを見るだけが生きがいって、それで本当にいいのかって」
って言う。そのとおりだよね。恋愛サイコー!脳内恋愛万歳!



  • 成長を忘れた大人と成長し続けたがるキルドレ

映画化を知った時点でkanabow氏に言われてもキルドレっていう、「大人になれないのは肉体と精神両方で、万年中二病の頭でっかち」って言う設定が、いまいち理解できなかったのだが。見たらなかなか自然に見えたし、親近感が沸いた。僕が万年思春期の有り様だからねえ。


パンフレットによると、ボクは100%キルドレらしい。
ハンドルネームが多すぎで、デジャブ日記をつけ、食べ物には興味が無い、と言うか頭がぼんやりしてて、精神年齢がやっと19歳くらいになった。17歳が5年くらいあった。
メガネ男子なのに、僕の住処は地上ではなく、空らしい。
妹「はーい!そらちゃんは私!お兄ちゃんの居場所もわたしでーす!」
うるせー!たぷたぷたぷたぷたぷたぷたぷたぷ!
妹「やーーーーっ!胸を安西先生しないでッ!」


閑話休題
そのように童貞不犯マスター中二なので、設定だけで説得力が無かったら、貴公の許せん所は自分より中二病を患っているものがいないと思っているところだ。中二をバカにするな!って怒ろうと思っていたのだが。


キルドレっていうのもネガティブハッピー・チェーンソーエッヂの特攻を繰り返している感じで、非常に僕好みの中二だった。ティーチャーもチェーンソー男だしナー。
草薙氏とカンナミのカーセックスも、大人ぶってる感じで下手くそなのがいいなあ。
つまり、大人のイメージを追ってて、「きちんとした大人にならなきゃ。でも、どこまできちんとしたらいいかは知らない」って言う思春期の潔癖さが出てて、すごい好き。きちんとしすぎ。
トキノもプレイボーイらしいプレイボーイっていう感じだし。
だらだらしてるようなシノダウロユキも「ビールは止めとけ」って注意ができる子で偉いなー。
函南優一のホスト行動とか、空気を読んで笑顔の写真を撮らせるとか。仕事はきちんとやるとか。紳士になるのだ、的な。
実際、キルドレの仕事はキッチリしてるが、整備班以外の大人は嘘吐きでやる気が無い。
ポイ捨ては、どうだろう?うーん。背伸びかなあ?


草薙水素氏が中原岬ちゃんっぽい、と言う事を筆頭に。つまり、キルドレの人はみんな必死こいてるように見えた。
何に対して必死こいてるかと言うと、良い大人に成長する事。
最初、草薙氏はビッチとか母親とか養育放棄とかエゴイストとか言われてたので、僕もカロッゾ・ロナ器質だから女は御し難い!って人の噂を聞いただけで嫌っていたのだが。
案外可愛かった。
もちろん、体温低すぎで押井ヒロイン過ぎるので、欲情はあんまりしないのだが。前作の人形よりはなんぼかまし。関節に継ぎ目が無いのがいいよね!
あ、ボーリングの時のケツの動きとソックスは結構可愛かった。アニメーター偉い。
まあ、草薙氏以外の女性キャラがセクシーかと言うと、どれもセクシーではないのだが。後半まで娼婦だと気付かんかった。ただの挨拶セックスかと思ってた。
なんか、こう、綾波レイっぽいところが可愛いなあ。
いや、リアル中二の頃はアスカ派だったんですが。成人すると綾波が泥沼な努力を重ねてドンドン明後日の方向に行く所を見守る大人の視線。
つまり、遺伝子組み替えのかいじゅう少女どろみが「うぎょーーーにんげんになりてぇよほーーーーー」っつって、「にんげんはせっくすをするのかよーーーいっちょやってみるべーーーー」みたいな。
だって、草薙氏の服の脱ぎ方が下手すぎる・・・。ぎこちなさ過ぎ。すっごい中二っぽい。
「セックスなんて本当はしたくないけど、しないと大人のにんげんに成れないし、しないといけないから、するの」みたいな。無意味な必死さが綾波くせ----ッ!
口紅の下手くそさとかナー!最後の笑顔も、カンナミのおかげで笑えるようになったって言うより、一生懸命笑っていると言う感じできっついなあ。
笑おうと言う気分、orこういうときは男に笑ってあげた方がいいのかもしれないという発想が出来るように成っただけでも前進(あるいは再生)か。
NHKにようこそ!の岬ちゃんっぽい。見た目も。処女をこじらせた感じが非常に好感が持てますね。元ボクっ娘だし。


草薙氏の変化の求め方って言うのは、男や子どもを使って、他人に自分を変えてもらおうって言う部分があるんで、それは不快なんだが。どうやらそれも自覚して多少は反省してるっぽいし、反省して余計にこじれて、なんかあがいてる感じが可愛かった。
妹さんを見てるとたまらないって言うのはカンナミにかわいそぶりっこをアピールしてんのかなー?って気もしたけど、手を繋ぐところとかいっしょに空を見てる所の距離感は真面目すぎて声を出せないって言う真摯さがあって好きかな。
下の脳内妹は草薙瑞季について「でも、自分があんな風に噂されてるのに、どうして子どもらしい子どもっぽく振る舞えるんでしょうね」って言ってたけど。学校でよいおともだちがいたらいいよな。そこら辺は描かなかったのか、描けなかったのかは微妙なラインだが。日常生活感は排除してるよなあ。街にもほとんど人いないし。わざとだな。
子どもの純粋さにすがりたい(と、そこまで行かなくても象徴的に置いてしまうというような)って言うのはあるんだろうけどねえ。ミズキは子どもをやってくれてんのか?


でも、草薙氏はミズキが大人になるのはつらいと言いながらも、大人に成るんだろうなと言う事はわかっていて、大人に成るなとは言わないし、声をかけられなくても一緒にいる所ががんばってると思う。
姉としてももっと邪魔者扱いとか上下関係を感情のままに押し付けてもいいのに、ギリギリで分別を持ってるのが偉いな。
(まあ、最初から邪魔者扱いしてたら基地には来ないし、そしたらミズキ出ないからお話にならんが)
ミズキの年齢は原作では10歳くらいらしいが、榊原良子様は草薙氏とのつきあいは8年なのか。微妙だな・・・。
母性って、もっと子供を弄る物(ミューラ・ミゲルとか)あるいは捨てて女で居たがる(倍賞千恵子とかナディア・ロナとか)だと思ってたんだけど、草薙水素氏の距離感がすごくどっちつかずなのが中二っぽい真摯さで好感が持てた。



というか、むしろ、作中で親をやっているのは草薙氏だけなんだよな。ちゃんとやれてない母親ではあるのだが、他の一般大衆は親をやると言うより、その日暮らしの自分の快楽、消費生活を追求してぼんやり生きているだけのように見える。子供と一緒にいる大人って出てこなかったと思う。
子供会を気にしてるのはキルドレの三ツ矢だしな。三ツ矢碧も子供をちゃんと愛してないかも、って気にしてるのがまた中二臭い。子供の事を気にして傷つくのは自分が子供だからだ。


朴璐美的に言うと、

カナン 「それ、まるで母なるものの事ね。人間の女達が母になる事をしなくなった。それで子供達は奈落に落ちる。だからオルファンが敵になる」
勇 「そう。それもあるかもな。女が母になる事をやめて、男もそれを許したんだ」
カナン 「戦争が無くなって、自由過ぎて、男も女も自分達の欲望だけに目を向けてしまったのよ」
勇 「生存競争を自分に向けたらエゴだけが育ったんだ」

押井もブレンの境地に達したかー。今回の押井監督は上品雰囲気を優先して、そういうセリフは言わせなかったけど。
つまり、あれだ。大人が大人をやってくれていないから、どうやったら幸せに成れるのか子供は分からない。大人はとりあえずの生活を、幸せじゃないと言いながらしかたないと満足してる。
で、真面目な子供は真面目をやりすぎちゃうんだな。大人ってちゃんとしてるものであってほしくて、大人がちゃんとしてないから世の中が間違ってると思うから、ちゃんとした大人に成ろうと。
http://d.hatena.ne.jp/nakamurabashi/20080809#1218294095
こういう大人には成りたくない。そういう風に何も考えない大人の方が幸せそうなんだが、いやだって言う潔癖さ。自分が気持ちよくなるために弱者から奪いたくないって言うモラル。
「自分は子供に対して大きな影響を持っているから、ちゃんとしよう」
で、ちゃんとしなきゃって思うから、逆にかける言葉が無い。
それで、チャラチャラしたやつが大人をやっているのを見ると、鉄球をぶつけたくなる。
「あんなのが大人でいいの?」って、すっごい中二だなー。萌える。
見かけだけが子供で中身が大人なら、あんなにイライラしない。


押井監督的には恋愛映画って言うことで、押井監督は「世界の中心で、愛をさけぶ」の伊藤ちひろ氏に脚本を書いてもらいながら「本当の恋愛とは相手をメチャクチャに破壊してまでも支配し、翻弄される関係だ」「究極の愛は自分を殺してくれる存在に出会う事だ」って言ったらしいが。
それはそれで、中二くさいな!恋愛に夢見すぎ。自分を殺して、自分を変えてくれるっていうほど恋愛に期待してる。
だから、押井守監督の言うような、「アニメばっかり見ないで恋愛をしたほうが充実する」っていうのは、それ自体が中二病の証明みたいなものでな。「アニメなんか見てないで、ちゃんと恋愛しなきゃ」って悩むのはアニメオタクだけです。オタクは恋愛を美化しすぎ。
その癖、恋愛資本主義とか生活のための結婚とか、ステータスのために恋愛をとっかえひっかえするような恋愛とか、性欲処理とか、スイーツ(笑)とかは嫌って、ゲームの中だけのアクロバティックな前世からの純愛とかを夢見ちゃったりするのよ(笑)。もちろん、ボクもね。
で、草薙氏の恋愛のやり方も、大人に成るために、大人の恋愛をやらなければ!でも、そこら辺で軽いセックスしてるような女にはなりたくない。私はちゃんと純愛をするの。運命の恋をするの。だから、相手を殺してもいいし、私も殺してくれるような男じゃないと、嫌なのッ!!!
という、理想像の中の恋愛を見すぎてもがいてる中二ボーダー女っていう感じで、逆に可愛かったです。実際に付き合うとしたら、逃げるけど。
でも、脳内妹のせいで人生を棒に振ってもいいかなーって思う。
妹「あたしはお兄ちゃんに殺されてもいいと思うよ。だから裸で縛られたりできるわけだし。でも、お兄ちゃんが絶対に私を殺せるわけ無いっていう風にも思うわね」
だって、お前が死んだらお前は困れないけど、俺は困るからな。


…コホン。
だから、押井監督が「恋愛を書けていない」っていう意見は正しい感覚だけど、間違ってる。
僕から見ると、「恋愛と言うものを知らない人が、無理をして理想の恋愛をしようとしてる恋愛」が上手く書けていたと思います。
まあ、押井守監督にとって、これが本当の恋愛なのかもしれないけど・・・・・・。まあ、そこら辺はあのおっさん個人の問題だから、僕は関知しません。
それに、僕も本当の恋愛って言うものは知らないしね。
こないだ、非オタのモテる女の子に「お互いに関係を維持するのに疲れて彼氏と別れた。脳内恋愛で相思相愛のグダちんが羨ましい」って言われた時は、僕も何が正しくて何が間違っているのか、全く分からなくなりました。正直、童貞のキモヲタをリア充美女が羨ましがるのは、人生の幸福がどこにあるから分からなくなるから困る。
やおい同人誌でも読めばいいんじゃないっすか?


キルドレは大人ではないが、誰よりも大人に対する期待値が高いんで、大人に成る事を躊躇してるのか。
いつまでも大人に成る途上を進みつづけているから大人になれないって言う感じ。
どういう事をすれば大人となれるのか、考え考え生きてる。それで逆に身動きが取れなくなってるって言う感じね。
ま、それが性格による物じゃなくって、戦闘バイオロイドという製品だから、っていう先天的構造はちょっと歪なんだが。それとも、最初のキルドレは中二をこじらせたからキルドレに成れた???*4


対して、大人は自分が大人に成ったと言う事を疑わない。大人だからやれんだろ!特に意味合いを考えずに行動できるし、発言できるのが大人。
っていう風に演出づけられていた感じですね。
カンナミが「何に気をつけるんですか?」とか「明日死ぬかもしれない人間が、大人になる(幸せな人生の本筋とやらを謳歌する)必要があるんですか?」というのは、ちょっと作った感じというか、他のシーンとちょっと雰囲気が違う。他のシーンは割とぼんやりとした漢字で淡々と書いてるんだが、大人が常識を疑わないでテンプレ発言をした時に、ちょっと止めてセンターポジションでカンナミに問いを発させ、それに驚く大人を見せて、「子供の問いに答えられない大人」というテーマ性を打ち出してて、ちょっと微妙ではあった。
まあ、カンナミなりの怒りの表現かもしれんが。一番キレてたのは、妙な長回しでシャッターが切れるのを待ってたカンナミの笑顔かなあ。
大人たちはメディアで書かれているような言葉を、まるで自分の信念のように繰り返すだろ。「戦争をしてくれていらっしゃる人のおかげで平和が保たれています」「戦争は醜いものです」「ああ、何ということでしょう」本当にそう思ってんのかよ。自分で考えて言ってんのかよ。そういうセリフが言われていた状況に近い状況になった時に、自動再生してるだけなんじゃないのか。
それでも、大人の本質は「人を殺した時はどうだった?」という下品な好奇心。いや、自分が下品な好奇心を持っているとも思わないで、むしろ立派な大人が人を殺している子供に教え諭すと言う立場を隠れ蓑にしてる。
大人のルールのある所では大人はルールどおりに振る舞うんだが、子どもに対する時は無作法に成る。
草薙氏が顔を洗ってても割り込んで口紅を塗るし。(草薙氏が口紅を借りるかぶん取るかしたのも、まあ、どうかと思うんだが)
相手の言葉を聞かないで、自分の言いたい事だけを言ってすっきりしようとするし。
ちゃんとした大人になろうっていう気持ちが無くって、自分はもうちゃんとした大人だからって言う安心感の元になんにもしない。


まあ、キルドレもずっとちゃんとしてるわけではなくって、子供のおもちゃに乗りたいな、って思ったら乗る。
つまり、いちいち動機に自覚的なんだ。
で、判断を社会に委託してるのが大人って言う感じの構図を取ってるんですね。
大人だからやれんだろ!というわけで、「自分は子供に対して大きな影響を持っているから、その影響力を使って子供を利用して自分が気持ちよくなろう、と言う自覚も無く、子供のためにもこうする事がいい、とか、社会のためにはこれが仕方が無い、という風な形ばかりの反省をもって、当然のように子供から奪う自覚も無い」
そういう大人ですな。


平和の時代の大人が大人をやってない、とか、逆に戦争に子供を使う大人、ここら辺の感覚は、富野由悠季東京大学講演会に詳しい。

今から65年くらい前の、太平洋戦争中の15才の少年が、たとえば陸軍幼年学校に入ったときには、この学校を卒業する2年後には軍に入る! 軍に入った瞬間にあるのは、もし戦地に引っ張られていったら翌年は死ぬかも知れない! 20まで生きられないかも知れないということを本気になって思ってっ! 勉強していたんですよ! 神風特攻隊で特攻した連中は全部一律、十七、八、九ッ!ハタチッ!までっ! 20過ぎた奴は完全に大人になって逃げてたっ。そのメンタリティが持っている、つまり生きていることに対する切迫感というモノをあなた達30になった人達は持っている?


ここ20数年は完全な天国。
今みたいな言葉を正面から投げつけられて育てられていない。
もし投げつけれていたとしてもそれは嘘です。勉強をしろと言われたとしても、東大に入ってほしいと言う所までで、生き死にの問題じゃない。
今の世代は既にあなたがたのお父さんお母さんからしてそのような生き死にに関する切迫感は持っていないからです。
http://todai.tv/contents/event/technodream/001/index.html

スカイクロラが出来た後の富野発言だが、押井監督はやっぱり富野感覚もある人なのかなあ。娘さんが成人したからか。


で、そんな大人にはなりたくない、と、言う風に設定して生きるとモデルケースが無いので、イチイチ自覚しないとなにをやっていいのか判らない、それで、過度に理想化、象徴化した大人行動をぎこちなく演じる万年思春期状態に。
そんな空回りをしてても、自分が変わらないって思ってイライラして、かわらなきゃって思い込む。
誰かが「よくやってるね」って言ってやればいいのに、と思うんだが。
しかし、榊原良子の言葉は届かない。言えないのか、言っても信じられないんだろうかねえ?
キャリアウーマンの届かない友情って言うのは、ゾクゾクしちゃう。しかも、現場と管理職。整備士とパイロット。萌え。原作では笹倉永久は超カッコ良い男らしいんだが。脇役で超カッコ良い男がいると、絵にした時に顔の無いティーチャーを頂点とするヒエラルキー構成を食っちゃうから、おふくろさんにした?
しかし、超カッコ良い榊原良子様の声が届かないのはよっぽどの事だ。やっぱり、違う種類の生物だから、線を引いてしまうんだろうか。
仕事をちゃんとしてたらそれでいいじゃんって思うんだが。
まー、そういうのは感覚だからなあ。感覚の問題はどうしようもない。
大人が「これ以上変わらなくても、充分変わった」って言っても感覚レベルの不全感は取り去れないか。
そういう感覚に共感できる程度には良く出来ていたのかなあ。共感できるのもどうかと思う状態ではあるんだが。


あと、草薙氏が「かわいそうなんかじゃない!」って言う行動は「かわいそうじゃない!と主張するかわいそうな兵士」っていう大人向けのパフォーマンスだったら萌えるなーって思う。だって、死んだの知らん奴っぽいし。怒る理由が無い。
で、パフォーマンスのために怒って見せた自分が死んだやつを侮辱したって一人で反省して自爆するって言うのだったら、なお萌える。
このときの草薙氏はメガネを取ってたっけ?メガネを取るって言うことは本心なんですかー?

とりあえず、草薙水素氏の瞳孔が開きっぱなしなんだが。
いえね、僕もこの間、8年在籍しても慣れない大学の勉強をしてた時に、自律神経が吹き飛んで交感神経が興奮しすぎになって瞳孔が開きっぱなしになって白いノートが見れなくなって、コンタクトレンズとサングラスをかけて勉強をする、と言う状況に成りました。事実、物理的に水晶体をやられて飛蚊症ですわ。
だから、わりと生理的に共感、と言うか同病相憐れむ感じでした。
草薙氏のメガネは伊達メガネだそうです。
僕は近眼なので、他人との間に距離を作りたい時は逆にメガネを取るんですけど。でも、コンタクトレンズをつけて街を歩く事は不愉快ですね。見えすぎるし、見てることが悟られるのも怖いし、目の前に物が無いのは不安だ。というわけで、度の弱いメガネをつけて、映画を見るときだけコンタクトです。
伊達メガネを欲しがる感覚は分からないわけではない。
というか、草薙氏以外のキルドレの瞳孔も、大人キャラに比べたら大きめに書いてあるように見えた。
見たくない現実が嫌でも目に飛び込んできて、疲れる感じが感じ取れた。僕がナイーブ(英語的な意味で)過ぎるのかもしれないけど。
で、そこで眼鏡を使っているのは「見ることが怖いからだ」と、言ってしまうのはどうかと思う。
僕としては、「眼鏡の力を借りてまで、直視しなければいけない」っていう真摯さがあると思いたいんだが。


深読みするオタクみたいで気持ち悪いけど、僕はキモヲタだから言ってしまえば、ミズキは草薙水素氏と同じ瞳孔を持っているけど、まだまだ好奇心旺盛で、見たものに傷つく事も知らないで沢山見たがる。と言う事が溶接メガネのエピソードで象徴化されてるんかもな。原作はしらねーけど。


んで、煙草もそれと同じようなニュアンスで使われてると思った。
カンナミユーイチは「煙草を吸わない上司は信用しない事にしてる」って言う。
それはつまり、「煙草で感受性を低下させて、直視しようとしてる」という事かなーと。直視しない人は目を逸らしてるから健康に害する煙草は要らない。自分の損得を優先させて吸わないの。
僕も大学に行く時に吸ってた時はあるよ。そーしないと自分がそこにいる事に耐えられん。ただ、僕は体がヘッポコだから、吸ったら感受性どころか感覚器官がおかしくなってぶっ倒れたから辞めましたけど。今は逃げる事も進む事もできずにー。
一日にカフェインガムを一箱噛まないと仕事(まあ、職場や学校で噛むと怒られるからブログとかプライベートの仕事)ができない。基本的に、寝すぎるか寝ないかだから、常時眠い。


草薙のワインがぶのみとかもそれで、酔う快感を得るためではなく、酔って感受性を減らしてまで、ものを見ようという切迫感。


草薙水素が最後にタバコに火をつけられなかったのは、空から目を離して振り向いて帰ったからかな。
ラストシーンではタバコ吸ってたっけ?


で、フーコとかマスターとかササクラなどの、「キルドレではないけど、彼らの周りで直視する人」は辛そうに喫煙をしながら我慢するんだな。それでもどうしようもなく飽和したら、バーの前で座りつづけるしかなくなる。
老人は見なくてはいけないけど、見れないし何も言えなくなって、関わりが最小だけど離れない、と言う所で座り込んでるのかも。見たくないなら帰って寝たらいいんだ。
クスミはトキノっていうイケメンにキャーキャー言うって言うことが煙草の代わりか。トキノは夢を見させるのが上手いよな。


だから、喫煙者の囚人022さんが
「見終わった後で、当然タバコをすったわけなんですけど、これが何だか美味くないんですよ。考えてみると、劇中の人物も、やたらタバコに火をつけていたけど、ちっとも美味くなさそうにすってばかりいました。」
http://zmock022.blog19.fc2.com/blog-entry-1290.html
って感じるのもそういう事なんじゃないでしょうか?「不味い現実を飲み込むために、もっと不味い煙草で誤魔化す」っていう。
退屈な日常、っていうより、対処不能の現実に対処していない自分と言う事を許容するための麻酔としての煙草。


うーん。僕が自分の勝手な個人的メンヘルをアニメキャラに投影してるだけかもしれないけど。そういう風にも読み取れたって言う、のも、個人的体験なんだけど。
森博嗣がどんな気分で煙草を吸ってるかって言うことは知る由も無い。



で、一般の大人は、我慢しながら肉眼で見るキルドレとは逆に、テレビを見ます。順路どうりに基地を見学します。特に何にもしてないけど、心配そうにテレビを見たり、見学してちゃんと現実に対処してる気分を味わうんで、麻酔は必要ない。
むしろ、目に見える現実の裏にあるもっと広い現実から目を逸らすためにメディアを活用してるんです。
見を逸らしてる、と言う事にも気付かないで、自分はメディアや見学を通してちゃんと見て、いっぱしの大人としてちゃんと意見をもってるぞって思うんだな。
そういう一般人とキルドレを同時に俯瞰しても、対処法の無い、煙草を吸う大人たちは黙るしかない。
フーコはカンナミに忠告するし、ササクラもミツヤに問われて答える。マスターは自分で言わずカンナミに忠告するユリを見たりしてる。
で、それが何かの変化になることは無い。
で、言葉に徒労感を感じたマスターは老人になる。
大塚芳忠は言葉に疲れないから、ベラベラと子どもに対するご意見を仰るのだ。


まー、アニメを作りもしないでこういうアニメ感想ブログにご意見を書く僕もどうかと思うけどね。
どうも、僕は生物としての人間にはあまり興味が無く、むしろ自分の頭に浮かんだ想念こそが自分が責任を持つべき子どもで、彼らに居場所を与えないと申し訳ない、と言う本能があるっぽい。
遺伝子生物じゃなくって模倣子生物かもな。
なにしろ、婚約者が脳内妹だからなー。




  • 夢を与え合う、という事

虚構や夢と現実って言うのは、押井守監督作品においてはなんか重要らしい。
で、今回面白かったのは、それが多重構造になってる。
えっとー、つまり夢を見せる機構が、夢邪鬼とか、情報戦とか、電脳世界とか、だったのが、今回は夢を見せる機構が複数あり、それぞれがそれぞれに夢を見せあってるのが面白かったです。
(もちろん、夢を見せるアニメという機構は通奏低音なのですが)


一般大衆はキルドレの支える戦争をテレビで見ることで夢を見てる。。まじめな顔で「世界とはままならない」っていう夢を見てる。そういう彼らが一番リア充だ。元気だ。消費生活を楽しんでる。





大衆に夢を見せるキルドレは、醒めてる。醒めてるから、煙草を必要としている。一般人よりも現実に向き合ってるから、麻酔が必要。
そして、娼婦と言う夢が必要。トキノはうまく、相手にも夢を見せることで自分を保ってる。娼婦も、仕事を超えた愛って言う夢を見たい時がある。
ミツヤはキルドレの真実に苦悩する自分と言う夢。


で、草薙はきちんと仕事してるから上司は部下を守るっていう夢を見てる。だから爆撃通告を止めた上官に劇高した訳だが。(顔の見えない部長には作戦を説得されたか?)


で、パンフレットに載ってる新聞によると、それは戦争請負企業間での情報取引で戦闘を拡大するための謀略ではないかと、書いてある。新聞は戦争の裏事情を知っているから、草薙よりも醒めているか?
だが、新聞には戦争の理由として、政治家の談話や安保決議などの外交関係も載っている。
つまり、終わりの無いショーとしての戦争にはちゃんとした理由があるのだ、と言う夢を見せるための政治がある。
そして、その政治自体も終わりの無い綱引きで、言葉を重ねても何の意味も成果も無いくり返し。もう一つのショー。


アニメの設定では、「ショーとしての戦争の時代」って明言されているけど、作品中の人はそれを本当の戦争だと夢見る努力をしてるのがリアルっぽくてよかった。僕はショーとしての戦争ってはっきり言う設定が気に食わなかったので、ショーと気づかない事がショーの醍醐味って言う作り方は好感。


司令官や政治家や新聞記者の顔が出ないで、システムとして描かれたのも上品で好感。
いや、ガンダム00とかコードギアスで世界を裏から牛耳る野心家や、それを伝える報道関係者が出るようになったんだが、彼らがはっきり出て「大衆を騙すのだよフフフ」とか言うのは嘘くせーって思って、余り好きでない。いや、まあ、いいんだけど、スカイクロラははっきりさせないのが作風だから、そこで大人代表、みたいな個体が描かれると冷めただろうな。悪い個人が居るって言うよりは集合のシステムが夢を見せてると言う雰囲気。
ティーチャのエンブレムでギリギリか。


戦争や新聞や政治もアニメと変わらない、本質ではなく夢や方便っていう押井のメディア感覚。
確かに、アメリカのマイノリティー兵士は市民権って言う夢をみて戦ってるし。こないだのグルジアとロシアの衝突も、単なる独立問題なら書類の名義変更で済ませばいいものを、その作業やインフラの改変をやるのがめんどくさいから、とりあえず儀式として戦闘をしました。儀式として国際調停して、儀式として停戦しました。とか。爆弾テロも、正鵠を射るものは少なく、儀式っぽい。大切な命を奪うほどに大切な事のために戦ってるんですよーって言うポーズだな。



作中の政治家や新聞記者がどの程度醒めているか、は、描写が無いので分からない。夢を見せる側に回ると言う事も一つの夢だとも思うし。
キルドレが政治をどの程度、認識しているかはよくわからん。湯田川は新聞をよく読んでたけど、スポンサーの見学者はぶっ殺したい。


また、草薙はこじれているから、子供を持てば変わるかもしれないという夢をも見ている。それはどうやら失敗して、夢の子どもは日常になってる。
ミズキは夢を見せてると言う自覚は余り感じられなかった。


で、草薙は今度はカンナミとの恋愛に夢を求める。ヒロインが男主人公を自分の夢にしたいと言うのはおもしろいな。
しかし、カンナミがあんまり草薙を好いているようには見えなかったんだよなー。好きって言うよりはかわいそうだから、って言う感じ。僕があまり草薙にセクシャルな魅力を感じなかったせいかもしれんが。


というか、カンナミは覚醒夢を生きているような感じ。夢の中だな、と思ってても醒めない。
どこか夢みたいにフラフラしてるな、って思うんだが、そのフワフワした人生の中でも風や臭いを楽しむ。だけど、不味いものを食っても頓着しない。どうでもいい。
キルドレについても特にミツヤみたいに悩んだりしないで、「おもしろい話だね」って寝てる。前任者については悩んでないで、職務上の興味だけ。記憶を取り戻そうって言う夢(目的意識)を見るでもなく、周りの人が言うのに任せてる。
とりあえずフーコとセックスした後に「僕は子供ですよ」っていう。
周りの人に「草薙はやめとけ」と言われてもあんまり聞かない。(これが恋愛の情熱なのかどうかは、カンナミの顔が変わらんのでよくわからん)
草薙に対してはカンナミが率先してドアを開けたり煙草を差し出したり、相手が見たい夢を見せてやろうって言う気遣いがあるっぽいか?
夢を見ているという自覚を持ちながら、夢から醒めたいという夢をも見ない。




マンガの強さは精神的に測れるという理論でいくと、カンナミは醒めながら夢を見、夢を見せるから、夢に囚われているものよりも達観している。ゆえにエース。



戦争や戦闘バイオロイドっていう設定だけでなく、人間関係自体が夢の見せあいって言う感じは普通っぽさと変なSFの融合で面白いな。


そんで、夢を見せる側は支配する力を持つ。夢を見せられれば、安心する。

  • 最強ティーチャ

で、これはティーチャにも当てはまるわけだ。
僕はティーチャは大人の男で、父性の象徴って言う風に聞いて、戦争請負人のサラリーマンに過ぎない人を殺すのはどうかと思ったけど、実際に見てみると、そんなに父親でもなかった。
っていうか、事実、ミズキの父親に成るのは辞めて、空の英雄としての自分の夢のために転職してる人。トラクタに乗ってみたいから転職説とか、アホか。ガキか。
ダメじゃん。
宮崎駿紅の豚の人ジャン。
宮さんじゃん。
ティーチャーが押井守って言うより、ティーチャーはパヤオっぽい。(宮さんはスカイリィのデザインがお気に召さなかったらしいが)
宮さんはめちゃめちゃ夢を見てますよ!
そして同時に、「絶対に倒せない敵」「倒せたら大人に成れるかも知れない父」っていう強烈な夢をキルドレに見せる人。
むしろ、ティーチャがいるからキルドレは戦争に生き甲斐を感じる事ができる。いつか大人に成れるかも知れないって言うかなわぬ夢を。
それを餌にして戦わせるのが、ティーチャ、新聞、政治、っていう顔の見えないシステムたち。
僕はキルドレが戦い以外の道を選んでもいいと思ってたけど、そこもちゃんとシステムの理由付けがあったんだな。無視してもいいけど、無視できない夢!(バイオロイドとしての設定や安全装置かもしれんが。その呪縛が解けるのは原作待ち?)
そして、ティーチャはカンナミほど相手を見て優しくする事はなく、相手が見たい夢を見せる事は無く、自分が見せたい夢を強制的に見せる事の出来る大人である。そして、自分は相手に夢を与える英雄だと言う夢をさらに深める。
故に、最強である!
でも、地道な父親や夫はできないから、草薙を殺して自分に縁を結んだり、心に傷を負う事は出来ないで、中途半端に逃げる。
あるいは、草薙はキルドレだからぶっ殺しても変わらないんだが、一時的にでも自分を忘れる事を許さないと言うサディストかも。システムではない自分の顔を覚えていてほしいという寂しさでもある?
スカイリィは男根の象徴と言う事だが、つまり、お父ちゃんになると自由に射精して回る事ができないから、家庭から逃げていつまでもフラフラして居たがる。
夢の空では最強だが、現実の陸ではそんなに大したこと無い男かも。
ちょっとティーチャーが好きになった。
やっぱアニメは見ないといけないな。見ないで嫌うのは良くないな。

  • で、カンナミのラスト。

それまでは別に夢の中でも良いと言う感じ。ラストの長セリフはつまり、「夢の中でも楽しい事はあった。それで満足をしてた」という。
カンナミはクリタジンロウの「永遠に生きるのは辛い、死にたい」っていう気持ちが一旦浄化された2周目人間。だから、わりと平気だったんだが。
だが、三ツ矢と草薙の事件で、前回と同様のアングルに置かれ、デジャブ。
(僕のデジャブ日記によると、デジャブとは似たような状況に遭遇した時の自動再生連想プログラムという事のようです)
前回死んだときの記憶が再生。草薙に撃たれた記憶が再生。
醒めた、同時に、憑かれたな。
「夢だけでは、だめなのか?」という夢に憑かれた。
でも、2周目で一回死んでて、それでも同じ所に戻ったから、また死を解放にするのはよろしくない。だから、「生きろ」って水素に言う。
死んでみたけど、大して嬉しくなかった。
(あるいは、原作のカンナミ・ユーヒチが水素を射殺したという事も過去に在ったかもしれない。)
で、水素の「死にたい」っていう夢を覚ましてやろう、そのために俺も水素のように大人を目指そうって言う夢にカンナミは落ちた。
結果は見てのとおり。

  • I kill my father.

しかし、ラストのカンナミは何を考えているんだか。
なにが「これは僕の戦いだ」だ。三ツ矢の援護を拒否。
キルドレはティーチャに対しては単独決闘を挑むって言う本能があるのか?
三ツ矢以下の仲間も引き下がるなよー。
あんなに仰々しく編隊していたのに。
ガンダムでさえ、相手の方が数が多かったら戦いを避けるんだが。(最近は違うらしいが)
まあ、ティーチャはシステムで殺してはいけないから、対ティーチャ用連携プログラムを集団で遂行はできんか。一定の経験値の個体の突出行動でないと挑めないのか。
でも、ティーチャからは複数キルドレを殺す事はできる。
子供は一人で大人を殺そうとするが、大人は子供をいくらでも殺せる。
キルドレは一人で英雄になりたがり、ティーチャは現役の英雄だからか?


そこら辺も、ターンエーガンダムのアデスカ編を思い出した。
ティーチャ自身も永遠に人を殺すのは辛かろう。マスターが老人になるという所で、大人の男の疲労の蓄積も描いてる。
それを終わらせてやる、っていう少年の優しさもあるかも。
あるいは、師匠のティーチャが自分にフライトジャケットを渡して?トンズラ、しかも女は御下がり。前回の自分はその女と殺し合いをして、今回もしてしまいかけて、ティーチャのせいでみんなが困っている。でも、ティーチャ自身は英雄を謳歌している。そんな記憶が甦ってしまえば、
ガキ扱いしやがって、なめるな!殺す!
男同士の意趣返し?
fatherが遺伝的父親っていうだけじゃないとしたら、水素の男としての義父とか、ミズキの兄がわりとしての父って言うニュアンスも在り?


まあ、今回は負けたんだが。
だが、次がある。キルドレの死は死じゃないからなあ。


そこら辺が、キルドレが再生しても見た目が若干変化し、また名称が変わっているという事かも。つまり、更新の可能性もプログラムに取り込んでるんだな。
ティーチャは、次は自分を殺してくれることを祈りながら、確実に転生できるように全力で殺すのかも。カンナミを撃ちすぎ。ぐるぐるぐるぐるバリバリバリバリ
そういう風に、ちゃんと向き合って殺してくれるから、父と言っても良い身内として畏怖できるのか。(しかし、それもシステムによって夢を見せられてるだけかも・・・・)


キルドレや娼婦もカンナミとクリタは別個体として扱ってるし。同じ記憶だとわかってても別の名前で読んでやるのがモラルのようだ。
まあ、生体材料としては死んでるからな。
同時に、一旦死んだやつは名称が変わる、という事はステージが変わるって言うことでもある。
ラストの新任者(名前失念)は癖は同じでも加瀬亮の喋り方は、若干きびきびした。レベル上がった?
ラスボスをやっつけた!
っていう事よりもちょっとレベルが上がった、って言うほうが現実味の映画としては合うかも。
あと、チャンピオンをぶっ殺したら自分がチャンピオンの位置に取り憑かれるし。
そうすると、環境が激変してしまう。
多少の変化も予定に組み込まれたような日常で、発狂しないで生きるって言うことの方が課題っぽい。
それに、水素が子供を産んで激変するかと思ったらそうでもない、って言う肩透かしが既にあるんで、神を殺した後に何にも無かったら、話がもっとややこしくなって終われなくなるぞ。というわけで、映画はキルドレがI kill him.からI kill my father.に、ティーチャを第三者から身内と認識した所で終わるのが間尺にあってるかな。
わざわざそういう宣言をする動機はよくわからんかったが。記憶が100%になったからかー?


本当に終わるとしたら、僕の世過ぎの手法としては、やっぱり放っといて親とは関係ないことをやるって言う感じかなあ?
僕は誰とも関係ない脳内恋愛に熱中してるんで。
でも、そーやって目を背けるのは大人のやることで、万年思春期のキルドレである限りは神に挑戦しつづけて、成長しつづけるのが本能なのかなあ?
漸近しつづけて超えたり相転移をしたりはしない、って言うのが思春期か。

  • アニメは夢だし。

キルドレは半分透けて影が浮いていると言うのが演出ミスで無ければ、スカイクロラ世界自体が投影図にすぎないのかも。映画だし。
BLAME!なみの人格保存技術のある世界、だとしたら、マトリックスみたいな仮想世界なのかもしれない。
でも、現実からの使者はいない。
仮想世界を維持するだけで手一杯。
(カンナミは霧亥に似てるな。髪形とか。)
ま、コンピューター内の電子世界かどうかは分からないが。
キルドレだけでなく一般の人も生まれることなく、再生され居場所をあてがわれて、無為に飯を食ってテレビを見るだけの世界かもな。労働者がいないのよね。

娼婦と喫茶店みたいな体を使う仕事はあるけど。で、マスターは疲弊。妻のユリもマスターが消えた事に気付かないで、目の前の仕事の忙しさしか見てない。
そんで、子育てをちゃんとしてる人もいない。学校で製品のように育てられてんのか?



パンフには、榊原良子の実家には子供がいるって書いてあったが。でも、榊原良子は子供をほったらかしで働いてる。学校の休みの時に基地にミズキが来るのを許す水素に対して、ある種の劣等感があるのかも。



三ツ矢の遺伝子組み替えによる偶然っていうキルドレ説は、ブラフっぽいんだよなー。中二の少女の言う都市伝説的って言うか。上がキルドレを中途半端に悩ませて満足させるために流した感じがする。
原作設定らしいが。再生期間が短すぎる。
キルドレがそんな簡単に製品化されるんなら、一般の人も再生してるのが普通っぽい。
作品世界の一般人は情報を鵜呑みにして、自分では物を見ないから、再生人間でも悩んだりしなさそう。
むしろ、その悩みを逸らすために、キルドレっていう、はっきり異常だと分かる非常民階級をおいて、それに注目させて自分の事を顧みさせないっていう統制方法は割と有効かと。
で、たまに自分を反省したりする大人は老人に成って絶望して黙るしかない。

下手すぎる。

僕がネタバレの大半(ティーチャーの立場などは知らんかったが、まあ、7割方は再確認だった)を見た上で、面白かったのは、情報は知っていたが、生来の性格の悪さから、その情報の「解釈」の正しさを疑って見たからだと思う。自分の常識も無いしな。
僕は人格が破綻してるんで、プロモーションでの言葉のほとんどをブラフだと映画を見ながら判断した。
「大人たちが平和を実感するためのショーとしての戦争」という情報を聞かされ、「そういうお話なのね」と受け入れないで「アホか!そんなわけねーだろ!」と、とりあえず切れる。キレたあと、「じゃあ、どういう条件でそれが成立してよいか」と見ながら考える。必要があれば自分で設定をこじつける。
駄作ならこじつけようも無いので、こじつけられる程度には名作。
「若者達へのメッセージです」と監督自身が言っても、「嘘つけ」って思ってる。誰も信じてない。
だから、結構簡単に神経症になるんですけどね。


で、そういう目で見たんだが。
僕の解釈だと、公式サイトで言ってる事はほとんどミスリードって言う事に成るぞ。


アニメばっかり見てないで現実を見ろって言うほどにはリア充っぽくもないし。恋愛についての映画というが、カンナミの恋愛感情は薄そうだったし。
リアルな女を描くって言うけど、草薙水素はリアルな女になりきれないでリアル恋愛の真似事をしてガタガタになった中二をこじらせたボーダー女だし。


あなたを待っていたわ。
っていう笑顔も全然可愛くなくって、「愛によって笑顔を手に入れました」って感じられない。相変わらず目の焦点が合ってない押井美人で、瞳孔開きっぱなし(まあ、恋をしても瞳孔は開くが、潤んでもいない)
「愛を見せてくれたんで、一生懸命笑わなくっちゃ」っていう綾波っぽさ。(ラミエル戦後の綾波レイより笑顔が下手)
そーいう顔だけど、ラストに女が笑えば気が済んでしまう、恋愛映画体質の観客に対する釣り?



で、そのカンナミの愛も、「お互いに撃ち合って死んでも進まないし仕方が無いから、ティーチャにトライしてみる。まあ、死ぬけど」っていう所で、素直な愛ではないんだよなー。
その力を死ぬために使うな!生きるために使うんだ!
って言いたい。
でも、リアルな生活で生きてもダメな大人に成っちゃうのが怖いって言う中二。
「そうね。付き合ってみて、アンチボディが機械じゃないと感じ始めるとこの子達、戦うために生まれてきたんじゃない、生きていきたいと思っているって。それは分かるわ 」
って、スケートでもやればいいのに。一人で遊ぶだけでは嫌で、やっぱり何かのレースで勝利しないと価値がないみたいな?
だけど、社会的価値観は夢だといって軽蔑もしてる。
ま、キルドレブレンパワードと違って生身では飛べなくって、組織の中で飛ぶしかない。パラグライダーとかじゃダメなん?やっぱり自分の才能を活かしたいって言うのも、呪縛かなあ?



これ、どうなんだろう?
押井監督の言葉は現代の若者を鼓舞する!っていう言葉を使ってるんだけど。
これで、鼓舞されるかああああ?
中二を拗らせてるだけじゃん。
まあ、大きな物語やサクセスストーリーを避けて鼓舞しようって言うストイックさは在るけど。オリンピック選手も健康を害しちゃったりするし、ホリエモン捕まるし*5それを英雄の宿命って見捨てるのも大衆だったりするし。
成功できるから希望って言うよりは、成功できないけど発狂しないって言うほうが課題として高度だもんなあ。
でも、それ、若者向けとしてどうよ?
夢見て目をキラキラさせて、がっついて、リア充!美味しい物を食べたい!自分へのご褒美!セックス!脱オタスキルアップ!っていうほうが元気が出ると思うけどなあ。
夢を見ようとしてダメになってる人の博覧会映画でどうする。
まー、耳をすませばについて、「リア充はアニメなんか必要としないし、アニメを必要とする人にとっては残酷すぎる」って言った人だし。大分前だけど。



まあ、ぼくとしてはこじれた中二病のみんながそれなりに生きてて可愛いなーって思ったので、よかったと思います。
中二萌え。
どういう客層だよ!

  • ネットでブログが生き甲斐でそれでいいのか

飲み屋で話せば10分で済む話を書くのに2日かかった。
だから、アニメ映画なんか見たくなかったんです!!!!!


慢性中二は万病の元。
ううううー。持病の中二がーッ

妹「お兄ちゃん、それは言わない約束だろう?」
すまんのう、すまんのうwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww


僕は妹とダラダラ遊びます。

*1:ガンダムW

*2:あんたあの時のパンツ覗き魔!→おめでとう

*3:いや、童貞ですってば。バキ的な意味で

*4:今気付いたのだが、僕の文法において、はてな一つは提案or質問orイントネーション記号。はてな三つは当面答えを必要としない自問自答や無責任仮説の保留という符号のようです。二つはあまり使わない

*5:まあ、僕は堀江は虎の威をかる狐の合併屋だと思ってたんで、順当かと思うけど