玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。旧玖足手帖から記事・ブクマを引き継ぎました。


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京都南座の「秀山祭三月大歌舞伎」夜の部行ってきました。

鬼平犯科帳中村吉右衛門さんが生で見られて良かったです(TT)
演目は平家女護島と舟弁慶平清盛ブームだからか?
秀山祭三月大歌舞伎 | 歌舞伎美人(かぶきびと)
中村又五郎中村歌昇の襲名興行で、中村吉右衛門さんの口上が面白かったです。
オタクとしては、やっぱり歌舞伎の効果音や説明囃子からマンガの擬音やト書きや台詞のリフレインなどの演出に移植された技術はあるよなーって思った。手塚治虫先生!
歌舞伎でも出崎統演出のような三回パン繰り返しやってたし。出崎統と言えば、手塚治虫の歌舞伎漫画のどろろとかに参加。どろろアニメのばんもんの巻は名作。杉井ギサブロー監督はアニメ創世期から神すぎる。


あと、ピングドラム18話はやっぱり歌舞伎。


このバックの松が、ピングドラムではペンギン。ピングドラムは古典芸能。
今日見た歌舞伎、俊寛の鳥が飛ぶのがピングドラム18話で写真が飛ぶのと同じ。つまり、山内重保は歌舞伎。


あと、観劇後感想ツイートの抜粋。

歌舞伎、空間演出うまい。あと、色彩とパースと上手下手とカメラワークとトリミング、動きのタイミング、静と動で視線を向ける所、注意を引く所、注意を抜く所が上手く計算されていて、見やすかった。テレビでも歌舞伎は舞台放送してるが、テレビはカメラワークが単調なので、やっぱり舞台で見た方が数十倍面白かったし、舞台ではまったく退屈しなかった。
舟弁慶のラスト、幕が下がって平知盛の霊が幕の外に残される所、怨霊の強さをメタ的に演出しているし、視線誘導としても見事。また、アニメや映画のワイプエンド演出にも似てた。
俊寛のラストの大道具の変化は評判には聞いていたが、やはり迫力があった。そして、やっぱり映画のカメラワークにも取り入れられてるよなー。


だが、歌舞伎は題材が古すぎ、物語としては陳腐で感動できない。芸としては感心する。
しかし、物語的消費はアニメの方が純粋ではないかと思った。歌舞伎は役者の人間関係や技量など、メタ的な見方が多い。素晴らしいが没入できなかった。あと、平安時代が舞台で、鎌倉時代に書かれた平家物語を原作にした、室町時代ごろの能を題材にした、江戸時代の歌舞伎を、21世紀にやってるので、いろいろと台詞回しなどで変な所があった。大河ドラマほどではないが。役者も上手かったし。許容範囲ではある。
しかし、俊寛が妹尾を殺害するシーン、人間の不安定な怒りや、理不尽さの業を表現する仏教的シーンなのに、妹尾の衣装と台詞回しがコミカルなせいか客席で笑いが起きていた。これは演出として如何なるものか?演出ミスではないのか?話の筋を理解してない現代人には真面目なシーンもギャグとして見られるのでは?(これは、イデオンダンバインのシリアスなシーンでも、作画の悪いせいでギャグだと思う若者がいるということにも通じる。シェリルカララビンタとかな)
なんというか、現代人の僕には、仏教説話などを物語のキーにしているという原作の要素は頭では理解できるが、感動はできない。自分の精神の中核とか常識に、仏教の因果応報論が根付いていないからだ。輪るピングドラムの「妹萌え」の方が素直に感動できる。妹好きだし。
古い物語、言いたい事はわかるが、正直、エディプスが苦労しようが、弁慶が苦闘しようがどうでも良い。その点、出崎統はすごいよな。最期まで源氏物語を高尚な古典や技術的芸術ではなく、生々しい物語の感情として演出した。

ただし、テレビの大半である下らないバラエティや陳腐なテレビドラマよりは歌舞伎劇場は数十倍面白い。芸が洗練されているので、未熟な役者や芸人にストレスを抱かなくて済む。
アニメは富野や出崎などのオーラによる。


船弁慶の悪霊知盛の体重を感じさせない悪霊の舞踏は素晴らしかった。これはプリミティブに感動した。鬼気迫るものがあった。

平家最後の勇将 平知盛―源義経との恩讐

平家最後の勇将 平知盛―源義経との恩讐

歌舞伎、囃しや謡いまでみんなキチンと整列してて、すごいが、キチンとしてる雰囲気は社会不安障害者には怖かった。ちょっと頭痛とパニック障害発作がした。1階席なので、2階席よりは座席は広かったけど。