玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。旧玖足手帖から記事・ブクマを引き継ぎました。


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超電磁ロボ コン・バトラーV 47〜50 49が富野回&豹馬孤児話完結

GyaOで見てる。


第47話 ダンゲル捕虜となる
http://higecom.web.fc2.com/nanbara/story/story47.html
脚本:田口章一 絵コンテ:高橋資祐 演出:上原一夫 作画監督:高橋資祐、金山明博(総作画監督)


戦闘不能になったキャンベル星人のダンゲルを捕虜にして、地球人たちが裁判にかけようとするが、その途中でダンゲルがコンバトラーの基地に爆弾を仕掛けてしまう話。四谷博士のセキュリティホールぶりがすごい。捕虜にしたからって自由にして、爆弾なんか仕掛けられるなよ。
なんか「悪人でも罪を反省したら裁判にかけるべき」という正義側のシチュエーションと、敵のアクションをするために無理が生じている。
まあ、子供向けだからここら辺は詰めが甘くてもいいのか。


第48話 敵に超強力ロボ出現!
http://higecom.web.fc2.com/nanbara/story/story48.html
脚本:五武冬史 絵コンテ・演出:寺田和男 作画監督:坂本三郎、金山明博(総作画監督)
あまりにもコン・バトラーVに勝てないせいでキャンベル星人が内部分裂をして、敵の司令官であるワルキメデスと現場のパイロットであるダンゲル将軍との兄弟の対立が表面化するのがこの頃だ。が、対立が表面化したまま4話くらい似たような感じで毎回怪獣を繰り出してきて同じように戦闘して同じように兄弟喧嘩して毎回コンVに倒されるので、ドラマとしては進行していないように見えるし、不自然である。まあ、ロボットものはマンネリなんだけど、でも、兄弟が互いに殺意を抱いてるんなら、もうちょっと見せ方がねえ・・・。ここら辺も子供向けだと感じるところである。


第49話 体当たり! ジェット2号
http://higecom.web.fc2.com/nanbara/story/story49.html
脚本:桜井正明 絵コンテ・演出:斧谷稔 作画監督:佐々門信芳 金山明博
富野喜幸斧谷稔)回である。
今までコン・バトラーV一台で地球の平和を守っていたが、終盤になってやっと2番機の建設計画が持ち上がる。で、今回はコン・バトラーの頭部に当たるバトルジェットの2号機が試作されて、そのテストパイロットが登場する。
しかし、

バトルジェット2号のパイロットである候補生・川上健二は豹馬にとって「死神」と罵る仇敵だったのだ。
  豹馬にとって川上は自分の両親を交通事故死させた張本人の息子。また川上の父も事故を起こした事を苦と思って自殺しており、豹馬と川上にとってはどちらも親の仇であり、太陽学園時代からライバルとして張り合ってきた関係だ。この世ではどちらかしか生き延びる事が許されない。

という、1970年代の交通戦争や暴走族を風刺した重い内容になっています。さだまさしの歌かよ。
主人公の葵豹馬は両親が交通事故死して孤児院で育ったのに、暴走族になってる。川上も。まあ、二人ともその暴走族ゆえの操縦センスを買われてバトルジェットのパイロットに選ばれたのだが、ちょっと性格が怖いね。スピード狂。あと、自分の命を軽く見積もる系の人だ。
暴走族ネタはこれまでも何回もやってたし、豹馬が孤児であるというネタも何回かやっていたが、今回は豹馬の両親を奪った事故を起こした相手が登場するということで、豹馬の孤児エピソード完結編です。
子供向けアニメでこの重さは結構きついものがある。互いに互いを親を殺した相手だと思いながら同じ孤児院で育った少年とか、結構ひどい境遇ですよね。まわりの大人はもっと気を使えよ・・・。まあ、ドラマチックではある。
ここら辺の重い感じは富野の作風に合っていて、うまくできていたと思う。
特に、豹馬に「死神!」と罵られていた川上少年の造形がなかなか良い。彼は加害者の子供であり、それでいて豹馬と同じく遺児でもある。しかも自殺されてる。幼い豹馬に「父さん母さんを返せ!」って言われたせいで自殺したとかな。っていうか、人を自殺させたことのある主人公って結構すごいな・・・。
んで、川上は死神っていうあだ名のせいで性格がひねくれて自分を卑下している所もあるんだけど、逆に加害者の遺族ということで普通の人よりも立ち振る舞いの行儀がいい。豹馬よりも真面目に世界の平和のために志願したパイロットって感じだ。
こういう、ちょっと影があるために過剰にいい人ぶるっていう屈折した芝居をさせたら富野はうまいなー。
あと、川上少年の声は神谷明なので、勇者ライディーンの要素もあり、前番組の主人公を乗り越えるという儀礼的な意味もある。45話の富野回でも敵のマグマ獣のスカルプがライディーンと同じような弓矢を使っていて、「前番組のライディーンよりも強いコン・バトラーV」という売り方をしているし、終盤でのパワーアップ感を表現しているんだろうな。


で、川上はサブタイトルの時点で既に特攻して自爆して死ぬことが決定している死亡フラグの塊のようなゲストキャラクターで、豹馬の孤児エピソードを盛り上げるためだけの記号的キャラクターになりがちな人だ。
だが、川上自身は豹馬以上のパイロットになろうと努力したり、ただ単に自爆するために出てきた人というだけではなく、がんばっていた。たった1話の中だけでも初陣を経て少しずつ操縦技術がうまくなっていったり、先輩のバトルチームとの絆が少しずつ深まっていったり、っていうドラマがあった。
しかし、戦闘の中でのちょっとした流れ弾で瀕死になる。それでも死ぬ前のアドレナリン放出によって無理して戦い、ガンダムのスレッガーのように自爆して果てる。こういう戦場の厳しさや危うさを描くのが、富野の作風だなあ。
スレッガーと違うのは、川上は息を引き取る寸前に豹馬に救助されて、豹馬に手を握られたまま死ねたことか。これは、豹馬が孤児としての被害者意識を乗り越えて、自分が家庭を崩壊させた少年の死を体で受け止めて、一人の大人の青年になった、という成長段階の物語性だろう。豹馬としては、自分が罵ったせいで自殺した大人の息子の死を看取るというのは、かなりのトラウマになりそうなものだが、豹馬は死に際の川上と和解できたことで、悲しいけども罪悪感は薄れたのではないだろうか。だが、悲しみは深い。しかも、この悲しみは宇宙人との戦争とは関係のない交通事故が招いた悲しみであり、人間ドラマだなあ。


また、演出技法として感心したのは、川上が自爆したあと、川上がすぐに死ぬのではなく、川上が生死不明の状態でコン・バトラーVが戦闘をするシーンが挟まれて、勝利したあとに川上を看取る。
このことで、川上が自爆したということを視聴者がマンネリ化した戦闘シーンの間に反芻することができる。
人間ドラマの反芻や人間関係の整理を戦闘シーンという「間」の時間を使って、脳の別の処理領域で行う。それで、戦闘シーンが終わって勝利してそれなりに高揚感が出たところで、改めて川上が死ぬシーンが出て、反芻した上で川上の死を視聴者が受け止めることができる。
川上の自爆と死の2回に分けていることで、その重みが増している効果もある。
こういう構成技術はうまいなーって思う。


あと、川上の髪のはねたところや三白眼や優等生的だが攻撃的でもある雰囲気が、どこか「どろろ」の百鬼丸の弟の多宝丸に似ている。多宝丸も悲劇的な死を迎えるキャラクターであり、手塚治虫富野喜幸の関係性がなんとなくファンとしてはにおってきて、面白みがある。



第50話 三段変身獣スネーグル
http://higecom.web.fc2.com/nanbara/story/story50.html
脚本:辻真先 絵コンテ:高橋資祐 演出:横山裕一郎 作画監督:金山明博


音波共鳴は同じような形のもので起こる、っていうのが、理系の電磁力のコンバトラーっぽいなーって思いました。
強制コンバインアウトさせられたコンバトラーのダメージ描写が面白かったけど、すぐに回復したのでカタルシスは薄い。ただ、超電磁スピンとダンゲルのスピンの正面衝突は伝説巨神イデオンハンニバル「地獄へ落ちろ!!」ギジェ「バリアー!!」に似てるカッコよさがあった。映像の原則的にも構図が決まっていた。あと、圧倒的な超電磁スピンが敵を完全に引き裂くのが無敵っぽくてかっこよくて、終盤らしいアクションの盛大さだ。


あと、ダンゲルはすでに捨て駒に2回くらいされていて、立場的にもう終わってるのにまだ生きてるので、スピード感が足りないなーって思いました。まあ、前編のガルーダも立場的には5話くらいで連敗して終わったのに26話まで生きてたので、これがコンVのテンポなのかなー。
そう考えると、シャア・アズナブルは出たり引っ込んだりしてうまいライバルキャラだったなあ。ランバ・ラルマ・クベララァと言う軸になる敵も入れ替わってよかった。ガンダムは色々と過去作の半生を踏まえている。
イデオンのギジェ・ザラルもザブングルのティンプも出たり引っ込んだりしてたよね。ダンバインの黒騎士のコスプレは情けなさすぎるけど、逆に味わい深い。



あと、やっぱり僕は特に意識してなくても富野回ばっかり感想が長くなるので、富野信者なんだなーって思いました。

声優になるには―初歩からプロの技まで

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