玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。旧玖足手帖から記事・ブクマを引き継ぎました。


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魔法少女まどか☆マギカ劇場版前編「始まりの物語」女性的な感情と男性的ゲーム性

魔法少女まどかマギカを見てきた。
わりと淡白だがソツがない編集で、テレビシリーズのクライマックス直前までを総集編にまとめていた。
一応テレビ版も見ていて、まどかマギカのタグはつけてないけど、ほぼ全話の感想を書いてた。
魔法少女まどか☆マギカ 9 話が面白い - 玖足手帖-アニメ&創作-
テレビで見た時の感想を一言で言うと「見た目と設定は面白いけど、段取り臭くて中盤の中だるみが酷い。しかし、作り手が作りたかったであろう最初と最後は作り手のノリが伝わってきて面白かった。ラストの魔獣が好み」である。
劇場でもあまり変わった印象は無く。
でも、魔まマは段取り臭いけど予想を駆り立てる所もあったので、テレビの「来週はどうなるんだ?」がインターネットのイベントとして楽しかったし、劇場版でも「来週はどうなるんだ?魔獣?」って感覚は少しあるので、今日見て正解ではある。


私は脳内妹と一緒にデートで行って、アシュラと続けて見ていたが、妹はアシュラの方で泣いてた。他のカップルを見ると、「見てない人でもわかりやすい」って彼女が彼氏に言っていた。私もそう思う。
彼氏は「繋ぎ目がわからなくて一本になってた」と。だからわかりやすい総集編映画として一気見するなら、劇場版の円盤を二本見た方がテレビ版を見るより安上がり。
それにつけても新訳機動戦士Zガンダムの映画らしさよ。
などと、老害のような事を言うが、まあ、作画はテレビシリーズから既にレベルが高かったし、背景美術等もやはり見所があったので楽しかった。
ショーとして魔女戦や魔法少女乱舞や杏子劇場やらを見るのは良かった。もともとテレビシリーズから綺麗な映像だったから劇場でも映える。イマイチ真面目にテレビシリーズを覚えてなかったし見返さなかったし、意外に忘れてたから、どこが変わったかは分からなかったが。あ、変な顔のさやかちゃんは変わっていた。残念さやかちゃんは結構面白くて好きな顔なんだけどなー。マンガ絵なのに、さやかちゃんは絶妙に美少女じゃない、かと言ってブスでもない普通っぽさがすごい独特ないいデザインですよね。親近感。

新作画と言えば、機動戦士Zガンダム劇場版は違いがわかりやすかったなあ(ステマ)
見返しているブログと言えば、id:kanabowさんです。
曖昧な魔法少女まどかマギカ 第1話 「夢の中で逢った、ような……」 - 放課後ハ 螺旋階段デ


ただ、機動戦士ガンダム 逆襲のシャアにも言えることだが、戦闘が連続しすぎて後半はお腹一杯になってしまい、映像が豪華過ぎて疲れた。贅沢な悩みかな?
まあ、アシュラとハシゴしたのと、アシュラの飢餓感覚を味わうために昼飯を抜いたから実際に疲れていた面もある。お金もないしε=(・д・`*)ハァ…


まどマギは戦闘以外の魔法が関係ない日常シーンも緊迫感を保った映像だから箸休めなシーンがなく、多少疲れた。演出としてはブリッジ的な追加カットがあっても良かったかな、とは思う。
テレビシリーズから過不足なく、多分全ての戦闘が入ってた。まあ、もともと魔女対魔法少女魔法少女対使い魔、魔法少女同士討ち、など、全ての戦闘は意味合いが違うから、悪くはないし、作画は良いし、面白いんだが。飽きないはずなんだが、やはりカロリー高い。130分だし。日常、戦闘、推理、謎解き、伏線、日常、戦闘、推理、謎解き、伏線、っていうテレビのリズムが繰り返されて、映画の旋律になっていない。こ、これは個人の感想だぞ!
「あと何話までするんですかねー」って言うところはあった。ホストマンダガーと三木眞一郎を倒すところまで。オクタヴィアちゃんはクリフ・ハンガー的に残されたが、テレビを見てると別に死んで終わってても・・・っていう気もするけど。飛田展男さんはさすがのダガーさん!カミーユじゃないか!セックス!
設定の説明のためにシーンが削れなかったんだと思う。まあ、多分富野なら設定ごと変えて映画にまとめるだろうが、新房昭之総監督は端正だった。
一番面白かったのは新規作画(?)の巴マミさんの丁寧な変身シーンで、ハートキャッチプリキュア!みたいな喜びが感じられて良かった。美樹さやかの変身シーンも水がモチーフの女子中学生のオリモノ臭さが感じられてエロくて面白かった。佐倉杏子の変身シーンは戦闘タイプだから淡白だったが、ちょっとパンツ見えた?


音響も劇場ならではの要素だが、私の座っていた席では、暁美ほむらが転校してきて教室に入ってくるときに背後のスピーカーから足音がなるところが一番面白かった。あと、戦闘で効果音が多かったり、BGMがなっているときはストレスが少ないのだが、セリフだけのカットの時、ちょっと人の声のトーンが大きくて、ちょっとセリフが鬱陶しかった。まあ、それもさやかちゃんのウザかわいさの表現だと思えば思える。
あ、梶浦サウンドはすごい耳に残ったし、Kalafinaは偉大な歌声だと思った。


さやかちゃんはメンヘラゾンビでウザイけど、等身大の女子中学生らしい馬鹿さ加減が本当に馬鹿だなーというのが伝わってきて、そりゃー女子受けするわーって思いました。だって、こんなバカでも一応は銀幕を晴れるんですからね!ほら、このアニメって基本的には「こんなにダメな私でも目立って変わりたい」って話だから。そこらへんで、今の若い女性の視聴者にも夢が見れますよねー。見た目可愛いし。夢をぶち壊しにしたのがBLOOD-C。ふみとおおおおお!


しかし、Fateのように男性的に理屈っぽくも段取りめいたゲーム的設定の情報解禁進行(魔法少女→魔女の仕組みとほむらの能力を段階的に明かしていく)を主軸にしてストーリーが進行するのに、横軸を彩る登場人物の行動が突飛でバカバカしい女性的な矛盾だらけなのが、中二病武侠エロゲーを手がけた虚淵玄らしいなー。女性の女性らしい所を描いてるけど女性を結構馬鹿にしてるよねー。でも実際女性は馬鹿だからなー。やっぱりそういうふうに女性をあしらうのがエロゲー作家らしくてマジすごいっす!って思うんだけど、そういうホストをさやかちゃんにぶち殺させることでマッチョイズムも微妙に否定して見せて女性視聴者への配慮も欠かさない、という気のつけ方がマジ才能っス!でも、割とほむらの「ここで真実を言えなかったのは過去にこういうことがあったから」って言う風にシノプシスの言い訳めいたことを登場人物が言っちゃうのは脚本のズルさだよなー、とも思う。


いや、まあ、でも、私の感想は悪口だけを言っているつもりはないんだ。そこら辺の、男性的な筋道の通っている*1設定と伏線やフラグの論理的な整理という面と、女性的な感情的な部分での強引なドラマ性が融合することで、広く受けるコンテンツになったんだろうなーっていう。そう言う汎人間的な感性って大事よね。


やっぱり、女性は気まぐれですから(エヴァンゲリオン大塚芳忠)。


って言う風に解釈しないと、ちょっと、杏さやの感情の流れはやっぱり一気に見るとわからないです。功利主義的に考えると、杏子の行動はおかしい。さやかを殺すとか言っておきながら、さやかと自分がゾンビになってたくらいでホイホイ過去話を段取りっぽく言って仲良くなるのは変だなーって、テレビも劇場も変わらず。
まどか母のバリキャリっていう設定も設定として「この人は有能な人だからいいことを言うだろう」という脚本技法だけど、あんまり良いことを言ってないので両面的だなあ。しかも「間違えればいい」だからどっちとも取れるよねー。結果、段取り臭く感じる。まあ、このアニメは「いかにいろんな世界をやりなおしても、まどかを魔法少女にさせるか」っていう段取りの話なので、まあ、そうなんだけど。ちょっと、その段取りのために登場人物の一貫性が損なわれてるし、キャラではなくストーリーの都合に言わせられてる感があるセリフもちらほらあるなー。


でも、女子中学生の上条君との恋に揺れたり、お父さんへの愛憎に振り回されたり、って言う不安定な時期っぽい不安定な行動だよね、っていうふうに解釈したら、まあ、30代男性の私でも「ハハハー、さやかはばかだなー」って納得できる。まあ、女性を馬鹿にしてるんですけどね。まあ、人間って割と馬鹿だから男性もダメなんですけどね。あと、この子達はどんな世界壊滅的な事件が起きても女子中学生だけで固まって行動して、一貫して社会を頼らない、っていう話なんですけど、そこは男性的な社会に対して全く期待すらしてない、っていう女子中学生の心理ですねー。背景の都会的街並みは男性原理で、硬質だけど女性には関係のないヘンテコなマテリアルとして強調されてますし。
(反面、まどかの部屋はかわいいもので覆い尽くされているされている)
ここら辺の社会性と男性への反感&幻滅というのは、輪るピングドラムの地下鉄やビルの描き方や、ココロコネクトの永瀬伊織ちゃんの父親の取ってつけたようなクズな終わり方に似てる。やっぱり大人の男として社会を動かすのは見ていて面白いものではないし、実際にインターネットでいろんな人の人生がわかってしまうし、不況も長引くと社会生活(ライフサイクル)に沿って人生設計をしていくことへの期待は最近減ってますね。あ、いや、僕は精神障害者として薄給で糊口をしのいでいますんで、バリキャリというライフサイクルからは降りています。御免ね、オタクでさ!



あ、話をまどか☆マギカに戻すと、映像の原則的に高いところで観察して登場したり、下手からさやかちゃんに襲いかかったりした杏子ちゃんが、さやかちゃんを助けるところのシーンでは上手上側から切り裂いて出現してお姫様だっこしてるんで、さやかちゃんにとっての王子様なんだよなーっていう直感に訴える演出がなされている。

だから、杏さやは理屈じゃないんだよ!見た目の印象だよ!本能だよ!
映像芸術ってのは理屈を超えたところにあるんだよ!エログロ映画ってのはこういうものなんだよ!ゾンビ映画だよ!感覚的な好意と嫌悪感の繰り返しなんだよ!
ということも理屈で組み立てないとレイアウトが決まらないので、やっぱり演出って奥が深いなーって思いました。


あと、基本的に女子中学生のマンコ臭いというかションベン臭い任侠ドラマが描かれていたんですが、ラストでまどかがまどかを妊娠してたので、本当に子宮臭かった。うわー女性原理だー!コワイ!母性怖い!自分のコピーを欲する女性は怖いよー!毒になる親!中学生からそういう欲望を持つ女という生き物怖い!でも富野ガンダムよりは女性ファンも多いし、チクショウ!
前編ではまどかが変身しないので、さやかちゃんがゾンビであることを2時間10分かけてじっくり確認するという構成になっていて、腐臭も漂っていた。
以下ネタバレ
マミさんのロリ回想がキャンセルされていたんで、マミさんは大人の女性の匂いだった。




つまり何が言いたいのかというと、海のトリトン勇者ライディーンで女性人気を獲得した富野由悠季監督なのに、最近はガンダムのイメージで男性ファンばかりで悔しいので、もっと富野にも女子中学生のファンがついて欲しい!悔しい!悔しいのうwww悔しいのうwww

ということが言いたかったというエントリです。

 ・観に来ているお客さんの男女比は6:4程度、意外なほど女性比率が高い。女性はほとんどが十代〜二十代で、単独で来ている人もいれば数名程度のグループで来ている人もいた。ちょっと前のゲーセンによくいたような、自意識の高そうな*1格好の女性はあまり視野に入らず、屈託の無さそうな身振り・服装の女性が増えていた。
http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20121006/p1

ヱヴァンゲリヲン新劇場版も、新訳Zガンダムと違って女性人気が高くて悔しい!ちくしょう!ちくしょう!


だが、待って欲しい。凡百の女性にモテたところで、私は幸せにはなれない。私は一人で富野アニメを楽しむ。なら、別に女性人気は気にしないで生きたらいいのではないか?
でも、女性は金を落としてくれるんだよなー。畜生!金だよ!


あ、あと、富野劇場版で脚本の都合のセリフといえば機動戦士ガンダムII 哀・戦士編でのマチルダさんの「大丈夫!」って何がどう大丈夫なんだって感じがすごい。

*1:もちろん、創作であるので物理現象ではない