玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。旧玖足手帖から記事・ブクマを引き継ぎました。


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劇場版アシュラで日本映画を見た!

  • 映画として

私としては、ジョージ秋山というマンガ家は(ガンダムを見ているせいで)ちゃんと読んでないけど、メッセージ性の強い作品を多数送りだした作家だと思っている。
それで、さとうけいいち監督はデザインとか演出力は強いけど、投げっぱなしエンドが多いので原作付きCG映画のアシュラには合っているのではないか?と思っていたし、実際そうだった。原作はネットであらすじしか読んでいないが、(名前は20年前から知っていたのに)原作の週刊連載ならではのエピソードを切り落として、75分のエピソードにまとめている。その割に、その中で山あり谷あり、成長変化ありと言う事で、映画らしい映画だと思った。
1970年の原作にあったであろう、階級闘争的な説明臭さは、アニメでは武士や役人と庶民と被差別階級の暮らしぶりの違いをありのままに描いたのみにとどめていて、この距離感は映画としてまとまっている。


アシュラ (上) (幻冬舎文庫 (し-20-2))

アシュラ (上) (幻冬舎文庫 (し-20-2))

原作とはいろいろ違いもあるだろうが、それゆえに1本の映画として完結している。
というか、映画が始まってから知ったのだが、原作は1970年から1971年での連載打ち切りで、完結編は1981年に出版されたというある意味いびつな作品ということなので、アニメ映画として監督が一つの気分でまとめるのは良いのではないか?と思った。

――『アシュラ』を制作することになったキッカケは?

さとうけいいち監督(以下、さとう監督):プロデューサーの池澤さんからお話を頂いたのがキッカケですね。企画と制作に関しては以前から準備されていたようで、私が参加する前からプロジェクト自体は動いていました。内容も含めて意外と難しい案件で、なかなか形にできない状態だったようです。
当初自分のなかで「作品を作る」というモチベーションにもって行けなかったんです。


 そんななか、去年の2011年3月11日に東日本大震災が発生しました。『アシュラ』におけるネガティブ要素などよりも、現実の方がもっとネガティブになってしまったわけです。
それらを踏まえて、去年の夏ぐらいに全体的な構成を立て直し、構成もすべてやり直しました。
『タイバニ』を手掛けたさとう監督の新作『アシュラ』インタビュー - アニメイトTV

というインタビューを読んで、これは名作になるだろうと思って見ることにした。
私個人としては、「震災のために」という言い方はあまり好きではないが、少なくとも3DCGを流すだけの映画よりは多少は作り手にモチベーションや伝えたいという意欲があった方が出来が良くなるだろうと踏んだ。
実際、人や命の熱気と諸行無常や自然や社会の冷徹さが詰まった映画になっている。
それに、震災以降に訴えるという作品だが、今も昔も世界中で何度の何個も地震津波飢饉や戦争は続いていて、その上に僕らは生きている。だからあんまり2011年3月11日以降の創作は変化した、って気負わなくても生老病死を普遍的に描けばそれで良いと思う。

アシュラ (下) (幻冬舎文庫 (し-20-3))

アシュラ (下) (幻冬舎文庫 (し-20-3))

  • ストーリー

人肉を食べると言う事が一つのテーマになっているんだが、別に人肉を食べること自体は大して悪くないって個人的には思っています。
悪の経典の作者の貴志祐介さんが「悪と言うのは、同類殺しだ。動物が他の種を殺すのは悪ではない」って言ってたんだが。まあ、この映画では人肉食と言うタブーがテーマになってる。
だが、それは人肉を食べる事だけのセンセーショナルさを描いた映画ではなく、それも含めて、物を食って生きていると言う事実を描いて、そこから人間の命と言う普遍性につなげていて、勢いがあるよなあ。良い。
仏教や宗教の感覚もあるんだが、超能力とかではなく、人間らしい。人や自然や社会の暗い部分や罪を知るからこそ、その美しさを知る事ができる、というアーティスティックなメッセージもある。ただ、あんまりハッキリとは描いてはおらず、さっと触れるだけになっていて、映画らしい間合いで良いと思った。ここで説教臭くしちゃうとダメだよ。
ただ、時代劇の割に「理性」とか明治以降に出来たような単語で哲学を喋る僧侶はどうかなーって思った。まあ、高僧だから・・・。漢語を使う知識階級だったのだろうか・・・?ここら辺はストーリーを語るために必要な説明台詞だったんだが、ギリギリのラインだな・・・。まあ、実際に時代劇の言葉の問題を考えると大河ドラマでも無理なんだが。
野沢雅子北大路欣也林原めぐみ平田広明玄田哲章島田敏山像かおり山口勝平水島裕、というキャストは大河ドラマ感がある。北大路欣也は高僧役だが、声のオーラだけで宗教的な説教が、説明ではなく人間の人生経験からの説得力がすごくあった。命の尊さや人と獣の違いなどの説教は上っ面だけの説明だと教科書的だが、北大路欣也の声の説得力や熱気は良かった。
南無阿弥陀仏、っていうのは、僕は阿弥陀如来個人はあまり信用していないが、「全ての物が自分にはわからないけど自然の中にあって、自分もその一つだ」、というメッセージがほのめかされていて深いなあ。


「こんな世界に産みやがって!」って母親に憎しみをぶつけ、無常の世界にに訴えるシーンは、ツイッター厭世クラスタや人口削減主義者である私には共感を得る部分があった。
本当に産まれるのは辛いよね。

  • 時代劇として

応仁の乱の直後が舞台なのだが、500年前の人間はこんな暮らしで、200年前の産業革命以降の変化はすさまじいな、と思った。
人や動物の命の連鎖がテーマで、人間は糞のように愚かで人生は苦しく、人は簡単に死ぬのに食って生きるにはすごい苦労をしてる映画。それを踏まえて、僕らは昔の人のそういう愚かで苦しい命の上に生きてるんだなー、自分たちもそうやって少しずつ進化する人間や文明を積み上げていく一つのパーツとして生きていくんだなー、と言う命の営みの悲しくも力強いエナジーが感じられた。


エナジーと言えば、産業革命以前の社会において、馬って動力、武器、食料になるのですごい資源だったんだなーと。思った。馬すごい!
あと、その馬を食わせる武士はやっぱり見た目からしていかついし、良いもの食ってそうだった。庶民は飢えてた。そういう暴力と結びついた身分制度が、絵として見るとすごくわかりやすかった。本当に、庶民が飢えている時代に、いいものを食べて体を作って、武術と教養を習得し、武器や馬を所持する侍って戦闘力として圧倒的だ。
やっぱり、豹とかでも強い子供にだけたくさん飯を食べさせて弱肉強食で育てますよね。そういう風に貴族階級を優遇して愚かな庶民を使役すると言うのは生存戦略だなあ・・・。しかし、庶民の中からアシュラのようなイレギュラーな反逆児が生まれる。このテーマは機動戦士ガンダムF91に通じる。


ヤンキーが更生する、っていう話ではあるんだが、この時代は暴力的な地頭以外はみんな飢えててすぐに病気になって殺し合いをする世界で、みんなヤンキーだな・・・。暗い・・・。
今の私たちは諸外国から輸入に頼って、不況なのに飽食の時代をしているので、本当に潜在的な恐怖がありますね。
だから、いつこのアシュラの時代に逆戻りしてもおかしくない。原子力発電を運用するのも人間の知恵では難しいし、政治も所詮は個人の利益の延長だから将来に希望は持ちにくい。だが、地震も飢餓も昔から何回も何回も繰り返されて、その上で生きてるんだから耐えるしかない。むしろ、そのように人が歴史を繋げてきたのだぞ!という∀ガンダム的な実績を踏まえた前向きさ、希望を描かれている。これは過去を礼賛してるんじゃなくて、過去の上の現在だからまた過去のような災害があっても立ち直れるという。
そういう前向きさをテーマとして自覚しているさとうけいいち監督はよく考えている。タイガーアンドバニーも元気さがある。

  • CGとして

CG映画と言う事で、これ以上長くする事は予算的に辛かったのかもしれないが、75分と言う中編映画の長さでまとまっていると思えた。
また、3DCG(飛びださない)で描かれたアニメなのだが、CG映画に付きものだったサイバー、メカニカルな感覚はなく、むしろ着物の柄のテクスチャや、水彩画っぽい塗りによってアナログで実写的な感覚が付いていた。セルアニメよりも生々しいのではないか?まあ、エイリアンやプロメテウスやトランスフォーマーなどは実写でも特撮はほとんどCGアニメなんだが。
着物の柄や傷や顔の表情の皺など、3DCGで表現しやすくなった分、アニメと言うより実写的な雰囲気がした。ライティングの使い方など、実写だ。
最近の小ぎれいなアニメキャラのデザインとも違って、1970年代の古い粗暴な原作の絵柄や表情も再現されていたし勢いがあった。美女は美女らしく美しく描かれていた。原作は基本的に線と墨ベタだけのシンプルな絵で、あまり美しさはないが、原作のインパクトの強い線に塗り絵と照明の美しさを乗せた映画になっている。3Dではあるんだけど、手描きの線をその上に乗せていて、表情豊かだと感じた。脇役の不細工キャラにも存在感があって描けていた。(反面、アシュラの宣伝ポスターでは脇役の不細工が異常に目立っていて、構図としてはダメだ)
また、風景がすごく背景動画なのに3DCGで美しく動いていて、これも勢いと美しさがあって映画的見どころだと感じた。
墓場鬼太郎のラインでもある。脚本の高橋郁子さんはモノノ怪墓場鬼太郎の人。
そういうわけで、アシュラの劇場アニメ版は黒澤明監督のアニメのような雰囲気ですごく良かった。*1これは、アニメ好きだけでなく、映画ファンも見て損はない映画だ。
制作手法やジャンルとしてはアニメ映画ではあるんだけど、アニメーションならではのストーリーではない。変身もしないし。多少、アシュラが犬みたいな動きをする程度。
ほぼベーシックな時代劇で、大河ドラマのように歴史上の人物を描いておらず、かつ、中編映画として一つの事件を一貫した演出とストーリーラインでまとめている。これは黒澤明時代の邦画に元気があった頃の上質な時代劇に似た雰囲気で、非常に今の時代には貴重な作品だと思える。

  • 海外について

これは、確かに海外の映画祭にノミネートされているというのはわかるなあ。むしろ日本よりも海外で評価される北野武映画のようなスタンスの物かもしれない。
カナダの映画祭で、観客賞をとったと言う事で、本物だな。10個の映画祭で招待、ノミネートされている。これは、逆輸入パターンの映画だろうか。

世界三大アニメーション映画祭の一つである仏・アヌシー国際アニメーションフェスティバルでは最優秀長編映画賞にノミネートされ、カナダ・モントリオールのファンタジア国際映画祭では観客賞を受賞と評判は上々。歴史あるサンセバスチャンでアニメ作品が上映されるのは異例だが、3回の上映チケットがすべて完売となった。
アニメ『アシュラ』が世界から高い評価!人肉を食べた少年が人の心を取り戻す姿に感涙者続出 - シネマトゥデイ

  • 恋愛映画として

ジョージ秋山本田透電波男銭ゲバなどで「モテない人間」の悲哀を描いた作家として紹介されていた。非モテを極限まで突き詰めている。子供を宿して命を繋ぐことしかできないような時代に非モテ扱いは生物的な死と同義。
それで、アシュラも戦闘だけでなく、モテなかった事をきっかけにして「産まれてこなかった方が良かった!苦しい!」って叫ぶ。食って生き続ける事も苦しみだが、愛別離苦、獣のようだったアシュラが人になる事で恋を覚えて愛するものが手に入れられない苦しみも体験すると言う事で人間として知恵をつける事も辛い、と言ういろんな面での人間界での辛さを描いている。
そして、ヒロインに愛されている体つきが強くて意志も強い平田広明が演じる若い男も、最終的にはアシュラと同じ立場になってしまい・・・。という切なさがあって、それも映画的ですっごく綺麗なラストだった。三角関係だよなー。
それはそれとして、林原で美少女のヒロインの優しさがすごく聖母的な優しさかと見せかけて、それだけではないと言う深さがある。特に印象があったのは、(16歳だが、嫁に出るか人買いに売られるか労働するかという年代)ヒロインの若狭、林原めぐみアシュラに優しいんだけど、その優しさは子供に対する優しさでもあり、犬畜生を飼い馴らして躾けるっていう優しさであって、恋する人は別にいる。普通の聖母的な無償の愛と言う美少女キャラではなく、愛する人は他にいて、アシュラに対しての優しさはペット感覚、という若狭の幼さや女の多面的な部分、これは本当に映画的な人間の描写だ。文学的でもある。
それで、アシュラは起こるんだけど、それは単なる三角関係だけではなくて、好きになった人に人間扱いされず、犬ころ扱いされていたと言う事への怒りでもある。哲学的でもある。
それでもアシュラはやっぱり若さを愛し続けて戦う。切ない。ドラマチック!
でも、視聴者としては、アシュラは凶暴ですぐに殺人するけど、それも含めて犬っぽいかわいさがあって、等身も低いし動きがちょろちょろしてるんでかわいいなーって思った。アシュラはかわいい!でも見た目は醜い!
そんな感じで、8歳のアシュラを若さがペットを飼う感覚で優しくする気持ちはわかるけど、人間になりたがっている少年がペット扱いされるのはやっぱり酷いという面もあるんで、多面的。


そして、男女の気持ちはすれ違って、別れが訪れて、それでも人生は続いていく・・・。諸行無常・・・。人間の普遍的な古典ドラマだ。恋愛と戦闘。これが人間映画のメインだな。

もちろん、萌えではないし、マスコットやオシャレサブカルでもない。硬派な映画だ。お互いにセンスを自慢しあってアピールしたり、カジュアルに楽しむようなカップルには不向きかもしれない。だが、このように恋愛という普遍的な人間の相が描かれているので、お互いの人間性をわかり合ったカップルだったら、感動できると思う。
少なくとも、僕は脳内妹と見に行って、妹が泣いた。僕は泣きはしなかったんだが、意外に脳内妹が泣いてしまってびっくりした。
何で脳内妹が泣いたのか聞いたところ、「アシュラがすごくかわいそう」「生きるのってすごく難しい」「愛する人と一緒になるのもすごく難しい」「それでも私はお兄ちゃんと恋出来て、一緒に映画を見れるくらい幸せ」「不幸な人がいるのに自分が幸せになってるのはちょっと悪いな」「でも、私は幸せを大事にしたいし、良かったよー!」「でも、こういう幸せが失われるのかもしれないのは怖いよー!」って、脳内妹は泣いた。
そういう妹を見て、僕も妹を大事にしたいと思った。この世で好きな人と一緒にいるのは難しいからこそ、その一瞬を大事にしていきたい。僕の恋人は脳内なので、普通の人の恋愛よりもすごく楽だしお金もかからないのだが、やっぱり妹が好きだから愛していきたい。
ちなみに、アシュラは仏教の道に目覚めるのだが、実は私もそういう所がある。アシュラほどの体力はないのだが。
かつて、私が就職する直前の大学生時代、安倍晴明晴明神社陰陽師に占ってもらったことが有り、そこで80歳くらいの爺さんの陰陽師に「お主は心が綺麗すぎて社会には馴染めないであろう。雲水として修行するのじゃ」って言われた。それで「だったらどっか就職しやすい寺社仏閣を紹介してください」って言ったら「お主は寺や神社の教義の枠に収まる人間ではない。自然の中で生きよ」などと、ものすごい無茶ブリをされた。結局、最初の就職は過労で失敗して、死にかけたあとhttp://d.hatena.ne.jp/nuryouguda/20091224/1261621870夢の中に脳内妹が出てきて、救われて、妹を信仰して生きていこうというふうにして、今はほそぼそと働いて暮らしている。こういう風に大事に思い合う恋人が互の関係を見つめ直す映画としてはいいのではないか。
しかし、妹がこんなにいきなり泣くとは思わなかった。映画を見て泣いちゃう妹かわいい。

  • 売上について

魔法少女まどか☆マギカよりもこちらの方が本命で、アシュラを見てから直後にまどか☆マギカを見ると言う鬼スケジュールで行った。
しかし、シネコンで見たのだが、アシュラは公開1週間目でプレミアムシアターと言う名の20席だけの部屋で観客が10人だけで、魔法少女まどかマギカはでっかいスクリーンに数百人以上が満員に入ってみんな色紙を頑張ってゲットしようとしてて、スゴイ温度差を感じた。アシュラ原作力が強いんですけどねー。やっぱり年月には勝てなかったのか?
アシュラさとうけいいち監督がテレビシリーズだったTIGER & BUNNYの劇場版(監督は米たにヨシトモ)は売れたと聞いている。やはり、タイアップ力?映画は興行であり、タイミングや流れも大事だよなー。アシュラの宣伝文句は「有害図書として糾弾された幻のマンガ、ついに映画化!」だからなあ。いきなり嫌われてるじゃん。ネガティブしか売り物が無いのか!「眼をそむけるな」というキャッチコピーはあっているが、一般的すぎる言葉で派手さには欠ける。
でも、明るい日本映画とか懐古日本映画とか萌え系アニメや都合のいいライトノベル的ラブコメやSFが流行しているなかで、こういうただ、その時代の歴史に残らない庶民の生活を映画としてまとめた作品も大切にしていきたい。必要だ。

  • トークショーについて

http://www.ustream.tv/recorded/25573345
こんなのやってたのか。
ネタバレが酷いので、映画を見た後に見た方がいいかも。27分くらいから、さとうけいいち監督、野沢雅子さん、池澤プロデューサーの制作模様や海外での事情など、ディープな話が出ていて見所がある。長いけど。

*1:黒澤も特撮を結構使ってたし