玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。旧玖足手帖から記事・ブクマを引き継ぎました。


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翠星のガルガンティア 第11話「恐怖の覇王」

せっかく、レド少尉が尊敬していた上司のクーゲル中佐と合流できたのに、サブタイトルが「恐怖の覇王」って、ひどい。
レドきゅんは原隊に復帰できて、ヒディアーズの秘密を知って動揺していた心がすごい安心したというのに。
実際、クーゲル中佐とストライカーは地球の反対側(これもどれだけ本当か?)の現地住民を人類銀河同盟の主義を中心にしたイデオロギーと絶対的な力と宗教的圧倒で飼いならしていたので、その様は恐怖政治を利用する覇王そのものなのだが。恐怖の覇王という言葉ではやはりネガティブな印象がある。
また虚淵玄ディストピアだよ!!!
すっごいディストピア思想について解説してたけど、残り2話だから悪役(?)の主張を明確化してるんだな。
そこらへんの説明っぽさは虚淵玄の相変わらずのディストピアシステムで、あーまたかー。って感じだった。
魔法少女まどか☆マギカキュウべぇの「セカイの仕組み」とかシビュラシステムとかー。
で、そこら辺は前作では「やっぱり世界は残酷なので」っていうニヒリズムが作品の全体に流れていて、主人公のポジティブ女子の反抗はその世界全体に対しては一石を投じたに過ぎないのだが。
まどかのやったことも妙に歪みがあったし、結局魔獣は出てるし。っていう暗黒面を強調する流れがあるんだけども。
Fate/Zeroの聖杯とかも世界の根源がどうのこうのだし、そういう流れだなー。


対して、本作翠星のガルガンティアが新しいな、と思うのは、ラケージとかピニオンとかのアクティブな人が出てくるところ。
ストライカーの構築した社会のような最適化された固く、そして個人を圧殺する社会構造システムの理屈はあるんだけど、その中に、それとは独立して(表向き従ったふりをして)独自に動くようなアクティブな女海賊ラケージとか、ガルガンティア船団に残ったエイミー達とピニオンとメルティの絆とか、そういうイズムでは割り切れない人の元気さみたいな要素があることで、これはやっぱりザブンブルっぽいよなー。
ラケージは絶対、戦闘メカザブングルのグレタ・カラスみたいにしつこく再登場すると思ってたので、うれしいですね。
ラケージはレズのお姉さまだし、ザブングルのババアよりもエロかっこいい。
でも魔まマの杏子みたいにファイナルベントされるかもしれんけど。まあ、それはそれで。


そういう人の活力みたいなものをうまいこと表現してくれたらいいですね。
SFとしてもいろいろと面白い要素はあるけど、今までの虚淵作品は理屈っぽさが蔓延して、議論のための議論とか、ハウツー本レベルの処世術(「本当の自分と向き合えますか?」とか)みたいな下品さを感じてたので、ガルガンティアでは素直なエンタメになってほしいし、そのためにSF要素をうまく生かしてほしいなあ。
そこらへんを村田監督なりオケアノスのスタッフの皆さんがうまく手綱を使ってほしい。


やっぱり、SF設定よりも、アニメーションでの面白さは人の心の動きだと思うんで。
そういう点では、レドきゅんが今週もいろいろ心が揺さぶられてて苦労しててかわいそうだけどかわいかった。美少年が苦悩すると萌える!
ディアーズからエイミー達を守るためにクジライカの巣を殲滅し、ヒディアーズが人間だと知ったせいで考えることに疲れていたら、古巣の銀河同盟の尊敬する上司と再会できて安心する、っていう心の持ち上げ。
しかし、そこで再開したクーゲル中佐は顔も見せてくれないし、現地住民もなんだか目がうつろで幸せそうではない、だが、クーゲル中佐は「幸福度を向上させた」と機械のような説明をする。レドはそのクーゲル中佐の態度に疑念を感じたかもしれない?
人類銀河同盟のように、
「個体が社会全体に奉仕する効率が高いほど幸せである」という定義は人類銀河同盟の主義主張なのだが、それを現地住民にも押し付けるのは人間味がない感じがして、やっぱりクーゲル中佐とストライカーはどこかおかしくなっているような雰囲気がある。
ストライカーとチェインバーの会話も機械同士の密約、暗黙の了解という感じだが。しかし、レド少尉の風土病の身体検査に異常がなかったことは、今後どういうネタにつながるのかな?
それで、ダメ押しでクーゲル中佐はガルガンティア船団に「啓蒙活動」を行う、と言う。それをするとガルガンティア船団の雑多だが自由と活気のあった暮らしがクーゲル船団によってぶち壊しにされる。そうすると、レド少尉が地球に落ちてきてからエイミー達と培ってきた新しい思い出もぶち壊しになるわけで。それで、レド少尉はさらに苦悩して、来週へ。
いやー、レド少尉がいろんな事件に心を悩まされるところを見るとかわいそうだけど、Zガンダムカミーユの苦悩を見るみたいで萌えます。

この世界は僕らを待っていた (Originally Performed by 茅原実里 「翠星のガルガンティア」より)

この世界は僕らを待っていた (Originally Performed by 茅原実里 「翠星のガルガンティア」より)


あと、良いな、って思ったのはピニオンが「やらかした俺にはだれもついてこねえ」のあと、メルティに「やらかしたって、あんたがドジなのは昔からだし。それくらいで誰も愛想をつかさないよ」って、オーガニック的なやさしさを見せたところ。ここら辺は、すぐに人の価値を決めて淘汰する人類銀河同盟の社会システムとは違う、人の縁ですね。
こういう同じ船団の仲間意識はキングゲイナーっぽくもある。ただ、富野ファンとしては悔しいが、キングゲイナーの駅伝回よりもガルガンのBBQ回や謝肉祭などのほうが生活感の描写がわざとらしくなく上手く定着しているから、メルティのピニオンへのやさしさが自然に見える。(絢爛舞踏祭は見てないので、見たい)
だから、富野アニメの面白かった要素を翠星のガルガンティアは上手く整理してるなーって思う。
ピニオンには幸せになってほしいですね。


あと、エイミーとメルティはお手紙配達娘の仲間だし、離れていても同じように伝達役をガルガンティア船団とフランジ船団でやっていたから、なんとなくもう一度合流できるような、見えない絆を感じて、安心感がある。
快楽天ちゃん、サーヤちゃんは今回出番がなかったけどな!!!



ラケージお姉さまとその妹のおっぱいで我慢する!

翠星のガルガンティア(2) (ファミ通文庫)

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