玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。旧玖足手帖から記事・ブクマを引き継ぎました。


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#翠星のガルガンティア 最終回 #GarGanTia 富野ファンの感想

ガルガンティアは面白かったのだが、でも、三日前にVガンダムの最終巻を見ちゃったのでそれに比べたら空間と時間の使い方が惜しい。いや作画は勝ってる。
ロボットアニメの最終回のラストバトルはオタクにとっては大事ですよね。
やっぱり最終戦闘黙示録はVガンダム最終回ですわ。 銀河宇宙成層圏山脈を機械兵士が乱舞する!でも、Vガンダムは作画が21世紀のCGアニメに比べると弱いか。いや、F91の全盛期のメカアニメーションは21世紀CGよりもいいか…。(F91はキャラの顔が押井すぎるという時代性もあるんだが)

  • ロボ作画について

マシンキャリバーの作画はアニメーションとしては良いんだけど、マシンキャリバーの本来の性能を考えると、もっとすごく動くんじゃないかなー、と言うぜいたくな不満を抱きつつもある。最終回のラストバトルは大事。
同じような最終決戦をしたのは∀ガンダムだが、ターンエーとターンエックスは性能が破損してる設定だし、ギンガナムが戦いが下手という言及があることで、アニメーターの殺陣の限界を許容してるのがすごい。

チェインバーとストライカーも初期の性能よりはパワーダウンしてるんだろうかね。ターンエックスは見た目から欠損してるのがテーマ性を感じさせるデザインで素晴らしかったなあ。
最終決戦黙示録ではイデオン発動編もすごいし、イデこそ人類進化促進システムなんだけど、イデオンは80年代初頭の最高の作画だけど、それでも作画の限界はあったし、そこを「亜空間でぶっ飛ばすからアニメーションでは細かく描かない」っていう演出に持ってった。マシンキャリバーのアクションはかっこよかったし、レド少尉の遠心力っぽさとか、飛翔感は鳥肌ものだったけど、ところどころ、説明セリフを言ったり聞くために飛行中に棒立ちになるのが残念と言えば残念だけど、わかりやすさ優先か。


  • 展開と演出の分かりやすさについて

12話の病人の処刑とか、勝手に動くロボとか、視聴者が確実に悪だと思える要素を入れたのが僕の趣味ではない。わかりやすい悪を入れるのは、視聴者の判断能力を軽く見積もってなめられてると感じた。
ただ、富野由悠季アニメだと、逆に視聴者の判断能力を高く見積もりすぎている。
というか、富野節と言われる圧縮率の高いセリフとか、一瞬だけ映る背景で伏線のストーリーラインを理解しろ、という強引なスタンスが富野アニメにはある。
F91のバビロン紋章があるから場面転換を理解しろって高密度演出とか。シオの末路の描き方とか。小説版で補完しないと設定や登場しているものの意味が分からんというのは富野アニメのボトルネックではあるよなあ。

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富野アニメはそういうところがあるので、制作スタッフやアニメーターも富野監督の意図を理解できないでミスってる時もある。Vガンダムジャンヌダルクにジン・ジャハナムの怨念が宿るようなところとか。
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だから、翠星のガルガンティアは富野アニメに比べると格段に丁寧すぎる作りだし、そのせいでキャラの感情が平坦で説明臭いっていうところもあるんだけど。でも、TVアニメとしてはこれくらいの圧縮率がいいのかな。ガルガンティアプリキュアとかの子供向けアニメに比べたら圧縮率が高い方のアニメだし、僕好みではある。
あ、でも、空気系アニメとか情感系アニメは意外と圧縮率が高く、無音系伏線が多かったりもするか。


コンテをもうちょっと圧縮できたら完璧に僕好みになるんだけど、それをやると時間通りに終わらなくなるからなー。でも、エイミーのセリフはもっと削れたと思う。僕は剃刀みたいな富野セリフが好きなんよ。でも突き詰めると出崎統のようにセリフ自体を概念演出するんよ。背景のアブノーマル配色とかねー。ガルガンティアではアブノーマル配色はなかったですね。謝肉祭でのエイミーを照らすのもヒカリムシの発行だというちゃんとした説明があったし。
そこら辺はガルガンティアの演出は自然主義的なんだよなあ。ギャグ顔とかディフォルメマンガ顔もほとんどなかったし。

チェインバーのラストの言葉、感動的だし、今までの説明臭いチェインバーの説明臭さの積み重ねゆえに、その説明臭さに若干の温かみが誤認できるっていうところでの感動しやすさはある。んだけど、言葉で言っちゃってることで失われるわびさびもあるんで、そこは選択の難しさですね。
同じようにロボットと別れるのはガンダムのラストでもよくある展開ですが、VガンダムV2ガンダム(っていうかZ以降のガンダム全部)はバイオサイコミュを積んでるからイデオンみたいに人工知能を積んでるわけじゃないですか。 でも、最終回のV2ガンダムは無言で「ガンダムよ天に昇れ!」を聞き届けたじゃないですか。やっぱ、そこらへんのわびさびがなー。
まあ、Vガンダムにおいてパイロット支援インターフェイスはハロがめっちゃやってるからなー。そこら辺はずるいよなー。

  • なぜそこにエイミーがいる

エイミーの見せ場、見せ場としては必要だったし、重要性はわかるけど、戦争として考えたらレド少尉は見てないよね。 録画はしてたかもしれん。

ちなみに、富野アニメだったらエイミーが来た時点で戦闘の光に巻き込まれてネリー・キムになりますね。そう考えると虚淵玄さんもシロブチになったのかなー。 でもエイミーはしゃべりすぎだし、レド少尉は「同盟同士の間に入るな!」くらいの富野セリフは言っていい

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そこらへんがナウシカになり切れなかったところなんですよねー。虫笛で戦闘の注意をそらして撃墜される、後日談には元気に登場、っていうZZのサエグサみたいな見せ方もできたはずなんですが、テーマと展開の分かりやすさを優先した。



ガルガンティアもメカの戦闘能力を削って概念の言訳みたいなセリフを増やしちゃったから完全なリアル自然主義ロボットアニメではないんだが。自然主義のロボットもおかしいか。

ガルガンティア が主役タイトルメカだったので、それは良いんだけど、もうちょっとザブングルっぽい貧乏臭さがほしかったかなー。ラストの後日談の丁寧さは評価する。

五賢人にとってもあれを使うのは初体験なので、もうちょっと説明書を読み直したりとか、そういう人間臭い芝居は欲しかったかなー、と。 ただ、その分、船を砲弾にする貧乏臭さとか、急造っぽさをジョーがちゃんと担ってくれて、そこは加点します。
あ、毎回散水するたびに五賢人の人は砲撃の訓練もしてたんですかね。どうも宇宙戦艦ヤマトみたいなメカの段取りセリフの専門用語を入れるのは生活感がない感じがしますが。五賢人の人は慣れてたんですかね。

まあ、ザブングルのラストのミサイルもちょっとギャグ描写に走りすぎちゃったので、そこのディフォルメを抑えめにしてリファインしてみた、っていうガルガンティアの演出スタンスも分かるし、そういう風に一貫してるところは偉いと思う。

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