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玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。旧玖足手帖から記事・ブクマを引き継ぎました。


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Gのレコンギスタ第22話「地球圏再会」変化と不変

脚本:富野由悠季
絵コンテ:宮地昌幸
演出:河村智之
作画監督:[キャラ] 杉本幸子、田村篤 [メカ] 重田敦司、松永辰 [戦艦]仲盛文


キングゲイナーのデジタル制作過渡期対応や「伏 鉄砲娘の捕物帳」、進撃の巨人(※矢島サコ美名義)で圧倒的実力を知らしめた宮地昌幸さんの絵コンテに、ブレンパワード∀ガンダムのころから僕が大好きな(実際にはZガンダムとかにも参加されていた)絵描きの重田敦司さんが参戦!!!
最高すぎるぜ!
全話富野絵コンテではないけど、こうやって頼れる仲間が集まってくるのも終盤に向けて熱いですよね!


語りたいんだけど、正直もう月曜日だしなんか疲れたし、宮地さんの演出は渋くて語りにくいし、重田敦司さんの絵の深さについて説明するのも門外漢だし…。
富野由悠季監督が口説き落とす!宮地昌幸氏がGのレコンギスタに参加した経緯。

↑こちらの方が詳しい


と言うわけで、このブログは毎週ガンダム Gのレコンギスタのキーワードのお題を中心に感想をまとめていく趣旨なので、それで行きます。

  • 今週のキーワード「変化」と「不変(普遍)」

とにかく今回、一番変化としてわかりやすいのはムタチオンですね。
うーん。ムタチオン、つまりMUTATION、ミューテーション、突然変異。人がミュータントに成る。
ラ・グー総裁が見せた身体の変化、ボディースーツを必要とする人はショッキングでした。ラ・グー総裁の肉体の見た目がショッキング、というより、カメラワークの見せ方が冴えていた。



この、アイーダさんの画面の下手から中央に移動する「意志」を見せつつ、カメラが後ろに回り込む「回転」!Gレコの1話の段階から僕は「Gレコでのアイーダは四角い世界の中の完全なる黄金の回転」と言っていたんだけど。
キャラとカメラの移動で心情と緊迫感を演出するのは「映像の原則」だし、「動画」の「静止画」ではない「変化」を内包した「画」という特性を!!!!最高!


ラ・グー総裁のボディースーツに関しては、ワンシーンでラ・グー総裁のものだけ見せられたので、今のところ評価できないしよくわからない。Gのレコンラジオでの初期設定ではボディースーツの中の金星人は身長が20センチくらいの小人に変化して着ぐるみを操ってるとか言う狂ったサイバネ技術だったらしい。もっとドラえもんの「人間の皮で変身」とか、攻殻機動隊義体とか、メン・イン・ブラックの小人宇宙人を想像してたけど、どちらかというと手塚治虫先生の「来るべき世界」というよりはブラック・ジャックの「人生という名のSL」に出てくる安楽死待ちの爺さんにパワーアシストスーツを着せて立たせただけと言う感じだった。
なので、判断材料に乏しい。何のために、何人くらい、どういう理由でボディースーツを着ているのか、それがどれくらいの秘密なのか、他のキャラクターもボディースーツを着ているのか、それがジット団のレコンギスタにどう影響したのか?肉体が衰えてるのに、普通にワインを飲んだりして内臓は大丈夫なのか?わからん。劣化は長寿が原因なのか、低重力が原因なのか、そもそもオーシャンリングの重力はどれくらいなのか?
ただ、それぞれになんとなく考えさせるフックのような作り方はしているとは思う。直接描写はしないけど、推測させることで氷山の下の体積を想像させるような芸。
結局ボディースーツが何だったのかはわからないんだが、上記のカメラワークの演出と吉田健一さんの表情芝居と、ピアニ・カルータ事件の不穏さと、
「ご覧になる勇気はおありかな?」
「私は見栄っ張りで、強がっているだけの女かもしれないといつも恐れています」
「あなたはお強い方です」
〜〜〜
「私は人類の女性として健康!」
って言うセリフ回しで「なんだかよくわからないんだけど重要なんだろうなー」という「におい」を演出しているのでじわじわと深みがある。


しかし、ムタチオンして変化している百歳越えのラ・グー総裁は「ジット団のような存在を知れば、人類と言う物はそう簡単に変われるものではないと分かります」と言う。肉体的に変化した本人が「人類は変われない」と言うアンビバレントなバランスの取り方が物語に緊張感を与えている。


ピアニ・カルータ事件で、彼は「人が劣化していくのを見て、地球上で人間に弱肉強食の戦いをさせて人の強化が必要だと宣言」した。それに対してラ・グーは「六つ目の海が潮でみちるようになれば人びとの心も緩んでくるのでしょう」「ボディースーツの実態を知れば、人類に絶望もしますよ」と評した。ピアニ・カルータの造反と亡命事件をアイーダは「一人の意見」と言ったが、ラ・グーは「一人の意見ではなく、絶望するのも当然だ」と思っているようで、彼の度量の深さを感じさせる。ビーナス・グロゥブに残ったが、再登場はするのか?


金星での1000年の長い暮らしは安定と共に肉体の劣化と言う「変化」をもたらしたが、それに対して弱肉強食の戦いで人類を強化させるというピアニ・カルータ事件やジット団のレコンギスタ作戦も急進的な「変化」だ。しかし、それを見て長命のラ・グーは「人類というものはそう簡単に変われるものではない」と「不変」だと評した。変化と不変が入れ子のように絡んでいる。
地球で発祥した人類だが、宇宙生活で環境は変化するが、その争いを好む心は変わらない、ということか?
また、ラ・グー総裁は自分の体を見たアイーダを「勇気のある方」と評したが、ラ・グーは自分の体が劣化して醜く絶望を誘うものだと思っているのか。そうすると、ラ・グーは体は変化していて200歳近いのに、美意識は「地球人として健康な体」を評価する価値観が「不変」だと言える。
ここら辺はサイボーグとして義体の使い方の上手さを価値とする攻殻機動隊(特に原作版)のサイバネティクスへの意識と違うな、と思う。富野監督はF91の鉄仮面やクロスボーン・ガンダムのドゥガチでサイボーグを描こうとした時期もあったのだが、∀ガンダムのムーンレィスのバイオ性別変更設定(小説版に受け継がれた)に反論したりしてる。ロボットアニメで未来の話なんだが、人の体をいじることに関しては嫌悪感があるっぽい。強化人間の描かれ方とか、ファティマを嫌悪する話とか。
「技術が進歩して人の体も進化したぞ!」という感覚に異論を唱えている感じではある。ここら辺は美意識の領域だし、何が正しいのかはよくわからない部分がある。ガンダム00はサイバネ義手とかサイボーグが割と普通に出てたし、ガンダムAGEガンダムSEEDも遺伝子操作人間の話だし、ガンダムXニュータイプが機械に分解されるし、ガンダムWは機械に未来を見せられるし、Gガンダムもデビルガンダム細胞でサイバネゾンビに成るし、ガンダムの監督の違いによるサイバネの描き方の違いを考えてみても面白い。


また、ラ・グー総裁は前回のラストでメガファウナの主だったクルー全員と会食したのだが、ボディースーツの中身の生身を晒して秘密を明かしたのは、メガファウナの中で一番高貴なアイーダだけ。ここら辺の情報を明かす相手を選ぶ貴族外交とか身分の意識もサイバネと体への意識と同じく、価値観として変わっていないと見える。そして、その身分とか気高さを保証するのは権力や血筋ではなく、アイーダの語ったような心のノブレス・オブリージュなのだが。その獲得していく貴族主義を語ったロナ家は滅びクロスボーン・ガンダムでは否定されたのだが。Gレコは女王誕生のアイーダの物語らしいので、高貴なるものの描き方はどうなるのか、残り4話でのアイーダの飛躍が気になる。∀ガンダムの王の代替わりも「高貴なる精神」として描かれたのだが。今回はどうか。


そして、金星のヴィーナス・グロゥブ建設の目的は月と同じくらいの大きさの超巨大フォトンバッテリー4つの超エネルギーで地球を隣の銀河系に飛行させて太陽が爆発しても大丈夫なくらい人類を永遠に生き延びさせるというSF的にものすごくスケールのデカい「変化」を目的にしている。だが、それが成し遂げられるには数百年かかり、それまでは人は金星の海と余ったバッテリーで存続する月やキャピタルタワーの下の地球で安定して退屈に生きたり死んだりする。
そういう劣化していくのが嫌だから、自分が生きている間に体を鍛えて地球で楽しもうぜ!という絶望の中に希望を抱いて急進的に行動するのがGIT団であるし、人類を弱肉強食で強化せたいのがクンパ・ルシータ。
なので、地球を他の銀河に飛ばそうというロザリオ・テンの計画もどれも「変化」を願っていて、それまでの「不変」期間のタイムスパンの違いでしかない。うーん。何が正しいのか…。


ところで、ジット団がロザリオ・テンに反抗して地球にレコンギスタした後、どうするつもりなんだろう…。フォトンバッテリーを作れるのは金星だけのようなんだが。地球に居座った後、キャピタル・タワーを占拠して、クレッセントシップとカシーバ・ミコシからフォトンバッテリーを貰えると思っているんだろうか?それとも、手持ちのフォトン・バッテリーが無くなったら原始に帰ろうという刹那主義者なのか?フルムーンシップのヒッグスルートカプセルがあれば金星でなくてもフォトン・バッテリーを作り出せるのだろうか???謎が多い・・・。
ジット団は政治的にはロザリオ・テンと対立してテン・ポリスのポリジットを殺害していたけど、ラ・グー総裁を暗殺したりビーナス・グロゥブの生産拠点を破壊したりはしてないので、反乱としては中途半端に見えるんだが。ビーナス・グロゥブのジットラボラトリーも保持したまま、地球と金星を自由に行き来するつもりなんだろうか。

  • 体は不変


宇宙船の中でもスカッシュをするって言うのは体育館やレジャー施設を完備したスタートレックにも似ているんだが。(ちなみに、スタートレックは西暦2300年代あたりの話であり、Gレコの方が未来なんだが、Gレコは何回か文明が滅んでいる)
ラ・グー総裁の衰えた肉体と対比させている。





そして、この重力の存在を前提とした調理器具!まな板が使えるのも火が燃えるのもフライパンを返せるのも全部重力が前提!クレッセントシップはスコード教のタブーで技術の進歩が禁止されている地球とは違うし、惑星間宇宙船なのに、このアナクロなキッチン!!!野菜は生のものを包丁で切る!
スタートレックとかシドニアの騎士とか他の宇宙SFだとレプリケーターや合成食物とかがよく出てくるのだが、そこで未来の技術をアピールするのがSFの一つの手法だが。Gレコはむしろそこで古臭いキッチンを描写することで、「人の体に入る食は不変であるべき」という美意識を描いているような気がする。空気と水の玉はチュチュミィの金魚鉢に超圧縮できるのだから、食べ物も圧縮栄養の点滴でもよさそうだが、4話のメガファウナでの「良い油つかってる」発言とか、食文化が変わってないとアピールしてるっぽい。
なので、すごい未来人の話なんだけど、現代の視聴者が見ても「同じものを食ってるしこいつらも人間なんだろうな」という親近感がわく、と言うテク。見せたいのはSF技術やギミックじゃなくて人間ドラマなんだな、と了解する!(シドニアの騎士も和食にこだわったりしているのは同じような理由なんだろう)
まあ、ミノフスキー物理学は万能だし、ロボット戦闘はすごい未来っぽさがあるんだけど。


先日の映画の楽園追放とかBLAME!とかマトリックスだと「未来の人類は肉体を捨ててデータ化されてる」とかあるけど、そういうサイバネはやらないという強い意志を感じる。そういう意志がなければ、こんなに生っぽいスポーツシーンや料理シーンをわざわざ未来宇宙ロボアニメでは生き生きとは描かないんじゃないかな。(楽園追放はうどんを食べてたし、マトリックスはデータの食べ物につられて裏切るのだが)


でも、やっぱりクレッセントシップの厨房は突然なんかの事故で回転重力が止まったら全部ぶっ壊れるので本当に怖いんだけど!アーガマのぐるぐるとか!(あと、ホワイトベースも中央部に回転重力居住区があったけど、地上ではさかさまになってる上半分はどう使ってたんだろう…)
シドニアの騎士はちょっと宇宙船が方向転換しただけで重力の向きが変わっていっぱい死んでた。スタートレックの主な死因は椅子から転んだ時の頭部打撲。うーん。


ノレドの体重の「変化」というのも、今回のテーマに「気づき」を与えるヒント。



未来なのに雑魚寝は雑魚寝。

  • 変わらない人の命

今回の冒頭でのフルムーンシップの強行突破も印象的なのだが。
その際に強調されたのは「キア・ムベッキ隊長の遺言を受けてのレコンギスタ作戦」。
もちろん、トップをねらえ!みたいなホーミングレーザーとかマズラスターのビーム鞭とかでメカ戦闘の未来感は出しているけど、戦闘の激しさと言うよりは、「キア隊長を慕うジット団の気持ちの激しさ」の方が印象に残るように作ってある。
そして、コンキュデベヌスを見て「キア隊長が泣いています!」と言うフラミニア・カッレと、艦長の「隊長の死を悼んで、満艦飾を以って手向けとする!」で、ロケットペンダントの写真という死者の悼み方。どれも、かなり古い目の映画でありそうなかなりアナクロな盛り上げ方。
満艦飾で死者を悼むとか、戦記もの映画かよ…。
だけど、ネアンデルタール人ですら死者に花を手向けるという文化があったらしいので、やはりこれも「死を悼む気持ちは未来人でも同じ」とすることで「技術は変わっても、人の心は変わらない」という親近感を視聴者に抱かせる。
そういう親近感と高揚感を持たせることで、フルムーンシップのジット団が次々とポリジットを殺していく異常事態をどこか「当然のこと」と見せる構成の妙。キア・ムベッキ隊長の命とポリジットの命の重さに変わりはあるのだろうか…?
そして、キア・ムベッキ隊長の死を悼むという高揚感で責任感を回避しているようなジット団の殺人…。この闘争本能と責任をうやむやにしたまま戦争に突入していくハンナ・アーレントナチス論のような人の愚かさも、また不変なのだと描いているのか…?
ジット団はレコンギスタと言う希望を追っているけど、そのために人を殺したり騒乱で絶望を与えてるんだよなー。


  • 変化する人々の勢力とメカ

かなり豪快に乗換えや移動がある。これもまた「変化」

テン・ポリスやロザリオ・テンに反抗してレコンギスタという「変化」に向かうジット団のフルムーンシップ


フルムーンシップのホーミングレーザー(?)に撃破されるポリジット




キア隊長を愛していたクン・スーンは水没氷結したジロッドからビームウィップを使うマズラスター(アフラ・マズダー?)に乗り換え。キア隊長はフラミニアにも慕われていたのでモテる。




サーベル使いのジャスティマには女性戦士チッカラ・デュアルがそのまま乗っている。
ドリル使いのズゴッキーにはオカマのローゼンタール・コバシが乗ってフルムーンシップと共に地球圏へ。




ロザリオ・テンの港でジット団から奪ったジーラッハ(見た目はバーバ・ヤーガ)にマニィとノレドが乗り込んだ、と見せると、

ラ・グーから与えられたと思われるビーナス・グロゥブの汎用モビルスーツザンスガット(緑)にノレドが乗ったり、ザンスガット(赤)にケルベスが乗り換えたりしている。レックスノーはどこへ?



前回マニィとノレドが盗んだG-ルシファーにはラライヤ・マンディが搭乗。ネオドゥはどこへ?
ジット団は反逆したし、G-ルシファーやジーラッハの窃盗についてはラ・グーが地球人に対して特例で与えた、ということになっているのだろうか。


物凄い料理とスポーツによるすっ飛ばし演出で数日間の惑星間航行を果たしたフルムーンシップとクレッセントシップ。地球の静止衛星軌道、キャピタルタワー上空に到達。
そこで、月のトワサンガのハザム政権やドレッド軍に反対していたレジスタンス、レイハントン家派のロルッカ・ビスケスとミラジ・バルバロスはジット団が開発して、同じく盗んだダーマやトリニティをアメリア軍に渡そうか、と言う画策をする。なぜ???

↑トリニティ(三位一体)

(丸いカバーの耐熱マシンがダーマ、中身がダハック)

ダハックが暗黒三つ首竜アジ・ダハーカ(アフラ・マズダーの敵)由来とするなら、ダーマはダマーヴァンド山が由来かも。ダブルミーニングもありそう。ダーマ(法)がダハック(竜)を縛っている、とか。

と言う説も。

↑なぜかクレッセントシップに乗っているが、カーキの制服はジット団出身。
逆に、クレッセントシップからフルムーンシップに乗り込んで船の性能を強化したクルーもいる。
脇役でも個人個人の思惑や派閥の意志で勢力を移動して変化する。


アメリア軍はトワサンガのドレッド艦隊と連合していたはずなので、トワサンガのレジスタンスとどういう利害関係があるのか?ロルッカとミラジは金星まで行って、逆に怖気づいたのか、地球のアメリアに住みたくなったのか?姫のアイーダがラ・グーと対面して覚悟を決めたのと対照的に、臣下である彼らが裏切りを画策する。これは姫が変化したのか、臣下が変化したのか?レジスタンスで仲間だったフラミニア・カッレが彼らを騙していた金星人、ということも彼らの心境に影響したのだろう。
アメリア軍でのダーマとトリニティの活躍が残り4回だが期待だ。



G-セルフは最終兵器と思われるパーフェクトバックパックをメガファウナの中で着ける。

元気のPはパーフェクトのP。アサルトパックのマニュアルは∀じゃなくてアサルトのAだった?



アホみたいにデカいレンチだが、未来ロボなのに工具は「不変」と言うのが面白い。



G-ルシファーが2人乗りから3人乗りに変わったのは、後付けの変化かなあ?


で、すごい説明臭いセリフをクレッセントシップのエル・カインド艦長とメガファウナのドニエル・トス艦長がやりとりして、
「カシーバ・ミコシまでが低軌道に降りてきて3つの勢力(ドレッド艦隊、キャピタル・アーミィ、アメリア軍)がにらみ合っているのにG-セルフが第三ナットのワンジェラまで行かせる」
「キャピタル・アーミィがキャピタル・タワーを基地化しているのでベルリは気になるのです。だからと言って一人では行かせられません」
「ジーラッハはメガファウナと一緒にラトルパイソンまで慣らし運転」

と言うわけで、メガファウナからG-セルフ(ベルリ)、G-ルシファー(ラライヤ、ノレド、ノベル)、G-アルケイン(アイーダ)[ワンジェラまで]

ジーラッハ(マニィ・アンバサダ)、グリモア2機(ルアンとオリバー)、ザンスガット(ケルべス)、モラン(リンゴ)[メガファウナと並行してラトルパイソンまで]


が、発進する。


そこで、ワンジェラからキャピタル・アーミィのウーシァが出てくる。

キャピタル・タワーの第3ナットまでが基地にされたのは、金星に行っている間の「変化」

荒木哲郎さんの10話と同じような顔でベッカー大尉が敵で出てくるのは「不変」。
ベッカーが「クレッセントシップから出てくるものはドレッド艦隊の片割れ」とG-セルフたちを評したのは状況の「変化」。10話ではウーシァが地上で使われていたのに、ちゃんと宇宙で扇の編隊飛行をするまでに完熟したのも「変化」。



G-セルフのパーフェクトパックの背部からでたフォトントルピード(光子魚雷)はスタートレックの光子魚雷よりも小型で、バスターミサイルよりも多数の機雷状で、触れた物を低温対消滅させる超変化兵器!
凄い!
だが、そんなすごい武装を手にしても、ベルリは喜ばず、

「出力は100%じゃなかったはずなのに!」と、強すぎる兵器でキャピタル・アーミィを傷つけてしまい、殺人に嫌悪感を示すのは序盤から「不変」の部分。また、富野アニメとしても強すぎる武装に主人公たちが嫌悪感を示すのはイデオンダンバインVガンダムからの伝統でもある。
あと、ベルリは嫌なことがあると髪を引っ張る癖が変わってないんだな、と。22話だけど序盤の話との不変の共通点を見つけられる。



ワンジェラに新しい宇宙戦艦が配備されているのはキャピタル・タワーの変化だが、



9話でウィルミット・ゼナム長官が登録したアイーダ・スルガンのIDが戦況が変化しても有効で、スルーパスできる!というお役所仕事の「不変」。第9話でのさりげない登録が伏線になるとか、上手い。
また、ここで映っているキャピタル・アーミィの2人は第1話でラライヤ・マンディを監視していた兵士なので、なつかしさがある。テレビアニメリアルタイムならではの感覚。
実家のような安心感!!!

諏訪部順一キャラが増えすぎだがジュガン司令とクンパ・ルシータ大佐もいるぞ!アイーダはここでピアニ・カルータ大尉を告発したりはしないので、バカではなくなっているのか?ジュガン司令にクンパ大佐の事を言おうとしたが、法皇人質事件のことを言われて有耶無耶にされたのか?
主人公たちが留守の間にも情勢が変化してる、というのは機動戦士ガンダムZZのマシュマーの巧妙なコロニー落としみたい。そこで、マスク大尉がカシーバ・ミコシを占領して法皇を解放したと、事態が二転三転していた様子。
アイーダはジュガン司令に捕虜にされかけたが、マスク大尉のガランデンに合流するというベッカー大尉の騒動の間にノレドの呼びかけでさりげなく脱出。ウィルミット・ゼナム長官が怒鳴り散らしていたのも現場を混乱させて脱出しやすくなったと、ベルリが言う。
そんなドタバタした基地の中で、金星で革命を目指したピアニ・カルータ大尉が変化したクンパ・ルシータ大佐は

「見ちゃいられんな。マスクにサラマンドラを沈めさせてフルムーンに向かわせりゃいいのに」と思いながら、お茶を入れて事態を変化させないでノータッチしている。
地球圏ではあくまで黒幕役で指示はしないというスタンスか。地球人の自主的な弱肉強食を見守りたいのか。
「事態は私の思惑などとっくに乗り越えられています」と言っているので、いろいろと諦めちゃったんだろうか?
情勢や勢力が本当に毎回流動的に変化するアニメだ。

  • 再会


再会その1
再会、母よ…。
「変化」キャピタル・タワーの基地化。ベルリが出生の秘密を知った。ウィル長官がG-セルフの性能を気にするようになった。
「不変」タブーをさせないという母。クラウンの定刻運行。母の抱擁。「どこへ行ってどこへ行くのくらい聞いてほしい」という息子の子供心。「立派なだけじゃ子どもはたまらないよね」「プライドにはなるから良い母さんだよ」という心。
やはり、状況や時代は移り変わっても、養子だと知った少年の心境の変化とか、それでも変わらない育ての親に対する依存心とか、そう言う「人としての感情」は「不変」だと描いている。ドラマだなー。
満艦飾のフルムーンと言い、すごい未来の話だし色々と目まぐるしいけど、ベタなドラマはすごい古臭い映画みたいにこなしている。




再会その2
モンテーロモンテーロじゃないか!プラモデルの在庫が売れるね!!!

色は変わったけど、宇宙で羽根付きと言うのは「不変」。
アイーダの父の乗っているラトルパイソンにメガファウナが横付けしたのでアイーダとグシオン・スルガン総監の再会も予感される。メガファウナでラトルパイソンに近づいたら、アメリア軍もキャピタル・ガードのケルベスとトワサンガのリンゴも味方と判断してる「変化」。ベルリはキャピタル・アーミィのベッカーに敵と見られたのに、迎え方を変えて緩急をつけている。どこででも戦闘に成るわけではないのか。
で、ワンジェラに寄ったメンバーも一旦メガファウナに戻る。そこで、クレッセントシップが合流するまでマニィはジーラッハで訓練をしろって言われるが…。ワンジェラでベルリがおふくろに会えたという事を聞いたので、マニィは「私だって負けない!」と出奔!
「我々はメガファウナとラトルパイソンの周辺警戒!」と言ってマニィを出掛けさせるリンゴは何か考えているのか、単にアホなのか。




再会その3
マニィとルイン!
その前にマニィとバララが再会して戦闘になってしまう!!!ベルリの次に再会を続けるかな?と思わせて、その前に試練イベントを置くという構成の変化。アメリア軍のモンテーロが意外にも友好的だったので出迎えが戦闘だけではない、と思わせておいて、やっぱり遭遇戦でした!と言う緩急の変化がリズミカル。

割と素人のマニィが操縦するジーラッハがバララ・ペオール中尉たちをビームバリアーで圧倒するのは変化かな。巨大な敵が来た!と言う変化。マニィ、あわや艦砲射撃の藻屑に成るか?ハラハラ!

そんな激戦なのに、マスク大尉が光信号を関知した!光信号の不変性!
ルインはマスクを被ったから遠くが見えて光信号が読める人に「変化」したのだろうか?CDとか読めるんだろうか。
発行信号を読み取った「ル・イ・ン・リ」とマスク大尉の「変身」がここでドラマチックに効果!
「圧倒的な味方になります!」
と言い放ったマスクは目が隠れているのに、作画に力があってイケメンに見える。そのイケメンマスクにバララが

ヘルメットを投げて気を引くけど、マスクはジーラッハばかり見ているので、そこでマニィとマスクの中を感知したバララが引く。マスクはやっぱりマニィを一番気にしていて、自分に目線を寄こしてくれないってバララは感じた。ここのマスクの下の視線を読み取って女心が短時間で「変化」するのは、新訳Zガンダムのレコアさんみたいだ。


そんな立て続けの「変化」の後だからこそ

ルイン・リー先輩がマスクに成っても変わらないでいてくれた!!!という「不変」が滅茶苦茶尊い!マニィ良かったねええええ!!!
マスクはルインということはガランデンでも知られていなかったようだが、それを変えるかもしれないのに、マニィがルインと連呼するのをルインは止めないで抱きしめるので、尊い。恋人たちの絆は変わってなかった!
マニィが一所懸命操縦を練習したという変化も偉い!
マニィは1カ月くらい留守にして金星まで行って、その間にマスクは法皇を助けて、互いに大冒険したのに、変わらないってなんていいんだろう!




今回ラストのガランデンを朝日が祝福して、

第8話の夕日から変化させて対比させるって言うのは、滅茶苦茶ベタなんだけど、泣ける…。


ベルリとウィル長官の抱擁は気持ちが変化した感じだったけど、マスクとマニィの抱擁はもっと力強く全身で抱きしめあっていて恋心が変わらないという対比にもなってる。
で、恋人達の関係は変わってないけど、やっぱりマスクは軍人だしジーラッハは圧倒的な戦力の巨大モビルアーマーだ。だから、メガファウナとキャピタル・アーミィの戦力は変わってしまう!
恋人たちは恋を変えさせないように再会を願って、戦況を変えてしまうことに気づいていないのか?
マニィは「誰のせいにもしない」って言って兵器を黙って持ち逃げするという蛮行をしてしまったが。マニィ・アンバサダちゃんは恋心を優先したので、自分が兵器に乗っているという事を忘れてしまったんだろうな…。ロボットを兵器とみるか、乗物とみるか、マニィが戦士ではなく運転を覚えたての女子高校生という甘い行動なんだな。自分が何をしでかしたのかいまいち気付かないし、兵器を横流ししたという発想すらないんだろうな。
「誰のせいにもしない」マニィはメガファウナからは責任の全てを被せられるのかもしれない…。
Gのレコンギスタは富野版風立ちぬという見立てもあるので、そうするとマニィの今回の行動は「風立ちぬ」の菜穂子の脱出行とかけてるのかもしれないし、もっと以前から富野監督はこういうドラマをやりたかったのかもしれない。
え、じゃあマニィの今後って…。ラストビジュアルはマスクと…。
マスクは法皇を奪還したので、仮面キャラの中でも活躍したかな?クロノクルよりはマシなラストを迎えられる?しかし、主人公が不在の時だけ活躍できるのがガンダムのライバルの宿命でもある。木馬と離れてララァを養成していた時のシャアとか。


あと4話!穏便に終わってほしいけど、そんなことは許されずに色々なものがまだまだ変わってしまうんでしょうねえ!

ムタチオンだけでなく、ニュータイプとして変化して宇宙で聞こえるはずの無い人の絶叫を聞いてしまうのか…。
そして、そろそろキャラクターの整理が始まる頃ですが、ロックパイ君…。

  • まとめ

今回は「変化」をテーマに書いてみました。
連続テレビシリーズなので序盤から変わっていない部分も印象的でした。
そして、未来の世界で「変化したもの」と「不変のもの」の対比を皆さんで考えて見るのも趣があるでしょう。
このブログも毎回、キーワードを変化させて書いてきましたが、あと4回、キーワードを変化させ続けて書けるのだろうか?それともマンネリで終わってしまうのか?
新しい飛躍があるのか?
富野由悠季監督の遺作になってしまうのか?
え、ハリウッドの話は?
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NHK文化センター青山教室:監督富野由悠季、語る。〜『Gのレコンギスタ』で学んだこと〜 | 好奇心の、その先へ NHKカルチャー
監督富野由悠季、語る。

〜『Gのレコンギスタ』で学んだこと〜