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玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。旧玖足手帖から記事・ブクマを引き継ぎました。


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白鯨伝説5~7話が上手い

感想 アニメ 白鯨伝説

第5話 超戦艦・白鯨
第6話 さらば! キングクーロン
第7話 はじめまして、幽霊船


GyaO!でやっているので見ている。出崎統1997年監督作品。
文句なく面白い。
gyao.yahoo.co.jp

  • 第5話 超戦艦・白鯨

前回、見習い船員ラッキーの故郷の惑星・モアドが紛争状態であり超戦艦白鯨に狙われているので助けてほしいとの話を聞いたエイハブ一行。
過去に白鯨と戦ったことのあるエイハブは興奮するが、アンドロイドのデュウに自分の恐怖感を指摘されたりして、若い頃の自分と白鯨との戦いの思い出を語る。なぜ彼は左目と左足を失ったのか?
美しい白い雪のようなものをまとう白鯨は宇宙連邦の戦艦でありながら石のようなものを持っているのか?
面白半分のようにエイハブを殺さずに目を潰し、左足を噛み切ったそうだ。惑星を吹き飛ばす超戦艦なのに、かみちぎったのか…。白鯨そのものの台詞は1話の冒頭以来なかったが、白鯨もガンバの冒険ノロイのような美意識を持っているのだろうか?
宇宙戦艦が鯨のように表現されているのが、この白鯨伝説という作品の独自性でもあり分かりにくい所でもある。
しかし、SF的に戦艦になぜ意志や生命のようなものがあるのか?とか宇宙連邦の文明レベルや戦術的な意味は?という「設定」を云々するより、出崎統が何を描きたいのかということを感じて行きたい。
白鯨伝説の鯨取りたちは銀河戦国群雄伝ライドラえもんのように、宇宙空間にヘルメットをせず口にくわえた小型酸素ボンベだけで出て行って、小型バイクのような宇宙艇に乗って銛や銃で戦うのだが。
SF的な設定の緻密さとかよりは「巨大なものに挑む勇者」とか、そのような人間の活力を描く方を優先しているのだと思う。
ヘルメットをかぶったり、パワードスーツをつけたり、モビルスーツに乗ったりせずに顔を出して戦うのはそういうロマン優先なのだろう。
ここら辺の強さを人に感じるかメカに感じるか、ロマンを戦闘機やロボットに感じるか勇者に感じるかというのは時代のトレンドで変わったりもする。
一例をあげると、機動戦士ガンダムに非常に影響を受けている甲鉄城のカバネリもロボットではなく超パワーを素顔で出している。ISとか最弱無敗の神装機竜《バハムート》とか艦これとか、顔出しのパワードスーツという需要が最近高まっているが、人間の表情と超パワー高機動を同時に描き切っている作品は少ないように思える。これは今後のアニメ界の課題だと思う。
仮面ライダースーパー戦隊シリーズとかアイアンマンとかやプリキュアとの関係性とかある。
昔の子供は高度経済成長時代のメカニズムやアポロ計画などがあったのでロボットやロケットにロマンを感じたが、今のスマホ世代は逆に(搭乗型)ロボットアニメにあまり興味が無かったり、というおもちゃメーカーの声も聞く。(ダンボール戦機は売れたらしいが)
ロボットからパワードスーツを経て改造人間やゾンビや美少女擬人化になるアニメのトレンドの趨勢と、ロケットからテレビ、パソコン、ビデオ、スマホに移行している技術的なロマンの流行の変化を考えるのも面白そうだし、そういう世代論をガンダムとカバネリの比較で書こうかな、とも思ったのだが面倒くさがってしまっている。


話がそれたが、おそらく私の予想では、出崎統が描きたかったのは壮大な宇宙戦艦のSF設定ではなく、それと互角に渡り合う宇宙の超人の命の輝きだったのではないかと思う。
ただ、惜しいな、と思うのは宇宙戦艦と互角に戦う未来の勇者を描くにしては作画が普通の人間を描いているレベルにとどまっていて、あまり壮大さが出ていない。
超戦艦白鯨の美術絵は美しいのだが、それに挑む人間の方が萬画絵でセル塗りなので。
ここら辺をファイナルファンタジーとかみたいな怪獣と戦うゲームみたいな感じにするといいのか、結構難しいものがある。
ロボットアニメだけど人間ドラマがメインというと、白鯨伝説の近くには学園戦記ムリョウがある。
ジョジョの奇妙な冒険6部ストーン・オーシャンの隕石の話とかも能力は宇宙レベルな割に絵面はプロレスだったりして、人間の表情を見せつつ壮大な能力を使うのは結構難しい。
カバネリとか進撃の巨人も人間パートで表情を見せつつ巨大化してみたり、というスーパー戦隊みたいな構成だったりする。
あとはガンダムの顔がパイロットになるGガンダムとかかなー。
アイアンマンやアップルシードのせせこましいヘッドマウントディスプレイ内の顔のドアップはダサいと思うんだが、仮面ライダークウガアルティメットフォームの最後の変身のオダギリジョーに寄せたスーツアクターの芝居とかも好きなんだよなー。


また話がそれたが、やはり出崎統はいろんなジャンルのアニメを作った人だけどSFとかスポーツの設定というよりは人の情を描いていくのが主眼なんだと思う。そこが富野由悠季と同じ絵コンテ主義作家でも方向性の違いなんだと思う。


  • 第6話 さらば! キングクーロン

なんだかんだで白鯨と戦うために惑星モアドに向かうことを決心したエイハブ一行。
さっそく、旅のための船の燃料や食料を調達しに部下たちは奔走するが、エイハブ船長本人は部下にほとんど丸投げしていてボクシングトレーニングをしたり遊んでばかり。
しかし、部下にいろいろ丸投げしているけど元気づけてモチベーションを上げてプロジェクトを推進している。というのは、アニメ監督としての出崎統の理想の自己像、なのかしらん?


そんな風に過ごしていると、エイハブ一行が住んでいた不法居住者の集まる巨大人工天体「キングクーロン(まあ、ほとんど香港SFとかブレードランナーみたいなアレ)」に宇宙警察の艦隊が年に一度の検挙に来た。ほとんどが公務員の点数稼ぎで本当のギャングは捕まらず、逃亡中のこそ泥や詐欺師を捕まえるばかりだったのだが、その警察の艦隊の中に白鯨に敗れた後エイハブが収監され脱獄した宇宙刑務所の元看守・ホワイトハットが刑事になって参加していた。
だらだらしていたエイハブはシャワーを浴びているときにホワイトハットに襲撃され逮捕される。
部下たちはエイハブを救出するために警察の宇宙船や基地に乗り込むが…。エイハブを助けるために活躍するアンドロイドのデュウ。
同時に、尋問されたエイハブはホワイトハットから凶悪犯は人格をアンドロイドに転写され奴隷にされる刑に処されると脅される。
そうすると、デュウも元は人間だったのか?


今回はエイハブをつけ狙う中年刑事との戦いという割とよくある展開なのだが、それに上手く絡ませて回想シーンでエイハブの刑務所時代の過去、ひいては人となりを見せ流れになっていて、うまい。
単なる説明や過去の解説ではなく、中年刑事との因縁っていう浪花節的なルパン三世テレビスペシャルみたいなエピソードに乗せて情報を入れ込んできている構成が上手い。
エイハブが逮捕される原因になったのは第1話でエイハブが取引した武器商人に売られたからだ、とか、デュウの謎の伏線の置き方とか、警察の宇宙基地を破壊してまでエイハブが部下に救出されるがエイハブは自分を捕まえたホワイトハットの命を救う…、と、話の流れが物ギレではなく連続してかみ合っていて、一つの行動が次の事件に影響していて、なんというかSF的というより詩的だ。

これほどエモーショナルにフィルムを演出できる映像クリエイターも、他にはいないと断言できる。むしろ「映像の詩人」とでも呼ぶべき鋭い感性を持ち、本質としては「情の人」というのが私見である。だからこそ、出崎統フィルムには血が通っていると感じられるし、観た者を圧倒するオーラがそこに輝いて見えるのである。
AIR(出崎統監督): 氷川竜介評論集


出崎統を詩人と評する人も多い。出崎統作品は脚本を絵コンテでリズミカルに変えたり台詞回しも独特のリズムを持ち、詩人キャラが作中に入ることも多い。ガンバの冒険ベルサイユのばらなど。
なのだが、このように台詞回しだけでなく一つのシーンが後のシーンにリズミカルに連結する流れは吟遊詩人のようだ。
白鯨伝説は未来の宇宙を舞台にしているのでSFかもしれないが、サイエンスフィクションというよりはスペースファンタジーに見える。
で、ファンタジーと言っても指輪物語からハリーポッターまで続く構造主義的な「掟」や魔法の設定を主軸にした物語も多い。それはそれで伏線の置き方などがきれいなのだが。
出崎統のファンタジーはそのような設定を重視したファンタジーというよりはもっと情の流れに見せて行く感じで、ファンタジーと言っても全体の構造とか世界観というよりはその場の流れの気持ちよさとか情感を語る感じで、神話的というよりは吟遊詩人の語るファンタジーという感じだ。
最近は夢の国のディズニーでも夢のファンタジーよりもジェンダーとか民族差別などの説教とか構造のメッセージで映画を作る、国策教条主義みたいなところがある。
それに比べると、出崎統のアニメは自由だ。
ただ、設定の決まり事から構築される世界観を見るのが面白いというファンタジーもある。なので、そういう価値観から見ると出崎統白鯨伝説はちょっとふざけて子供向けに見えるのかもしれない。
いや、でも、構造がしっかりした世界観をどっしり作られたガンダム(まあ後付けも多いのだが)みたいなファンタジーもいいけど、即興で話を作っていってそれで感情を見せて行くというファンタジーも、それはそれでアリなんじゃないかと思う。


ただ、やっぱりキングクーロンの中でのエイハブの宇宙船のレディ・ウィスカーがどういう位置関係にあるのかはわかりにくかったなあ。っていうか、考えてないんじゃないか?エイハブはレディ・ウィスカーの中に住んでるのかキングクーロンの中に拠点をいくつか分散させてるのかよく分からなかった。
なんでエイハブのシャワールームにいきなりホワイトハットが入れたのか、ちょっとセキュリティが間抜けすぎないか?って思うんだが、まあ、設定よりドラマ優先なんだろうな。
アニメーション監督 出崎統の世界 ---「人間」を描き続けた映像の魔術師


  • 第7話 はじめまして、幽霊船

警察の宇宙船の爆発から自分を逮捕したホワイトハットを捕虜にする形で助け出し、同時に惑星モアドに向けて宇宙船レディ・ウィスカーを発進させたエイハブ一行。
しかし、警察の摘発に追われる形で準備不足だったので燃料が足りない。エンジンの調子も悪い。
そんな船旅の途中、宇宙の幽霊船に出会う。
幽霊船の精神攻撃に襲われるものの、結果的にその宇宙船は幽霊船に偽装した人工知能の運行するタンカーだということが分かった。
だが、男気のあるエイハブは人工知能に船を任せてまで燃料を宇宙のどこかに運ぼうとして死んで行った乗組員たちのことを思いやったのか、それとも精神攻撃を受けたのか、タンカーの燃料を奪うことはしないで立ち去ったのだった。
というボトルショー。
全26話なのに一本筋で白鯨と戦うための最短ルートを行くんじゃなくてこういう寄り道のようなエピソードがあるというのも、旅人の作家、出崎統らしさだ。
設定を説明するだけで1クールが終わっていくアニメが多い中、このような余裕を感じさせる白鯨伝説はいいですね。白鯨伝説は製作費が足りなくて放送が間に合わない放送事故を起こしたり放送にブランクがあったり、と、そういう前評判を聞いていたが、割とまっとうにテレビアニメとしての冒険娯楽番組らしさもある。
こういうところはいいですね。


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