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玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。旧玖足手帖から記事・ブクマを引き継ぎました。


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宝塚富野由悠季×高橋良輔対談で国際政治の話を聞いた


12日に宝塚市の主宰で催された対談を聞きに行ってきた。
レポート記事を読みたい読者の方もいたかもしれないのだが、僕も花粉症からの風邪、うつ病デレステなどでブログを書く時間が取れなかった。早坂美玲SSRを持ってるから∀nswerイベントを盛り上げたいんじゃよー。



菰田将司氏のレポートはこちら。
note.mu
note.mu

 富野監督の話し方は独特なので、細かい言い回しのニュアンスの違いなどもあるが、ダイジェストとしてはこれでよかろう。
matome.naver.jp
シャア専用ブログさんはTwitterではレポートしてたけどブログには載せないのかな。



 で、今回話題になったのは「富野ファンになるのは辞めてください」というお言葉。

Q、創作のエネルギーの源は?

富野 貧乏症で生真面目なだけです。

高橋 今の日常に憧れていたんですが、それができるようになったのはアニメのおかげです。そういう生活を先にしていた先輩たちが、最近亡くなられてきている。自分もあと何年、と思っているが、後輩がやりましょう!と言ってきてくれるのがモチベーション。

富野 羨ましい。自分には怖くてできない。私は机の前から離れられないから。

高橋 ここで机の前に座っていられるあなたが羨ましいって言えばいいんでしょうけど、私はあなたが羨ましくないね(会場、爆笑)。

富野 生真面目にいいことはないです。みんな、富野ファンなんか絶対にやめてください!その生真面目さが持っている狭さというのは本当に怖いのですから。世間に出ていろんな人たちを見てください。
2017年3月12日手塚記念館トークショー「虫プロの遺伝子 ~ロボットを創った男達」後編|菰田将司|note

 生真面目で視野が狭いマニアが危険だというお話。マニアが危険なのはVガンダムの頃から口を酸っぱくして富野監督が言ってるので、まあいつものことなんだが。
 富野監督は広い世間を見てほしいという話。まあ、若い人は頑張ってほしい。僕はもう若くないし過労で世間の荒波に疲れたので精神障碍者としての余生なのだが。
 まあ、僕は富野監督のアニメが面白いなーって思っているだけで、生真面目なのかというと自分ではよくわからない。他人からは真面目だとよく言われるが、2週間も講演会の感想を放置してたし、書かなくてもいいかなーって思っていたのでファンとしてはそんなに真面目ではない。
 富野ファンを辞めろと言われても、面白いものを面白がるのを辞めるのは難しいので、本気で富野ファンを減らしたいと思ったらつまらない作品を作ってください。Gレコは面白かったです。


 また、富野監督は視野の狭い信奉者のファンは辞めてくださいというが、結びには「今日話したようなことを、お互い気を付けて、死ぬまでは元気にいたいと思っていますので。簡単にへばるなよ、ということです。僕も痛み止めを飲み続けるような体になってしまって病気には勝てないという実感を持ちつつ、野垂れ死にするのかというと野垂れ死にはしたくないので。皆さんがたの応援があるから生きていける」というお礼はおっしゃっていたので、応援はしていいと思う。富野監督が絵コンテの作業中に野垂れ死にしてスタッフに迷惑をかけない程度に課金をしよう!


 で、このイベントは事前に参加者からの質問を募って、対談の後に5つくらいそれが採用されて質問に答えてくださった。
 また、この対談の流れも司会者の方が両監督に質問をしていって進行する形だった。


 もちろん僕も質問を送ったのだが、結論から言うと採用されなかった。
 そんな僕が送った質問とは?
 CMの後で。


最近の国際状況についての質問です。
手塚治虫先生は世界平和を広く訴えるような作品を多く残されました。
富野監督と高橋監督も「機動戦士ガンダム」や「サイボーグ009」などの国際的なキャラクターが登場する作品を作られていました。
一方で、手塚治虫先生にはお二人がアニメ版の製作に関わった「火の鳥」や「どろろ」など、日本を中心に見据えた作品もあります。
富野監督は「リーンの翼」、高橋監督は「ガサラキ」や「幕末機関説いろはにほへと」で日本をテーマにされていたように思います。
現実の世界でも、最近は世界各地でグローバリゼーションへの反動からかナショナリズムが台頭してきているというニュースをよく聞きます。
それで質問なのですが、お二人は自分の国である日本と世界のバランス感覚や、世界の中での日本人、地方人というものを、どのように考えていらっしゃるのでしょうか。いままでと、今後の作品制作を通じて思われたことを聞かせていただきたいです。
また、富野監督はお孫さんが国際派でいらっしゃるので、日本と外国との関りは他人事ではないと思います。最後になりましたが、この場をお借りして、お孫さんの誕生をお祝いさせていただきます。

 うーん。生真面目なオタク丸出し。
 やっぱりね、孫の話はNGでしたね。いや、この質問を監督が目を通してくださったのかはわからないのですが。

 というか、孫が混血だからどうとか言うのは不躾だったかと反省しました。孫は孫、富野由悠季富野由悠季で別の人間だからなあ。祖父が富野だろうと外国人だろうと、お孫さんはお孫さんなりの人生を送るだけなのだなあ。それは他人が聞くことではなかったですかね。ごめんなさい。
 でも富野監督の作品はグローバルとローカルを描いてきたものがあるので、そういう人の孫が外国に羽ばたいていくのは面白いというか、ドバ総司令よりも丸くなって良かったですねというか。


 結局、この質問は小難しい生真面目なマニア丸出しだったので、答えにくいだろうな、とは自分でも思っていたのだが。
 しかし、対談の全体の流れから見ると、聞きたいことは答えていただけたかなと思った。僕くらいになると質問自体が採用されなくても、お話し全体から自分が教えてほしいと思っていることを汲み取るように注意深く拝聴するのだ。


 長い質問だったのだが何を聞きたくて質問したのかというと、まあ、手塚治虫門下のお二人から見た時代性と地域性の話。それは聞けたと思うので満足です。やっぱりね、アニメの思想史の中で、手塚治虫のアトムから始まり長浜ロマンロボットからガンダムへ流れる「国際協調」という路線はやはりあったのだけど、冷戦が終結した後あたりから21世紀初頭くらいの頃には逆に国連や国際協調への不信感と民族主義みたいなのが勃発してきて、それがロボットアニメにも影響を与えてきた流れはある。エヴァンゲリオンとかコードギアスとかガンダム00って国際協調へのアンチテーゼみたいになってますからね。富野作品でもダンバインリーンの翼の国際社会の描き方の違いでもある。ここら辺はめんどくさい問題でもあるんだけど、興味深いものでもある。
 で、手塚先生も子供向けには割とユートピアニズムで「平和は尊いんだ」という話を書いてきた一方で、「人間は基本的にクズだから」っていう劇画よりの作品も残している。ここら辺の理想と現実の配分は興味深い。手塚先生はガラスの地球を救えというキャンペーンを張ったが、果たしてそれが世間向けのリップサービスなのか、本当に彼の思想信条であったのかは難しい所だ。

Q、メッセージ性については?

富野 それはどれについて言ってるの?ヤマトはメッセージが強い。日本の風土を背負ってるし。それはガンダムも同じ。ガンダムは時代劇に近く、時代劇は日本の風土。人がロボットに乗る、というのは日本人が持っている科学への信頼、日本の技術信仰に関わってくる。アメリカはそれがないから、ヒーローは人で、スーパーマンが実写で戦っている。欧米は科学の外に自分を置く。だから科学が人型である必要がない。技術だけ。超人は「人型の人」。宗教のこともある。日本は八百万の神。明治以降に身のうちに入れた科学への信仰。それが西洋にはじつはない。


高橋 私は、ロボットはね、あまり語れません。そんなに好きではないから。ロボットが出るものを作ってるだけ。ただ、アトムはロボットものではないが、全部が入っている。合体、変形、巨大。そういう要素が全部入っている。富野さんが18mのものを作ったから、僕は4m、というくらいです。


富野 アトムは確かにロボットものではない。しかし、ならば何故それができたか。やはりこの地で敗戦を経験したから。それで萬画家として東京に出て行って立身出世をしていくというプロセスの中で、あの解放感というのがあって。ほんとうに戦争で言論を抑圧されてきた、だけどアメリカの映画を見、なによりもSF作品と言われるもの、それから西部劇です。そういうものを見ていく時に。特に僕らの頃に本当に西部劇が流行ったんです。あれは実はどういうことかというと解放感なんですよね。その解放感というのがあって、西部劇と安手のSF映画を見て、「うわーこんなことまでやれるのか、やっていいのか!」それも、総天然色で。色付きでやれるんだって言う部分の。あの精神的な弾けるなんていうものが、手塚治虫という元々絵が好きで漫画も小学校の頃から書きはじめていてなおかつ医科大の入学試験を突破できるインテリジェンスを持っていて、そういうインテリジェンスを持って育っていく中で。もう一つ重要なことを言いますよ。宝塚のネェチャンがそばにいるんですよ。これはかなりね。意識するしないじゃないの。現にホント昨日も、「うわーっ!すれ違うとかっこいいね!ネエチャンのケツが!こんな高い所にある!」っていう(笑)あのその、言っちゃいます。エロティシズム!美人たちは感じてません。こっちが勝手に感じるわけです。そういう風なものを、本当に戦争があって空襲があって、空襲の恐怖感は「この世界の片隅に」で表現されていたように、あんな感じに理不尽にダダーって撃たれるわけです。現に手塚先生のマンガの中でも空襲の描写はあります。あのプレッシャーから解き放たれ、半年後くらいに東京に出て行くぞ、という気分の向上心の中に、やはりその鉄腕アトムが持っているものがものすごくいっぱい。「時代を飛び越えることができるかもしれない」「日本の未来は明るいぞ」とか「やっぱりアメリカはすごかったんだということをきちんと分かりましょう」っていう。これらのメッセージをアトムから僕は感じましたね。その部分は、下手な歴史の先生がグダグダたくさん漢字を使って書いた本より鉄腕アトムの中に現れていると思っています。だって僕、今でも鉄腕アトムの前の話、「アトム大使」、宇宙船で集団移民してくるのが下りてくる話、今の移民問題ですもん。ほんとにそれはすごいと思う。なぜできたのかって言うとやっぱり、あの才能のあり方っていうのは、すごいんだけども、この風土と、そして時代が作ったものなんじゃないかな。というのは見逃していただきたくない。手塚ファンが、っていうだけで封じ込めていただきたくはない、ということは切におねがいいたします。間違ってないよね?手塚先生は単なる一漫画家じゃないんです。


司会 手塚先生はいつも地球を守ろうとか、平和な世界を命題にされていたので。大型ロボットというのも、敵と戦うっていう前提があるわけですから、そういう未来にならないようにしたいですね。


 時代性と地域性は富野監督の談話や作品でよく取り上げられるテーマだ。
 それは手塚先生にもあるものだ、という富野監督のお話は納得である。
 しかしながら、手塚治虫先生の世界平和志向が、戦争からの解放感、抑圧に対する感情的な反動、戦争で生存が脅かされていた少年が宝塚のエロスやアメリカ文化の解放感に影響されたものに過ぎなかったのかというと、一時的な時代性に過ぎなかったのかというと、僕としては寂しいものではある。いや、富野監督は手塚作品は今でもすごいとも言っているので、一時的な時代だけ、というわけでもないし、僕ももうちょっと手塚作品を読み込むべきか…。
 まあ、湯川秀樹とかアインシュタインとか、核兵器開発に関わった科学者が反核運動をしていた戦後、冷戦中の空気というのがあって、それは冷戦後の現代とは違うのかもしれんのだが。まあ、世界平和が絶対的に正しい思想かというと、それを盲目的に信奉するのも行動の自由度が下がるか…。戦うべき時に戦い、戦うべきでないときは戦わず、そしてなるべく戦わずして勝つ。常に時代に注意を払い、適切に行動する。そういう気概を持っておきたい。まあ、ニートみたいな生活しかできないので、僕は大した働きはしないんだけど。
戦争と平和 (アニメージュ叢書)


 宝塚のお姉ちゃんの話と言えば、来たるべき世界のポポーニャはタカラジェンヌの風土のエロチシズムの影響があったという話もあった。
 富野監督は本当にポポーニャが好きだな。
来るべき世界(1) (手塚治虫漫画全集)


 あと、やっぱり宗教や文化の違いは欧州人の婿を持つ富野監督は感じていることなのかー。僕はマーベルコミックの映画は、「アメリカ人は現実では戦車やミサイルで戦争しまくってるのに、映画のヒーローが徒歩でちまちました超能力で殴り合いをして気がすんでいるってのはつまらないし、もっと怪獣を船で殴ったりしてほしい」と思います。(まあ、パシリムも核兵器をオチに持ってくるのはちょっとロボットものとしては手抜きだった気がしないでもないんだが)
 国際世論とか、右翼とか左翼とか、インターネット時代ではいろんな陣営が自分の意見が正しいんだとTwitterとかで喧しいわけですが、なるべく情報源を自分で精査する知恵は民主主義国家の一員としては持っておきたいところ。(ここで教育問題が絡んでくるわけですが、教育を受けてないから大衆は愚かでも仕方がないというのは甘え。自分で本を読め。君の目で確かめろ!)

  • 余談 老人BL

Q、手塚先生に贈る言葉は?

富野 ありません。そういう質問は極めてメディア的。さっきも言った通り手塚先生はたかが一マンガ家ではない、ということをお前ら分かれ、ということです。

高橋 先生に言いたいことと言えば、生きてます!手塚先生に「あなたも作り手なんです!」って言ってもらえたことの1/100もできてないかもしれませんけど、作り手やってます、ここで人生送れてます。ありがとうございます。

富野 そのフィーリングでいうと、僕もある日突然先生から言われたことがあります。企画会議で。「とにかくいい加減で!ルーティンで仕事をするのは辞めてください!!」と。ルーティーン、定型でないところで仕事をするということを僕なりにやってきたんだけど、結局巨大ロボットものから脱出できませんでした。すみません。

高橋 お礼じゃなくて謝りなんだ(笑)。そういう所が気質の違いだね。

 なんかこのやりとり、いいですね。


 富野監督が司会のお姉さんに対して斜に構えて頭がよさそうなことを言うけど、良輔さんが天然でハートフルなことを言って、富野監督が横で「あっ!こいつの方がいいことを言いやがった!」って顔をした表情が面白かったです。
 富野監督がいい格好をしようとして理屈をこねるのもチャーミングなのだが、その横で良輔さんがのらりくらりと笑顔でかわして、それに勝手にお富さんが対抗意識を燃やす構図が作品の関係にも表れてるし、BLっぽいよね。
 高橋良輔作品は80~90年代は見れてなくて、21世紀以降の、いろはにほへとと火の鳥とFLAGとペールゼンファイルズくらいしか見れてないんですが。ガオガイガーでのプロデューサー業務とか谷口悟朗さんとの関係とか、スタジオワークでの良輔さんのポジションの取り方って言うのは富野監督とはまた違った面白い仕事の形態だと思う。

 サイボーグ009の国際協調路線からガサラキやFLAGなどのローカルな問題意識に思想が変化していったのはどうなんだろう?と思っていたのだけど、良輔さんはそこまで考えていなかったのかもしれない。


 サイボーグ009については

 僕はSFに詳しくないしロボットが苦手でやりたくないって言ってたんですが、会社の方から「サイボーグはロボットじゃないから」って言われて会社の都合でやってたんです。

 と、わりと冷めた姿勢だったのか…。名作なんだけどなあ…。(小学生の頃の再放送の時、ジェットが輸血できないエピソードとかに感銘を受けました)


 高橋監督はゼロテスターをサンダーバードのコピーでやっていたら、宇宙戦艦ヤマトにやられて、サイボーグ009をやっていたら半年後にガンダムにやられて、「僕もいろいろつらい目にあってきてるんですよ」と聴衆に訴えていたのだが。富野監督が「それについては、勝手につらい目にあってください、という言い方をします」と言い放ったのが面白かった。

高橋 私はガンダムは全部プロデューサーに見させられました。見ちゃってマネしない、というのは大変だった(会場、爆笑)。

 だいたい、軍隊でカッコイイのは空軍と海軍。それをガンダムでやられちゃったから残っているのは陸だけ。地べたを這いずる陸軍。だから(高橋作品は)そうなった。富野さんも毎年違うものを作っていた。私も違うものを作ろうとしていった。けど、そうしたら当たらなくなってきたんだよね(会場、笑)。自分が好きだったカメラマンをやったら当たらない。かつて憧れたチャンバラものをやって、これも当たらなかったなあ。
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 いろはにほへと、当時好きだったんだけどなあ…。作画も良かったし。五稜郭が変形するのは意見が分かれるところだが。


 最近はSFの技術が現実になったことについて司会者に聞かれると、高橋監督は「民生の技術は19世紀くらいに戻した方が心持がいいと思うんですけど。スマホ持ってますけどね。いまいましいスマホめ!でも技術の進歩は止められないですからね。でも僕は新しいロボットアニメを開発するのは大変だから、もう新作は作らないです。ボトムズはやってますけどね。ロボットアニメ以外のムーミンみたいなのをやりたい」というお話でした。
 ボトムズは息が長いよなあ…。時系列順に見ようと思ってペールゼンファイルズしか見れてないんですが。
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 あと、高橋監督は絵が描けないし、富野監督のようにロボットのSF設定を考えるよりも、お話を作ることで勝負をしていた、ということでした。
装甲騎兵ボトムズ 戦場の哲学者

 杉井ギサブロー監督の下で富野、高橋、出崎統が演出に参加した「どろろ」の話を聞けるかなーっと思って質問を投げてみたのだが。あんまりそういう話はなかった。
 アトム班、ジャングル大帝班、W3班の確執の話はあった。
 手塚時代劇と言えば陽だまりの樹とかもありましたね。

ascii.jp

 国産初のテレビアニメシリーズ『鉄腕アトム』の第1シリーズ(1963~1966年)を手がけた演出家5人が広島に集った。杉井ギサブロー監督、りんたろう監督、出崎統監督、高橋良輔監督、富野由悠季監督である。

 このイベントはもう9年前かー。

Q、手塚先生の思い出は?

富野 丸ペンというのは書くのに力がいる。なのにあの絵。僕はブラックジャックを見て驚いた。やっぱり医者の卵だったんだよね。付け焼刃ではない。そんな凄い人なのに、『どろろ』も描いて。なんで今さら白土三平を追いかけてるんだよ、あなたは巨匠なんだから追っかけてはいけないよ。って、ここまで出かかってるんだけど、それをやらざるを得ないという姿を見ていて何が一番感じたのかというと、仕事をするっていう奴はこれくらい仕事をしろって言うことを教えられました。
 (高橋監督を見ながら)この人が不思議なのは、そういう風に全く感化されてないっていう(笑)。なんなんだろう?

高橋 あの人の作品は皆ゴージャスだった。全てが知的にゴージャス。誰でも好きなもの一つはゴージャスに書く事ができる。一つなら超えられる。でも手塚先生は全てがゴージャス。超えられない。知の巨人。知的なゴージャスさ。それが僕が持ってる手塚治虫像ですね

 「どろろ」はアニメ版よりも漫画版に対する印象が強いのかー。職業人としての漫画家。70年代の富野高橋監督は演出家として仕事をしまくってた時期だからなー。そういうワーカホリックへの傾倒は影響を受けたのか。
 でもどろろのアニメ版の野沢那智はカッコイイので好きです。


  • まとめ

 完全新作についての情報はないものの、両監督とも何かしらの作業はしているらしい。国際情勢の変化を受けた次回作にご期待ください!
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