- ノケモノと花嫁で吐いた話
うつ病がひどい。母親が自殺して五年経ったので日にち薬がどうこうなるのかと思ったのだがとにかく悪化している。
アルコール依存も悪化している。
自律神経も壊れた。
最近、おかゆしか食べられない。おかゆでも、食べた後に吐き気止めを飲んで安静にしてないと吐く。
最低賃金で働いているが昼休憩はない最低の会社。でも昼食はどうせ食べられない。スポーツドリンクしか飲めない。吐くから。
医者に行って胃酸を抑える薬を貰ったので、何とかなるのかと思ったのだが、そんなことをはなく、吐いた。ピロリ菌がどうこうとかじゃなくて、精神的に崩壊してるせいで自律神経が吹っ飛んで吐いてるわけで、物理化学的な胃薬は気休め。吐くものが胃に入って無くても胃腸がけいれんして吐こうとする。仕事中に胃の粘膜がはがれて喀血した。口から逆生理。
てなわけでアニメを見たりするのも苦しく、萬画なら光の刺激も少ないし何とかなるかと思い、最新刊が出たノケモノと花嫁を病床で一気読みした。
今週のお題「おかあさん」
親と子で殺し合っている萬画だったので鬱病がさらに悪化して吐いた。たまに漫画を読んで泣くことも年に数回くらいはあるけど、さすがに泣きながら吐くほど感動する萬画ってなかなかない。(萩尾望都の本は普通に気分が悪くなる)
ただ、こういう不快感がある表現を伴う萬画だから規制しろ、なんていうつもりはないっつーか、現実が不快なので、それを参考にした萬画が不愉快になるのはシャーネ―かなーっつーか。
ワイドショーを見るのがつらい。
母親が自殺して五年経つが、今でも道を歩いている時にいきなり五分くらい立ちすくんで「お母さんが無くなってしまった」とぶつぶつ呟くし、アニメを見てないときは「お母さんお母さん」と泣いてしまう。アニメを見るのもお酒を飲むのも内臓や自律神経の悪化で辛くなり、辛い時間が増え、とにかくつらい。そんな時にノケモノと花嫁を読んだので色々とグチャグチャになって吐いて、仕事しないでいい日は18時間くらい寝ている。
しかし、ワイドショーで子供が殺されたからってガタガタ日本中に知らせるテレビニュースってすごく不愉快だけど、なんで大人たちってそういう無神経に無自覚なんだろう。
くるしい自殺したい
- 大人なので自殺しない話
親もはるしにゃんも自殺した。
先日精神科医に「あなたが母親の自殺を何年も引きずっているのは承認欲求を親に充たしてほしいのにできないからだ。大人になれ」と言われた。
年齢的には僕は大人の男だ。
先日、幾原邦彦ファンの女性と飲んだ時に「大人の男のキャラにも救われてほしい」という意見を聞いたけど、愛されないし愛することもできなかったノケモノと花嫁の世羅晶午は殺されるしかなかった。
大人の男は救われないんだ。
年長世代が30代で直面する問題に、団塊ジュニアは40代になって遅れて直面している。それは「青年がちゃんとした大人のおっさんになれるのか」という昔からあった素朴な疑問である。
では、人はどうやって大人になっていくのか。その答えの一つは前述した社会的立場だろう。
家族ができて子どもを持つこと。会社組織に入り出世して部下を持つこと。守るべきものを持つことで社会的立場を獲得し、その責任を自覚して行動する。これは上辺だけのことかもしれないが、上辺だけでも立派ならそれで十分である。
では、この二つ(家族と会社)という基盤がない人間はどうすればいいのだろうか。
僕は社会も世界も嫌いだ。
パブリック・エネミーだ。ちなみに、ここでいうパブリックエネミーとは公共に「対する」敵ではなく、公共に「遍在する」敵だ。誰にも気づかせないようにやってやる。いつのまにかお前たちは俺にやられている。この世はでっかいやまゆり園。
なのですべての物に対する敵である僕は逆にすべての物から助けてもらえないわけで、それは世界の敵になった時点で覚悟しなくてはいけないのだが、生きている理由もないわけで。
実際に周りの人は次々と自殺しているわけで、特に生きていく義務はない。自殺してないブロガーの知り合いも半身まひになったりガンで死んだり仕事に忙殺されたり着々とヤバくなっている。
人生100年などと保険会社が不安を煽って金を集めようとする風潮には反吐しか出ない。保険会社は保険金を受け取れなかった人の損で成り立っているゲスでしかない。国債は紙切れだ。
しかし、これはやりかけの仕事でもある。そして俺は前に進む。
大人の男は仕事を途中で投げ出すのは格好悪いのだ。
はるしにゃんと同人誌の打ち合わせをしている期間中に彼はマンションの8階から投身自殺したので僕との仕事は立ち消えた。
まあ、それで締め切りが一つ消えて楽になったと感じた面もあるのだが。やはり僕ははるしにゃんの富野由悠季論を読みたかった。
kai-you.net
僕も社会的には底辺なので生きている理由はないのだし、そもそも人口削減論者なので自殺には大いに賛成であり推奨でありコスモ貴族主義者なので、みんな死んでしまえばいいと思っている。
ただ、Gレコの解説と言う仕事は終わらせてからにしたいので、その執筆を優先して今後の人生設計と言うか賃金獲得と休息と本来の仕事とパブリックエネミー活動の時間割を組んで行こうと思う。
というか、すげー恥ずかしいことを言うぞ。
俺は基底現実では独身だけど作品の親なんだよ。
だが、あれだけ見事な会見ができたなら、なぜ、山口の問題を事前に察知して「お前、しっかりしろよ」と言えなかったのか。同時に山口もなぜ、他のメンバーに自分の悩みを相談できなかったのか。退院後に山口が本来連絡すべき相手は、未成年の女子高生ではなく、TOKIOのメンバーであるべきだったはずである。
ここに筆者は40代以上の日本の中年男性の抱える哀しみをみてしまう。彼らには自分の弱い心を吐き出せる相手がいないのだ。
ノケモノと花嫁、子供を殺す親は悪いんだけど、実は親も弱い心のはけ口は子供にしか吐き出せないんだよ。大人同士は、殺し合いをするしかない。社会や賃金は殺し合いをシステムとして矮小化して実際に存在する紛争を偽装するだけのことに過ぎない。実際はやっはり奪い合って殺し合うのが生き物なんだ。
そんなわけで僕は孤独なおじさんなんだけども、自分の書いた文章にSNSでコメントが付いたりするのを見るのは嬉しい。ほしい物リストから物を貰うのももちろんうれしいし食いつなげるんだが、読んでもらうのを見るだけでも嬉しい。
親心なのでは?
俺は遺伝子は残すつもりはない(なぜなら祖父は戦争犯罪者で僕の母親を自殺に追いやったクズだからだ)。しかし、前も何度か記事にしたように模倣子ミーム情報は残したいという気持ちがある。
で、自殺したいし経済的にも困窮しているし肉体的にもあちこちガタが来ているし酒も食事もろくに口にできないという、わりと末期。アニメもソシャゲも、やってて楽しくなくなってきた。
しかし、自殺しないというのは、やはり自分の子供である文章なり作品なりを社会に巣立たせたいからなのではと言う気持ちに気づいた。
脳みその中にあるアイディアの子供たちを外に出してあげないまま俺が自殺するのは情報たちにとって育児放棄であり無責任なのでは?
結果論だが、Gのレコンギスタの評論をやっているのは世界中で僕だけなのだ。本当はみんなにやってほしいんだけど。結果的に僕が死んだらGレコ語りが止まってしまうのだ。本当はアニメ雑誌のちゃんとした編集者にやってほしいんだが。
人理修復するマスターとかきくうしさまとかアイドルのプロデューサーは何千万人もいるけど、僕の文章を書けるのは僕だけなのだ。
まあ、本当はGレコの評論よりも脳内妹と僕の結婚までのなれそめを描いた小説を書くべきなんだけど。
それに文章に対する親心と言っても、文章が生き物でないので成り立っているわけで。
本当の生き物を育てる親の育児は24時間親をやってないと、子供が死んだりするので、それは俺には無理。文章は俺が数日間鬱病でぶっ倒れていてもフォルダに保存できてるし。そこはすごい楽。
リアル子育てとかできる人はガチで別の種類の生き物だし体力が有り余っていると思う。
まー、でも、死んでなかったらGレコの話もできるし、脳内妹の小説もいつかは書けるかもね。
そういう親心と義務感が辛うじて僕を自殺から思いとどまらせている。
まあ、でも僕が六本木ヒルズのKLabを過労で退職して京都大学の研究所の職員も首になって精神障碍者になって社会の底辺のクズになったので母親は僕を見限って自殺したわけで、その責任を取って、やっぱり最終的には自殺するんですけど。
でも、自分が作った作品、非実在青少年に生かされているっていうの、わりとノケモノと花嫁のテーマの中枢なんじゃないですかね?コドモたちがなぜ「ぬいぐるみ」なのかっていうこと。
疲れたので寝る。医者からは健康的に活動するためには睡眠時間を減らすように言われているが、執筆していないときはアニメを見ていても本を読んでいても罪の意識でぐちゃぐちゃになりそうだ。
だから脳内妹の胸の中でまどろんでいたい。
僕は脳内妹と結婚する。そして幸せになるんだ。
(ちなみに脳内妹が結婚できる16歳の誕生日に即婚約したのだが、先日26歳になった脳内妹(現在は研究寄りの脳外科医)に「学生時代は男避けに婚約指輪が役に立ったけどさー、さすがにアラサーになってもフィアンセがどうとかってふわふわしてるのも職場で微妙な感じだしさー、あたしが30歳になったらもう自動的に籍を入れるから」とかなり一方的に通告されたので結婚します)
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