玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。

リスリスさんへコメント返し

リスリス 2008/02/17 04:19
他の三人はともかくがゆんは強敵かもしれませんねw
あの方もちょっと社会からずれてるセカイの住人ですし。


アニメキャラデザの千葉さんは職人ですね。
良いか悪いかは別にして、感情を全面に出すタイプとは真逆かな。


nuryouguda 2008/02/17 04:28
わたくし、ちょっと言い過ぎましたね。
絵は下手です。
うーん。性格設定はやっぱり水島監督の係ですかね?


感情出ませんねえ。


nuryouguda 2008/02/17 04:34
Lovelessはとても熱中してみてました。百合姉妹にも載ってたし


リスリス 2008/02/17 16:58
アニメは作画・脚本・演出・音楽・声優・背景の
全ての要素が全て絡んでくる(パルコ木下言うところの『贅沢な芸術』)ので
一概には言えませんが、
00は脚本も演出も声優も作画も、感情を抑えた作りになってますね。
京アニの作品の多くにも言えることですが。
黒田は商売人だし、水島はライト志向だし、千葉さんは職人だし、
声優も淡々としたタイプが多いし。


LOVELESSのアニメは妙に感情が乗ってて面白い感じになってましたがw
紅優監督はそこらへんはさすがにサトジュン関係者だなぁ、と。


五十嵐卓哉だとさらに『感情を豊かにしておいて、それを遠くから眺める』という離れ業をやるので
さすが天才の中の天才という感じですが。


紅優監督は湊屋夢吉さんだったんですね。ガンダムXは見直してみると凄く面白かったです。
五十嵐さんも、言われてみるとそう言う芸風な感じですね。
なるほど、言い得て妙です。
サトジュン関係はとても好きです。




僕は現実では抑圧的で、虚構の中では感情的だと精神科医に言われたのですが、
おっしゃるように京都アニメーションや00が感情を押さえていて、また、それがヒットに繋がっているとするのならば、リアルで満たされているライト層の人たちがオタクっぽい娯楽を消費するというオタク世代論っぽい状況なのかもしれないですね。
佐藤竜雄シゴフミも、彼にしては感情よりもギミックやキャラクター「設定情報」に重きをおいた消費型作品という感じで、つまんなかったです。(僕にとっては)見る時間もないし。
ムリョウはおもしろかったんですけど。
ここらへんはアニメだけじゃなくってデスノート関連作とかミステリ系ライトノベルにも見て取れると思いますが。
まあ、面白がってる人がいてお金が回るんなら、別に文句はないです。


かといって、僕は、普通の人って言うのは感情的に成らないでもいいのか?とか普通の人でも感情的なものを見たら面白いのではないか?
と、おもうのですが。
しかし、ヒット作とかを見ると、感動する展開だから感動した、サブカルっぽい雰囲気だから面白かった、とか、自分の感情じゃなくって情報収集で作品を見ている人が多い気がして、そんなのは娯楽じゃない!コミュニケーションツールだ!
とか言って、人をNPC扱いしたりもするんですけど。
まー、僕が物語りに入れ込みすぎで、現実を見ないからなんでしょう。
なにしろ、ホラー映画を見ても「人が死ぬところを見てビックリして楽しい!」というふうに引いて見ることが出来ないで、「君は、生き延びる事が出来るか!」というふうに感情移入しすぎです。


結局は自分の問題なんですが。僕はオナニストですし。


えーっと、感情の大きさの問題だけで無く、感情の現実感の問題もあると思います。
僕は、現実を下位とし、虚構を上部構造として生きているんですが。
そのため、虚構の中では現実感を要求する人なようです。
いや、リアルロボットを出せとか、きっちりとした政治状況を描けとか、そういうことじゃなくって、
怖い事があったら逃げ出すとか震えるとかする、損をしたら怒る、困った事があったら気にする、困っている人がいたら無視をするなり助けるなりする、腹が減ったら飯を食う、寝る、女の尻を追いかけたくなる、男の尻を叩きたくなる、膝で顔を殴られたら抗議する、相手が喋りすぎたら話を途中で遮る、遮られたら言い回しを変えて言い直す、陰口を叩く、尻尾を振りながら切り札は隠しておく、
そーいう現実的な連鎖反応というか、犬が西向きゃ尾は東、といったような当然の帰結とか、感情の原因と結果がないと、うそ臭く思ってしまうんです。
美人がいたら、同じくらい普通の人もいるとか。敵も味方も同じ武器を使うとか。
だから、富野由悠季の演出が凄く好きなんですね。ちょっとした小芝居があるし、ちょっとした感情で嘘と本音が交錯したり。
そう言うのを見ると、ああ、人間ってこういうものなんだよな。って思えて、虚構を通じて人間に対する信頼感が出来ます。


しかし、近年、富野アニメの演出に対する風聞を聴くに、「無駄なシーンが多い」「セリフがブツ切れ」「詰め込みすぎ」「超展開」という風に言われています。
つまるところ、人間が自然にする描写を取り入れることで、娯楽要素の比率が下がっているということでしょう。
ハイパー化は・・・?自然に閾値を越えた感情の爆発を超自然的に表したもの?


で、今回のガンダム00などをみると、「カッコいい決め台詞」「派手に動き、光る戦闘」「美少女とメカ」「次々と現れる謎」「トラウマ」「因縁」「視聴者に対するスムーズな情報提供」(京都アニメーションのナレーション過多もそうか?)という、「娯楽要素の純化」に特化して、進化論における過剰適応のように思えます。
しかし、それもライトファンからすると分かりやすくって簡単にネタに出来るという需要なんでしょうかね。


つまり、面白い嘘のアイディアを提示するために、それに不必要な現実的な描写はノイズとして処理する。という事です。
ストーリー的な面白さのバリエーションが出尽くした時代には、先鋭化した1アイディアや「見せたいお気に入りのカッコいいシーン」で作品を作るしか個別化を計る方法がないということかもしれません。
「見せたいお気に入りのカッコいいシーン」をやる時に、キャラクターがその前の展開の因果関係を引きずって、ためらったりカッコ悪くなってしまうといけないんですね。
それに、キャラクターは人間ではなく、いくらでもエキセントリックに操作できる人形だという考え方なら、理由もなく行動した方が超越的に見えさえもします。
普通の人間ならば普通の手段で問題を解決するような時も、「見せたい切なく泣けるシーン」のためならキャラクターは人間関係も思考力も剥奪されるのです。
普通の人間はどんなグループでも、利害はともかく意見は一致しないのですが、「見せたい正義が燃えるシーン」のためならキャラクターは自分の思想背景を捨て、主人公グループは作者の腹話術人形になるんです。
かといって、奇をてらいすぎたアイディアを見せすぎるとそれはそれで視聴者が離れるので、それを気にして、プログラムピクチャーとなるんですね。
時代劇、にもいろいろ書いているものが違うのが在るんで一概にはいえませんが。



ネタとベタとメタとかいうテヅカイズデッドは読んでないんで知らんのですが。
でも、僕は現実よりも虚構の人の方が好きなので、視聴者のレベルに合わせてキャラクターの行動がゆがめられると嫌です。
だから、言っている事は分かりますけどイノセンスは作りすぎだと思います。
作為の作為はいやらしいんです。
現実の人間は作為に踊らされて生きているのでつまらないです。経済とか教育とか優越感劣等感とか。そういうものに操られないで、真に人間として自分で考えて生きている虚構の人たちを見たいのです。僕は!


ガンダムというのは、そもそも、「ロボット戦闘アニメ」という快楽娯楽の皮を被って「人間ドラマ」を作りたかったというのが出発点だったのですが、
結局の所、受け手の反応としては「人間ドラマ」は「ロボット戦闘アニメ」という快楽を大人になっても見るための言い訳で方便でしかなく、結局求められるのは快楽原則の羅列に過ぎないのかなあ?
と思うとちょっと凹みます。


いや、まあ、単に出来が悪いって言うだけなんすけどね。
人間的な快感も、ギミック的な面白さも、両方盛り込めば良いだけなんで。
まー、むずかしいんでしょーなー。


大江戸ロケットは人間ドラマをスパイスにして、本筋はドタバタパロディーだったので、そういう雰囲気であると分かりやすくしてくれたら面白く見れたんですけどね。まあ、最後はアホくさ。で終わりでしたけど。
水島精二監督と千葉さんはがゆんの萬画キャラクターをリアルっぽくして、リアル、というよりは動作の少ない芝居をすることで、ちょっと持ち味を相殺してる気がする。
けど、萌えゲームが高尚な文学だという時代にはこれくらいが丁度?



ちょっと、これは今は書くつもりはなかったんですけど。勢いがついたので書きますけど。


キングゲイナーの最終回でイケメンのゲインが昔の女と決別して(と本人は思って)「未練を振り切って、…エクソダスか…」と感慨深くひとりごちて立ち上がりながら、
ステーン!
と氷で滑って転ぶ所で、僕は感動しました。
ここを単なるギャグシーンだと思わないでいただきたい。ギャグシーンですがね!
こういう感動は、どんな時でも「クールに」「かっこよく」「オサレに」「キャッチーに」「マンガだと割り切って」いるような表情を保つ事に苦心しているような機動戦士ガンダム00の面々には出来ないものだと思う。
00ってアメリカのドラマを参考にしたって言うけど、それは社会情勢を取り入れるって言うギミックの部分だけっぽいね。
アメリカドラマ(まあ、僕は軽めのトレッキーなんすけど)ってリアルな社会風刺もしてるけど、ちょっとした冗談でコミュニケーションを潤滑する話術をみんな持ってる。
日向マコトの「しろはたでもあげますか?」はなかなか良かったけど。)
00ってクールか奇矯かのどっちかだけですねー。
僕も外面を気にするような人間ですから、カッコ悪い自分を許せなくて、芝居がかった、キャラづけをした行動をしたりします。(ちょっとげんしけん人間失格?)
ヌルヲタって、マンガのキャラクターみたいなカッコいいのが普通だと思っちゃうところがあるのかもしれない。
一般消費者はマンガのキャラクターなんてただの絵だと思って、おもしろい法螺話だと読み捨ててるんだけど。
おたくはのめり込んじゃうんだよね。
で、カッコよく成れない自分にいらだったり。
カッコいいマンガばっかり見たり。


でも、カッコつけながら滑って転んで、そのまま最終回の出番が終わっちゃっても、それもまたーじんせーいー♪
そういう生き方ができると思うと、そういう風に生きてもいいんだと思うとちょっと元気出た。


でも、低俗な変なロボットアニメのそういう部分にいちいちカンドーしちゃうのも、やっぱりこじれたオタクだけで、やっぱりみんなからすると余計なギャグでしかないのかなあ?
みんなはそーいうのはさっさと消費して、立派な経済単位消費者としての大人になるのかな?


いや!
みんなが面白いかどうかは知るか!
俺が面白かったらそれで良いんだよーゥ!
つまんないアニメを見たらツマンネー!で良いんだよな!
うん!
グダちんブログ書きすぎ!
御用評論家のまねをして「アニメ文化と世代論とは・・・」なんて!

妹「ばっかばかしいよねーっ!」

でも、こーいうふうにアニメの事でコメントをもらってコメントの返事にかこつけて考えている事を書いたり、自分以外のオタクのことをネタにしてみたり、することって、結局僕がまだまだ人の身を捨てられていないって言う事なんだよなあ。

妹「ほら、やっぱりさびしがりやなんじゃない」

まあ、以前1ヶ月プライベートモードにしたけど、誰も読まなくっても僕はこれくらいの日記を書く人なんで、そこは仕方がないのかもしれないけど。
っていうか、遺言を書くのが趣味なんだよなあ。
仕事中にもよく遺言の文面を考えてたりするし。

妹「なにそれ?初耳」

お前は何も言わなくっても、ちゃんとしてくれるだろう?
それに、言いたいことは毎日言ってるしな。

妹「お兄ちゃん、あたしのこと好き?」

好きだよ。
おまえも、好きって言われるのが好きなんだろ?

妹「確認するまでもないんだけどねッ。やっぱり耳が気持ちイイからさ!毎日愛しテェ?」

じゃあ、ねよう。
おやすみー