玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。

コードギアス 反逆のルルーシュR211想い の 力

今回は、前回と違って戦場が一つでピンチもおおむね一つ、そして新型ナイトメアフレームの登場が打開策として機能していて、(前回の神虎は途中で他の戦場が出来たので流れた)蜃気楼の登場は少し遅いのはなぜか?と言う疑問もルルーシュの策略に組み込まれていてナイス。
大宦官は圧殺予定の敵と「電波で」通信すると言うのは三流どころか常軌を逸してると思うが、悪役だからなー!ま、官僚が慣れない戦闘で興奮してしまった、と解釈しておくか。
民衆の暴動、という無責任投げっぱなしだけではなくって、天子をシステムといった官僚に対して各地の皇道派(星刻の盟友や平民出身青年将校)が決起する、という構造なら安彦良和っぽくてモアベター?と思ったけど、名前の無いキャラクターに人生を与えるアニメではないよな。コードギアスは。
緑川光が律儀に刀で人を殺す所も性格が良く分かってカッコよかったっす。
そこまでのテンポは最高だったんだけドナー。
なーっ!

天子を誰と結婚させるかどうかでケツアゴジャーナリストがゴネた所からいきなりテンポが狂った。
戦闘シーンに挿入される学園編のカットは箸休めとしてテンポを良くしていたんだが、戦闘が終ったミーティングの所でいきなりゼロだけが学園テンポに行くと、テンポがだらだらモードになってしまうー。
僕は小説でも音楽的感覚を重視する富野由悠季の信者なので、アニメにも体感的なグルーブ感を求めます。いや、ミュージッククリップ的なノリというだけではなく、物語の愛と怒りと憎しみなどの感情や映像運動エネルギーと個々のカットの編集による意味性のレゾナンスも包括した、エネルギーの時間的変化としての音楽性ね。
意味不明なことを言うのだが、体感的なものを言うのはこんなものだ。

 常識的な映画はシナリオ的ラストを迎えた後の時間的ラストに冷却要素をいれて観客が「行ったきり」にならないようにするらしいのですが、イデオンTVシリーズでは最後の数秒まで熱量を稼いで、そこでさらに燃料を積み上げていくので連続して見て燃え尽きました…


http://d.hatena.ne.jp/kanabow/20080528/p2

kanabow氏もこのようにおっしゃる。心地よい疲労らしいが。僕はこういうくどいのが大好きなの。
ギアスの毎回のクリフハンガーは熱量っていうよりは話題ですからね。


まー、意図としては分かるんすよー。必要性とか。
ルルーシュの女心のわからんという性格付けとか、シャーリーや玉城のキャラ的見せ場やらを楽しみにしてるファン層もいるわけで。ロボット戦闘世界征服だけでは大衆にアピールできんと。
そーいうキャラに関する話題も提供しないとね。
そう言う訳で、色んなファン層に向けた要素を入れ込むって言うのは分かる。
ただ、ちょっと今回はアレグレットからアンダンテ・カンタービレへのつなぎの和音が拙かったかな、と先生思います。



っていうか、やっぱり言葉のアニメなのかなあ?
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア先生が妹大好きって言うのは、僕としては大歓迎なのですが、それをシャーリーごときに言われないと気付かないって言うのは、阿呆か!
そういう大事な妹の事に気付くのに1分もかかるとアニメとしては致命的です。指揮官としてもあの場面で席を外してからいきなりカッコつけるのは意味不明だ。
もっと四六時中エンドレステープのように妹の事を考えて、ちょっとでもきっかけがあれば妹に結び付けて物を考えるのが兄だろうがっ!!!!
シン・クーと引き離されそうに成る天子の泣き顔、と言う構図を見ただけで「ああっ!これはオレとナナリーと一緒だ!そういうことを俺がするように成るとは!いかんいかん。俺はオヤジとは違うよー」と、気付くべき。
と、言うのはつまりどういうことかと言うと、やっぱりコードギアス 反逆のルルーシュは言葉のアニメなのよねって言う事。
絵としての構図が思考に結びつくんじゃなくって、あくまでセリフで丁寧に説明して、やっと思考や行動になる、と。
映像=右脳ではなく、言語=左脳=女性脳=女々しいんだよっ!!!!
でも、チェスって視覚情報から場を読み取って判断するゲームだと思うのだが、ルルーシュはチェスは得意なのに、視覚が思考に連結してないで、言語を迂回しているな。それでもチェスは強いので、謎。
まあ、頭がいいんだろうな。
でも、イレギュラーには弱い。発想型というよりはパターン選択タイプ?コンピューターお兄ちゃんか。


(まあ、脳の話は僕もそんな詳しくないが。男は右脳型というが、左脳の方が大きいし。と、すると大きい方が機能が鈍重か?という事に成ると脳梁が太い女性は分裂してる?でも女性は話す時に左右両方の脳を使うわけだし。云々)


とにかく、せっかく絵がついてるんだから、絵でもっと、パッパッとわかっちゃわないかなー???
そこら辺は視聴者説明も兼ねてるって言う事かしら?まあ、僕も富野や出崎統のような象徴演出で密度を高めると言う演出に肌が合う体質なので、ここら辺は体質的チューニングの問題でしかないのかしら?
セックスもアニメも体の相性よね。


うーん。
あるいは、ルルーシュはやっぱり、自分と妹にしか興味が無いから、自分と妹に似たような境遇の人がいても直接的に結び付けて考えられないのかなあ?
シャーリーと言う家族ではないがちょっとは優しい友だちという、自分にある程度近い人の言う事しか聞かないのね(それも話半分だが)。ルルーシュは人を人とも思えない子だなあ。でも、自分では世界のみんなの事を考えてるつもりなんだよねー。アハハハ。


んで、僕は常々シーツーはルルーシュに目的を話もしないのにルルーシュをいきなりピンチに巻き込むわりに、ルルーシュはC2に怒ったりしないので、腑抜けが!と思ってたんだけど、視聴者の知らないところで教団についての情報を共有していたようです。
それは、まあ、いいんだけど。そっちの方が自然だし。二人の目的が共有出来ていた事にはちょっとは安心した。(でも、アーニャと感応した事は、ヒ・ミ・ツ!)
そーいう大事なことを聞かされたときのルルーシュの感情のリアクションからドラマを作る、と言う発想ではないのね。
結局、コードギアスは「描く」ドラマと言うよりは「隠す」エンターテインメントなのかなーって思った。隠す事で視聴者をやきもきさせるアレです。
そこら辺は、富野信者とは違うなー。富野由悠季アニメは描きすぎて理解のキャパシティーを超えることで脳がぶっ飛ぶ感覚が気持ちいいし、30年経っても新鮮に見えると言う異常作品。
イデオンなんか第六文明人自身も喋るし、最終的には全員テレパシストになってレーダーがすごくなって宇宙全体を見渡す、と言う風に描きすぎるほど描いて、その上で宇宙を革命して次の宇宙まで描くぞ!って言う。やりすぎ。
キングゲイナーのアクションシーンで、戦場にいる全ての人が同時多発的に動く事で予想外の衝突事故を起しまくるとか。
リーンの翼では1945〜20XX年までの日本人、アメリカ人、朝鮮人、沖縄人、大陸の魂、異世界人、全員出ろ!っていう。
つまり、僕はギトギトに濃い味付けばかり食っているアニメメタボリック症候群だから、もっとあっさりしたものを食うべきなんだけど、そういう時はやさいのようせいを見ますよ。野菜は健康に良いヨ。
天野喜孝さんはデザインだけじゃなくって原作もしてるんだー。かわいいねー。





あと、ナイトメアフレームのコックピットの居住性が機体によって結構違いますね。
僕が一番好きなコックピットはキングゲイナー∀ガンダムVガンダム、エンゲージなので、結構居住性と操作性と追従性と視認性にはうるさい。
黒の騎士団の量産ナイトメアは全面モニターに近くなったし、乗りやすそう。
エース用はライドバックです。腰に来る。シートベルト。
モルドレッドは一年戦争っぽい。モニター平面。しかもシートベルトも無い。女の子なのに。青あざだらけになるぞ。砲兵だから良いのかー?その割に、トリスタンに接近しすぎてるよな。いつも。5キロ後にいろ。
トリスタンは複合球面モニターかなあ?結構見やすくて飛行変形タイプらしい。頭部センサーはそういう複合型だな。今回は色んな武器が出て面白かった。
蜃気楼の頭の形は大好き。キーボード入力は速度よりも正確性?基本的に立ちんぼだ。バリアー無敵。一人乗りになって、ルルーシュはC.C.から独り立ちできるだろうか?マクロを組み合わせたら複雑に動けるか?格ゲーのような動作途中キャンセル入力とかはできる?




なんか、ルルーシュの事を書くとついつい怒ったりトミーノと比べたりするような描き方になってしまうんだが、結構面白いとは思ってるんですよ。
ただ、面白いから「それは違うぞ!」って言う所が気になるんですね。恋ですかね。




次回、ラブ・アタック!
なにそのルルーシュ脅威の運動能力。体育2の癖に。
京都産業大学の人が出たりするのか?