玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。

崖の上のポニョを支配する、宮崎駿という名のリヴァイアサン(暴君)

もしも邦画が弱ければ、君の映画もまっかっかのポーニョポーニョポニョ!!!さかな(のようなもの)♪
のようなものに!
というわけで、20世紀少年唐沢寿明氏の奥さんの山口智子氏が主演して長嶋一茂氏と子どもをつくる映画に行ってきました。

見たのは先週のことでしたが、ちょっと色々あって、感想書けてなかったというかスランプでした。というかダラダラ。
っていうか、もう公開から2ヶ月近くになるのですか。僕のダラダラさも困った物です。


いろいろな評判を聞いて、ポニョは中々頭が狂っているアニメだと言う事で、キ違いには定評のあるグダちん的には見ておこうかと思い、見た。近作は糞つまらんかったので、ペナルティー的には見ない方向だったのだが。ちょっと機会もあったし。
評判↓
http://urasoku.blog106.fc2.com/blog-entry-487.html
http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_fb6c.html
http://blog.livedoor.jp/akiman7/archives/51662680.html
http://d.hatena.ne.jp/otokinoki/20080727/1217148806     http://www7a.biglobe.ne.jp/~yasui_yutaka/nyumon/h1.htm
http://d.hatena.ne.jp/zsphere/20080812/1218526328        
http://www.style.fm/as/05_column/shudo160.shtml
うーん。気がくるっとる。
パヤオアヴァンギャルドな悪夢ですねー。
さういふわけで劇場を後にする人を見ると、子供はなんか興奮してはしゃぎ、母親たちは「背景の絵がきれいで立派だったねえ」と納得し、父親達は頭をひねって神妙な顔をし、僕は「キチガイがいっぱいだ、フヒヒ」と笑い、脳内妹は「ポニョむかつく!魚類氏ね!」と激怒していた。


んで、まあ、僕の観測範囲もあまり広くないんですが、とりあえず人の感想では読んだ事のないこともちょっと考えたので、しかたなくさっくり書く。
本当はめんどくさいんで、嫌なんですけど。書く病気なので。


テーマは
弱者は死ね!
ジブリが本当のSATUGAIを見せてやる!!
出たー!宮さんの作品世界レイプだー!


っていうか、テーマなんてないんですけどね(バルス爆)。
脚本破綻してるし。レイアウト直書きだし。
色々、皆さんなりに深読みされていますけど、宮崎監督自身はそこまで考えては居ないと思います。
僕も絵コンテを書く宮崎監督に張り付いた番組を見ましたけど、監督が悩んでいた所では、脚本の構造や整合性よりは「なんか描けるような気分になるかどうか」を重視してたような。
と、同時に深読みするような要素も宮サンの周りにはあったんだと思うし、そういう資料も取り入れたのだろうな、と思う。
それを頭に入れた上で、その脳の気分で書いたんだと思う。



で、どういう気分かと言うと、
「弱肉強食」


これは開始1分で気付いた。
ポニョは親父の養殖している海の仲間であるところのプランクトンを、意味もなく食べる。
ポニョの方がプランクトンよりも強いからである。
フジモトはポニョを閉じ込める。親父の方が強いからだ。
宗介はポニョ瓶を拾ってきて、とりあえず石で叩き割る、水道水にぶち込む。
人間の方が魚より強いからだ。そこでポニョが死ぬようならそこまでである。
リサは特に意味もなく子供を乗せて危険運転をする。子供のアイスを奪って食う。
強いから。
などなど。


こういうレギュレーションは気が狂った映画の中で一貫した気分だと感じた。
スタジオジブリらしく文明批判的な部分もあるのだが、海の底のゴミとかも、そこまで「人類は悪い!」という描き方ではなかった。
それは文明批判を投げっぱなしにしている、と言うよりは、「人類の方が海の生き物よりも強いんだから、ゴミくらい捨てるんじゃー!弱者はしねー!」っていう。
ポニョが電気や水やラーメンにはしゃいだりするので、必ずしも文明=悪ではなさそう。
ただ、海の生き物<文明<魔法という、強さの序列がある。つまり、善悪ではなくて強弱こそが問題なわけです。


では、善悪とはなにか?というと価値観な訳です。
損得の因果関係というか「これこれをしたらなになにが起こるので、良い、あるいは悪い」という原因と結果の予測ですな。
で、ポニョにはソレがないと。
首藤剛志氏が脚本が崩壊している、というのは時間軸が崩壊しているという部分もある気がする。
つまるところ、ポニョと宗介以外の人も5歳の子供並みの世界認識な訳だ。


具体的には洪水であぶれた人が楽しそうなのは「住む所が無くなってこれからどうしよう」っていう未来不安と、「親しい人や物が亡くなって悲しい」という過去後悔が欠如しているからなんですね。
宗介はリサが居なくなった事は特に認識してなくて、「あー」「いないねえ」って言うくらいで、リサの車が無人という絵に衝撃を受けただけで因果関係とかは分かってないよね。
ポニョも最後までこれこれをこうしたから、こうなったので、反省して、これからはこうしなければならない、っていう行動はしてなくて、最後まで目の前の物に抱きつくか嘔吐するかだからなあ。
こういう幼児感覚とか魚類感覚を大人人間の脳みそで演算できたのはすごいというか、ダメになりかけてるのか?
幼児と老人は似てるからなあ。



こういう、子供時代のアナーキーな残酷さ、弱肉強食、魔法と現実のあやふやさ、といえば、ねこぢる萬画を思い出すな。
ただ、ねこぢるのにゃーこちゃんの母は、とりあえず少しだけ常識の象徴だったのだが、母親を全面善にしているポニョでは、むしろ母親が一番アナーキーだった!
あははは。
ねこぢるは社会と感性のズレに悩んでいたのかどうかは知らんが、自殺っぽく死んだわけだが。
宮崎駿監督はどうなるんだろうなあ?
まあ、地位も名誉も金も立派な息子も手に入れたから、万万歳ですよ。
ポニョには、そういう夢と現実を混同した子供の白昼夢の時間感覚のねじれのようなものを感じた。
解釈って言うか、僕が感じただけです。


時間感覚がなく、現在の気分だけで行動しているから、価値観もなく、また、善悪もなく、そして、生物にとっての究極の善悪の問題であるところの生死にまつわる悩みもない。
永遠の現在を漂っているだけで。
つまり死んでるんだよな。
それはポニョの魔法の洪水の後だけじゃなくて、しょっぱなから背景が全部歪んでるし。もともと向こう側の世界の話っぽいナー。
歪んだ背景も子供の元気さっていうよりは子供時代の世界のあやふやさって言う感じ。怖い怖い。



価値観を理屈で言っているように見えるのは男の論理代表のフジモト。
しかしフジモトが「人工衛星が」とか「DNAが」とか言うのは「理屈っぽい男」というギャグや風刺的に描かれているっぽい雰囲気でも在るが、フジモトの言ってる科学セリフの9割には意味がないし、そもそもフジモト自体の行動原理も「人間の自然破壊が悪い」とか「より良い世界」っていうよりは「フジモト、魚類とか、好きだから!魚類萌えー!魚類と結婚する!」って、そんだけだしなー。
一応、ポニョの魔法を問題視するのも魚類の世界のためには月が落ちたら困るって言うだけで。こいつもなあ。頭半分魚類だしなあ。
登場人物の全員が自分の気分や好みを主張するだけ。
万民の闘争状態。


そういう人たちの愛情表現は、自分の愛情を押し付けるだけなんだな。
リサは男と逢えるとなると、ハイになって子供が乗ってるのに危険運転するし、子どものアイスを食いてーなー!って思ったらよつばと!の安田のように運転中でも横から無理やり食うし、子供を抱きてえ!って思ったら宗介があからさまに苦しそうだけど意に介さずに抱く。
夫の耕一はよくわからんが、電報入れとけば良いだろ。みたいな気分はある。
その子の宗介も対話不能の魚類に「ぼくが守ってあげるからねー」って言いつづけるし、最初の瓶カチ割りとか水道水ドボンとかも愛情の押し付けなんだな。
で、対話可能な保育園のはすっぱな女の子とは「今いそがしいので」とコミュニケーションを積極的に拒む。
押し付けられた側のポニョもポニョで、その愛情がどういうものかわからんが、何となく気持ちよいと認識したという気分で「ポニョ、そうすけ、好き」ってなったら「そうすけんとこイクー!」ってなる。
フジモトも可愛さ余って監禁とかだし。魚類の女に抱かれる気持ちよさしか考えてないし。


大正時代の夫婦が漂流してるところも、漂流というヤバイ状況でも赤ん坊の心配をあんまりしてない死人のようなっていうか、幽霊の夫婦が冷たいので(死んでるから)赤ちゃんは不安なわけです。生きようとするには困った状況です。赤ちゃんは愛されないと死ぬので、愛されようとして泣きます。
しかし、ポニョは自分の支配する世界で、自分が愛情のこもったスープを分けてやったというのに不満なのが気に食わないので、強制的にキスという愛情を押し付けます。赤ちゃんの気持ちはしりません。ガキは泣き止んでたらいいんだ。
子供の面倒を見る、というよりは、愛情を押し付ける立場になった事で、ポニョは大人に成ったわけです。
大人のやることか!
大人だからやれんだろ!っていう。


トキさんが宗介を守ろうとしたシーンがどれだけ感動的かと期待したが、それも本当に守ろうとしたわけじゃなく、フジモトとの因果関係とかを認識できない老人が何となくガキの前で張り切っただけで、しかも宗介を抱く前にポニョに体あたりを喰らってあの世に連れて行かれるという意味のわからん愛情表現になってる。


そんで最強の天海祐希のグランマンマーレなんかそもそもポニョやフジモトを愛しているかも疑問で「死んでもいいじゃん」「生きてるのも死んでるもの大差ないし」「めんどくせーから手近な男と結婚させて家から出しちゃえよ」「うみ気持ちイイなあああああ」っていう。
んで、事態が全く飲み込めていない上に、事態の価値判断も出来てない幼児に、事態を教えることもせずに、とりあえず場を治めるために、ポニョと宗介を誘導して契約を結ばせる。これ、知的障害者や老人を騙して、自分の判断で契約したって思わせる詐欺師の手法だよなー。
まあ、親は良くやるけど。
「おもちゃすき?」
「スキ」
「おじいちゃんにもらったおとしだまでおもちゃをかってあげる」
「ワァイ」
「あなたじゃおもちゃをかいにいけないでしょう?わたしがあずかってあげる。ちょうだい」
「ハァイ」
みたいな。
ポニョと宗介が冒険した結果、認識力が向上したかって言うと、そんな事はなさそう、という風に私には見えました。
とりあえず、映画的冒険体裁を整えるためのフラグという程度。


富野由悠季ブレンパワードにおいて、子供の世代が親に愛情やストレスを押し付けられた上に利用されて苦しんでる、っていうのを問題視したのとは逆の価値観かもしれないが、「セックスってのはあれ、戦争なんだぜ」っていうリーンの翼の気分とも共通?
ブレンパワードでは「親の問題は、それはそれとして、自分の人生や恋愛を楽しもうぜ!っていうか比瑪が可愛い。ネリーも。姉さんも」って言うものだったが。
ポニョでは「愛情ってそもそも押し付けだし、それを嫌がる自我なんて捨てて子供や魚類並の精神になれよ。親が結婚させたいし、しろよ。魚でも半魚人でも人間でも、メスなんだから良いじゃん」っていう。



愛情は個人の気分でしかなく、恋愛は自分の気分の押し付け合いと言う闘争である。相手の幸せを願い大切にするのが愛情だ、という生ぬるい倫理観が全くない。
躊躇も社会的規範も全くない。
っていうか、キャラクターに自我が全く感じられない。
神話だからかなー?


僕が映画を見てる時に感じたのは、目の描き方のスカイ・クロラとの対比。
スカイクロラの感想http://d.hatena.ne.jp/nuryouguda/20080815/1218746657で、僕は「登場人物が瞳孔開きっぱなしで辛い現実を見せられながら、つらい物を辛いと認識しようと粋がって、それで自我を傷つけられて苦悩しつつ成長を志向するのが思春期っぽい。っていうか中二」というような意味の事を書いた。
ひるがえってポニョです。
瞳孔が開くどころか、瞳孔がない上に、どの登場人物も微妙に目の焦点が合ってない。
死体みたい。死んだ魚の眼みたい。
えーと、つまり、自我というのは見たものに対する価値判断だと、ここで仮定してみると、ポニョの人は魚類並みの自我しかないので、価値観とかがなく、だからして、思い悩む事もないわけ。
自我なんか捨てて、大きな力に身を任せるのが幸せなのである。
因果関係を考える思考力など捨ててしまえ。


なぜか!


それは、宮崎駿が最強だからである!
ナナリーの笑顔の意味は、一人では何もできないという事を知っているというせめてもの感謝の笑顔だったと、兄からは見えたわけだが、パヤオは違う。
日本映画界最強興行収入を得る最強監督である!
監督も絵コンテもレイアウトも作画も一人で何でもできる宮崎駿だから強いのである!
アニメーターも全員自分より下手で、自分の言う事を聞いていればいいのである!
近藤喜文監督作品だけでなく、先輩だった高畑勲監督の作品ですら、宮崎アニメと呼ばれるこんな世の中じゃポイズンなのである!
どんなに筋の通らない、独り善がりの、ロリコン趣味の、アーパーな作品を作ろうとも!日本映画界での1位を独走しつづけるのである!
周りが勝手に意味をつけて「夏目漱石宮崎駿の誕生日が旧暦と新暦の違いはあるけど同じだからスゲー!」という電波なヨイショをしてくれるのである!
この世のすべては、王である宮崎駿のために回っているのである!
これは理論ではない!既成事実だ!実際に売れてるんだから偉いのだ!今、権力があるということは、世界がハヤオを求めた結果なのだ!
我に従え!


そう、キャラクターも宮崎駿の奴隷である。
最強のグランマンマーレでさえ。っていうか作品世界全部が!
普通、創作する場合は、キャラクターのリアリズムとか実在感とか過去の因縁に影響された行動規範とか、ストーリーの筋道とか世界観とかをそれなりに考える物で、宮崎駿ナウシカの最初の設定とかはかなり突っ込んで書いてたりしてた作家なのだが、もう、おじいちゃんだからか?そういうのがめんどい!
キャラクターは一貫しなければいけないって、誰が決めたんだ!そんなルールは、ジブリアニメが売れるという事実の前にはカスである!動画が動けば道理は引っ込め!
気分気分!全部その場の気分。
絵コンテや展開を悩んだのも、脚本的な意味合いが通じるか、ではなく、「描きたい気分に会うシーンかどうか」。
特にストーリー上の意味はなくとも、キャラクターの設定や人生がどうなろうとも、「ここで一発ピンチのシーンがほしい!」ってなったらリサは危険運転するし、子どもをほったらかしにして意味の分からない光のほうに行ってしまうし、
「なんか生きてる波っておもしろそー」→「ポニョの妹が変身した巨大魚が連続自爆」
「なんか疲れたし飯にしよう」→「つラーメン」
リサがグランマンマーレと何かを話し合って辛そうにしてるシーンが必要だから入れるけど、会話の内容は無い。
母が悩んだって言うフラグが存在する事、視聴者に見せる事が必要なのであって、その会話の内容でリサやグランマンマーレの自我が何かを考えたりする必要はない。っていうか、会話を考えるのはめんどくさいから、ババアが遠くからそれを眺めているだけっていう絵を挿入するだけで充分。
何かを議論した内容、というよりは議論シーンがあった、という事の方が重要。
ラストシーンで世界の均衡は全然回復してないけど、「イージス艦が描きたい!」→「出す」
パヤオの幼児性爆発。
だが、いいのだ!
パヤオ専制君主なのだから!何をやっても民衆はついてくるのだ!
弱者は強者にしたがえい!
キャラクターの人生などない!
冒険もすべて作られたモノだ!
自我を失えい!
邪魔な自我の原因となる生存欲求も捨てろ!
死ぬことは怖くない!
自然権は王であるわしに譲渡するのだー!
っていう。リヴァイアサン


左翼思想をかじった宮崎駿監督は天安門事件ソビエト連邦崩壊で、社会主義の崩壊から思想転向して、エコロジーに言ったか、と思いきや、
ポニョでは「そもそも人民が生きたいと願うこと事態が、問題の原因なのであり、笑ってにこやかに死ねッ☆」という、自然権の否定、専制君主制度よりももっと初源に属する思想をためらわずに描く段階に到達してしまったようです。
私は正直、ホッブズリヴァイアサンはウィキを眺めた程度の知識しかないが。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%83%E3%83%96%E3%82%BA
この著作において、ホッブズは人間の自然状態を闘争状態にあると規定する。彼はまず生物一般の生命活動の根元を自己保存の本能とする。そのうえで人間固有のものとして将来を予見する理性を措定する。理性はその予見的な性格から、現在の自己保存を未来の自己保存の予見から導く。これは現在ある食料などの資源に対する無限の欲望という形になる。なぜなら、人間以外の動物は自己保存の予見ができないから、生命の危険がおびやかされたときだけ自己保存を考える。ところが人間は未来の自己保存について予見できるから、つねに自己保存のために他者より優位に立とうとする[1]。この優位は相対的なものであるから、際限がなく、これを求めることはすなわち無限の欲望である。しかし自然世界の資源は有限であるため、無限の欲望は満たされることがない。人はそれを理性により予見しているから、限られた資源を未来の自己保存のためにつねに争うことになる。

という自然状態の問題に対し、「未来を予見しなかったら良いじゃん。魚類になれば良いじゃん。」
っていう。

争いに実力での決着はつかない。なぜならホッブズにおいては個人の実力差は他人を服従させることが出来るほど決定的ではないからである。これがホッブズのいう「万人は万人に対して狼」、「万人の万人に対する闘争」である。

すべての人はあらゆる力と強さを譲り渡してしまうことが必要です。多数の人々が一個の人格に結合し、統合されるのです。コモンウェルスにおいては、彼らは自分達が、自発的かどうかにはかかわらず、承認した主権者の行為・判断の総べてを承認し、自己の行為・判断と見なさなければならないのです。つまり主権者に対して絶対服従の義務があるのです。


いったん譲り渡した自然権は戦争状態に戻る以外に取り戻すことは出来ません。ですから主権者がどんなに横暴な政治をしたり、犯罪的な行為をしても国民はそれを処罰することも、非難することすら正当ではないのです。だってその行為や判断の本人は自分達自身なのですから、あたかも他人に対するような態度は取れないのです。
http://www7a.biglobe.ne.jp/~yasui_yutaka/nyumon/h1.htm

つまり、今現在ジブリアニメが国民的アニメなのだから、黙って見とけと。


まあ、風の谷のナウシカの最終回も「なんか科学とかよく分からんけど、お前はナウシカを怒らせたから殺す。愚民には真相を黙ってたら誉められるし」っていう風にも読める雰囲気だし、まあ、そういう人だ。


というわけで、宮崎駿監督の言った、
「オレの領域に土足で入ってきたのは嫌みだろうか、こんな事になったのは吾朗が5歳の時、仕事ばかりで付き合っていなかったからだ。 二度と吾朗のような子を作らないためにこの作品を書こう」
「不安と神経症の時代に立ち向かおうというものである。」
っていう電波宣言の意味が分かった。
これは、「仕事ばっかりしていてゴメンね。お父さんは本当は息子のことが好きだったんだよ」っていう生ぬるい物ではない。
「仕事ばかりで付き合ってない程度の事を恨みに思うような子供は死ね!親の愛情がどうこうと言って悩むような自我は捨てろ!
親のせいでアダルトチルドレンになっただとう?馬鹿めっ!お前がダメなのはお前が弱いからだ!弱者は強者のいうことを聞け!強者の邪魔をするな!
生んでやったんだから感謝しろ!
生まれてきてよかっただろうううう????」

っていう、在る意味不安と神経症の時代のメンヘルに対する、絶対的強者からの反論ですな。
さすがパヤオ
普通の親たちにできない事を平然とやってのけるッ そこにシビれる! あこがれるゥ!


これは、コードギアス 反逆のルルーシュR2ルルーシュが親父に向って「愛情の押し付けは辞めろ!子供をもっと大切にしろ!一緒に居てくれ!」って主張しながら親を殺したような、谷口吾朗監督のような、宮崎監督の子供世代の気分を真っ向からぶち殺す大人の強制。
うるせえええええっ!!!!
押し付けだろうと愛してやってんだから文句言うなあよおおおお!
ルルーシュは視聴者の集合無意識に願う事で親を消滅させたのだが、それは所詮、子供世代の願望であって、親は実際には死なないし、イヤボーンもない。
今、金と権力と票を持っている高齢者が偉いんだ。


っていうか、そもそもコードギアスっていうアニメ自体がトミノとか高橋良輔とかやおいとか色々の遺産で作られた、ゲド戦記みたいなものだしな。
で、ゲド戦記あきまん氏のブログによると、「ポニョが父親の魔法の力で作った世界の歪み」とのこと。
あー。
だめじゃん。
だめですね。
だめかー?


しかし、劇場で観客からこんな声を聞いた
「話はよくわからない(高尚で難しい)し、絵も気持ち悪かったけど、背景は丁寧に描いてあって、さすがジブリアニメだね」


結局大衆はウェルメイドで上等な作品という雰囲気しか求めていないのである。
宮崎駿も、スタジオ・ジブリという大きな機械の一部でしかない!
天皇機関説


そのような力関係は、パンフレットのクレジットの順番にも現れておって、映画のスタッフロール自体は平等主義的なあいうえお順なのだが、
ポニョと宗介よりも、親が先。
リサ 山口智子

耕一 長嶋一茂


グランマンマーレ 天海祐希
フジモト 所ジョージ


ポニョ 奈良柚莉愛
宗介 土井洋輝


である。
あと、女の方が先な。
まあ、それはいいんだが、コードギアス 反逆のルルーシュっていうタイトルなのに、マリアンヌ、シャルル、C.C.、V.V.、ルルーシュ、スザク。みたいな。
子供はやっぱり馬鹿だから親に従えよ。っていう。宣言ですね。


だがしかし!


スタッフ
プロデューサー 鈴木敏夫


原作・脚本・監督 宮崎駿


でもある。



うわちゃー!やっぱりかー!



宮崎駿宮崎吾朗との確執をもプロモーションに利用する!プライベートもすべてコンテンツにする!
だが、それでもいいだろう?
アニメを作らせてやって、金を持ってくるのは誰のおかげだいいいいい?
お前はぼんやりとした頭で、気分の趣くままにアニメを作っておればいいのだああああ。
ちゃああんとワシが売ってやるからのおおおおおぅ。


という、力関係がありありと見えてとってもときめきますね!
のぞいた景色は酷く自由な大人の世界ですね!


お金が一番ジャスティス!


いいよいいよー。
死ぬことは怖くないんだね!絶対的な母なるものの気まぐれで、死んでいくのが喜びなんだね!
気まぐれで愛を押し付けられて、何となく従えばいいんだね!
愛は押し付けで、空気なんか読まないで欲望のままに生きていけばいいんだね!
それで社会に受け入れられなくて、死んだとしても、死んでもいいんだね!
(無限ループ)


わは!わははは!わはははははははははは!
そうだ!
これこそ我が理想!
過当医療禁止法案!安楽死の奨励!老人が生きつづけるのは死の苦しみが怖いだけだ!子供と離れるのが寂しいだけだ!
なら、苦しみもなく、子供と一緒に死ねばオッケー!

“宝の船は死出の旅”

“ソレ ドンジャンドンジャン死出の旅”

“並のタヌキは死出の旅”

“行きて帰らぬ死出の旅”

“ソレ ドンジャンドンジャン死出の旅”

“哀れタヌキは死出の旅”

“ドンジャンドンジャン死出の旅”

高畑勲監督の平成狸合戦ぽんぽこは親切にもセリフで説明しちゃうけど、宮さんは愚民には甘く前向きな言葉を言っておいて、アニメの絵に死を込める。
そうすると、人々と言う愚民はジブリをファミリーで支持してくれる。


死のう!死のう!死の国へ!
死のう!死のう!死の国へ!
フニックリッフニックラッフニックリッフニックラーーーーーーーーッ!


ここから、現実と脳内が交錯します↓


脳内妹「うざい・・・」
何がうざいというのかね!
君こそ僕のグランマンマーレ!ポニョ!死をも飲み込む聖母ではないか!さあ、僕と心中して下さい。
妹「首をしめてやるうううううっ」
くるしいくるしいいたいいたい
妹「死ぬときはもっと苦しいんだからネッ!萬画に影響されて簡単に死ねると思わないでよ、うっとおしい。
あんな死ぬ前のじじいの願望なんか知ったこっちゃないわ。苦しんで苦しんで、苦しんで死ぬのよ」

ええー。
でも、僕は君への愛のためなら、死ねる。
妹「あたしとしては、死なれるよりも、あたしのために苦労して苦労して、絞りカスになってから死んでほしいなっ★もったいないしねっ」
そーいう欲望に忠実な、君の性格はなかなかポニョっぽいと思ったんだが。だって、お前こそ強いじゃん。人生負け知らずって言うか。
お前は強いんだから、堂々として、搾取する側だろ。いい事じゃないか。
妹「あんな分別のない5歳といっしょにしないでっ!」
うわ。
メチャクチャ言うなあ。
妹「あのねー、これ、前にも言った事だけどね。
女の子は強いねーって、ラインを引かれるのってむかつくのよ。
まあ、強いですけどね。
でもね、あたしが強さを行使したら、実際は真っ先にお兄ちゃんが死ぬのよ?寂しいじゃん」

弱い俺なんかほっといたらいいだろ。
妹「強い人ばっかりの世界で、いつまでも頂点で威張って、ハイ、それで幸せ!ってなるわけないのよ。
ダメな人でも話すと面白いし。居なくなると寂しいの」

やさしいっすねえ。
妹「いや、ダメな人って言うのは主にお兄ちゃんなんだけどね。惚れた弱みだわ・・・(ため息)」
でもさー、寂しいからっていってもどうせ死ぬし。死ぬ心配とか、死んだ人は忘れて、現在だけ見てたら良いじゃん。
妹「だから、マンガの5歳の幼児とは違うって言ってる!できる女には、現在の向こうに未来が見えてしまうのよ」
それは死だ。
妹「その前にもいろいろと楽しい事は在るわよ。
でさー、やっぱしそーいうのは偉い人の言う事を聞いてる、ってだけでは面白くないわ。やっぱり自分でやってみないと。
それで、いろいろやって、ちょっと振り返って、『あーいろいろできたなー』って思うのも楽しいし.あたしは成長したいのよ。絶対もっといい女になるわ。
若さだけじゃないし。去年よりも、今の私の方がもっとお兄ちゃんを上手く使えるもの」

それは、ほら、君が思春期で強いからだよ。自由人だからだよ。僕はトラウマばかりだよ。自我なんてないほうがいいんだ。
妹「だからすぐそーやってあたしを特別扱いして、自分は可哀想ぶるー」
へっへっへ。すんませんねーぇ。
うざいやつなんてほっとけば良いじゃん。
妹「ぬうううっ。でもね!あたしはポニョよりも人格の出来た女子高生ですからね!ふふん。
嫌いな子に水をかけてそれでいい、ってそういう動物じゃ在りませんからね。怒らせたって怒らないわよ。ふっふっふ。


っていうか、むしろさ、ポニョが人間になった後、ちゃんと他の子と仲良くできるかが心配。
いつまでも欲望のままには生きられないし、お兄ちゃんみたいなうっとおしい人間とも共存しないといけないのだけれど」

やっぱり怒ってんじゃん。
まー、幼児はあんなもんじゃないっすか?ポニョは5歳児よりももっと低脳っぽいし。って言うか魚類だし。
そこらへんはおいおい山口智子が?
っていうか、ババア連が歩行してるし、世界はゆがみっぱなしっぽいし、どうでもいいだろ。マンガだし。その場が楽しければいいんだよ。
妹「じゃあ、マンガはマンガって言うことね。お兄ちゃんはマンガじゃないんだからその場だけではすまないのよねー(笑)
宮崎監督が死ねって言っても、支配できるのは所詮、彼のマンガの中だけの話だわ。あたしを殺す事は出来ないわね。
ジブリアニメが売れた所で、あたしのお小遣いにはならないんだから関係ないし」

あー。そうかー。所詮マンガかー。
だよねー。
お前は賢いなあ。
妹「そうよ。5歳の魚類なんかに、16歳の女子高生様が負けるわけがないのよ!」
魚類と張り合うなよ。
妹「あんな子宮もなさそうな魚類とあたしを同列にしないでっ!」
・・・・・・・ないっすか?子宮。
妹「ないんじゃないでしょうか?子宮」
そうかー。
だよねー。グランマンマーレっておなかを痛めたって言う感じないしなあー。ドライって言うか。
ポニョの妹の多さは哺乳類には無理だよな。


やっぱ、イクラにぶっかけたんですかね?所ジョージがwwwwwwwwwwww白子をwwwwwwwwwwwwwwwww
妹「BUKKAKEたんじゃないでしょーかwwwwwwwwwwwwwwwwww」
あははははっはははははははははは
将来は宗介もBUKKAKEですかねええええっ!!!わはははは!
妹「下品なコト言わないでよ!」
お前が子宮とか言うからだろ。
妹「子宮好きでしょ?」
ノーコメント。



っていうかさー。俺、怖いことを思いついたんだけどサー、ポニョだけが大きいじゃん。妹より。ってことは、やっぱ、ポニョと同世代の個体は、共食い?かねえ?


妹「うわーーーー。やなこと言うなあ〜。
さすが、お兄ちゃんは発想が暗いね。
んー。でも、そうかもね。ポニョって割と適当に何でも食ってたし。魚類だしね」


命軽いマンガだったしナー。
やっぱ魚類はダメだな。
妹「ようやく、毒気が抜けたようね。人に優しくできて、頭もいい、素敵なあたしの方が分別も子宮もない魚類なんかより、よっぽど可愛いでしょ?」
うん!
幼女のそらも、女子中学生のそらも、女子高生のそらも、女子大生のそらも、社会人のそらも大好きだよ!

妹「やっぱりお兄ちゃんはあたしが大好きなのよね♥」
そうだねー。
っていうか、僕がポニョと宗介の冒険をいまいち評価できないで、親からの押し付けだと思うのは、
ポニョがお前に比べて可愛くないし、
親世代と子供世代の戦いという同じ主題でも
宇都宮比瑪をゲットに比べて全然ポニョがごほうびとして嬉しくないって言うだけかも(笑)
やっぱねー、自我のないガキのその場の気分で好きって言われて、それを一生引きずれって言うよりは、そらと一瞬ごとに契約更新するみたいに愛し合うほうが気持ちいいねえ。
妹「ふふふ。お兄ちゃんの言う事もやっぱり思春期っぽい」


というわけで、崖の上のポニョはいい映画だったですね。
僕は老人でも親でも幼児でもない万年思春期だから、ちょっとポニョの客層とは違うけど、反面教師として妹のよさが際立った。
僕の良い映画かどうかの判断基準は、脳内妹との脳内恋愛が盛り上がるかどうかということなので、良かったと思いまーす!
妹「箸が転んでもあたしが好きになるよね。最近」
否定はしないが!



追記
脳内妹「っていうかさー、あたしがポニョでむかつくのは、知らない人も大勢巻き込むでしょ。そんで、知らない人も何にも分からないまま殺されたのに喜んでて、死ぬのは怖くないとか言うでしょ。うっとおしい」
無辜の民を巻き込むなって言うこと?
妹「そーいうことよりも、知らない人を殺したって嬉しくないし、殺しても嬉しくない人を殺したって仕方ないわよ。ってこと。
どーでもいいのよ。
そんなのを良い事だーみたいにお兄ちゃんが言うのが、もっとうっとおしい。
お兄ちゃんはどこぞの知らない人に殺されてほしくないな。あたしが殺して、悲しんであげるわよ。
あたしも、知らない人は殺したくないし、殺すんならよーく知ってる人じゃないと」

お前の言ってる事もかなりどうかと思うが。まあ、自覚の問題かな?
確かに、大きな物に殺されて喜ぶのは大衆としては幸せな生き方かもしれんが、個人としては、死ぬときくらいは自分の決めた相手や物に殉じたいって言う気分はあるな。
人口を減らして社会を良くするためには、大衆を減らすべきだが、個人個人の死、というか人生は個人的に選択した結果であってほしいって言うことだな。
妹「そーよ。生きるのが不快でも、死ぬのが怖いから仕方なく生きててるとしても、死ぬのが痛くないから死にましょう。っていうのは、なんか軽すぎてヤだな。
しかも他人が勝手に。
少なくとも、お兄ちゃんにはそういう死に方はしてほしくない」

わがままだなあ。
妹「兄妹だから良いのよ。恋人だし。って言うか、生き死にを押し付けていいのは、そういう仲だけよ」
そらは分別があるんだな。えらいねえ。
ま、確かに若者としては自分の意思で死にたいとは思うよ。
しかし、老人のそういう願望というのも認めてやれよ。死がリアルになった年齢なら、夢と現実を混ぜて、苦しみなく逝きたいって言う願いを持つのは自然な事だろうし。
妹「いやよ。爺さんの気持ちなんか知りません。わたしは若い美少女ですからね。今は遊ぶのが楽しい時期なのさ」
うーん。
ポニョもそうなんだろうけどねえ。楽しみで生きているって言うのは。
いやー。なんかポニョはタナトスだなあ。お前はエロイけど。
いや、よく訓練されたエロスはタナトスと区別がつかない?
うーん?タナトスの内側の本人には生も死もない?タナトス的ヒロインは外の人間を殺す事で自分が生きるのか?うーん?
妹「魚類の女の事で悩むヒマがあったら、あたしのために生きなさい」
まー、それはやぶさかではないがね。ちょろっとかんがえただけさ。


http://www.genius-party.jp/beyond/impacts.html#3
っていうか、コンセプト的にはこっちもポニョと同じような感じなので売れたら良いと思うですよ。


あと、京都二条駅東宝シネマズbiviで見たら上映前注意が蛙男の鷹の爪団だった。おもしろかった。しかも前回のDMCと同じくTOHOシネマズBiViにあわせて作っていた。うーん。東宝シネマズ全体で作ってんのかなー?
なんかライブの前の若手芸人の前説みたいでもあるが。一流のアニメだったりする。実力者が本気でふざけるのを見るのは楽しい。