玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。

京都精華大学マンガ学部竹熊健太郎客員教授特別講義「マンガとアニメーションの間に」第4回「マンガ版『ナウシカ』はなぜ読みづらいのか?」

昨日は萬画家の手塚治虫をアニメーションの影響とテレビアニメの観点から、今日はアニメーション監督の宮崎駿萬画の影響と萬画製作の観点から講義という、さかしまの関係は面白いな。と。
講義の冒頭でも竹熊先生は「マンガとアニメは日本においては不可分の関係だ」とおっしゃてた。
それで、日本のアニメは海外をルーツにしているが、日本の文化嗜好にはまって、隠れキリシタンマリア観音のように独自の発展を遂げて別物になっているという喩えも面白かった。
そうすると、こないだのNHKの日本アニメをハリウッド調に合わせるというのもおかしな話かもしれんけど、そこら辺の葛藤は、それはそれで面白いかもしれん。やる人は地獄を見るかも知れんけど。リップシンクロしすぎたら海外輸出しにくくなる気もするしなあ。アジアとか。
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で、今回は宮崎監督の幼年期の影響、東映動画カリ城、干され期、という基本知識を学生に講義した上でナウシカ。と言う流れ。ほんで、アニメージュナウシカはコマ割は普通だが、人物の大きさが大ごまでも小さいこまでも一定なのでインパクトやメリハリに欠ける。コマが絵として完成しすぎていてコマとコマのつながりが悪い、鉛筆線なのでキャラが腐海に飲まれて目立ちにくい。
という問題点があって読みにくい。と言う。
人物は目立たないが、ドラマ部分はキャラクターのドラマなので、不一致。
諸星大二郎も割と絵柄的には宮さんのマンガに似てると思うけど、アレはキャラよりもアイディアや妖怪イメージを優先してるのかなー?)
で、同じシーンでもアニメ映画版風の谷のナウシカは空間の迫力やキャラの萌えが素晴らしく、やっぱり宮さんはアニメ作家だよねーと言う結論か。
絵コンテでは同じような鉛筆作画でも背景は書かないし。いや、レイアウトもやる人だけども。セル絵との質感の違いで浮かせるって言うのはあるよな。あと、島本須美とか髪の毛やスカートの動き萌え。(ナウシカは巨乳というよりは着膨れだと思いたい。ヒドラの庭ではそんなに大したこと無かった)
先生自身も仰っていたが、90分ひとコマで手塚論宮崎論はムリポなんだがな。
ただ、開始から12年経ったアニメージュナウシカ最終回では、キャラの顔アップを大ゴマでやったり、コマ割もこなれて12年目では格段に読みやすくなっているとも仰ってた。手塚治虫の視線誘導テクを宮崎も体得したと言う。
じゃ、それは何でか?と言うと、特に説明は無かった。慣れ?
慣れでいいのか?
そりゃ、12年も書いてたらな。(中断はあったけど)
うーん。しかし、まあ、読みにくいマンガを、アニメ映画が終わった後も、アニメ映画を作るための方便だったマンガを、12年も連載させてあげていた月刊アニメージュは心が広いナー。まあ、連載終了してから綾波レイが出現するまでアニメージュの人気投票の女神として君臨していたからなあ。アニメ界では10年前のキャラでもアニメージュの中では現在進行形だったわけで。なんだかんだいって宮さんはいつもファンに支えられてるなあ。ロリコン伯爵だけど。
ちなみに、宮崎アニメは脚本や構造が破綻しているけど、売れるって言うのは、男性作家や男性的に思考の深い女性作家が構造やら理由の整合性にこだわっている、照れのような部分を宮崎監督は超越している所が、全体的な整合性を気にせずその瞬間の派手さや感情を楽しむ女子供の刹那主義的な脳構造に合致していると言う所が、女子供(+運転役のお父さん)を劇場に呼び込む理由なのかなーとか思った。アニメ映画は画面+時間軸だが、女子供は記憶が不自由だから画面+動きの加速度と言う風に微分されちゃってるんだよな。
あと、男のオタクはそこら辺の時間感覚のおかしさを積分して、全体の流れから「バルスはネーだろ。最初に使えよ」とネタにして遊べるって言うのもあるかなあ。
前も書いたけど、宮さんは「キャラの行動理由が正しいから書く」というより、「オレが書ける気分だから書く」という感じ。
崖の上のポニョのお婆さんが宗介を受け止めるシーンを書くのに悩んだって言うのがテレビで紹介されてて、そのシーンを映画で見たところ物語的には意味の無いシーンだけど気分的には盛り上がる感じだったので、描写と言うより気分かなあと。
それが女子供に近い気分の感性なのだろうか?
あと、絵描きの絵に対するバランス感覚気分がストーリーにも影響してるのかなーとか。説明できないし意味は無いけどここにこれをおいたらしっくり来るからいいんだ、みたいな。


で、オレは大富野教信者なのだが、富野由悠季監督の空間把握能力もスゲーと思うけどなあ。香港〜太平洋〜成層圏〜衛星軌道を一個の戦場として描写した機動戦士ZガンダムII-恋人たち-もたいした物だと思う。あと、演出的には高畑勲だし、物語的には手塚治虫でもあるし、思想や世界観創出にはオリジナリティーがすごいと思うんだが。
でも、やっぱりアニメのメインストリームは富野よりもジブリとか大友克洋とか劇場作家なのかーッ!劇場が本編って東映か!
でも、劇場でも富野映画が一番インパクト強いけど。
うーん。それはオレが信者だからか?
宮さんも好きだけどね、今日もナウシカの単行本を持って行って、マンガ夜話ごっこをしたし。
何でグダちんはそんなに必死な感じなのかと言うと、比喩でも何でもなく脳内妹とサボテンと虚構(特に富野アニメ)を見ているときだけ生きてるから、生きるためには必死になる。
劇場 Z を見た時は下腹から脳天までの 7 つのチャクラが熱くなって腰が抜けてエクスタシー体験したからナー。ダンバインを見た時はパニック障害で目が見えなくなって気絶したし。トミノ霊感強すぎる。
必死にいい大学からいい会社に就職しようとしたりすると死にたくなるが。
必死に成れって言われたら「じゃあ、死にます」って思いながら「がんばります」って言う。



まー、トミノは富野でいつまでもロボットアニメという異常アニメばっかり作ってはいるけど。
しかし、宮崎ファンタジーアニメも異常事態だろ。なんでロボットは馬鹿にされないといけないのだ。
一般社会がなぜロボットに便りながらロボットアニメを認めないのか、全く理解出来ない。つまり、スパイダーマンの映画にもっとレオパルドンを出せという事だ。