玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。旧玖足手帖から記事・ブクマを引き継ぎました。


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シドニアの騎士アニメ第7話「覚悟」怒涛の第一シーズン後編開始

今週も面白かったです。特に面白いと感じたのは、連結型奇居子との戦闘を前回のあらすじや回想シーンで3回くらい断片的に重複しつつやり直しつつ、少しずつ星白の顛末を見せていく、と言う手法です。
アニメらしいフィルム編集という演出技法を感じました。
また、戦闘の推移や殺陣の段取りも結構原作からアレンジが加わっていて、アニメならではの工夫が見えました。
原作では顔が見えていなかった007弦打が005サマリ・イッタンにナイスアシストしたシーンを声付きで見れてよかった。
また、001赤井持国〜004緑川出雲までのシドニア四天王はマンガではかなり噛ませ犬のように奇居子に瞬殺されていたのに、シドニアのサマリたちが本体撃破に次々と成功したが、それについての配慮もある。アニメでは「奇居子を倒した谷風長道の戦闘データが仮象訓練装置に組み込まれた」と言う前回の生徒のセリフと、今回の作戦中での勢威の「我々には奇居子を倒した経験がある」というセリフで、サマリたちがレベルアップしているという事の説得力を補強している。
それでも奇居子は強大で恐ろしい怪獣だ。だが、アニメでは原作で使った尾部による豪快な薙ぎ払いや、超高速戦闘なので弾かれただけで単機では戻れなくなるという描写が無かったため、若干連結型奇居子の迫力は減じた印象がある。まあ、前回のテレビ中継で、戦闘の描写よりも先に岐神海苔夫がテレビに出て「ほぼ完全勝利」と言われていたので、原作とはシーンの見せるタイミングが微妙に違う。戦闘後のテレビインタビューのシーンで、すでに視聴者に「連結型奇居子は撃破された」と見せているので、連結型奇居子の恐ろしさや戦いの推移の緊迫感は原作よりも少なめにチューニングされている。
むしろ、アニメ版で強調していたのは、連結型奇居子ではなく、星白の思いである。


以下ネタバレ





今回星白閑は戦死するが、原作では大コマが主体の3ページで唐突に死んでしまうことで、弐瓶勉作品らしい人命の儚さを表現していた。また、星白の死裸体が1ページの一枚絵で見せることで、死んだ美少女の背徳的な美しさも描いている。
対して、アニメ版では声もあり動きもあるという事で、儚さというより死ぬまでに星白が谷風を守ろうとして奮闘して奇居子の胞手の攻撃をかいくぐって衛人を操縦したアクションに重点が置かれている。死の儚さの前の、星白の強い最後の想いの方を強調している。
原作ではまた、原作の星白は衛人の操縦席の内部で胞衣に浸食されて死亡するが、アニメでは一度機体の外に出た後に胞手の攻撃に食われて体がバラバラになって、ヘルメットが宇宙を浮遊する、と言うという事で死のショッキング性を表している。(正直、シドニアの騎士の3DCG表現では、原作の白黒の一枚絵で表現された死のエロスは表現できないので、遠景で星白の破片が流れていく、と言う演出に変えるのは当然でもある)


で、連結型奇居子の脅威や死よりも、星白の生前の想い、(5話での濃厚な漂流で培われた谷風との絆)みたいなものを原作よりも強調することで、それを踏みにじった海苔夫や、紅天蛾の悪性も高まって表現されています。
さーて、ベニスズメはアニメではどう描かれるでしょうか?当たり前だが、白黒主体のアニメとは違って、赤と白のコントラストの強い体がカラーアニメーションになったベニスズメは、谷風の白に赤のラインの入った継衛と対照的で、それの動画も面白くなりそうです。


海苔夫はどこまでアニメで表現されるかわからないが、爆発杭事件や「俺を糾弾しようなんて思うなよ」という3巻冒頭のセリフなど、細かい変更点がある。海苔夫も海苔夫で嫉妬の心理描写が分かりやすくなっている。
海苔夫に対して、原作の谷風はあんまり怒ったりしないし、普段はぼんやりしているが戦闘に没頭する戦士という性格付けで、戦闘(とラッキースケベ)以外ではあまり表情が出ないんだが、アニメの谷風はちゃんと海苔夫に怒っていて、性格がより分かりやすくなっている。
弐瓶勉作品の主人公は正義感はあるが、感情表現は平坦なのが特徴だが、アニメはテレビでみんなが見るので、感情移入しやすくなっている。逢坂良太氏のヒーロー主人公的な声質もあって、分かりやすい。


原作の谷風は、海苔夫を糾弾することよりも戦闘を遂行する方を優先する、と言う流れで無言で海苔夫を無視したが、アニメでは星白の破壊された機体を見ることで「糾弾しても死んだ星白は帰ってこないのだなあ」という気持ちになって、怒りを修めた、と言う風な流れになっている。


また、幼少期の谷風と、じいちゃん斎藤ヒロキのオリジナルエピソードも描かれていて、より谷風が身近な温かみのある人物としてに描き直されている。(原作の後半とか戦闘マシーンぶりが鬼神のようになってるからなあ・)ヒロキ、極限状態の地下で孤独なのに、谷風を真っ直ぐな良い性格に子育てしつつ、スーパーパイロットに育成してて、すごく英雄的な人物だ。英雄の血を引く騎士!古典的だが燃えるシチュエーションだ。


オリジナルエピソードの他にも、原作よりも早くプラネットバスターが撃たれたり、原作ではもっと後に登場するユレ博士や降ろしの儀が前倒しで描かれたりして、展開が圧縮されている所もある。
谷風の心情にスポットが当たっているようで、彼に直接関係しない非武装主義者のデモやSF世界観を掘り下げるためのガジェット的な部分の描写は省略されがちな印象。対して、星白との漂流に1話使ったり、その後の6話でも星白との心の交流は多く描かれた。赤井班やサマリ班の人間味も増量している。なので、SFロボット3DCGアニメですが、むしろ構成としては、アクションよりも心理描写を重視しているのかもしれない。(もちろん、車の両輪なのだが)
そのように、原作のエピソードを入れ替えたり変化させているし、原作のどこまでアニメになるかわからないので、原作読者でもどうなるのか、ハラハラしますね。


色々と調整しているし、時系列的には2巻が終わった所だが、4巻で出たエピソードも今回出てきたし、おそらくは小惑星編まではやるような気がするのだが、同だろうか?


アニメでは1クールの前半を星白との交流に使ったので、後半はベニスズメと継衛のある意味での決着である小惑星編まで行くときれいに収まるような気がするのだが、どうだろうか?


また、もう一度繰り返すが、星白との人間的な心の交流の描写にアニメの前半で重点を置いて、星白のヒロイン性を増して描いた。なので、後半ではそれを踏みにじって登場する紅天蛾の悪魔性を強調すると面白くなりそうである。人間的に理想主義で優しい女の子だった星白の形を真似て、人間の戦術や心理を利用して騙してシドニアに危機をもたらす、ガッチャマンクラウズのベルク・カッツェのような邪悪性を持つベニスズメを描くと、前半と後半でメリハリがつくと思う。


そういうのは、シリーズ構成の村井さだゆきさんの作品っぽいなー。人格が変質するゼーガペインとか、体が変化するエイリアン9とか。
性格の良いヒロインが怪人になってしまう所とか、「ブギーポップは笑わない Boogiepop Phantom 」
原作付アニメですが脚本家や演出家の履歴とか癖が見えると、より味わい深く鑑賞できるかと。
やっぱり原作を読んでいると、演出よりも恒星の組換えの脚本的な所に目が行くなあ。


あと、男でも女でもない科戸瀬イザナが、さて、どういう位置になるのかな?