玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。

Gのレコンギスタ第6話「強敵、デレンセン!」宇宙世界は地獄!

脚本:富野由悠季 絵コンテ:京田知己、斧谷 稔 演出:亀井治 作画監督:[キャラ] 杉本幸子 [メカ] 中谷誠一

予告通り、予定通り予測通りの内容でしたね!

あー予期してたわー。完全に読み通りだったわー。

Gのレコンギスタの歌とPVに潜む暴力と狂気 - 玖足手帖-アニメ&創作-
2話のカーヒル大尉を殺害してしまうのもマシーンに隠された突発的な暴力性の発露なんですが。

おそらく、5話か6話からの流用であろうオープニングのラストカットがヤバい。

おそらく、ベルリの担任の先生であったデレンセン・サマター大尉が乗っているであろう大型可変MSエルフ・ブルを光の翼を広げたG-セルフが圧倒!

たまらず戦闘機形態に変形して画面右下に逃げるエルフ・ブルをさらにG-セルフが殴りに行く!ここで止め絵に!オープニングテーマ終了!

ヤバい。

富野流映像の原則において、下手から上手に上昇をする動きは、強い相手に主人公が逆転をするという立身出世的なイメージです。

http://highlandview.blog17.fc2.com/blog-entry-200.html

が、下手はネガティブなイメージもあるので、下手側の上方から、画面下に尻尾を巻いて逃げる相手を追撃するというのは「やり過ぎの暴力」というニュアンスが発生します。

Gのレコンギスタ第5話「敵はキャピタル・アーミィ」後編 Gレコを面白がってはいけない5つの理由 - 玖足手帖-アニメ&創作-
1.テロリズム(暴力政治)を描いている

2.主人公が自分をごまかしている

3.演出も視聴者をごまかしている

4.人の命の扱い方が残酷

5.行き過ぎた科学技術


なので、前回までの要素を集約すると、ああやっぱりね、と言う話なんですが。前回までに要素は書き起こしておいたので、今回はそんなに感想を書くネタが無い。(ちなみに、私はアニメ関係者ではなく内部資料は貰っておらず、テレビ放送と雑誌や講演会やネットでの情報をまとめているだけです。なので7話から先の話は全く分からない)

  • ネタバレを回避するために他の話を先にする

関東の人に配慮してね。

  • 地獄!宇宙空間!

今回は弾道軌道で成層圏の上の中間圏あたりの低軌道で地球を一周しながら囮作戦をするメガファウナに、ベルリたちとG-セルフを奪還しようとするデレンセン大尉の部隊が急襲する話。



成層圏から昇ってくるカットシーのエフラグブースター編隊と、軌道エレベーターのキャピタルタワーの一番下の駅のアンダーナットから遠心力を利用して速度を出すエルフ・ブルがメガファウナを上下から挟み撃ちにする!という、かなり宇宙の上下関係を意識してないとよくわからない、地学の知識が要求される作戦。
キャピタルタワーの軌道とメガファウナの弾道軌道がなんで都合よく合致したのか?って言うと、北天側の周回軌道をアメリアの宇宙艦隊が上昇する作戦の囮作戦だからメガファウナが合わせた、と言う念の入れよう。
弾道軌道飛行中の戦闘ということで、エウレカセブン京田知己さんが絵コンテに参加されたのだろうか?なんか進撃の巨人荒木哲郎監督やプリティーリズムの菱田正和(青葉譲)さんも絵コンテや演出に参加するようで、なんか異種格闘技みたいな各話演出の見方が濃いアニメファンには可能かもしれない。(私は面倒なのでしませんが)

で、宇宙空間はヤバいぜ!
ということをかなり丁寧に描写していて、なかなか最近ここまで丁寧に宇宙っぽさを強調したロボットアニメってなかったんじゃないかなーと思います。

基本的に水を節約するので歯磨きはガムだし、生理的に宇宙服は着心地が悪い!



戦闘前にトイレの用を済ませておかないといけないけど、ずっと宇宙で宇宙服でウンコを我慢するのは辛いし地獄だ!(ノレドは女の子のトイレの世話もしているのでとてもいい子だ。百合を超えた)


アンダーナットは慣性重力を得るために回転しているので、回転に合わせるエレベーターは高速でヤバいぜ!(ガンダムユニコーンのラストのメガラニカがそんなに迫力が無かったことへの意趣返しか?)

アンダーナットは単なる人工衛星ではなく、かなり広くて小型のスペースコロニーっぽく農場もあって自給自足の町があるぞ。そして、アンダーナットの町に暮らす人は急速に基地を拡大するキャピタルアーミーに反感を持っていてヤバいぞ。(米軍基地問題とかのフック?)

ミサイルはサイドスラスターの三回ファイヤでギリギリ躱すので宇宙艦隊戦はヤバいぜ!(スタートレックっぽいよね)

ガンダムの伝統である大気圏突入ももちろんヤバいぜ!
と、かなり宇宙描写が強い。
全部が全部子供に理解されるとは思えないが、富野監督としては「子供が将来成長するにつれて、引っ掛かりになる物を提供したい」というようなことをインタビューで仰っていたので、子どもが宇宙や基地問題を調べたくなるようなきっかけづくりをしているのかなあーと。
脇役の名前がアダム・スミスやジロンドなどの歴史上の人物だったりするのは、検索効率を上げるSEO対策だけでなく、子供に元ネタを調べさせる気持ちだったりするのだろうか。
Vガンダムでもビルケナウ、トマーシュ・マサリク、ケイト・ブッシュなどの名称がつかわれていた。


  • デレンセン・サマター大尉!

やってしまった・・・。大切な人を・・・。
完全に予定通りだったんですが、やっぱり実際の作品として見せられるとスリリング!だし、何よりも演出の見せ方が予定をしていても想定以上だった。
このシーンは毎回オープニングのラストカットでダメ押しされているんですが。




アニメーターさんか演出さんのtweetによると、これは6話の没カットで、それを富野監督がオープニング用に再利用したとのことです。何で没かって言うとG-セルフの色が違うからなんですが。(最近のアニメはデジタルだから色は塗り直しが効くよね…)

  • 改定と追記

ナカタニセイイチ ‏@try_shel

GレコOPのラストカットって本編用に高谷さんが素晴らしい原画を上げてくださったのに無情にも監督がカッティングで欠番にしたんですよ。でも監督はOPに復活させて使用してくれた。
22:44 - 2014年10月4日
https://twitter.com/try_shel/status/518396204816666626

6話の本編では同じようなレイアウトの作画を使いながら殺陣のレベルから変わっている。

クリム・ニックのモンテーロがエルフ・ブルに捕まっているのでG-セルフがビームライフルを撃ちながら突撃をかけて、体当たり。

↑オープニングのラストカットに似ているが、モンテーロがいるのがちょっと違う。


で、一旦二機の距離が離れて、エルフ・ブルがG-セルフの背後からビームを撃つんだがリフレクターパックによってメガ粒子がフォトンエネルギーに変換されて吸収される。(あきまん安田朗氏のtweetによる設定)(シールドもGBFのスタービルドストライクみたいにビームを吸収するらしい)


で、デレンセン・サマター大尉が「化物か!」と言い、ベルリも「何―っ?なんだってんだーっ!」

と、二人が混乱している時にシールドが接触する。ここで接触回線が一瞬繋がってデレンセン大尉も「なんだって言うんだ!」と叫ぶ。

ここで既にG-セルフのシールドによってエルフ・ブルの下半身が切断されている。切断されながら聞こえたのだろうか。エルフ・ブルの下半身が切断されているのは、レイアウトの演出的にも上手に大型モビルアーマーが居たら「やられメカとしては強く見えすぎるので上半身だけにする」という意味があるようだ。
また、シールドがぶつかる瞬間は描いても、エルフ・ブルの胴体が切断される瞬間や段取りは省略されている。そのせいで、ベルリのG-セルフがエルフ・ブルのコックピットをカーヒル大尉の時のようにゼロ距離で焼却するスピードがものすごくあっけない印象に見せられて、困惑した。
デレンセン大尉が死ぬのはエンディングとか前情報で分かっていたけど、こんなにすごくあっけなく描かれるとは思わなかった。ベルリが敵パイロットを殺すというのが必殺の意志だったのか、手が滑ったのか、メカのオート迎撃が作動したのかわからないというスピード感で人を殺してしまう。
オープニングのラストカットだと、明らかに追撃をして殴りに行っている意志が感じられるが、6話の本編だと「???」っていう間に死ぬ。「あの人に勝ちたい!」とか「守りたい人がいるんだ!」とか「あなたは死にます!」みたいな明確な意志が無く「なんだってんだーっ!」で、死。
もう、酷い演出ですよ。
しかも、エルフ・ブルの胴体が切断されるときの2秒くらいの接触回線でデレンセン大尉とベルリ・ゼナムは「なんだってんだーっ!」「なんだって言うんだ?」を混乱しつつオウム返しにして微妙に通じ合った様子なんだが、その切断するカットは省略する。で、通じ合ったのかな?という雰囲気だけ感じさせてそのものを映さないで、即死カットに移る。G-レコは編集でも視聴者に重要カットを見せないという叙述トリックを使っているのだが。今回もそれ。
でも、描かないからこそスピード感とか無我夢中でやっちゃった感とか、デレンセン大尉を殺したことがベルリにとってあまりにも嫌すぎて記憶がちょっと飛んでる感じを増幅して感じさせていて、つまりひどい。
この酷さはVガンダム以上。大人の男を殺す主人公の話はVガンダム第22話 宇宙の虎なんですが。Vガンダムのゴッドワルド大尉は死に際にウッソを褒めてくれたような感じがする。ニュータイプ的にウッソはそう言う感覚を得る。
でも、どうもガンダム Gのレコンギスタではニュータイプ的な超能力によるテレパシーはなさそう。なので、ベルリはデレンセン大尉の断片的な肉声と断末魔を聞いてしまうけど、その時にデレンセン大尉が何を思っていたのかまでは分からない。なので、強敵を乗り越えた達成感や褒められた感覚はなく、傷だけが残る。

ニュータイプほどステキな戦争の道具はない <機動戦士ガンダムでのお約束と言い訳>
【アニメ演出上の道具としての効果】

・不可能な相手とのコミュニケーション
・不可能な状況でのコミュニケーション、情報伝達


富野アニメではロボットアニメでは成立しづらいコミュニケーション機会を何とか作ろうとしているのが大きな特徴です。宇宙で全員、鉄のハコに乗って撃ち合っているだけでは、ドラマが全然起きないですからね。
ニュータイプ能力は、それをサポートできるものになっています。
戦場の流れを敏感に感じ取ったり、人の生死が分かったり、守るべき人達の危機を察知しアドバイスを与えたり、死者と会話したり、真正面からやろうとすると描写や段取りが色々面倒なところをニュータイプ能力で全て吹っ飛ばすことができます。
距離や、敵味方、人の生死、モビルスーツの装甲、それこそミノフスキー粒子の濃さも、ニュータイプの感応力には関係ないのですから。

と言う風に、ガンダムニュータイプは宇宙戦闘機に乗って戦いながら敵味方が口喧嘩をしたり分かり合ったりするための演出的な道具として非常に便利に使われたわけです。(イデとかオーラ力も同じような通信ギミックとして使われました)だから、ガンダムとか富野アニメは「戦いながら議論」みたいなのが一種の特徴として広く知られて、みんなそう言うロボットアニメに慣れていて、富野アニメ以外のロボットアニメもなんとなくそんな感じを真似て、ニュータイプ能力とか関係なく主人公と敵が議論するアニメが量産されてます。
(だいたい、戦闘中に敵と通信回線を開くとか、そもそも高速メカ戦闘って言う滅茶苦茶忙しく早い瞬間に音声会話をする時間があるわけないだろ。雑なアニメばっかり作りやがってお前ら。ニュータイプは長く喋っているように見えて時間を圧縮してるんだよ)(流派東方不敗は拳で語るからいいんだよ)
なので、そういう敵ともなあなあで会話するぬるいロボットアニメ業界に冷や水を浴びせるように、「ロボットに乗っていてもコミュニケーションできますガンダム」を作った張本人の富野監督が「コミュニケーションなんかできるか!死ね!」っていう酷いアニメを作っていて、本当にひどい。


視聴者の側も演出家にごまかされていて、結局、デレンセン大尉が最期までベルリに対してどういう気持ちだったのかはわからないわけです。ベルリ救出作戦って言っていたが、救出をするにしてもベルリが船に乗っているのかMSに乗っているのかわかっていたかどうか明言されてないし、G-セルフに対しても途中で「貴様は何人の戦友を殺してきたかわかっているのか!」「G-セルフ!海賊の道具になり下がったか!」と罵声を浴びせていて敵対行為をしていた。で、断末魔の妙に穏やかな声はどういう気持ちだったのか、それはアフレコの演技指導の富野監督くらいしかわからない。デレンセン役の小山剛志さんに富野監督か木村 絵理子音響監督が指示を出したはずだが、指示通りの演技なのかも謎。逆張りした指示で役者を調整する事も演出はやるし。なので、何が正しいかわからないわけです。
そもそもガンダムって最初の1話から「認めたくないものだな」とか何を考えているのかわからん奴らばっかりのアニメだし。余白の美です。わからんけど、まあ、言語化できない雰囲気みたいなのは感じられるアニメです。


追記:
しかも、メガファウナ側は囮作戦で、デレンセンはベルリ救出作戦だったので、ベルリとデレンセンが対立する意味が全くない戦闘だし、キャピタルと海賊の戦略的にもそんなに重要な戦闘ではなかった。だが、そんな戦闘で大事な人が特に理由もなくコミュニケーションもなく、死ぬ。
重要な作戦の犠牲になるとかではなく、人の死は軽い。軽く死ぬのに、重く生きてる…。つらい・・・。

  • 自分をごまかすベルリ

「そんな新型を出して来るからでしょ!そんなもので変形したりするからでしょ!教官殿がそんな小手先のことをやるから!!!」
と、泣きながら叫ぶベルリ。

新型とか変形とか、小手先の細かいことを言い訳にしているのはベルリ自身で、ベルリはデレンセンを殺した自分を滅茶苦茶ごまかす。前の感想でも書いたが、こいつはこういう癖がある。ここまでやってもまだ現実が見えていないのか!お前は!!!
キャピタルガードの生徒としてアメリア軍の情報をスパイするとか、女海賊を助けるとかそういう英雄気取りで目の前の現実が見えていない!シロッコ以下!


で、ベルリは自由落下し始めている機体とモンテーロの損傷に気づいて、「中尉はダメージを受けて落下しているんだから」と、

デレンセン大尉を殺した実感を忘れるような感じで

「私には、無駄死にと言うチョイスはないんだ!」というクリム・ニックを助ける。


デレンセン大尉のビームがチャージしてくれた光の翼の鳥のようなオーラを出して、大気との摩擦熱を緩和して、弾道軌道で(おそらく地球を1周した)メガファウナに軟着陸する。

「ガスの流れが装甲になっている?」
とかじゃないんだよ。
恩師をぶっ殺したのに、小手先の善行をして何になるってんだ。小手先の善行で自分をごまかすのはベルリじゃないか。エフラグのガペー部隊が勝手に撤退したのどうのとか細かいことをいちいち気にする。
(デレンセン大尉が命を捨ててチャージしてくれたって言うのが、ガンダムビルドファイターズのスタービルドストライクガンダムに対するあてつけにもなってるよな・・・)


でも、わかる。私も自分がダメ人間で京都大学の給金が悪く家族の会話ができなかったので目の前で親を自殺させてしまった。なので、細かいことや目の前の作業や小手先の善行で自分をごまかして思考を埋めないと、隙間に後悔と自責と自己嫌悪に襲われてブッ潰れそうになります。というか、潰れているんですが。

僕がこういう長文ブログを書いているのも、クズのような自分の悪行や現実の人生を忘れるため、人生をごまかすためです。アニメを見たり音楽で耳と目をふさぎ続けていなければフラッシュバックのPTSDが起こりまくるので無駄な作業をしたり長文ブログを書きなぐって時間を潰したりしているんです。自傷行為で代替行為なんです。
で、ベルリが恩師を殺した直後にモンテーロを気にしたりエフラグがどうのこうのと言ったり、大気圏突入パックがどうのこうするっていうのも、「葬式で気が張りつめている時になぜかどうでもいいことを気にする」というあるあるネタです。


僕も、親の葬式でこんな感じに表情をぶっ殺したお辞儀を何度もしました。最悪ですよ。表面的には落ち着いている振りをしているけど、内面はガタガタですからね。でも表面的に落ち着いた振りをしてないとさらにぶっ壊れるので、香典返しの整理とかどうでもいい作業をしたりします。
非情に共感できる。(悪い意味で)



母親が死んで来月末に三回忌ですが、未だにこんな風なフラッシュバックが続く精神障害です。で、親が死んだあとに京都大学団塊世代を残して若手を切る本部方針で集団解雇の対象になって、未だに働く気が起きない。いや、一応就職合同面接に行ったりもしてるんですが、吐く。履歴書を書いていると自分が親を殺した糞人生を振り返ってガタガタ震える。で、就活が出来なくて、こういうどうでもいいアニメのブログを書いてごまかしている。
精神科にも行っているが医者に「あなたは精神的な承認や評価が就労では得られていない来歴で、ブログのブックマークやアクセスで承認を得る経験はあるから、仕事を後回しにしてアニメに流れるというのは本能的には間違っていないし病理性はない」と言われている。病理性が無いということはつまり治療法もないわけで、酷い不眠症と悪夢にも効精神薬があんまり効いて無くてアル中になりつつある。しかも、最近はアルコール耐性もついてきたようで、最近は毎晩嘔吐寸前までウォッカを飲まないと眠れない(睡眠薬は飲んでいるが全く眠くならない)という地獄です。
そんなダメ人間から見ると、ベルリは共感できます。特に僕も高校生までは進学校の成績トップだったんですよ。でも、大学に入って社会とかに直面してダメになったタイプ。なので、飛び級生のベルリが自信満々に調子こいて、現実に直面してダメになるのかどうかって言うのはすごく我が事のように感じられます。私は30代男性だから、もうベルリに比べると確実にやり直しがきかないので破滅なんですが。


追記
ベルリも「あれはデレンセン大尉の声じゃなかった」って生理的な記憶を理性の言葉を自分に言い聞かせて防衛機制でごまかそうとしている。メンヘラアニメだ・・・。


富野監督はこういう人の辛い辛い気持ちや辛い時の行動を描くのが上手いなー。新訳Zガンダムで母親が死ぬのを見た後のカミーユとか、僕もあんな感じでしたし。「元気のGだ!」と言いながら、滅茶苦茶メンヘラにも共感できるメンタルヘルスアニメじゃないですか!
まあ、ベルリの周りには女の子がいるからいいよな。
ノレドは何も言わないけど話を聞いてくれるし、

強いガンダムもあるし。


でも、下手側の富野演出の原則で言えば悪意の位置にガンダムがあるので。すごいイデオン的な不気味さを感じる。

うーん。



戦闘後のミーティングで、周りの皆はさっさとノーマルスーツを脱いで私服に着替えて、ベルリは落ち込んでパイロットスーツのままだけど、「艦長!ベルリ・ゼナムを休ませてやってください」と言うアイーダさんもパイロットスーツのままなので、G-セルフを降りた直後のベルリをアイーダだけが気にしてやった、ということもあったかもしれない。
(省略されてるけど)
ベルリは2話のお返しにアイーダの胸で泣けたらいいんだけど。でも、男の子だしな…。どうなんでしょうね。


で、そんなダウンな気分の鬱アニメなのに「元気のGははじまりのG!」という能天気なエンディングテーマでごまかす!
なんだこれ・・・。

  • 序盤からアクシズショック

26話のアニメでは6話はまだ序盤と言っていいと思うんだが、もうV2ガンダム光の翼の歌とか、ユニコーンガンダムのアクシズショックをやっている。

序盤からゲージが高いという・・・。
で、さらにひどいのは(光の翼の歌はともかく)機動戦士ガンダムユニコーンのガランシェールとネェル・アーガマを繋いだアクシズショックに似せた構造ということ。なんか、富野監督から見たユニコーンへの批判って感じがします。尺がたっぷりとあるOVAガンダムユニコーンの見せ場であるサイコフレームの発動シーンに似たG−セルフの発動シーンをテレビ放送アニメのBパートのメイン戦闘が終わった後の消化試合気味なモンテーロの救助に使っている。
なんか、「ガンダムの奇蹟とか言っても、好きでもない男をなんとなく助ける程度のことしかできない」「ガンダムの奇蹟でも恩師を殺してしまった」「恩師を殺した罪の意識からのがれるために、どうでもいい相手を無意識的に助ける程度のことに、ガンダムの奇蹟はその程度に過ぎない」というシニカルさを感じる。
シニカルさと同時に「リアルは地獄だし、こういうことはあるよね」っていう親近感。しかも、その「現実は残酷だ!」って言うのを設定やセリフではなく行動の流れで感じさせる作劇法が進撃の巨人魔法少女まどか☆マギカとは一線を画す地獄の演出です。
なので、マリーダもミネバも助けたバナージのユニコーンガンダムが華々しくサイコフレームを発動させたのとは違って、今回のGレコではそんな華々しさは全くない。「大事な人を守れなかったのに、どうでもいい相手を助けるために奇跡のマシーンパワーを発動させる」という非情な演出。肩すかしっぽくもある。(いや、まあ、腐女子的にはクリムを助けたくなくても助けちゃうって言うのがおいしいのかもしれないけどさあー)
ていうか、序盤からこんなにクライマックス的な奇蹟に対する悪意や現実認知を繰り出していて、このアニメは半年後に終われるのか?ちゃんと収拾がつくんですかね???一応、脚本は全部できているらしいですが!うーん。こわいなあ。

評論家の宇野常寛さんやオタキング岡田斗司夫さんがGレコを語るのを早々にあきらめたらしいので、
富野アニメを全部見ためんどくさい富野ファンとして、宇野さんみたいなことを語りますけどね。
ベルリ・ゼナムの行動原理って母性のディストピアなんですよ。
基本的に言うと「母に褒められたい」です。飛び級したのも、キャピタルガードを目指しているのも、全部運行長官である母のウィルミット・ゼナム長官の力になりたいからなんですね。
今回、

ベルリが謎メモリーでアメリア宇宙艦隊を偵察したのを残したのも、キャピタルアーミィの軍拡に反対して新型を破壊することを自分に許しているのも、キャピタルガードの志、ひいては母の助けになろうとしたからです。
Gのレコンギスタ第2話「G-セルフ起動!」は女に褒められたい - 玖足手帖-アニメ&創作-

Gレコはどうも「女に褒められたい」という価値観が全体的に流れてるようです。女を守り女に褒められるために男は冒険をしようという、Vガンダムからの流れがあります。
母親を大事にしようというマリア主義にも近い価値観、スコード教の安息を守るタブーの敬虔な信者であるベルリ・ゼナムが母のためになろう、みんなに褒められるように自分の能力を発揮しよう、と頑張ることで、やらなくてもいい戦闘に身を投じてカーヒルとデレンセンを殺した。


ここで、なんでデレンセンを殺したことが大事なのかって言うと、デレンセン大尉も母親と同じくらい「ベルリを褒めてくれる」価値観の象徴のような人だったわけです。
ウィルミット・ゼナム長官はシングルマザーで、ベルリに父親はいないんですが、デレンセン大尉はある意味父親のようなところがあったのかもしれない。

↑これは1話のアイーダがデレンセン大尉にビンタされるシーンだが、回想ではベルリの主観になっている。

また、もう一つの回想でもベルリがデレンセンに叱られるところを思い出す。(2ちゃんねるの感想ではデレンセンの鞭をかいくぐって接近するのが、今回のMS戦闘に似ているという意見もあった)
天才でもあるんだろうけど、ベルリが飛び級するくらい頑張っているのはシングルマザーに認められたい、父親がいない分だけ自分が頑張らなくっちゃ、と言う気持ちの代償行為だったかもしれない。
で、ある意味そんな父親不在でアンバランスな精神を持ったベルリを「母親の庇護と違う角度で叱咤しながら認めてくれる」人としてデレンセン大尉はベルに認識されていたのかもしれない。
ベルリって天才だけど、天才だから自分の人生を豊かにしようとか、ノレドとかガールフレンドを食いまくろうという気持ちは無くて「母のため、キャピタルのため」というかなり他者評価型の行動原理で生きている。ジョジョの奇妙な冒険7部のスティール・ボール・ランの「受け継ぐ者」みたいな。それはそれで英雄的なんだけど、自分の中に軸が無い感じでもある。

というのも、私も他者評価型の性格だと精神科医に診断されているのだ。
で、僕が今精神障害になっているのは受験に失敗して母親に評価されなかった上に、何とか京都大学に就職しても給料が安くて母親に自殺と言う形で断罪されて評価されることを見失っていて、自分で自分を認めることが非常に困難な人格障害だからだそうだ。だから、母親が褒めてくれないので、こういうアニメブログのアクセスを稼ぐことで承認欲求を満たそうって言うのは穴の開いたバケツに水をガンガン灌ぐような代理行為で、満たされないのです。


で、ベルリの話の戻ると、ベルリはキャピタルアーミーともかなり決定的に敵対してしまい、父親代わりのようなデレンセン大尉を自ら殺してしまい、褒めてくれる人、価値観の軸を失った状態。私はこのまま「寂しがる殻」に閉じこもっているんですが、ベルリはどうなるんでしょうね…?


自分を支えていた価値観を自分でぶっ壊して、ベルリはどこへ向かうのか?
ちなみに、無敵超人ザンボット3のラストはニーチェの超人思想の夜明け(価値観を破壊して獅子から赤子になる)を表現していました。
無敵超人ザンボット3最終回 最終感想後編 作品テーマ対話篇 - 玖足手帖-アニメ&創作-
富野監督は機動戦士ガンダムについて「ザンボット3ダイターン3でやったことの論理的帰結に過ぎない」とインタビューで述べたことがあって、つまりザンボット3で目覚めた超人が、無敵鋼人ダイターン3で増えて戦って、ガンダムニュータイプと言う概念に整理されるって言う流れ。
なので、富野監督のアニメはニーチェっぽいんだけど。Gレコは6話で恩師をぶっ殺して価値観をぶち壊しにしているので、思想闘争アニメとしてもかなりスリリング。


次回、ベルリは母親のキャピタルの元に戻ろうとするんでしょうか?それとも新たな自分の居場所を作るのでしょうか?
幼馴染のノレドや、今回ベルリを気遣ってくれたアイーダは彼の受け皿になってくれるのでしょうか?(あんまり富野アニメでは女性に依存する主人公は少ない)
ラライヤが出撃だって?もう、何が何だか…。


どうなるか見届けようと思います。


地獄の底から飛び立てるか?ガンダム

  • 追記

ところで、フォトンバッテリーで動いていて、推進剤も水っぽいらしいのに、なんでMSやブースターが爆発してるんだろう?
分かりやすさはあるけど。

今作は核爆発はしないらしいけどー。爆発する前に爆炎より先に微妙にフィールドみたいなのが見えたのでフォトンバッテリーもミノフスキー的な場を発生させて、それの破れが爆発になるのかなー。

  • 追記の追記

フォトンバッテリーで駆動するMSはメカデザインの形部一平さんのtweetによると、フォトンラジエーターが必要らしいので、エンジンが爆発するのではなく、フォトンバッテリーがエネルギーに変換する機構を破壊されると余剰エネルギーが熱になって、内部機構の気体や液体や部品を気化させて爆発したように見えるのかもしれない。

形部一平 ‏@ippeigyoubu 10月23日
フォトンラジエータとは…グリモアはアメリア開発、ジャハナムベースの新MSで通常MSより多くのフォトンバッテリーを搭載。だが駆動系はまだ発展途上にある為負担が大きく過剰出力に陥った際は頭部ギミックから余剰フォトンを一旦解放する必要がある

https://twitter.com/ippeigyoubu/status/525272123430797312


形部一平 ‏@ippeigyoubu 10月23日

フォトンラジエータはグリモア以外にも付いていて、モンテーロは胸のダクト、アルケインはおさげ部分がそうです。無理してめっちゃ頑張ってるんです。
https://twitter.com/ippeigyoubu/status/525272810730438656

エルフ・ブルはアメリアではなくキャピタル製のMSですが、破壊された時に余剰フォトン熱暴走する可能性はあるって言うことは覚えておこうかな。