サブタイトル[「聖夜の生徒」]
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幻視小説「夢兄妹寝物語」全目次 - 玖足手帖-アニメ&創作-
前節
創作幻視小説版「夢兄妹寝物語」 2003年11月 第11話 第18節 - 玖足手帖-アニメ&創作-
- ソレイユ病院第11セクション第011科11号室
初冬の午後。藍の天蓋に白を薄く刷毛で掃いたような雲の下ソレイユ病院の、いくつものフレームとフロアを組み合わせて全体としては三角錐型に見えるビルディングは象牙の塔として在った。
今日も、その11階の一室に、植物人間である兄の頭令倶雫(ずりょう・ぐだ)を見舞って妹の頭令そらが訪れる。そしていつものように兄のベッドの傍らに椅子を滑らせて腰かけて、兄の布団を炬燵のようにして、妹は差し入れたその白く柔らかい掌で、兄の動かない右腕に触れた。布団の中に落ち付いていた兄の手首の脈動がお兄ちゃんの仄かな体温を伝えてくれる。そのように兄の体に安心しながら、妹は眠り続ける兄の夢の中に、意識を滑りこませていく。
そら「お兄ちゃん、今日のお話を聞かせて」
◆Jack IN◆
2003年12月2日
2003年12月4日
2003年12月6日
2003年12月10日
夢を見ている間、兄の胸の上に長い髪を広げて突っ伏していた妹が、彼の淫らな夢から目覚めて顔をあげたら、お兄ちゃんの熱が移って、体が熱い。
「はぁ」と吐いた息が湿って、桃色に染まる妹の色白の頬に、同じように鮮やかな薄紅の髪がハラリと垂れた。兄が入院している11号室には目に見えない宇宙人達が憑依していて常に快適な温度に保っているが、妹の体が温まったのは室温のせいではない。
まだドキドキしているけれど、妹は垂れた髪を背中に流して唾を飲み込んで、改めて口に出した。
そら「あ、お兄ちゃん、もう12月だね。あたしね、来年は中学校に行くんだよ。こないだ、家で社(やしろ)が作った模擬試験をしたんだけど、聖ウォーター女学院の合格ラインは超えてるって。社が言ってた。
えへへ。お兄ちゃん。あたし、優等生なんだよ。
ほら、このテストの紙見てよ!これ、全部百点だよ!あたし、がんばったんだ!」
そらが答案を引っ張り出した鞄は、家庭教師の社亜砂(やしろ・あずな)の贈り物。イタリアの職人作りの革の鞄で、飴色の牛革の生地に留め金は光沢を抑えた上品でかわいらしい黄銅色。取りだした満点の答案を、人工呼吸器に覆われた兄の顔の上に並べたてたが、兄は目覚めないので、白い布を被せられた死体のように見えた。だから、妹は答案をやっぱりさっさと飴色の鞄に戻して、
そら「お兄ちゃん、
お兄ちゃんって、ロリコン?最近、女の子の夢が多いよね?前からだけど。お兄ちゃんって女好きだよねッ。でも、まだ童貞なんだ。
えへへーっ!やらしいなーっ。でも、いいの!あたしも処女だから!お兄ちゃんがそういう趣味なら、あたし、お兄ちゃんにされちゃっても
いいよ!」
最近、テレビで見た恋愛ドラマで覚えた台詞を羅列しながら、
グイッ
っと、点滴のコードをまとわらせている兄の腕を引っ掴んで、妹は自分の胸に押し当てた。が、意識の無い兄の掌は妹の平坦な胸には引っかからず、ストン、と座っている妹の両方の太股の上に乗っかった。
そら「キャンッ!
お兄ちゃんったらっ。いきなりそこを触るのはイヤンッ!大胆っ!きゃーっ!
いたずらな手!えいっ」
モジモジモジッっと妹は兄のぶらぶらの腕を振り回してキャラキャラと笑って身をよじって喜んで、兄の蒼白な静脈の浮き出た二の腕の内側に頬をすりつけたりもする。
そら「お兄ちゃぁーん・・・・・・。マジでさー、目を開けてくれたら、いつでもあたしオッケーなんだけど。
あたし、お兄ちゃんの大好きな美少女だよ。12歳だよ。萌え萌えだよ。
前に涼亮くんに触られた時は気持ち悪かったけど、お兄ちゃんの体は触り慣れてるし大丈夫だと思うし、マジで、あたしなら絶対怒らないし、いつもお兄ちゃんの夢を見てるからお兄ちゃんの気持ちは全部知ってるし!」
断熱ガラスで冬の空気から分かたれた静かな部屋に 「はあ、はあ」という妹の吐息、それと兄の生命維持装置の作動音がする。病院の11階という高さの特別病室の、白灰と薄茶の市松模様のタイルカーペットへ夕日に彩られた二人の影が落ちる。
そら「ロリコンでも良いと思うし、むしろあたしは社でロリコンの男には慣れてるし、お兄ちゃんならロリコンでも全然いいと思うし。老けたおんなより、若い女の子に触りたいっていうお兄ちゃんの気持ちは分かってあげれるから。だから、お兄ちゃんが今、目を覚ましたらそのままキスしてベッドもあるし、すごくいいと思うし、あたしならどこを触ってもいいんだよ!」
まくしたてながらベッドの横に投げ出された兄の右手を膝の間に挟んで、妹はベッドにのしかかって、人工呼吸器をはずし、兄の乾いた唇にキスをした。そして、妹から唾液が溢れて兄の頬を流れるまで、何度かやさしく、兄の口の中に息を吹き込んだ。妹の力は自然に抜けて、その薄い胸は兄の痩せた胸に張り付いて、呼吸を共にした。
だけど、兄は目覚めない。呼吸器を元に戻した。目覚めない兄は、これまで、何千回も繰り返した日常。その日も目覚めない気がしたから家に帰る。それだけ。
そら「それじゃ、お兄ちゃん、また明日。」
宇宙人が取り憑いている病室の外には、黒いコートを着た老人の形の人形がいつもと同じくそらを待っていた。その人形は、素粒子ほどの大きさの宇宙人たちが人型ロボットに取り憑いて操っているそらの執事のレイだ。そして、レイが運転するサイドカーの荷台にそらが乗って、毎日毎日病院と屋敷を往復する。その繰り返し。
宇宙人の力で変装して看護婦のまねごとをしたり、超能力者家庭教師の社の生徒になったりしたが、そらは倶雫の見舞いと夢見と語りかけを欠かしたことがないし、毎回兄の眼を覚まそうと促している。毎回兄の眼が覚めなくても、兄と一緒に居ることが嬉しい。そんな生活を6年。頭令そらの人生の半分である。