ガンダムの映画の新作を見て無くとも、アイマスのパンフレットを買って時間が余ったのでプリキュアの映画を見たら実質ガッチャマンクラウズだったけど、現実にメンヘラを抱きしめてくれるプリキュアが居無くとも、夜しか上映してい無い続終物語とエウレカセブンANEMONEを見る時間が無くても、ていうかハイエボリューション1が無料だったので…とかそもそも無職だろうと、アイマスは最高なわけです。
詳しいことはもっと濃いプロデューサーが書くと思うので書か無い。珍しく明日もライブビューイングを見に行くので。金は無いのだが。
端的に言うと、デレマスのライブビューイングを見て無になった。
映画館で光るオタク棒を振りながら声を上げてリズムに身を任せている行為に何の意味があるのだろうか。無だ。衛星放送の映画館のスクリーンは虚像だ。僕の声は声優に届か無い。そもそも担当の野々村そらに声がついて無い。(一番金を絞られたのは大槻唯に累計10万円ほど)
アイマス、考えれば考えるほど変なコンテンツだ。非実在アイドルは居無い。虚構のアイドルに声を当てている声優さんがアイドルに似た服を着てアイドルと同じ声で歌ったり踊る。じゃあ、他の実在アイドルのように声優さんに僕がガチ恋したり憧れているわけでは無い。声優さんのブログを全部読んで無いし、ラジオも聞いて無い週の方が多い。そもそも声優さんのプライベートとか興味無いし。テレビの芸能人みたいにプライベートとか仕事以外の事には興味無いし。本当はどういう性格なのか知ら無い。衣装が綺麗でも、本当はどんな体型なのか、どれくらい胸のパッドを入れているのかも知ら無い。美人かどうかも判別しかねる。僕は本当に彼女たちが好きなのだろうか。
なんだろう。この無。
かと言ってこの文章をファンやプロデューサーやキャストさんに読ませて「自分たちは無だ」と思ってほしいわけでも無い。
ただ歌に身を任せてオタク棒を振っている、僕は何なのだ。ライブハウスやクラブの不良にもなりきれ無いし、ラブライバーほど狂え無いし、かといってクラシックの演奏会という訳でも無い。
全部の歌を買っているわけでも無いし、知ら無い曲もある。しかし、リズムに合わせてオタク棒を振る。無心に振る。歌詞が聞き取れ無くても、振る。他のオタクを意識することもなく周囲の一切を無としてオタクピカピカ棒を振る。
歌は綺麗だし演出は面白いし踊りは美しいし声は魅力的であるが、その本質は無なのです。
その無の境地を一言で表すならば、「アイマス最高」
(この記事が良いと思ったら読者登録お願いします!)
でも、この記事も無なのだ。明日もライブに行くので、寝ます。意識も無なのだろうか。