さっき、ハローワークと精神科を梯子してきた。
生きるのはつらいし、求人は最低賃金ばかりだし、キャリアが無いし資格もないし精神病だししんどい。
富野監督の作品を見るために生きている所がある。出崎統監督が死んだ時に、生きる理由の3割が無くなったと感じた。
機動戦士ガンダムナラティブ。23分公開バージョンを見たけど、続きを見たいとは思わなかった。
福井さんにはこの調子で僕の未練を断ち切ってほしい。富野監督がいなくなった後のアニメに興味を持てなくなりたい。潔く消えたい。
幾原邦彦監督と永野護監督には興味があるが、イクニは幽霊やメタファーや土谷瑠果を肯定しているし、FSSは年表で完結しているし。
クロスボーン・ガンダムは心残りだが、まあ、あっけなく死ぬのもクロスボーンの持ち味だし。
ところで、僕と一緒にトミノアニメブロガーナイトというイベントをしたおはぎさんが4か月くらい音信不通でブログも閉鎖されているのだが。
また先を越されたのだろうか?
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辻谷さん追悼メッセージ #bs11 pic.twitter.com/Ig1qj7UrRs
— mg1 (@mg1live) 2018年12月10日
- 追記
合わせて読みたい
「障害者殺しの思想」(個々の家族の問題ではなく、「よってたかって世間が、地域社会が殺した」
「障害者がなぜ殺されるのか、といえば、これは繰り返して書いてきたとおり、人びとが私たちの存在を、結局は自分たちの仲間と は認めない、異物・異形の存在だとする意識が大きく働くからに他ならない。だとすれば、これを破るためには障害者それぞれが住んでいる場で他の人びとと如何につきあっていくか、障害者が生きるということは正にそうした人びととのつきあい方の問題であると言ってもいいだろう。(中略)
私が歩けないなら歩けないままに、言語障害があるならあるままに、相手の健全者が歩けるなら歩けるままに、喋べれるなら喋べれるままに、お互がその存在を認めあう、そうしたつきあい方を言っているのである。」
だが、はるしにゃんについて周辺の人物は「彼を救うのは無理だった」と言う。
しかし、現在の憲法は救えない人間にも生存権を認めることになっている。それができない憲法など呪いで書き換えてしまえ!弱者は死ねと明言しろ!
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まあ、俺は富野監督には迷惑をかけたくないが、富野監督以降では好きにやらせてもらう。