玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。

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#Gレコ キャピタル・タワーのナットが派手になった宇宙論

 今回は劇場版Gのレコンギスタキャピタル・タワーに対する小論です。
 キャピタル・タワーのナットが派手になった意味について。


 富野監督はこう語る。


――劇場版ではどういった部分にこだわっていますか?


富野 テレビ版で決定的に欠けていた部分を手直ししてますね。例えば、軌道エレベータキャピタル・タワー)には144個の「ナット」という駅のような設備があって、それはいわばひとつひとつが違う街なんですよ。


なのにテレビ版では、外観も中の景色もみんな同じように描いてしまった。まあ通俗的なSF設定で考えれば、宇宙開発においてそういう設備は画一的なデザインにするほうがリアルだけど、でも映画的に考えたらどの場所(ナット)にいるかわからなかったのは大失敗。今回はその描き分けにはこだわりました。



――テレビ版では、そこを妥協してしまっていた?


富野 いや、妥協してたわけじゃない。まったく気づいてなかったの。なまじSFを知っているから、宇宙開発のリアル志向っていう固定観念に囚(とら)われすぎちゃったんだね
www.excite.co.jp

 と、まあ、富野監督は「どこにいるのかわからなかったのが失敗」と言っているが、第一ナットのコリオールと第二ナットのハイヤーンがド派手な彩色になったのは、それ以上の意味があるだろう。
 じゃあそれは何なのかというと「観光」です。


 普通のホテルのスカイラウンジとか東京スカイツリーのように「ただ単に高いところにある」というだけで、観光資源になる。それが宇宙なのだからそれはもうすごい価値があるのだろう。


 しかも、セントフラワー学園のチアリーダー部はスクールアイドル部のようなもので、軍事パレードや政治的式典の盛り上げ役にも参加するような美少女ユニットで、それで出演料を稼いでキャピタル・ガード候補生のキャピタル・タワーでの実習に参加して将来の婿探しという婚活の資金にしている。演出でナラティブとかの監督をした吉沢さんによると、あんまり劇中で強調されてないけどリギルドセンチュリーは資源を取り尽くした後の地球で人口も少ないので格差が激しいらしい。そして、ベルリやルインたちキャピタル・ガード候補生はトップエリートなので女子はそれを狙って上昇婚したがる世界観らしい。
 そういうふうに人生をかけた女子の婚活だが、入学から2年くらいかけてスクールアイドル活動で貯金したお金でも第二ナットまでのチケットしか買えない。(いや、もっと持ってるけどガードの実習が第二ナットまでで降りるから、かもしれないけど)


 とにかく、キャピタル・タワーのチケットは高い!第二ナットまででも積立貯金しないと駄目。でも本当は144のナットがあって、一番高いザンクト・ポルト静止衛星軌道だと3万6千km。(キャピタル・タワーは現在の仮説上の宇宙エレベーターと違ってミノフスキー物理学の反重力機構によってカウンター・ウェイトが存在しないらしいが、カウンターウェイトが必要なら、その末端は10万km先)。スペースデブリを掃除するためのかわいそうな地味なアンダーナットは、ルインが答えた「高度365km」より下。
 ちなみに、現実の国際宇宙ステーションの高度が408km。北海道の東西約500㎞の直線距離は、おおよそ東京駅から岡山市まで、東日本ではおおよそ東京駅から八戸市まで。また、西日本ではおおよそ大阪市から鹿児島市あたりまでである。
 北海道を縦にしたら国際宇宙ステーションに届いてしまう。南極が宇宙よりも遠い場所と言われるゆえんである。
 でも、キャピタル・タワー全体の長さは北海道の長さの百倍近くなので、それもヤバい。


 そういうわけで、高いところに行って、そこを観光地にして高いところから地球を見て帰るだけでも立派な観光事業になる。実際、TV版からキャピタル・タワーの内部や外の景色の写真を取りまくる観光客や、接待かパーティーをしているようなワイングラスを片手にした上流階級が描かれていたので、キャピタル・タワーフォトン・バッテリーの運搬が主な業務だが、観光事業という側面もあるのであろう。
 また、ベルリの宇宙実習の数日後にはイザネル大陸からの大使を招いたパーティーがあったので、キャピタル・テリトリィの企業家がイザネル大陸からのビジネスパートナーをキャピタル・タワーの乗せてやって接待して力を示す、というドラマが裏であったのかもしれない。


 本棚が散らかっているので見つけられなかったが、取材のために宇宙エレベーター学会に潜り込んでいた富野監督も寄稿したGレコ放送直前の2014年7月出版の「宇宙エレベーターの本: 実現したら未来はこうなる」においても、宇宙エレベーターは様々な機能があるが、ロケットの負荷に耐えられない普通の人や家族連れでも観光で低重力や高いところから見た地球の景色や宇宙の景色を楽しむ事ができると書いてあった。
宇宙エレベーターの本: 実現したら未来はこうなる

  • 富野監督の思想の変化

で、富野監督は地球の政治家が狭い了見で戦争をするのを抑止するためとかで、政治家は宇宙から地球を見るべきだと主張していた。

政治家など主導権を持つような人は、宇宙の外から1カ月くらい地球を見降ろす必要がある。“認識論”を高めるために宇宙の存在は必要です。

www.walkerplus.com

 これが2010年の記事。


 更に前のガンダムエースでの元宇宙飛行士の毛利衛さんとの対談。(ガンダム世代への提言112P)
 で

 富野「地球を外から見るという視点を得たときに、それらすべてを超えた、宗教的な言い方をすると、地球教というものが手に入るわけじゃないですか。そうなると(中略:各種の宗教は)しょせん個々の細胞が考えている宗教であって、地球を永続させていくテーゼではない。我々はそういうものから足を洗って、地球を見つめていかなければならない。そういう時代にきているんじゃないでしょうか。」
 毛利「僕が今まで説いてきたことも、まさにそれです。が、それは事実に基づいたことをきちんと積み上げていかないと、アメリカ社会やほかの社会に対して説得力を持たないんですね。観念論だけでは。
 ただ、最近は日本の企業のトップの人たちは、すごく理解してくれています。地球全体のことを考えないともうビジネスは成り立たないんだ、と。(後略)」
ガンダム世代への提言 富野由悠季対談集 II (単行本)

 という会話があった。


 富野監督については観光事業以上に「統治者が地球を外から見ることで獲得する認識」を重視していたようだ。
 (でも、スコード教は心を天に開くのです、と言いつつ天体観測は禁止しているので、ちょっとおかしいのだが)


 だが、今年の富野監督はZOZO TOWNの前澤友作元社長には反対の様子

 宇宙エレベータは理論的には優れているし卓抜なアイデアなんだけど、それがすぐ実用化できると思えるのは何なんだろうか。最近ある若手実業家が「月に行く」なんて言ってますけど(会場笑)、ああいう発想をしている人たちはファンタジーで物事を考えてるんじゃないか。宇宙はそんなに甘いものじゃないし、そんなものに金使ってるなら(台風で被害を受けた)千葉県の電線を地下に埋設しろよと言いたい。
 
pff.jp

www.gizmodo.jp

月旅行とは、米宇宙企業スペースXが予定している2023年の月周回旅行のこと。募集条件は、20歳以上の独身女性で、明るく前向きな性格。そして当然ですが、宇宙旅行に興味があり、その準備ができること。さらに世界平和を望んでいるのが好ましいとのこと


自分の中でぼんやりとしたイメージでしかなかった「一人の女性を愛し続ける」ことと、真剣に向き合う良い機会だと思い始めました。そして、私は「生涯のパートナー探し」というプログラムをおこなう決意をしました。私は(剛力彩芽の代わりの)将来のパートナーとともに、愛と世界平和を宇宙から叫びたいと思います

 富野監督は統治者には地球を意識してほしいと思っているが、ZOZO TOWN元社長レベルの人が月に行くのは金の無駄遣いであって、地上のインフラ整備をしろという。
 富野監督が前澤元社長を嫌っているのか、それともGレコを作った経験から「観念的に地球を見るより、足元を大事にすべき」と考えを改めたのか。

 新規カットだが。キャピタル・タワーのナットの中心部にはケーブルが通っている4本の穴の他に、待機しているクラウンが内蔵されている4本の円筒があった。TV版ではそれはほとんど死に設定だったのだが、ナットの中で移動するG-セルフ(そしてその背景には遠い地表が見える)を追加することで、キャピタル・タワーのナットの機能性というのも劇場版では増補されたと感じる。

 で、第二ナットのハイヤーンから地上に降りるベルリたちを描いているが、夜明け前の地表が映る。
 キャピタル・テリトリィリギルドセンチュリーでほぼ唯一文明を維持している地域だが。(まあ、日本人はアホなので富士山が吹き飛んでも何度も東海道新幹線を開通させるが)
 キャピタル・テリトリィキャピタル・タワーの基部のビクローバーと呼ばれる施設ビルは明かりがたくさんあるが、その回りはアマゾン流域の川にそってちょぼちょぼと明かりがあるだけ。リギルドセンチュリーは西暦よりも文明が衰退していることがよく分かる情景だ。そんな世界でも明るさを持っているキャピタル・タワーはすごいしスケールがでかいと思う。
 それだけでなく、その小さな村々の明かりをかき消すかのように夜明けが訪れて東からの朝日の光で南米の赤道直下の緑溢れる地域が照らされる。
 それで、「太陽ってすごいんだなあ」という気持ちになる。そこから「天こそ恵みをくださる」という法皇の説法(TV版ではベルリの実習の前だが、劇場版では実習の直後になっている)につながっていて、フォトン・バッテリーも太陽光の恵みなのだな、ということが感じられる。
 そのように、劇場版ではキャピタル・タワーの演出がかなり強化されているのである。

  • 今後の変化

 しかし、第一、第二ナットが観光地、という風に劇場版第1作で描かれたが、TV版ではそれらのナットはラストバトルでキャピタル・アーミィのウーシァ部隊や宇宙戦艦ブルジンを送り出す宇宙基地になっている。その時、コリオールとハイヤーンのデザインは変わってアーミィーカラーにされてしまうのか、どうだろうか?

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