玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。


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何者かの成れの果てアメリカン・スナイパー

 あるいは主体なき殺人。


 僕はロボットアニメが大好きだ。特に富野ガンダム。しかし、2015年にGのレコンギスタのTV版を見た後に多少の停滞感を感じた。その時に会食デートした女性(恋愛関係ではなく観光案内だが…)が洋画好きの人だった。なので、ガンダムとかアニメとかばっかりではなく実写の名作を見て見聞を広めるのもよかろうと思った。その時に流行っていたのがアメリカン・スナイパークリント・イーストウッド監督は富野監督以上に高齢ながら刺激的で重厚な作品を撮る監督であるし。ダーティハリーシリーズは世代ではないが、日本人として硫黄島二部作も見ごたえがあったし。で、見ようと思っていたのだが、結局、Gレコの2周目の考察をしたりなんなりで、5年後の先日のゴールデンウィークに熱が出ているのにレンタルでアメリカン・スナイパーを見た。
 ちなみに、5年前の映画なのでネタバレはする。えーと、端的に言うと沢山死にます。
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 しかし、5年前の映画なので今更感想を書いても対してアクセスは伸びないと思うのだけど、ここは僕のチラシの裏だし、僕は一度着想を得たら書き終わるまで頭の中でぐるぐるするので書く。

  • 肩透かしを食らった

 視聴動機がそのような「ガンダムよりも硬派な映画を見るぞ」というものであったため、アニメでは味わえない重厚なリアリティとか哲学を期待していたのだが、意外とエンターテイメントで肩透かしだった。



 主人公の狙撃手のクリス・カイルが書いた自伝を原作にしているが、西部劇的な決闘をクライマックスに持ってくるなどのエンターティンメント的な現実改変がある。
 まあ、そういうテクニック的な面はそれとして、いろいろなものが単純化されていると思った。


 事実であるが、クリス・カイルが最初に狙撃する相手は子供である。クリス・カイルは戦場にいるうちにPTSDを発症する。強い男がPTSDになる理由として「子供を殺さざるを得なかったから」というピースを置くのはテクニカルに効果的だ。
 また、戦場であるイラク武装組織(正規軍なのか、アルカイダなのか、その他の武装軍閥なのかはイマイチ映画を見るだけでは判別しない)に支配されており、武装組織の屠殺人(ブッチャー)と仇名される幹部はアメリカ軍に協力したイラク人の民間人の手足を切り落としたり、子供を殺害したりする。


「子供を殺すのは良くない!」
 これは政治的信条とは関係なく、大抵の人が直感的に同意する価値観であろう。そういうわけで、子供を殺さざるを得なかった主人公の狙撃手が心を病むのは当然であるし、子供を殺したり、子供に武器を持たせる中東人は悪い、みたいなことが単純にイメージされる。



 まあ、僕の祖父は陸軍中野学校卒業のエリート憲兵戦争犯罪を逃れるために戸籍操作して戦後は公安の要職を務めるような人物だったので、敗戦国の側の気持ちもわからなくもない。
(母親が祖父の虐待によるトラウマで自殺したので祖父に対する憎悪もあるのだが、今回は割愛。まあ、人類はだいたいクズです)
 子供に武器を持たせるまでにアメリカが彼らを追い込んだ、とか、その前から2001年9月11日の同時多発テロ事件で自爆特攻させるまでに彼らを追い込んだアメリカとは?みたいなことはあまり語られない映画だ。


 割と単純に主人公が「最高の祖国を守るんだ」という程度で、主人公は自国の戦争、あるいは作戦がどういったメカニズムで発生しているかにはあまり興味を持たず、目の前の仕事、すなわちスコープの中の標的の狙撃という作業をがんばる。
 同時多発テロ事件を起こしたアルカイダに怒りを燃やす主人公だが、赴任先がアフガニスタンではなくイラクであることについては全く何も述べない。


 スナイプについても、(僕は攻殻機動隊のサイトーが好きだしマイケル・ムーアほど卑怯だとは思わないけど)「味方を守る」「味方の命を救う」という、原爆投下正当化論と同程度の単純なものだ。また、主人公は国と仲間を守るために、心に傷を負いながらも陣地を守って狙撃しているのに対して、ライバルの狙撃手のムスタファは「元オリンピック選手で、次々とビルの上を飛び回って居場所を変えてスポーツ感覚でアメリカ軍を狙っている、神出鬼没の恐ろしい敵」という風に、同じスナイパーでもタイプが違い、ムスタファの方が楽しんでいるような、悪いようなふうに見せている。


 また、キャッチコピーが「米軍史上最多、160人を射殺した、ひとりの優しい父親」ということもあり「家族は大事!」というアメリカ人が好みそうな単純な価値観も骨子としてある。
 特に疑問もなく「家族は大事」と言う程度なので、奥さんと子供が単に「幸福な家庭」の部品程度にしか描かれない。奥さんがカイルとバーで知り合う前に何をしていた人なのか、全くバックボーンが描かれず、ただ「軍人の妻として心配したり、夫の心が戦場にあることを嫌がる」という類型的なドラマが展開されるだけだ。(まあ、そうせんとまとまらないだろうし、この映画には生前のカイルさんと奥さんのタヤさんが協力していたので、あまり見せたくない部分は見せないんだろう)


 アメリカ軍が攻め込むイラクの民間人にも、ライバルの狙撃手にも家族がいる、というのもかなり類型的だ。(アメリカ軍が勝手に戦場を決めて、民間人は避難させて、残っているのは敵だと判断する、という軍の政治的な判断の是非とか将校レベルのドラマは(ほとんど)描かれない。単に狙撃手は与えられたポジションで効率的な仕事を頑張る。カイルは命令に反して狙撃任務を外れて突入部隊に参加し指導したりもするが、それも結局は戦場で効率を追求している行動に過ぎない)


 また、主人公のクリス・カイルのPTSDの悪化の進行の段階についても、4回の出征の戦場の描写と、その間に挿入される内地での家族や戦友とのドラマが構造的にわかりやすく組まれている。音楽を排したストイックな作風の映画だが、出征するたびに「2nd Tour」とご親切にテロップが置かれている。なので、観客は2時間超えの映画であっても、自分がどの時点を見ているのかわかりやすい。
 出征ごとに、まず戦場に慣れること、テロリストの幹部のブッチャーとの遭遇、ブッチャーの殺害、ムスタファとの決着、とライバルの敵キャラや課題を配しているのもわかりやすい。


 な、わけでイラク戦争という未だに多くの謎や不正があると言われる舞台で、殺人者の心の動きという特殊な心理を描く難しい題材だが、色々と単純化することで映画としてまとめられている、と感じた。
 これは劇場版になったGのレコンギスタについても半年以上に渡って感じていたと言うか、考えていたことなので、余計にそう感じたのだと思う。


 しかし、そこは名匠のクリント・イーストウッド。この映画は「バランス感覚が優れている」と言われたり政治的に右からも左からも文句を言われたりしている。
 まあ、僕はアメリカの政治は大して詳しくないのだが。


 現実の「レジェンド」と言われたスナイパーの自伝を、彼が死んだ直後に映画にしているので、故クリス・カイルの顔を立てるのに気を使ったと思う。気の強そうな奥さんが監修しているし。しかし、気を使いながらもクリス・カイルの危うさを随所に挿入していて、その技巧はすごいと思った。


 そういうわけで、単純化している映画なのだが、クリス・カイルやアメリカ軍や国民が戦争を単純に考えていることの危うさを気づきにくい感じで入れ込んでいると見えた。


 まず、劇中のクリス・カイルは聖職者の息子であり聖書を持ち歩いているが、殆ど開いたことはない。開く必要もないと言った感じで「聖書とは神、国家、家族だ」と言う。思想の単純化である。
 彼にとって軍務は家族を守るという単純な本能と地続きなのである。


 また、その戦闘は聖職者の父親(劇中では牧師と明言されず、テキサス男風の服装だが)から教わった理論とも地続きなのである。父親は幼少期のクリスと弟に向かって言う。
「人間は3つに分けることができる。羊と狼と番犬だ」
 羊は弱く守るべき人間で、狼は羊を襲う悪い人間。そして番犬は、狼から羊を守ることの出来る選ばれた人間である。
 そして、いじめられていた弟を守るためにいじめっ子をボコボコにしたクリスは父親に「お前は番犬だ」と言われて誇らしくなる。
 しかし、父親は「この家では羊を育てているつもりはない」「狼になったら許さない」と子どもたちにアメリカン・マッチョ思想を言う。


 それで、兄クリスの後を追って軍に志願した弟は弱い羊としての自分を受け入れられず、また、高価な武装で軽装の現地民をボコボコにする狼としての米兵である自分も受け入れられず、壊れて物語からフェードアウトした。(実際の弟さんは故クリス・カイルと同じように退役兵支援の活動をしていて、映画ほど凹んではいなかったらしいが)


 「強く最高の祖国にいる、強い男」という白人の素朴な思想が、戦争で傷ついた人を余計に苦しめるのだろう。この映画に出てくる白人は体格がよく、すごい重いバーベルを上げたりして、東夷の倭人である僕はついていけないなあって思った。
 まあ、実際、白人は日本人よりも体格が良くて強い遺伝的傾向があるのだが、その生物的性質が「強くなければいけない」という文化を構成しているだろうし、それは日本よりも強烈な社会的圧力だろう。(日本人はHENTAIだけど)


 アメリカは移民の国なので、強く正しくて正当ということを土着民の国に比べて意識し続けないと、みたいな文化圏なのだろうか。日本人も、まあ、北と南と西から色々混ざってますけど、2,3回鎖国してる。


 クリス・カイルは強く、狙撃の才能に恵まれていたが、その分、脱落した戦友に対しては冷たい面もあった。戦争に疑問を抱いた遺書を残して戦死した戦友に対して「迷いがあいつを弱くした」と単純化した。


 SEALsの訓練も過酷で、波しぶきや泥をかぶりながら、アジア人の教官に人格を否定するような悪口を言われる。屈辱。あと、訓練を終えた後も米兵は下品なジョークを言いまくる。国を守る誇り高い戦士というより、敵をボコボコにするのにためらいがないくらいの粗野な野郎を育てているように見える。(まあ、大日本帝国軍も粗暴な精神主義だったので、勝ったアメリカがマインドセットのために人格否定トレーニングすることも、あまり強く批判できないのだが。軍隊なんてどこもそんなもんかな。グラブルの騎士団は理想。僕もKLabの入社式で元自衛官の人事が企画した精神トレーニング合宿で叫ばされて60キロ走らされたけど、心底バカバカしいと思っていた。そして過労で辞めた。実務の現場では仲間との絆はなく、タスクの押し付け合いだったし)



 また、クリス・カイルの部隊は3度目の出征ではアメコミのドクロマークを車や装備にペイントしていた。これも威嚇だろうし、「我々は強く、殺すものである」という単純なキャラ付け、自己暗示だろう。


 単純なやつは強い。考えないからな。判断が早い。しかし、それでいいのだろうか。
 クリスの父は人間は3種類だと言った。それはキリスト教で人々は神の羊だと言うことから来ている。守られるべき羊。外敵の狼。外敵から羊を守る番犬。
 では、何が外敵で何が羊なのか、番犬に指示する者は?それはキリスト教では神である。つまり判断を神に委ねていて考えないのだ。(これは天皇陛下万歳と言っていた日本軍も同じだが)


 劇中のクリス・カイルが4度目の出征で、最初の殺人と似たように男の子をスコープで覗く場面がある。その子供は、クリスが射殺した男が持っていたロケットランチャー(RPGだっけ)を拾おうとしていた。クリスは拾ったらその子を撃たなければいけないので「拾うな」と祈る。結果、子供はロケットランチャーを放り投げて逃げてクリスは安堵する。
 日本の大ヒットアニメの原作の攻殻機動隊の漫画でも似たような場面がある。序盤の話でスナイプしていたイシカワは攻めてきたサイボーグに対して、威嚇射撃を行う。足元に着弾した弾を見て、第三次世界大戦の帰還兵である敵のサイボーグは「これはメッセージだ。ここから先に進むな、と言う」とイシカワの考えを読み取ってスナイプによる対話が成立する。イシカワは撃ちたくないと思ったら威嚇によって対話を試みるが、クリスはそれをせず子供が拾うかどうか、自分が殺すかどうかを天に任せてしまう。SEALsの軍人は命令を聞くのは得意だが自分で考えるのが9課のジジイより苦手だという描写でもあろう。
(ちなみに攻殻機動隊では、イシカワの警告を無視して相棒を臆病者だと罵って進んできたもうひとりのサイボーグはイシカワに「じゃあ、死にな」と一瞬で射殺される)(まー、イシカワもミスするんだけど)
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  • 強い男のトロフィーと暴力

 イラク戦争が始まる前クリス・カイルは元々カウボーイでロデオの芸人を兄弟でやっていた。それで、ロデオ大会でもらった優勝ベルトを付けていたら彼女がセックスの時に興奮すると言っていた。彼にとって父親に教わったテキサス風の狩猟の獲物もロデオも女も、トロフィーなのである。(父は狩猟を教える時、野生の獲物への敬意よりも銃を大事にすることを教える。これはやはりキリスト教なんだろうなあ)
 結婚する前のクリス・カイルはそんな風に女を見ていたので、浮気されて捨てられる。これが創作か実話かは知らないが。劇中のクリス・カイルは戦争が始まる前からトロフィーや標的を重視して恋人の人格を尊重しない人物だ、とちょっと実在の英雄を称える映画にはふさわしくない欠点を描いている。これは戦争が始まり、訓練を受ける前の未熟なクリスの描写と取ることができるが、結婚して戦争が始まった後も狙撃の待機中に衛星電話で妻と会話しながら、やっぱり戦いを優先するクリスと地続きとも見える。(いやそもそも電話すんなよ)任務期間を終えて内地で家族と暮らしながらも妻に「心がここにない」と怒られるが。PTSDの症状とも言えるが、戦うことのほうが楽しいし銃を持ったら心拍数が下がって落ち着く戦士の気質とも取れる。


 僕が弱虫で強い男が嫌いなので、こういう批判的な文章になっているのかもしれない。


 また、終盤になるにつれて戦術も変化していて、ドローンが飛んだりし始める。クリスの仲間のSEALsの隊員も死んだり除隊したりして、クリス・カイルと同期の生き残りの黒人は戦友の仇であるムスタファに執着するが、他の海兵隊からはちょっとやっかまれ始めている。やっかまれると同時に「狙撃数ナンバーワンのレジェンド」とか「守護神」とか言われ始める。
 最初は褒められすぎることに当惑していたクリスだが「俺はレジェンドだぞ」「俺を信じろ」と言うようになっていく。(細かいセリフは曖昧)


 序盤で他の戦友に罵られた時に「自分が裁定者だと思っているのか?」と言われたクリスだったが、終盤に来て番犬から羊飼い、すなわち判断する神にレベルアップする。
 しかし、もちろん判断する主体になったとしても、目が良くて狙撃の才能があっても、しょせんは人間なので不完全です。


 多くの映画評でラストの敵のスナイパーのムスタファとの2キロ位隔てた撃ち合いは西部劇だと言われるのだが。もちろん映画としてはクライマックス感があって盛り上がるのだが。客観的に見て、ドローンが上空を監視していて戦闘ヘリの援護も用意されているサイバーな装備が整っている状況でクリス・カイルがムスタファをライフルで狙撃する意味はない。
 座標を伝えてミサイルを撃ち込んでもらえば済むわけで。(ムスタファは所詮一狙撃手に過ぎないので遺体を確認する必要もなさそうだし)(まあ、アメリカ軍は今年の1月にイランのカセム・ソレイマニ司令官を空爆で爆殺してるので、最近は幹部でももう遺体とか関係ないのかも)
 でも、劇中のクリス・カイルにとってムスタファは戦友を射殺した仇なので、自分でぶっ殺そうとする。(実際の故クリス・カイルは敵陣営にもスナイパーがいることは知っていたが、自分が射殺したわけではないと著書で述べているので、ラストの撃ち合いは創作)
 

 なので、ゼロ年代が終わってテクノロジー戦争になって行く前に自分の腕を見せたいという滅びゆくガンマンの意地、みたいな要素ですね。まあ、それも西部劇の類型的なんだが。(その変奏がラスト・サムライだったり)
 しかし、ムスタファを撃ちとっても、その射撃音で敵部隊がクリス・カイルたちの部隊が潜伏していた家屋に気づいて、めっちゃ襲ってくる。なので、ラストシューティングは見せ場だけど、作戦としては上官を無視して私怨に走って完璧に独善的でやらんでいいことをしている。
 で、ボコボコに撃ち込まれてほうほうの体で撤退しながら、クリス・カイルは妻に「軍を辞める」と言う。これは戦場の辛さを実感して嫌になった、とも見えるし、「敵のスナイパーという最高のトロフィーを得たので、戦争に満足して飽きた」「ドローン戦争では自分が主役になれなくてつまらないからやめる」というふうにも取れる。
 戦争の悲惨さと見るか、勝ち逃げと見るか。

  • 何者かになってしまった男の成れの果て

 そして、軍を抜けたクリス・カイルは自分のPTSDを治療しつつ、退役軍人のためのボランティアをする。
 実際の故クリス・カイル氏は民間軍事会社を設立して、その宣伝も兼ねて自分の「レジェンド」としての戦記自伝を書いたりしていた。


 民間軍事会社を設立したのは映画では描かれていないが、自分の軍歴を売りにしてそういうことをするのだから、完璧に戦争が嫌になったわけではないようだ。


 また、クリス・カイルの退役軍人へのPTSDカウンセリングも映画で描かれたように実弾で射撃訓練ごっこをして、標的を撃つことで「男としての自信を取り戻させる」「軍人だった自分を肯定する」というふうなマッチョイズムだった。


 映画の最終盤でもクリス・カイルは冗談とは言え実銃を妻に向けている。SEALsを退役しても「日常生活に置いてある銃」とか「強い男の自信」というアメリカ文化からは卒業できないというのが、テキサス男の辛いところだ。しかし、故クリス・カイル自身はそれを自覚できていなかったと思う。そういう文化で育っていたのだから。


 故人を悪く言うのは申し訳ないが、もしかすると、レジェンドの狙撃王というトロフィーを得た彼にとって、今度の芸風、ああ、ボランティアかい。という感じだ。
SAN FRANCISCO


 昨日、僕はスカイプで「僕はオタクになれなかった」という三十代のネット知人と鼎談して「グダちんさんは”富野アニメのカリスマ”に成れた」と言われた件について記事を書いた。


nuryouguda.hatenablog.com


 僕みたいに単に富野アニメが面白くて記事を書いていただけのオタクですら、「何者かになった」と他人に言われるのだ。
 僕は富野アニメのカリスマになろうとしてなったわけではなく、単にアニメが面白くてそれをブログと言うか日記に書き残していただけなんだが、それでも生きて何かを続けていれば他人からは何者かになったように思われるらしい。これはアメリカン・スナイパーのラストシーンを見た僕にとっては怖いことだった。


 で、クリス・カイルは単に射撃が得意で撃ち続けていただけで、(いや、常にトレーニングをしていたようだけども)アメリカ軍公式記録最高の狙撃殺害数保持者になってしまった。彼はそれを誇り、「レジェンド」と呼ばれ、経験を『ネイビー・シールズ最強の狙撃手(英語版)』(原題: American Sniper: The Autobiography of the Most Lethal Sniper in U.S. Military History)という自伝にして民間軍事会社を立ち上げ、ボランティアにも取り組み、映画も制作され始めた、というクリス・カイルはまさに「何者かになった男」だ。彼の没年は奇しくも今の僕と同じ歳の38歳である。そう考えると、僕は何もしてねーな。
ネイビー・シールズ最強の狙撃手


 また、DVDの特典に入っていた映画のスタッフインタビューでは故クリス・カイルは最初はハリウッド関係者に壁を作っていたが、打ち合わせ中に酒場で元軍人にからまれたスタッフがレスリングの技で返り討ちにしたことで、打ち解けたらしい。(2週間くらい前に見たので記憶が曖昧だが、脚本のジェイソン・ホールかな?レスリングの映画を伝記映画を作るらしいし)
 主演のブラッドリー・クーパーに対しても冗談であれ「お前をトラックで引きずり回してやる」とか言っていたらしいので、暴力をコミュニケーションの手段というか相手の価値を図る手段にするのは退役後も抜けていなかったようだ。


 そして、彼は映画の企画中に自分が面倒を見てやろうとした、PTSD麻薬中毒患者で彼と同じ高校を卒業した10歳年下の復員兵に射撃場で6発の弾丸を撃ち込まれて死んだ。


 クリス・カイル自身も死ぬ当日、相手に対してイライラしているふうなメッセージを妻に送っていたらしい。相手が自分の思い通りにならないとイライラする人が、また精神医学のプロでもないボランティアが、精神的に不安定な相手を射撃場で治療行為をする、というのは日本人の感覚では危険極まりない。


 まさに、トロフィーを追い求めた男がいつの間にかトロフィーになった形である。もちろん、イラクで従軍中の彼も敵から懸賞金をかけられていたが。そのトロフィーの呪いは内地でも解けなかったのか。エンドロールでは彼の華々しいパレードのような実際の葬式を走る豪華な霊柩車が映されるが、それもなんというか……。


 DVDの特典でクリス・カイルの死を悼む映画関係者は「国を守るために大切なものを失う兵士に敬意を払う」という発言が多かったが、失うだけでなく、軍歴をキャリアにして出世する人もいる。(俺の祖父とか、戦争犯罪逃れで名前を変えたクワトロ大尉みたいな人だが、憲兵会で同窓会したり地元の名士だったりした)また、殺して生き延びた兵士は自分が失う以上に敵に失わせているわけで。損をしたり苦労したと言うだけで敬意の対象にしていいものかどうか。まあ、それを肯定しないとやっていけないアメリカ世論というのもあるんだろうけど。
 日本では過労で自殺するサラリーマンが多いが、東大を出て電通で過労死した美人の高橋まつりさん以外の過労おじさんに、日本人は敬意を払っているのだろうか?自衛隊や軍隊だけが国のインフラを支えているわけではない。市役所の非正規職員も、前科持ちの建築作業員も、僕や誰かの生活のために仕事をしている。
 戦場に行ったわけでもない人が、沢山人を殺したという兵士の葬式パレードで感涙に咽ぶというのは、どういう心境なんだろうなあ。常に世界のどこかで戦争をしているアメリカ人にとっては、やはり兵士は自分を守ってくれる存在として身近なインフラとして認識されるのだろうか。


 この突発的な事件が映画をハッピーエンドから企画変更に追いやったのだが、それでも感動を呼び、アカデミー賞は音響編集賞しか取れなかったけど6部門にノミネートされて戦争映画のジャンルでは史上1位の売上を達成したらしい。


 人の横死が作品に深みを与えた、と言うほど僕は外道ではないのだが。
グラン・トリノ (吹替版)

qetic.jp

2001年9月11日、13歳のルースはテレビが映し出すある映像に衝撃を受けた。それはアメリカを襲った同時多発テロによって崩壊するツインタワーの映像だった。戦慄の光景を目にしたその日、ルースは父親に「将来は軍隊に入りたい」という決意を告げていたという。そして翌年、ルースは地元の高校に進学した。ルースが進学した高校は後に自らが殺害するクリス・カイルが10年前に卒業した高校だった。

 少女革命ウテナ第20話「若葉繁れる」じゃん。
第20話 若葉繁れる
少女革命ウテナ Complete Blu-ray BOX(初回限定版)


 自分はなんの取り柄もない脇役なのに、同じ国を愛しているのに、同じ学校の生徒なのに、同じようにPTSDの患者のくせに、お前は連戦連勝しているだけで特別な何者かみたいな面をして!偉そうに治療するだって?
 と、少女革命ウテナでトロフィーワイフの薔薇の花嫁を決闘で奪いとった天上ウテナが逆に他のデュエリストにとってのトロフィーになったみたいな。(終盤でも王子様のトロフィーになる)
 

 そういうわけで、23年前のフィクションの学園アニメの少女革命ウテナで「特別であるもの」と「そうでないもの」を描いたビーパパス幾原邦彦監督、脚本の月村了衛先生、後の細田守である橋本カツヨイーストウッドにも負けない映像作家であることよなあ。
 やっぱり日本人は未来に生きてるな。



 と、僕は洋画好きの女性と会食して「アニメーションばかり見ていては見識が広がらないなあ」と思ってこの映画を見たわけだが、「やっぱり日本のアニメはすごいなあ」「実質ウテナ」と思ってしまったので、やっぱりオタクは業が深いものよのう。
機龍警察 狼眼殺手 (ハヤカワ・ミステリワールド)


  • 何者

 しかし、僕も単なるオタクのくせに他の30代のはてな村民から「僕は何者にもなれなかったけど、グダちんさんは成れている」と言われてしまったので、あまり周りに波風を立てないように礼儀正しく背後に気を配って生活していかないとなあ。


 僕が気に食わないと思っているアニメ評論家や富野監督の自称一番弟子も、自分が書きたい文章を書いているだけで僕に「コイツ気に食わねえなあ」と思われているのだとしたら、反省すべきであるなあ。いや、気に食わないだけでは攻撃はしないけど。


 そういうわけで、嫌いな作品については黙して語らないのがネット時代のマナーだろうか。確かに、鉄血のオルフェンズは終盤に成ればなるほど何も感じなくなっていったので感想書いてないもんな!(一言多い)
 クリント・イーストウッド監督はやっぱり好きなので、実写映画は本来僕の守備範囲外だけど、たくさん書いてしまった。


 いや、僕もちょっと富野由悠季の世界展のチケットを譲ってもらったり読者から食べ物やプラモデルを送ってもらったり「富野オタクのカリスマ」と呼ばれたりしても偉ぶったり軽挙妄動せず、
「俺は脳内妹のお兄ちゃんだ!お兄ちゃんでたくさんだ!脳内が歪んだ ただのお兄ちゃんだ!」とキモ・オタである自分を見失わないようにしないとなあ。
HGBF 1/144 クロスボーンガンダム X1 フルクロス TYPE.GBFT (ガンダムビルフドファイターズトライ)

 本当に僕は無職のソシャゲクズのオタクのチンピラに過ぎないので、大したことない。何者でもないですよ。
 架空の脳内妹のお兄ちゃんという幻影に過ぎませんので。
スカイプ鼎談で「グダちんさんは自分と脳内妹だけが生き残れば(客観的には自分だけ)、他人はどうでもいいでしょ?」と言われたけど、メンヘラオタクなのでアニメ会社と製薬会社とかサーバーとか電力会社がなくなると困る。)


 俺を狙っても何も出ないからな!郵便受けが爆発するまでがんばります!


しかし、僕が映画化されたときのキャッチコピーが「オタク史上最多、Gレコを60回くらい見た、ひとりの優しい脳内妹のお兄ちゃん」になってしまうー。



  • おまけ PTSDの民間療法についてうんぬん

 ここからは精神疾患患者の世迷い言なので映画の感想は前項で終わってます!

精神疾患をもつ人を,病院でない所で支援するときにまず読む本 "横綱級"困難事例にしない技と型


 実は僕も母親が自殺したのでPTSDを患っている。今日も不眠明けだが昼過ぎからこの記事を書いている。寝るのには薬だけでなくアルコールを必要とする。そして、なかなか寝付けないのに一旦寝たら20時間くらい寝てしまうのでアラームで無理やり起きて朝方生活に矯正しようと努力している。
 あと、アルコールは摂取しすぎて脂肪肝になったばかりか、寝る前にラーメンを食べてブランデーも飲んで、興奮している脳から血を強制的に消化器官に奪わないと眠れないという末期的な不眠症になっていた。そして、消化器官が荒れて寝ゲロを頻発するようになった。寝ゲロで窒息して死ぬのはとってもかっこ悪いし苦しいので、ラーメンとブランデーはやめて卵おかゆでマイルドに体を温めて寝る努力を始めたが、やはりほろよいくらいは飲まないと眠れないときもある。いや、昨日は飲んでも(1本だけにした俺の自制心を褒めてくれ)眠れなくて午前4時位まで苦しんでいたのだが。こういう時、脳内妹は普通の女性に比べて忍耐強く隣で看てくれるのだが、脳内妹を演算するとそれはそれで脳が動くので眠りにくい。まあ、普通の女性と同衾するのも暑苦しいし布団の取り合いになるのでやりたくないんですが。
高機能アルコール依存症を理解する ーお酒で人生を棒に振る有能な人たち


 故クリス・カイルがPTSDの退役軍人に射撃をさせたのは(彼が撃ち殺されたというリスクを引いたとしても)治療法として適切だったのかどうか・・・?


 で、僕がなんでこうも7年も8年もPTSDに苛まれているのか。それは親が自殺する前から家庭が崩壊していて、そもそも人格が歪んで育ったというのと、自分が不甲斐なかったから親が自殺したのではないかという罪悪感が抜けないからなのですが。医者からは自責の念を捨てろと当日から今まで、何度も言われている。


 しかし、僕が母親の自殺の報を携帯電話で受けたのがまさに精神科でのカウンセリング中だった。なので、医者に対してもシックスセンスみたいなこじれ方をしているのだが、あまりにこじれているので転院しようとしても嫌な顔をされて追い返された。結果的に自殺の前後の経緯に詳しい当事者の主治医と薬と診療報酬の交換という利益だけの関係をやっているのだが。しかし、メンヘラ無職ぼっちのくせに下手にIQが高いので、まともに話が合うのが2週間に30分くらい医者と話すくらいしかない。


 あと、あんまり関係ないけど、アメリカ人(クリス・カイルを射殺した若者も)って本当にドラッグつかうよな。僕は基本的に人間を信用していないのでヤクザからドラッグを買うつもりにはなれないなあ。肝臓の負担とか副作用とか薬同士の相互作用はヤクザより医師のほうが詳しいし、そもそも芸能人が捕まったときとかでテレビに映るスマートドラッグとか、圧縮成型が下手くそだし飲む気に成れない。ジェネリック医薬品でも、ちゃんと溶け方とかを分析して使っているので。(でも、お薬手帳をもっているのだが、皮膚科でアレルギーの薬をもらった後に風邪を引いてPL顆粒心療内科も一応内科なのでもらったら、相互作用で粘膜が過剰に乾燥して余計悪化したということもあり、まあ、ヒューマンエラーはある程度は覚悟しないとなあって)
(あと、僕は自律神経もぶっ壊れているので、風邪じゃないのに微熱の風邪のような症状を2週間もダラダラ続けることが年の半分くらいある)


 病気自慢はともかく。


 退役軍人の会のような、自殺遺族の会にも複数回行ったことがあるのだが。まあ、自分の辛い体験を聞いてもらうこともできるのだが、他人の辛い体験も聞かされるわけで、余計世の中全体への憎悪が増してしまってしんどくなった。
 というか、自死遺族の会合で年間自殺者が3万人を割ったのは我々の啓蒙活動などの成果だ、みたいな話を聞かさされてですね。いや、3万人が2万数千人になったところで、知らんし。僕がダメージを食らって辛いのは3万分の1の一人の母親の自殺なので。それを統計的に客観視されても…。みたいな。自殺予防対策組織にオルグされて下働きするのも面倒くさいし。(まあ、母親が自殺した後にも同人誌を一緒につくろうと企画していたはるしにゃんが自殺したし、その前からツイッターでの知人は何人も自殺とかで死んでるし、義理の叔父も自殺しているし)
 それに僕自身が17歳のときから20年以上も希死念慮を抱えているので、母親には先を越されたって感じ。


自殺予防いのちの電話: 理論と実際


 そういうわけでつらいんですけど、でも辛いのを治してもらおうと行って、余計辛くなるときもあるのが心の病気なわけで。
 宗教にはまらなくてよかった。宗教はハタチの時に四国八十八ヶ所遍路を野宿でした時に「結局神様とは和解できなかったし、寺社のビジネスは腐っているけど、景色はきれいだった。でも地方自治体は山道の整備をもっとちゃんとしないと死にかけた」という感想でした。弘法大師空海も一応あの時代ではそこそこ才能のあるエリートだったんだろうけど…。本当に整備されてない田舎道でもトラックがガンガン走るの、めっちゃ怖かったので、地方自治体はそこをしっかりしてほしい。
 で、結局脳内妹を崇めるグノーシス派になったのだが。


 うー。つらい。何者かになったと言われても、つらいのは治らない。中学生でメンヘラちゃんを描いた琴葉とこ先生が死んだのもつらい。
メンヘラちゃん (下)


 で、こういうブログを書いているわけですけど。クリス・カイルが自分の家で寝る時も銃を握ったら安心する、みたいな感じで、ロボットアニメとか虚構について書いてパソコンを叩いている時が安心するのかなあ。僕が思春期でひどいエヴァンゲリオンのオタクだった頃、母親に「息子がエヴァに取られてしまう!」とエヴァの登場人物のようなセリフを吐かれてしまったのだが。(最近は富野の方に行って、ガイナックス系に関しては古典的な興味のほうが強くて冷めている)
 結局、銃から離れられなかったクリス・カイルと同じく、おれもロボットアニメやパソ・コンから離れられないのだろうか・・・・。いや、まあ、パソコンは銃撃してこないけども。オフ会はやっぱり怖いよね!常に出口の近くの席に座るようにしている。(人間を信用していない)


 はー。それで、書き終わったら頭の中のぐるぐるは少し軽くなるけど、また別の作品を見たらまた書き終わるまでぐるぐるする。Gレコはずっとぐるぐるしている。鉄血のオルフェンズは全くぐるぐるしなかった。劇場版若おかみは小学生!を一応録画したが・・・。耐えられるか?我は…。TV版の後半は「後半なら親が死ぬ話は少ないだろうし、ゲストのロリ双子が出てくる回はペドフィリアとして安心して見れるかな?」って思って見たら、その双子の親が死んでてブービートラップだった。京アニもエモーショナルを煽る作風が徐々に辛くなっていて、死んだ親にスポットが当たるたまこラブストーリーが怖くてガタガタ震えていたのだが事件が起こり、それを揶揄した門川大作を選挙で落とす政治活動にも敗北し、なんとかヴァイオレット・エヴァーガーデンの再放送を我慢して見ている。徐々にリハビリをしていきたいのだが。でもやっぱり普通の人が普通に感動できる作品でダメージを受ける脳になっているんだよなあ。


 うーーーーーー。


 寝よう!



 と思うのだが、やっぱり寝ようとすると罪の概念が襲ってきて、それを脳内妹に払ってもらうのも疲れるし、死んだ目でツイッターをするか、宝具2巌窟王とスカ・スカPTで脳死種火周回…。あー、うー、アイマス最高!
THE IDOLM@STER CINDERELLA MASTER 055-57 早坂美玲・藤原肇・夢見りあむ




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 ラーメンとレトルトごはんは足りてるけど、今は水とコーラを3日おきに買いに行くのがめんどくさいです。いや、外出したり歩く習慣をつけるべきなのだが。プラモデルと本は積んでいる!


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