玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。


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機動戦士クロスボーン・ガンダムDUST 11 後編 宗教的に見る

前回のあらすじ
nuryouguda.hatenablog.com

  • アッシュ・キングの演説

 それでだ。賛美歌の国の軍とキュクロープスとを相手取った戦闘が終わり、コロニーが移動をはじめて、ネオ・1バンチの民衆にタルス・バンス王からDUST計画の説明会が行われる。地球に行くのが嫌だとか言って反対する民衆が混乱する。そこに、計画の全権を任された男としてアッシュ・キングが演説をぶつ。ここでタルス・バンス王の娘のオリエを抱きかかえて次の王であるように匂わせる演出もするが…。
「自分の命の責任なんぞ、他の誰にも取りようがねえって言ってんだよ!」と一喝する。
 ガンダムシリーズでは伝統的に無責任な大衆に対して「主権者であれ!」と言っているようなもので、びっくりした。

 富野監督のガンダムは割と女王制とかカリスマ的な指導者のドラマを描くことが主眼になっている場合が多い。いや、もちろんパン屋のキースとかそういうエピソードもあるが。基本的に貴種流離譚とか勇者とか騎士道物語が好み。



 


 まあ、富野作品は、それはそれとして、クロスボーン・ガンダムシリーズはもう長谷川裕一先生のものになっているわけだが。
 アッシュ・キングの演説でも納得しない民衆に対して、「子供の命を守ろう」という基本的なところから、もうひとりの主人公のレオ・オーフォムが演説を引き継ぐ。


 当初はレオ・テイルを名乗っていたレオだが、両親の姓のオーフォムを名乗ることにする。レオ・テイルとは獅子の尾であり、獅子座の尻尾に当たるβ星のデネボラ(アラビア語で獅子の尾、乙女座のスピカとうしかい座アークトゥルスとで春の大三角を作る)から来ていると1巻から分かっていた。で、獅子座のα星のレグルスは黄道に近く古来より「王」の星とされていた。また、獅子座の心臓である。レオがアッシュ・キングの「ココロ」であるという劇中の展開とも合致する。


 尻尾だったレオだが、ここに来てテイルの偽名を捨ててオーフォムに戻す。(テイルは物語であるTaleでもあるか?)(長谷川裕一先生は星に詳しく、クロスボーン・ガンダムスカルハートのトゥインク・ステラ・ラベラドゥは星の王子さまを愛読している。もとはスペースオペラ萬画マップスのキャラ)
 オーフォムという単語はよくわからないのだが、「王様」のもじりだろうか?ともあれ、多くの王が乱立するDUSTの世界で、彼女も王としての格を得たということだろう。獅子心王のようなガンダムも手に入れたし。(獅子心王リチャード1世に関する十字軍やエクスカリバーロビン・フッドや後継者ジョン失地王のモチーフはあるのかどうか?)
 また、獅子座の頭(獅子の大鎌)は?マークに例えられたり、日本では樋掛け星(といかけぼし)とも呼ばれる。アッシュに問いかける役割を持つレオらしいとも言える。


 ここまで言及していなかったけど、黒人のアッシュ・キングという名前はアメリカで黒人への差別に抵抗したマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師から来ているのだろう。(もちろん、王がテーマということもあるが)
 祖父は太陽光発電王アンクル・キングだし、黒人のキリスト的受難を描いて南北戦争の発端とも言われる、「アンクル・トムの小屋」からきているのだろう。初登場のゴースト11巻では名前のない祖父だったが。
アンクルトムの小屋 (少年少女世界名作全集)


(メカニックのフランク・オズなど引用が多い。フランク・オズ翁の娘が中華系のジャンというのは謎。母親が中華系なのかな)
 太陽光発電王アンクル・キングは戦国時代に地球連邦と結託して資本主義のような経済帝国を作ろうとしていたので、差別されていた黒人というイメージからは離れているようでもあるが。キング牧師は暴力を用いて差別撤廃を訴える「ブラック・パワー」の派閥に対して「グリーン・パワー(紙幣の色である金の力)」でベトナム反戦運動などをしていたらしいので、当時の黒人にカネがないというわけでもなかったのか。また、アンクル・トムは白人に従っている体制派の腰抜けの黒人というスラングとしても使われているとか。
 まあ、アッシュ・キングはモビルスーツでめっちゃ暴力を使うけども。アッシュがザンスカール帝国のギロチンから生還した経験がある、というのもキリストの復活にこじつけることができる。


 で、アッシュ・キングが演説で大衆に「主権者としての自覚を持て」と言ったのはキング牧師の「I Have a Dream」演説よりも乱暴だが、共通点がある。宇宙世紀スペースノイドには黒人というふうな見た目の特徴はなく、混血が進んでいるが。
 地球連邦軍の主流になっているティターンズの復活組織のキュクロープスから「過剰人口」として駆除の対象になっているネオ・1バンチは黒人よりも激しい差別というか攻撃を受けている。ガンダムらしい宇宙世紀の人口問題がキュクロープスの動機のように描かれているが、エリート層による難民に対する殺害もいとわないという差別であろう。
 なので、機動戦士クロスボーン・ガンダムDUSTは塵のように扱われて差別されている弱い難民たちによる権利闘争の話でもある。長谷川裕一先生の世代からしカムイ外伝とかは読んでただろうし。まあ、21世紀では安保闘争時代のような階級闘争萬画のテーマとしてちょっと古いので、アクション活劇のサバイバル作戦として描かれている。
americancenterjapan.com


 キング牧師は白人と黒人が融和することを望むと演説したが、アッシュ・キングはネオ・1バンチの9000万人は地球連邦から見捨てられたと宣言する。
 そもそも地球連邦という組織自体が白人主導の発想であるような気もする。
レビル将軍はORIGINでユダヤ系とされた)
アナハイム・エレクトロニクス者の会長のメラニー・ヒュー・カーバインは書籍『機動戦士ガンダム 公式設定資料集 アナハイム・ジャーナル U.C.0083-0099』によれば、ユダヤ人で中東紛争によって難民となり、ニューホンコンへ行き、そこで商売のやり方を覚えたとのこと。)(ニューホンコンのルオ商会は華僑系)
 宇宙世紀は混血が進んでいるが、人種がなくなったほどでもないという。


 首切り王(エバンス・ジルベスター)とアーノルド・ジルベスターの兄弟は地球連邦軍の名家の家系で、白人エリートとも見える。
 「略奪こそを賛美せよ」という「感染する毒の言葉」を吐く首切り王には伊藤計劃虐殺器官が影響しているはずだが、虐殺器官の主人公は「絶望したアメリカ軍人」である。エバンス・ジルベスターも「絶望した地球連邦軍人」なので、アメリカ合衆国のメタファーの共通点として見れる。


 サイド1ネオ・1バンチのタルス・バンス王も黒人である。そして、サイド1ネオ・1バンチが多層コロニーであるのはSF的なDUST計画のために用意されたかのような印象もあるが、同時に狭い所に大勢が押し込められているというスラム街の宇宙世紀版でもある。
 これをタルス・バンス王が「方舟」と名付けるのも牧師のようだ。


 それで、最新話では黒人のアッシュ・キングとタルス・バンス王はフォント・ボーによってキュクロープスに対して主犯者と名指しされる。FBIにも狙われ、暗殺されたマルコムXキング牧師のようでもある。


 キング牧師は黒人と白人について演説して、ネイティブアメリカンやヒスパニック系や黄色人種への言及が少ない気がするが。(イスラム教徒のマルコムXとの対立からか?)
 黒人と白人という対立は宇宙世紀ではないので、もっと大きく、逆襲のシャアVガンダムで描かれた「棄民、難民」の差別の問題として戦災孤児のレオが演説を引き継いだのだろう。


 キング牧師キリスト教の立場から「人間は平等に作られている」ということで黒人と白人は共通する神の子として差別撤廃を訴えた。レオは「命だけは自分のものだから!」と、「命がある」という点を共通点として、地球連邦に棄民として差別されても、首切り王の暴力に狙われても、生きる権利が自分たちにあると訴えた。


 また、レオの演説の「地球から宇宙を見下ろす」というのはキング牧師の暗殺前日の最後の演説である「神は私が山に登るのを許され、私は頂上から約束の地を見たのです。」にも似ている。まあ、死相が漂っているのはレオではなくアッシュなのだが、レオもガンダムに乗っているので死ぬ危険はある。
 また、9巻でアッシュはフォントと「今は道を違えていても同じ頂を目指しているはず」と言っているので、フォントもまたキング牧師モーセのような未来があるのかもしれない。ベルを離したのも割とフラグっぽいし。


 ただ、機動戦士クロスボーン・ガンダムは無印のラストで神を否定している。(神の存在を否定すると言うより、人間の戦争を含む活動に神の関与を拒否するという感じ。その点で人間が持つ神を重視したユニコーンとは路線が違う)
 機動戦士クロスボーン・ガンダム ゴーストでもフォント・ボーは死後の世界を否定している。(なので、死後の世界とのアクセスを目指すナラティブとも路線が違う)(死後の世界への言及は機動戦士Zガンダムカミーユの裏設定である、ニュータイプを超えた新人類の次元を超えた共感能力が元ネタだと思う、なんか変な名称だった気がするけど思い出せない。古い記事なのでグーグルの検索でも出てこない)


※追記
 ブコメで「ギャザースタイム」だと教えてもらいました。思い出した。たしかZガンダムのLDの付録の富野監督の初期案メモに載っていたらしい。忘れがちなのでここに記録しておく。


 まあ、Zガンダムユニコーンは今回はあまり関係がない。要点はクロスボーン・ガンダムシリーズは神を信じたり神による救済はないということ。
 ジャックは牧師になったけど、ナマグサで、あまり神の説法はせず、タロット占いが得意。フォントに言われたように「死んだら天国にも地獄にも行かない」って現世主義を教えている。


 これは、キング牧師やアンクル・トムを引用しているのに、決定的な差異です。アンクル・トムの小屋は黒人奴隷のトムを死に方などでキリストに見立てている宗教的な小説ですが。
 キング牧師は「神が人間を平等に作ったはずだから」「神の正義は実現されるはずだから」「ゆえに黒人の差別はなくなるはずである」という、親鸞聖人の「阿弥陀如来が助けてくれるはずだから」という仏教の浄土真宗にも通じるキリスト教の世界観で演説した。
(そういうわけで、日本人はアニミズム一神教とは違う、という富野監督の意見とも僕は違うわけですが。日本人も戦乱の世では一神教的な死後の救いを求めた場合がある)


 僕はグノーシス主義くずれで脳内妹への妄想を信じている異常者なのですが。そういう僕にとって見れば脳内妹デミウルゴスもキリストも浄土も、すべて「仮定の設定トーク」です。一応、僕も臨死体験して三途の川やバイストン・ウェルのクスタンガの丘のようなところを通って脳内妹の導きで蘇生した経験があるが、それでもそれは脳が見た設定の夢という気もする。


 長谷川裕一先生は「すごい科学で守ります!」などでスーパー戦隊シリーズの技術設定を事実として解説した。SFにも詳しい星雲賞二度受賞者。無印のクロスボーン・ガンダムのラストの神と決別する人間というアイディアが富野監督のものか長谷川裕一先生のものかは知らないのだが。
すごい科学で守ります!―特撮SF解釈講座

 「すごい科学で守ります!」の前文を読むと、

 作品の上で起こったことは、どんなことでも、「実際にあったこと」と捉えて、作品上で世界観を作る

 とある。これを「科学考証」ではなく「SF考証」と長谷川裕一先生は言うのだが、「設定はこういうものだからと信じる」のではく「実際にあったこと、描かれたことを事実として考える」という態度で、「事実ベース」の現実主義とも取れる。まあ、反重力装置とか割と無茶な設定も書いているんだけども。
 ゴーストのラストのフォントの「死後の世界はなく、現実しかない」という思想はキリスト教の信仰というより現実主義がつよい。


 なので、キング牧師は「神様が救ってくれる」という設定を信じていたけど、クロスボーン・ガンダムの世界ではそんなものはなく、「自分の命は自分で切り拓くしかない」という闘争なのだ。これは怖い。
 宇宙戦国時代は過酷だし、首切り王に言わせればハルマゲドン以降の世界で、大衆は首切り王のような暴力とか、地球連邦の権威とか、金とか、そういう概念を信じて身を委ねて思考停止していかないとつらい。
 信じて委ねるほうが楽。実際、ネオ・1バンチの難民たちは責任をバンス王の家に委任している。でも、アッシュたちは「自分でやれ」という。これは自由主義で権利を主張することでもあるのだが、救済者がいない。つらい。


 まあ、そういう不安定さも「先が読めない萬画としての面白さ」という要素になるのだからSF作家はひどいことをするものだなあ。

  • 堕天使としての首切り王

 エヴァンゲリオン世代の考察オタクの妄言なので、話半分に聞いてほしいのだが。アンクル・トムの小屋では、トムと友情を育む白人少女のエヴァンジェリンが出てくる。彼女は天使とかエバンジェリストとして、キリスト的な受難を受けるトムの物語で解釈されるらしい。
 んで、首切り王の本名はエバンス・ジルベスターという。エヴァンスとエヴァンジェリンは語源が異なるのだが。また、アンクル・トムはもともとシェルビー家に仕えていた。ジルベスターと少しだけ似ている。


 アンクル・トムの小屋のエヴァンジェリンは幼い伝道者として出るが、トムより先に死ぬ。そして、差別的なエヴァンジェリンの母によってトムは虐待的な農場主に売られる。
 クロスボーン・ガンダムDUSTでは逆にアンクル・キングの首をエバンス・ジルベスターが切り、覚醒者・首切り王となり賛美歌の国を立ち上げる。彼の思想は「宇宙戦国時代はハルマゲドン以降なので滅ぶ」という黙示録的なものだ。
 そこで善行を積んで死後の世界で救済されようというのではなく、本当の滅びが現われるまでは現世にしがみつくために略奪しようという逆転の発想。


 バロックには首がないというのも、処刑されて蘇った者のメタファーかもしれない。


 首切り王は自分のことを「裏返った」と表現しているが、サイド7のミラー修復反対派の暴徒を殺害し、アンクル・キングの金権主義の本音を聞いて「現実を見た」結果、「世界は救う理由も価値もない」と、キリストや阿弥陀如来とは逆の悟りを得て覚醒者になった。

  • アッシュとの関係

 前巻の感想で、首切り王が大好きな人が死ぬ時の断末魔の魂の形の銀の花と、人が裏返る時の赤と黒の花は、機動戦士ガンダムF91のビギナ・ギナとラフレシアのメタファーで、首切り王は前の世代を超えるというテーマを描くために、人の命の形を検知したシーブック・アノーが闇落ちして裏返ったキャラクターなのではないかと書いた。
 そして、首切り王は生命維持装置に頼っているサイボーグ(腕力は強い)なので鉄仮面カロッゾ・ロナの要素もある。


 今巻の戦闘の終了時に、自分の主戦力のケルベロスを自分のものだから誰にも奪わせないと言って破壊した首切り王は「大戦争もやってみると案外面白くないものだな…。つまらん…美しくない…」「もっとたくさんの…銀と赤と黒の花を…期待していたのにな…」と、組織的な敗北よりも自分の面白さを優先する独り言を吐く。(戦闘中も面白さを優先してアッシュに構ってほしかったので母艦の防御を忘れたりする)
 そして、「次は……お前にだけあいにくるよ!」と捨て台詞を言う。


 なんでアッシュにこだわるのかと言うと、エバンス・ジルベスターが裏返ったきっかけが「アッシュに財産を継がせるために金権主義に走ってコロニーレーザーを修復しようとしたアンクル・キングの殺害」だから。


 クロスボーン・ガンダムシリーズの悪漢の特徴として自分がいかれているのに、頭がおかしくなっていることを人のせいにする傾向がある。(対して、鋼鉄のトビアは自分が間違っていようが、自分の責任として前に進むと評される。それはアッシュの態度にも共通している)


 ルナツーで首切り王が執拗にアッシュの精神を破壊しようと祖父の首を見せたり、女を殺させようとしたのも、どこかで「自分がいかれた原因はアッシュ」だと思っているからかもしれない。


 これはこれで、キンケドゥからトビアへ、カーティスからフォントへ、フォントから(アンカーの)アッシュへと受け継がれたバトンがドラマの筋であるクロスボーン・ガンダムの兄貴分キャラが裏返った姿。


 首切り王は14歳のアッシュの兄貴分だったが、裏返ったことをアッシュのせいにする。歴代の兄貴分は弟分を戦いに引き込むけど正義の志も渡してきた。首切り王はアッシュを正義に導くのではなく自分と同じ外道に引き込もうとしている。


 しかし、これは突飛な発想ではなく、映画機動戦士ガンダムF91のエンディングロールのラストで鉄仮面とF91が合わさる絵で予言されている。


 シーブック・アノーは見本のような好青年だが、裏返ると鉄仮面と同質の存在になる可能性があると、この宇宙世紀0123年から続くサーガの最初から予言されている。無印のクロスボーン・ガンダムの後半でキンケドゥ・ナウはサイボーグになるが、なんとか人間性を保ってシーブック・アノーに戻れたが。戻れなかった場合。
(DUSTの今巻で活躍したフロンティアIV地方領主のミリオ・ビリオンはコスモ貴族主義の大義を忘れなかった場合のザビーネ・シャルの可能性かもしれないとか)


 首切り王は自分が外道になったのに、その発端であると思っているアッシュが正義の心を失わないのが羨ましいし妬ましいし許せない。自分と同じ場所にいたアッシュも裏返ることが当然だと思う。妬みから悪行に走るのは鉄仮面もクラックス・ドゥガチ総統もカリスト兄弟も、また長谷川裕一先生が長浜ロマンロボットの続編を書いたビクトリーファイブやゴッドバードの悪役も同じ。
 でもいかれているので妬みだと自覚してなくて、自分の頭がおかしくなったことが間違いだと思いたくないし、それが当然の論理的帰結だと思うので、賛美歌の国の民にも自分と同じような終末思想を持たせたいし、アッシュも裏返ってほしい。


 そういう「自分としては当然のことをしている最もどす黒い邪悪」なんだろうなあ。



 しかし、首切り王は人の心の色が見えて、兄貴分・オルタとしてアッシュの精神崩壊を見ることを望んで執着しているのに、実の弟であるアーノルドの扱いが軽い。


 アーノルドは今回の戦いで最初は兄と共通の目的に向かっていると思っていたが、首切り王に裏切られて艦隊ごと殺されかけて、フォントの説得もあり首切り王は怪物で敵だと認識して、ボルケーノで近距離一斉射撃をメルト・バロックに撃ち込んだ。


 この時の真正面から兄をぶち殺そうとするアーノルドの感情もかなり激動だと思うのだが。アッシュの猛攻を受けてメルト・バロックが劣勢になり、ケルベロスも半壊した状況で首切り王はアーノルドの心の色に反応せず、「大戦争もやってみると案外面白くないものだな…」という個人的な独り言を言って、その間にボルケーノの接近を許す。
 無能なのか?
 まあ、ボルケーノの一斉射撃でもバロック本体は無傷だが。
 

 アーノルド・ジルベスターは自分を裏切った兄を殺そうとしているが、「目的のために敵を殺す」という行動規範が一貫している点では「裏返っていない」と判定して反応しなかったのか?
 あるいは、エバンス・ジルベスターにとって「宇宙の平和は人々の手で支えている」と幼いアーノルドに言うときに自分にも言い聞かせていたので、首切り王に覚醒する前のエバンスの正気を保つための倫理規範の原点は実の弟のアーノルドなので、アッシュとは逆の意味で特別なのかも。


 アーノルドの心の色を見て、正義を信じる連邦士官のエバンス・ジルベスターの頃の人格を思い出すと首切り王でいられなくなるので、すべてを見通す覚醒者の無意識の防衛としてアーノルドの心は見ないようにしているのかもしれない。
 じゃあ、9巻でアーノルドに「昔のように花火を上げて祭りをしよう」と言った時の首切り王はどういう心境だったのだろうか?まあ、餌になる連邦軍をたくさん集めさせるための嘘なのだが。首切り王はアーノルドを素直でいい子だと言ったが。アーノルドは順調に殺害スコアを伸ばしているし難民も虐殺するつもり。うーん。邪悪な血筋なのか。
 鉄仮面もドゥガチもカリスト兄弟も身内の裏切りで死んだ面があるので、そういう・・・?

  • オタクなので長くなった

 まあ、オタクっぽくメタファーとか引用とかに反応して長々と書いたけど、やっぱり少年漫画であるクロスボーン・ガンダムシリーズとして「どんなに苦しくても悪に屈しない正義の心」がテーマなんだろうなーっていう。


 続きとラストが楽しみですね!


目次
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 オタクなのでマンガを一冊読んだだけで2回徹夜してしまったわい!もう昼やぞ!!!!ここ12時間、ペプシしか摂取してない…。睡眠リズムもゴミになった。うわーん!オタク!


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