玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。

チェンソーマン93話 糞映画とラブコメ漫画の間で

 なんというか俺はガンダムの係であってジャンプ漫画担当ではないんだがな。
usedemikuray.hatenablog.com
tenfingers.hatenablog.com


 ここらへんが担当の人たちだが。


 チェンソーマンはなんかツイッターの評判とかで気になって人から全巻送ってもらって、アプリで最新話まで読んだ。
週刊少年ジャンプ(50) 2020年 11/30 号 [雑誌]

 今週は第93話「君と糞映画」


 ラストバトルが近いんだけど、主人公とボスの思想的な対立の理由が「糞映画の存在を許せるか」なのがクソアニメオタクとしてはエモい。
 つまり、「ちゃんとしよう」っていうのと「めちゃくちゃしたい」っていうのの対立。


 っていうか、まあ、「物語を使って物語を描く物語」って最近多いよね。SSSS.GRIDMANとか魔女見習いをさがしてとか。なんちゅーか、現実がつまんねーからなのかもしれんが。いや、別に「現実に帰れ」とか言うつもりはないし、オタクなんだからそんな常識人みたいなことをいう資格もないが。


 チェンソーマンは引用とかも多いし考察ブログも多いんだけど、まあ、そういうルールとか設定も物語を縛るチェーンに過ぎないのでは?みたいな気持ちが古のエヴァンゲリオンのリアルタイム中2オタクとしてはある。エヴァの引用とかの設定、おじさんになってから振り返ってみると、ほとんど無意味だったしな…。
 まあ、僕の富野ブログとしてのあり方も蒟蒻問答みたいなところはありますしお寿司。

  • ちゃんとしない糞映画の力

 初見感想でも、チェンソーマンのちゃんとしない態度が好きだったと書いてる。

nuryouguda.hatenablog.com

  • なんでチェンソーマンを読みたくなったか

 マキマさんが好きだからです。もっと具体的に言うと顔がいい強めの女に人生をめちゃくちゃにされたいという性癖がある。(現実でそういうプレイを要求するといろいろと困ったことに成るのでフィクションに求めますが)


 強めの女に人生をめちゃくちゃにされたいけど、そういう女がめちゃくちゃになるところも好きです。そういう性癖です。現実でそういうプレイをしてはいけない。


 でも、マキマさんはチェンソーマン=デンジくんではなく、その能力という概念というか法則というかルールを手に入れて世界を秩序にすることが目当てだとしたら、つまらない女になると思う。


  • チェンソーマンはなぜ強いのか

 チェーンソーは銃よりも爆弾よりも入手は容易だと思うけど。
 支配の悪魔の究極は物語の作者だと思うのだけど、作者の都合とか無視して物語を破壊するような理不尽な暴力を振るう、ホラー映画の象徴としてのチェーンソーなのかなあとか。(暗い映画館で見るホラー映画が明るい部屋のテレビの力でパワーダウンさせられたりもする)

 なので、デンジくんが人生や仲間との生活を顔のいい強めの女のマキマさんにめちゃくちゃにされたのは最高に性癖だった。
 でも、強めの女が「そんなのチェンソーマンらしくない」っていうのは生意気だし、もっとめちゃくちゃにしてやりたい。


 ていうか、いにしえの永井豪の頃から少年漫画は「ちゃんとしなさーい!」っていう親とか世間に対するカウンターカルチャーだったわけで、そう考えるとチェンソーマンの作中のキャラクターの強さの基準が「まともじゃないほど強い」というのは萬画文化としては逆に正しい。


 ていうか、マキマさんとデンジくんは以前の一日中夜まで映画をハシゴしまくるデートの回で、映画の感性が似ているって示されてた。
 そして、その感性はマキマさんもデンジくんも周りの普通の、世間的大衆の観客と、どこかズレている。


 そして、デンジくんもマキマさんもあんまり評価が高くないよくわからないと評判の映画の、すげえどうでもいいシーンだと自分でもわかってるところでマジ泣きする。それで、支配の悪魔であるはずのマキマさんも映画で人生を変えられたことがあると言う(デンジを壊すために幸せにする計画の一部だったかもだが、女の言うことはミステリアス)
 映画は脚本術とか演出とか、いろいろと感動させるテクニックがあるんだけども。本当に感動するポイントって、作り手も観客もよくわからない理不尽な領域にあるのでは?
 みたいな気持ちもありつつ、でも実際にチェンソーマンは萬画としては単行本が売れているので、ヒットさせるテクニックというのは藤本タツキさんは持ってると思うし、頭もいいと思うんだけど。そこを、どう、どの程度、「型から」外すかってのがなー。


 僕にチェンソーマンのバックナンバーを送ってくれた人は「最近は超展開であまりおすすめできない」って言ってて、タツキ先生はちょっと外れ気味かもしれないけど。僕はめちゃくちゃなのが好きなので、イデオンとか好きなので、夏エヴァ、高校生の頃に40回くらい映画館で見たので。糞映画主義のデンジくんには頑張ってもらいたいところ。


  • 理不尽の力

 デンジくんの復活の理由が理不尽。
 「ホントはダメだけど!ひでえ事だけど…!彼女とかもホントは……!5人!!10人くらい彼女がほしい!たくさんセックスしたいい!」
 「だから俺…チェンソーマンになりたい…!」
 人格者の仮面ライダークウガの五代雄介と違って、ちゃんとしたくないって気持ちでデンジくんは「チェンソーマンになりたい」っていう。(まあ、五代雄介も労働者としては最悪の勤務態度だが)
 デンジくんの理不尽な欲求の叫びで岸辺隊長の口の傷跡も逆になる。作画をも歪める理不尽力。ダメでひでえことをしたい!


 前回、犬みたいな底辺の人生を嫌って普通の人生にあこがれていたデンジくんが、家族に利用されて生きてきたコベニちゃんに「普通の人生も犬だよ」って言われて、凹んだけど、偶像崇拝されてるチェンソーマンとしての自分がめっちゃモテてると調子に乗った。それで毎日ステーキを食べめちゃくちゃセックスしたいっていうちゃんとしない欲望パワーに目覚めた。


 その少し前のファミリーハンバーガーでコベニちゃんが労働して、「会社のルールに従え」とか「吃音障害を直せ」って普通の人に怒られるシーンは割と本筋とは関係ない気もするシークエンスだったけど、支配の悪魔ではなくても一般の普通の人の社会適応の、そういう「ちゃんとしなさーい!」主義は人を犬にすることなんだよなあ…。ファミリーハンバーガーが象徴する家族とか組織のしがらみとか。コベニちゃんはマキマに殺されると家族と離れる理由ができて良かったって思うので、チェンソーマンの作中の価値観では家族はブレンパワードの親たちみたいなもの。富野ファンの僕としてもこういう展開は好き。
 それを理不尽に殺すのがチェンソーマン。しかし、チェンソーマンに同僚が殺されても会社のキャッチフレーズに従おうとする社員たちも狂っているように見える。同僚が理不尽に殺害されると「これはテレビのドッキリだ」と枠にはめようとする。そして殺される。枠にハマった決まりきった「思考停止」を破壊するのがチェンソーマンなので。それはある意味少年萬画として「自分の意志を持て」という点では非常に正しい。(殺すが)
 それで、コベニちゃんは落としたハンバーガーを自分の手作りで直してチェンソーマンに差し出す。落としたものを客に出すのは社会のルールでは間違いだけど、落としたものを食うのが好きなチェンソーマン(デンジ)に対しては正解?


 あと、あんまりブログで自分語りするなって精神科医にいわれているけど、僕も親を自殺させたような家庭で育ってるんですけど。マキマさんが言う「親を死なせた子どもは幸せになってはいけない」っていうのもルールの縛りだし、鬱病を誘発させる。
 悪人でもやりたいことをやろうっていうチェンソーマンは読んでて元気が出る。まあ死ぬけど。


 最近の日本は格差社会と言われるけど、ド底辺の家庭出身のクズでもダメ人間でも好きなことをしていこうというのは現代の少年に対するエンパワーメントかもしれないけど、まあ、死んだりもするけど。

  • 糞映画の夢

 コベニちゃんはもう一つ重要なことを言っていて「ヤな事がない人生なんて………夢の中だけでしょ……」という。
 そして、それを受けて、デンジくんは「変身したい」でも「強くなりたい」でも「勝ちたい」でもなく「チェンソーマンになりたい」と言う。自分が強くなるんじゃなくて「チェンソーマン」という物語の主人公になりたいということか。つまり電光超人グリッドマン風に言うと「夢のヒーロー」。
 そして、第一話からポチタはデンジに「デンジの夢を見せてくれ」と言っている。そこから物語が始まったので、ジャンプ漫画のチェンソーマンという物語も一種の夢物語なのだろう。
 で、マキマさんが歴史の中で見てきた地獄のヒーローの「チェンソーマン」の物語と、デンジとポチタが合体したジャンプ漫画の「チェンソーマン」はマッドマックスとマッドマックス2くらい違うので、そこでマキマさんは解釈が違いを起こしていて、それでデンジの精神を破壊しようとしたのかもしれない。そして、今回デンジが自覚的になりたいと思った「チェンソーマン」は怒りのデスロードなのかもしれない。
 いや、怒りのデスロードが糞映画とは言ってませんがな。
 テレビで「チェンソーマン大好き」って言う大衆が放送されるのはマキマさんの策略な気がするけど、これまでの「(デンジ編の)チェンソーマンの物語」で助けられた人も出てくるし、デンジくんは自分が褒められていると感じている。そこから、さらに褒められるために欲望を叶えるために「デンジが監督で主演のチェンソーマンの物語」のヒーローになりたいってことで第三部かもしれない。


 特に理由や原理もなく強くて不死身で、いろんなものを切り刻んで消滅もさせるチェンソーマンはB級ホラー映画、糞映画の悪魔とも言える。なので、伏線とか原理とかルールを割と無意味になかったコトにしてグダグダにする糞映画の化身だからこそ、いろんな概念を消滅させられるんだと思う。いろいろと元ネタが多いので考察ブログも多いチェンソーマンだけど、そういう元ネタから来るルールの縛りを糞映画みたいに切断していくB級っぽさもある。(ちなみに、十三日の金曜日のジェイソンはチェーンソーを使ってない)
 そういう理不尽ヒーローをコントロールできるかどうかっていうところに挑むのがマキマさん・支配の悪魔の戦いなのだが、彼女自身にとってもそれは自分の消滅も辞さないめちゃくちゃ寄りのギャンブルに近い高揚感でもある。ちゃんとした世界にしたいという気持ちもあるけど、自分を賭けて訳のわからないものに勝てるかどうかってところでマキマさんも興奮してるっぽいし、そこはバトル漫画っぽいよね。(恋かも)
 今回の「どうしてデンジ君に戻っているのかな…」の前のセリフのないマキマさんの表情ってちょっとメスの顔っぽかったけど。マキマさんは第一部のチェンソーマン(ポチタ)が好きで、第二部の主人公のデンジ君に寝取られたと思ってるのかも。でもデンジ君はマキマさんが好き。ラブコメだったのかこの漫画は。



 で、脈絡のない糞映画は夢のようなものかもしれない。まあ、クソ映画や変な夢みたいな感じでこの漫画が終わっても許してねって保険かもしれんけど。
 

 それで、やっぱりマキマさんは糞映画(つまらない映画)は無いほうがいい、という点でデンジくんのチェンソーマンの物語と解釈違いを起こしているけど、映画デートでは感性が同じ二人、という感じだった。
 ただ、映画を見る時の自意識の考え方が違うのかも。マキマさんは自信家だし理性で「自分が見て感動した映画はつまらない映画ではない」と評価しているけど、バカのデンジくんは「すげえどうでもいいシーンだと思うけどよくわからないけど泣くし、糞映画でも感動できる」と思っていて、同じところで泣く感性は近くても、その受け取り方の意識が違うのかも。


 なので、チェンソーマンのラストバトルで、マキマさんの理性をデンジくんがめちゃくちゃにして感性を同じにして、同じところでクライマックスを迎える漫画に成れたら「セックスじゃん・・・」


 デンジくんがいい感じのセックスをできたらいいですね!顔のいい強めの女と二人でめちゃくちゃになってセックスするのはとてもいいと思う。
 もしかしたら、それこそがマキマさん自身を支配から解き放つことになるのかもしれないし、それってラブストーリーだよね。


 理不尽な復活を遂げたデンジくんが「チェーンソーマンになるためにどうやったらマキマさんを殺せるんだろう」って思うけど同時に「マキマさんが好き」ってことも再確認するので。これも最悪に理不尽だし、敵なのに好きという理不尽な感情もチェンソーマンの価値観らしい。北斗の拳でもある。
 セックスってのは戦争なんだぜ!って富野監督の「リーンの翼」でも自衛官の妻帯者が言っていたので。僕もそういうのは好みですね。(現実では怖くてやらないけど)
 そういうわけで、あんまりジャンプ漫画は担当じゃないし富野作品の考察をすべきなのだけど、チェンソーマンがなんとなく性癖にストライクだったので筆が滑った。

※追記


 一人で映画を評価するタイプと、糞映画も含めて視聴体験を共有するタイプの映画鑑賞の違いみたいなのが…。

  • ほしい物リスト。

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 借金30万円を後10ヶ月で返済するので、食料品が一番節約になる。嗜好品は我慢しますが、食料はないと死ぬので。
 おかゆとスープはるさめの在庫がなくなりました。人の金で食っていきたいんじゃあああ。
 コロナウィルスは日本人には割と手加減していた致死率でしたが、変異して冬にロックダウンが起きるかもしれないので保存食を集めていきたいですね。


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