玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。

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ティーン向け春映画としての逆襲のシャアのクェスとハサウェイ

 いくつもの罪やいくつモノアイを重ね合わせて、何度目だ!機動戦士ガンダム逆襲のシャアを見るの!



 多分どこかにDVDを持っているはずだが、閃光のハサウェイの映画の宣伝も兼ねている1日限定Youtube配信で見た。うん。面白いな!(昼間はウマ娘プリティーダービーのレジェンドレースで星3にしたキングヘイローを育ててたけど)


 まあ、逆襲のシャアはいろいろな見る度にいろいろな視点があるので、一つの記事で全部を記述できないのですが。今回はなんとなく、ローティーンのクェスとハサウェイに注目してみた。実際、閃光のハサウェイも読み返すつもりだし。
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  • 第一の疑問 アムロとシャアの出番が少ない

 まず、ファーストシーンが月の工場で組み立てられているνガンダムの製造過程で、ロンド・ベルのメカニックのチェーン・アギがアナハイム・エレクトロニクス社のオクトバー氏に文句をいうところから始まる。
 ここで、「納期を繰り上げられた」「仕様を変更した」などのセリフとともに、センサー系を覆うビニールや幌で隠された「製品としてのνガンダム」が映される。


 νガンダムはラストにすごいパワーを発揮するスーパーロボットなのだが、(ロボットである必要があるかどうかは謎だが)、初登場ではバラバラであり艤装も未完了な「工業製品」として出てくる。
 初登場シーンでは、あまりヒーロー性はない。ただ、同じようなネタのイデオンと差別化するためか、ファンタジックな異星人の力ではなく、ガンダムらしい人間同士の闘いなんだぞ、と示すためにνガンダムは最初は工業製品として描かれる。まあラストは発動しますが。



※追記
 幌で覆われた起動前のガンダムや部品のガンダムパーツというのは初代機動戦士ガンダムのリフレインでもある。


 そのアナハイムのシーンの後、インドでマン・ハンターに拘束され、父親に連れて行かれるクェス・パラヤの場面があってから、やっと5thルナという、シャアが地球に落とそうとする小惑星の上での主人公、アムロ・レイの戦闘になるのである。
(その後、5thルナはインドの近くのチベット・ラサに落ちて周辺を破滅させるのでクェスを見送ったマン・ハンターの職員たちがどうなったかは…)



 ざっくり言ってしまえば、ケーラ・スゥという同僚のパイロットが死亡してアムロ・レイがブチギレるまで、物語はクェス・パラヤとハサウェイ・ノアというローティーン、中学生の視点で描かれる。アムロとシャアの出番は前半は少ない。
 アムロ・レイが同僚を喪ってキレて、シャアとの決戦モードになるまで、わりとクェスとハサウェイという中学生の男女が宇宙ロケットに乗って初めて宇宙に来て、スペース・コロニーに感心し、アムロ・レイのνガンダムというヒーローに救われて
(この時点でのアムロは主体性のある主人公というより、中学生の男女を助ける先輩ヒーローと言った感じだ。そういう意味では、高出力ビームを放つνガンダムはヒーローなのだが、物語の効果としては少年少女を助ける大人、という感じである)、
シャアとザビ家の話や、アムロの一年戦争時代の(やや誇張された)ニュータイプの逸話を話し合っている。
 一年戦争のあとに生まれたハサウェイとクェスは一年戦争という人類を半分殺した大戦争のことはあんまりわかってなくて、ジオンやザビ家がスペース・コロニーの技術を背景に独立を考えたこととか、地球連邦の正義とかに対して、あんまり善悪や敵味方を決めつけていない。
 ハサウェイ・ノアも父親が地球連邦軍の軍人のブライト・ノアであるし、クェスは地球連邦参謀次官のアデナウアー・パラヤを父に持つけど、地球連邦が絶対正義というふうな話し方ではなく、素直にスペース・コロニーの技術力に感心したり、それを拠点とするスペースノイドの独立を悪とは断じない。


 そういうわけで、この映画の前半はハサウェイ・ノアとクェス・パラヤという一年戦争後に生まれたローティーンが割とニュートラルな視点で宇宙見学をしていく(器の小さい父親につばを吐いたりはするが)、という体裁で進行する。


 割と同時期のドラえもん映画と同じような構成で、無垢な少年少女が宇宙という異空間を素直に見学する、という感じなのだ。
 宇宙に百億の人が住んでいて、それを地球で安穏と暮らしている官僚が支配しているという世界観とか。あと、クェスとハサウェイとは関係ないけど、アムロが星図を元に月と地球やルナツーなどの小惑星の間を自動航行するなどのスケール感が割と丁寧に説明されている。ガンダムのオタクにとっては、ここらへんは重々承知なのだが。


 モビルスーツの全天周モニターのCGという、他のアニメではめったに使われないギミックについても、ゲームセンター感覚でジェガンの操縦ごっこをラー・カイラムでクェスとハサウェイが体験していくことで視聴者にも改めて説明していく。


 ハサウェイやクェスの役割を機動戦士Zガンダムの主人公のカミーユ・ビダンにすべきだったのではないのか?というご意見も風のうわさに聞いているのだが。
 この序盤の「社会見学感」はカミーユでは出せない。


 やはり、富野由悠季監督の志としては、ファーストガンダムから10年目の映画として、10年間ガンダムのオタクをしていた成人層よりも、10年前のガンダムのオタクのような中高生を新たな顧客として開拓したかったのだろう。富野監督が今も何度も言っているように狭いマニアに訴えるのではなく、ガンダムのオタクではない普通のティーンの彼ら彼女らが感情移入しやすいキャラクターを設定するという意味で、クェスとハサウェイをある種の序盤のの狂言回しとして、「アムロとシャアの最終決戦」という、ある意味、古参のガンダムのオタク向けの題材の映画での序盤のメインキャラクターに据えたのだろう。


 逆襲のシャアは情報量が多い映画だと言われるし、実際、アクションとしてはそうなのだが。序盤は割と「初めて宇宙での暮らしに触れる中学生男女の目を通して宇宙世紀0093年を解説していく」と言う感じで、結構親切な作りだと感じた。
 一年戦争やグリプス戦役やハマーンの反乱を知らなくても、「宇宙戦争のせいで難民が困ってるのに、地球の政府はやる気がないので、シャアみたいな地球滅亡を企むテロリストがカリスマになる」という程度のふわっとした世界観はこの映画の単発としても分かる。(まあ、当時の中高生がどういうリアクションをしたのかっていうと、僕は5歳だったので知らんのだが)
(いや、まあ、それでもザビ家とかティターンズとかニュータイプとか強化人間っていう過去の固有名詞についての説明は殆どないので、そこでつまづくと、やっぱりよくわからん映画って思われるのだと思うが。中学生気分で「わからない単語はスルーする」、クェスみたいに「知ってたなー」とわかった気になると言う感じで見ていくと、まあ、割と見れるんじゃないかな)


  • 第二段階 中高生が当事者になる

 で、まあ、ネタバレですけど、クェス・パラヤは家庭の不和からアムロ・レイとハサウェイと決別してシャアの思想に共鳴してネオ・ジオンのニュータイプ戦士になる。ハサウェイも父親の前で無力な少年を演じつつ、父の軍艦に密航して、クェスを取り戻そうとする。
 ここらへんは割と、その、Zガンダムのサラ・ザビアロフとカツ・コバヤシのリフレインっぽいのだが。同時に、機銃でレズンのギラ・ドーガを撃墜するチェーン・アギもZガンダムのベルトーチカ・イルマのリフレインなのだが。
 

 当時は劇場版新訳Zガンダムがなかったので、「映画なのだから、TV版のガンダムシリーズよりもハードな展開をするぞ」という意図が見える。そういうわけで、クェスは父親を殺す。クェス・パラヤの父殺しについては、いろいろな解釈がある。男性にとって父殺しはある種のレベルアップなのだが、女性であるクェスの父殺しは不快感と言う感じになる。


 また、クェスの父殺しがある意味、編集点というか転換点になっていて、ここまで「社会見学のお客さん気分だったクェスとハサウェイ」が、殺るか殺られるかの修羅の連続のガンダムワールドの当事者になってしまう。
 具体的には、シャアがネオ・ジオンに気まぐれで持ち込んできたお客さんの少女のクェスは戦闘員として扱われるようになり、私服で軍艦をブラブラしていると軍人の大人にマジで怒られる。また、クェスは中1なのだが、ネオ・ジオンのギュネイ・ガス(設定年齢は18歳なので大学生くらい)からは女として恋愛対象、性的対象として見られるようになる。同時に、二十代にしては異例の出世をしている大人の女性のナナイ・ミゲルからもクェスは恋敵のように扱われる。


 また、クェスを取り戻そうとするハサウェイは、シャアの本性やこれまでの強化人間を知っているアムロから「クェスは絶望的」と言われながらも奮闘する。


 この映画は序盤は想定視聴者の若い中高生が感情移入しやすい(いや、まあ、富野キャラらしい灰汁はあるのだが)クェスとハサウェイが大人に優しくされてお客さん気分で宇宙を社会見学していく、という導入でスタートして、徐々に宇宙戦争という地獄の当事者にされて、大人と対等になる代わりに闘争を余儀なくされ、子どもから大人に強制的に変えられてしまう、という構造なのだ。(アルパ・アジールというネーミングもなー)
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 富野アニメではだいたい1年のTVシリーズで子どもから大人になるというのはお約束ではある。(成長しないと言われるウッソ・エヴィンですら、親に対する未練を捨てるのである)
 逆襲のシャアでは2時間で子どもが大人扱いされるというパラダイムシフトを描いている。映画の主軸としてはシャアとアムロの決戦なので、クェスとハサウェイは脇客のドラマではあるのだが、「おなじみのメインキャラクターの、大人の軍人同士の戦いを描いても、ガンダムワールドの新規顧客は見込めないのではないか?」というような、富野由悠季監督らしい開拓精神がそこにはある。


 余談だが、最新作のGのレコンギスタも主人公のベルリが社会見学実習からスタートして、軽い気持ちのスパイ活動をして、からの、逃げ場をなくして、自分が戦争の中心人物の家系だったと知ってしまう話。
 覚悟が決まっている(?)ブレンパワードの伊佐未勇は別として、ターンエーガンダムのロラン、キングゲイナーのゲイナー、リーンの翼のエイサップ・鈴木など、ここ20年近くの富野作品では「社会見学気分や巻き込まれだった主人公が、闘争の当事者になっていく」という作劇が多く見受けられる。
 いや、それをいうと逆襲のシャア以前の富野作品の主人公の半数くらいはそんな感じなんだけど。(それ以外は親や家系が悪い)


 やっぱり、ニュートラルな中高生のアニメ視聴者に作品を見せたいという気持ちがあるんだと思う。今も。


 で、話を逆襲のシャアに戻すと、クェスは大学生くらいの向上心の強い男に言い寄られて、大人のナナイに恋敵認定されて、シャア総帥に目をかけられる、という中1にしては割とハードな環境になる。親は殺す。
 それに比べると、ハサウェイの環境は割とぬるい。親父の友人のアムロにかばってもらったり、ロンド・ベルの軍人にも虐待はされない。クェスにとってのギュネイと対になるようなロンド・ベル側の若手軍人で異性の22歳のチェーン・アギはアムロのことばかり考えているので、あまりハサウェイの迷惑にはならない(最後以外)。


 その代わり、クェスのほうが強大なサイコマシーンのヤクト・ドーガや巨大MAアルパ・アジールを与えられて、ハサウェイが乗るのはショボいプチモビと半壊しているジェガン。
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 ここらへんの非対称性も、なんかガンダムみたいな映画を見ているオタクっぽい、宇宙が好きだけど理系を極めることも出来てない、ちょい文系よりの中高生の男子(つまるところ、若い頃の富野喜幸や俺)の気分が出ている。少年が初恋で憧れる「才能のある女の子」に対する劣等感と、それでも「彼女を悪い大人からたすけなきゃ! 」みたいな青春気分が、クェスとハサウェイの乗ってるマシーンの強さで表現されてて、すごいティーン向け映画っぽいよなーって思った。(まあ、でも、サマー・ウォーズとか君の名は、天気の子とか、大ヒット映画はやっぱりイケメンというか小ぎれいな少年が少女のために戦うのが定形かもしれないのだが。でも、中1とかだと女子のほうが大人びてるよね)
 サイコガンダムとガンダムMk-IIのリフレインでもあるんだけど、カミーユも美少女だから…。


 親を頼れない状況を覚悟したクェスは女として開き直っちゃう(戦士としても恋愛としても)のだけど、ハサウェイはピンチで「父さん!」とか言っちゃうので、ちょっと子供っぽい。


 富野監督がちょっと改心した数年後の機動戦士クロスボーン・ガンダムでは囚われた美少女を海賊の少年が痛快にいただいてゆくのだが、逆襲のシャアは萬画ではなく映画なので、作風がハードであり、女の子は助からない。


  • 第3の問 弱いもののことを考えろ

 で、逆襲のシャアは30年も前のアニメなので色々とネタバレをはしょるけど、クェスは死に、ハサウェイはチェーンを殺す。


 ハサウェイは「大人って、地球だって平気で消せるんだ」と、クェスが乗り移ったようになり、「大人の都合で殺されるなんてまっぴらだ!」と、子どもらしい主張をする。
 ハサウェイは「強い大人の都合で殺される子供の気持ちを考えろよ!」と爆発してしまうが、結果としてやっていることは大人と同じく殺人なのである。


 それをニヒル、というか冷笑的というか、虚無的に「無垢な少年少女も汚れた大人になる」と見ることもできるのだが。



 富野監督の最近のインタビューでも、逆襲のシャアのラストについて語っている。

mantan-web.jp

「これで決着を付けたつもりでいる。これ以降、ふぬけになった自覚もあります。劇の組み立て方は、理想ではなく、しょうがなくてこうなったという欠点が見える。サイコフレームの扱い方を上手にやらないといけなかったけど、ああいうふうにしかできなった。ぶざまだなと思っています。あれについてのアイデアがいまだに思いつかない。ごまかして逃げた感触がものすごく強いですが、ごまかして逃げたにしては、上手だなと思います」


 ◇伝説のラストで全部チャラになる

 「ごまかし」の「必殺兵器」になったというのが、最後に子供が産声を上げるシーンだ。


 「必殺兵器は、最後に子供を産ませる。それまでのよく分からないことが、全部チャラになる。そうしなければ収まらなかった。承知でやっています。コンテの5分の4が終わった時に、どうやっても終わりようがなくて、あれを思いついた。最後を決めたので、どうとでもなるとなった。チェーンを殺さざるを得ないのは、窮余の一策なんですよ。戦場では、ドラマ的な展開がなくて死んでも許される。ラストの赤ちゃんの声を思いつき、逆算して、生き死にを描いた。チェーンが死ぬことに説得力がない。コンテを切っていると、その問題に気付いているけど、残りの尺でけりを付けられない。これ以上長くはできないから、こういうふうになってしまった。端折り方を見ると、不慣れな部分がかなりあります」


 大人の都合で殺されるのがまっぴらなので生きようとしたクェスとハサウェイは急速に大人になって、罪を背負ってしまうのだが。しかしその二人とは関係なく、シャアが滅ぼそうとした地球には他にも赤ん坊や少年少女など弱いものがいるのだ。
 (小説のベルトーチカ・チルドレンではコロニーに住む子供が登場する)


 赤ちゃんや子供というのは、まあ、本能的に守りたくなるよな・・・。なので、映画では赤ちゃんや無垢な子供が演出テクニックとして使われることがままある。あの巨匠、高畑勲監督ですらかぐや姫の物語のラストでは赤ちゃんを出してしまった。子どもをテクニカルに使う老人は僕は嫌いなのだが。最近も、シン・エヴァンゲリオンで碇ゲンドウを説得するときに碇シンジくんが子供になるのがすごい嫌だった。
 裸の王様とか、そういうの、嫌いですね。子供の視点が正鵠を射るっていうのは、大人の幻想だと思う。


 ただ、アクシズを押し返したのはサイコフレームのνガンダムとアムロとシャアのニュータイプ力やララァの霊力だけでなく、地球圏に生きるそういう赤ん坊や子どもなどの「大人の都合で殺される弱者」の秘めた生存力というふうにも見える。(まあ、ちょっと児童文学的ではあるが)


 で、赤ちゃんエンドは伝説巨神イデオン発動篇とも共通しているのだが。なので、当事者であり本人である富野由悠季監督が逆襲のシャアを作るときにイデオンを意識しなかったわけはないのだが。
 意識しなかったわけはないのだが、結局赤ちゃんエンドをしてしまった、という点で富野監督は「ごまかした」と反省している。それはそうだ。


 ただ、イデオンとちょっと違うのは、闘い合うロンド・ベルとネオ・ジオンのギラ・ドーガも、サボり気味だった他の地球連邦軍も、破局を前にして「これはよくない」と「大人としての責任」を少しでも取ろうとしたところですかね。

nuryouguda.hatenablog.com


まあ、モブのMSはアムロの気合エネルギーに跳ね飛ばされるけど。


 そして、赤ちゃんを出したら、ドラマツルギーとして奇跡が起こってもいいかなーってなるんだけど、それだけだとあまりに能天気でハッピーエンドすぎるので、前半の狂言回しで中高生の観客の感情移入の導入線だったクェスとハサウェイは子どもから急速に大人にならされて、地獄を見る。


 子供が大人のせいで地獄を見る、という構図だと、単純に「大人が悪い!」ってなってしまうのだが、地球連邦軍と3機のギラ・ドーガは大人の責任を取ろうとする。
 また、最終盤でアムロとシャアは親になれなかった反省会をして、作劇上、雑に殺したクェスに対して責任を取らなくて悪かったなーって思う。


 そして、クェスとハサウェイが地獄を見たり死んだり殺したりしても、さらに新しく子どもたちは生まれてくる。なので、感情移入していたクェスとハサウェイと一緒に大人になるという疑似体験をした視聴者の中高生は、自分の思春期的な屈折とか大人への反発よりも、もっと小さい者たちに対して責任を取るべきなのではないか、責任を取らないで自分のことばかり優先するとシャアみたいになってしまうぞ、という態度を、暗示的に刷り込まれる。
(ハサウェイより大人びているクェスは最後の最後に利他的行動をする)
(これも教育的で児童文学的ではあるが、富野監督は海のトリトンを作るときとか世界名作劇場の絵コンテマンをやるときに児童文学を研究したらしいので)


 と、そういうわけで、今回は機動戦士ガンダム逆襲のシャアという「アムロとシャア、連邦軍とジオンの最終決戦」というのがメインの映画に出てくる脇役の少年少女について考えてみました。
 まあ、30年前のアニメなので、映画としての感情移入の動線として、とか、児童文学的なポジションとして、クェスとハサウェイを語る人は今までもいたと思うので、車輪の再発明みたいな文章を書いてしまったのかもしれないのだが。
 児童文学の巨匠のミヒャエル・エンデ氏の原作のネバーエンディング・ストーリーのアトレーユを演じたノア・ハザウェイさんとかいるし、ハサウェイには児童文学的な要素はあると思う。


 とりあえず、逆襲のシャアはもちろん初代の機動戦士ガンダムの一年戦争から続くジオン編に区切りをつける作品ではあるし、その点では初代から見ているガンダムマニア向けと思われがちなのだが。
 一応、一般公開された春映画として、最低限、この映画を単品で中高生が見ても世界観の説明がつくようにクェスとハサウェイの視点で宇宙の生活空間とか宇宙世紀の思想とか官僚と難民の問題などを見せていくという努力はしているなあ、と書いておこうと思った。



 そして、生き延びてしまったハサウェイ・ノアは大人になり、さらに責任を取ることになるのです。その責任とは、本当に法治国家では最大限の責任の取り方になるのです。


 劇場版機動戦士ガンダム閃光のハサウェイに続く!5月7日ゴールデンウィーク後半に公開!
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 いや、まあ、村瀬修功監督のウィッチハンターロビンは世代だったし好きだけど、富野監督の原作を違う人がアニメ化するとか、何か原作よりもガンプラ売り圧があるとか、富野ファンや昔からの富野ガンダムファンの皆様には、今回の映画化には思うところはあると思う。
 でも、ほら、あれだ。新装版も出たことだし、小説の原作を書いた富野由悠季監督には最低限印税は入るから。(僕ももちろん新装版を買いました。アニメを作ることを舐めてはいけないを読み終わったら急いで読みます)
小説 機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ(上) 新装版 (角川コミックス・エース)
小説 機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ(下) 新装版 (角川コミックス・エース)
小説 機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ(中) 新装版 (角川コミックス・エース)

 お金は力なんだ!お金はご飯を食べたり病気の治療をしたりするのを支える力なんだ!

HGUC 機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ ペーネロペー 1/144スケール 色分け済みプラモデル


 まあ、本命は夏休みアニメまつりのGのレコンギスタ第三部なので、それまでに僕はGレコを解読するために進化心理学の本と絵コンテ。を読まないといけないのだが。(ハンナ・アーレントは一応積んである…。やはりソシャゲシナリオを読むより本を読むべきなのか…)
Gのレコンギスタは娯楽作なので逆に考察の取っ掛かりもなく、精神的な病気もあり、第2部の感想をまだ書いてないし、パンフレットも読んでない。

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 (でもウマ娘プリティーダービーも一日一匹する)
 夏のGレコ3に向けて初夏に軽くジャブとしてハサウェイをな。いや、ハサウェイも三部作なんだけど。Gレコの第5部とどっちが先に終わるんだろうね。


 ソシャゲばっかりしてないで読書と富野活動と執筆という本質に行かないといけないんだけど、流行りものは抑えておきたいっていうオタクとして老化したくない気持ちが。まあ、Fateもアイマスも15年選手ですが。ウマ娘も元ネタは30年前とか…。
 時間の使い方をちゃんとするべきだが、富野作品の軽いワンテーマ感想を書いただけで5時間持っていかれるのだ。

  • 余談だけど

 アムロがνガンダムのライフルで速射したのは本来の機能ではなくてアムロの高速操作技術がえげつないから、というのが絵コンテの見解なのだが。
 このアムロの技を踏まえて、次作のF91のヴェスバーでは速くて細いビームと、遅くて大きめのビームの撃ち分けができるようになったのかなーとか。(ビームの速度とか、あんまり変わらん気がするが)
 まあ、作中ではνガンダムのアナハイムではなくサナリィがF91作ってるんだけど、アイディアを出してるのは富野監督とかだし。F90の商品展開は大河原邦男さんの手が多い気がするが。

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  • ほしい物リスト。

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