玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。

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ベルリの活人考察 #Gレコ 最終話

  • 放送当時の感想

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  • 目次

「はじめたいキャピタルGの物語」・「ガンダム Gのレコンギスタ」感想目次 - 玖足手帖-アニメブログ-
Gレコ2周目の感想目次 殺人考察&劇場版(パリ) - 玖足手帖-アニメブログ-

  • 前回の殺人考察

nuryouguda.hatenablog.com
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 最終話である。が、ベルリは今回殺人をしていない。むしろ活人剣に目覚めたと思う。それについて書いて、この殺人考察シリーズを終えたい。
 ちなみに、最終回でスペシャルなので2万文字あるし、画像のギガもメチャクチャあります。Wi-Fi環境で読むことを推奨します。


  • 大気圏に入る





 ↑25話
 ↓26話









 第25話ラストではマスク大尉はベルリを一撃で仕留めてやると言っていたが、安定したジーラッハを足場にしてロングライフルで狙撃、ということはなく接近してくる。

「マニィは出るな!」とマスクは言うが、G-セルフ以外にクリムとミックのダハックとトリニティやジット団が大気圏突入に成功してきたので、G-セルフを狙撃する余裕はなかったのか?
(クリムとアイーダについては別稿)


 ちなみに、前回の殺人考察でベルリはトラクタービームでカバカーリーと繋がって会話した際に(ジーラッハにマニィが乗っていることもわかったので)マスク大尉がルイン・リーだと認識した可能性が高いと考察した。



 また、最終回の中盤のセリフだが、竪穴に落ちたベルリは「今回の戦場にはミノフスキー粒子が撒かれていない」と言っている。


 そういう訳で、Gレコのファンの間でも「ベルリがマスクの正体に気づいていたのか?」という解釈は分かれているところですが。今回の考察では一番メンタルがきついコース、「ベルリはマスクの正体がルインだとわかった上で、ルインの罵倒を全部聞かされている」という解釈で行こうと思います。それが一番バトルとしても盛り上がるので。
 ジーラッハカバカーリーが無線で話しているので、ベルリにもルインは悪口を聞かせていると思う。(細かく考えると周波数があってるのかとかあるけど)

  • マニィが先手を打つ




 他の機体が来たからか?前回、ルインが「一撃で仕留めてやる」と言ったのをマニィも「そうしてやってください」と言ったのに。マニィがルインより先にジーラッハのセンチピード(ムカデ)という装甲とビームの棘が一体化したえげつない武器でG-セルフに攻撃してくる。女の力?G-セルフ、それをコピペシールドで粉砕!

 G-セルフがふっとばされたのか、ベルリはジーラッハの射程の外に出てジーラッハをロスト。それでベルリは望遠モニターで戦場を索敵して艦隊戦で混乱が始まっていると気づく。


  • ルインが攻撃開始



 マニィは第23話ではベルリと友だちになってくださいって言ったのに、ルインに駄目って言われたら、じゃあぶっ殺す!ってギアが入っちゃってルインより熱くなってる。それでルインが色々と理屈を言ってマニィをなだめる。女の力・・・。ていうか、バララがどうなったのかはもうどうでも良くなって忘れてるのか。ひでえ



 で、ルインはベルリを攻撃するのだが。ベルリはカバカーリーを放置して艦隊を止めようとしていたのだが。ルインは自己中心的にベルリを殺すことしか考えてないので艦隊戦に対応するベルリが何を考えているのかわからない。


 そういう、大きな艦隊戦の状況に対応するベルリが気に食わないルイン。ルインは脅威判定を外されて無視されると「ふざけているのか!」って怒るので。


 メッチャ光ってルインが叫ぶ。


 「あっ」と気づくベルリ。


 戦術的には敵に話しかけないほうがいいし気づかせないほうがいいのだけど、ルインは大嫌いなベルリに自分を畏れさせたいと思っているので。最大級の侮辱の「将来独裁者になる血筋」と叫ぶ。「過去に人に食われた血筋」のルインが自分と正反対のベルリがこの世を去るべきだと叫ぶ。

 ちょっと出崎統アニメみたいに2回パンする。


 もう、ここでネタバラシをするけど、Gレコの最終回のベルリとルインは戦争をしているのではないです。「ケンカ」をしているんです。あしたのジョーです。ヤンキー萬画です。
 Gレコはヤンキーアニメです。最後の戦いの相手が学校のパイセンだからな!金星まで行って色々と文明論がどうとかエネルギー論がどうとか言うし、富野監督も講演会で難しいことを言うけど、逆襲のシャアVガンダムもそうだけど、最後の最後は憎いあンちくしょうをぶん殴って黙らせる!っていうケンカのバトルになるので。
 特にGレコはキャピタル・ガード養成学校というすごいデカい電力会社に就職を目指す工業高校か高専のヤンキーの決戦なので。マスクは「部落出身で差別されてるけど頑張って主席になったヤンキーが軍かヤクザか日大執行部に才能を認められて武器をもらって、入れ墨を入れる代わりにマスクを付けて名前と地位をもらって、右翼界でも誘拐された法皇を助けたり武勲を上げて出世して、それでも学生時代の飛び級生が目の上のたんこぶだし、自分の恋人をしばらく拉致していて(まあ、手は出してないけど)許せん」っていう。
 ベルリはベルリで「運行長官の養子という、嫉妬と同時に差別を受ける立場だけど親孝行のために高専飛び級してがんばって、それで更に周りに嫉妬されたりいじめられて、うっかり女絡みで海賊のヤクザの世界に入って、恩師を殺して外道の旅に出て、そこで生まれの因縁を知って、世界を裏で牛耳ってる金星のドンから武器をもらって戦争させられる」って境遇だし。部落出身の右翼とか、養子に出された裏社会のボスの息子とか、そういう泥臭い人間関係だからな!ルックスはハイテクメカだけど、メンタルはヤンキー。
 ヤンキー漫画とかヤクザ萬画に近いので!仁義なき戦いとか野望の王国とか梶原一騎の世界なので。Gレコの女性ファンにHiGH&LOWファンが多いのも頷ける。
 富野監督は環境問題とかニュータイプとか賢そうなことを言うけど、根っこは小田原の小学校で一人だけポマードを付けて髪型をキメて「俺は田舎者と違う東京人だ」って振る舞っていじめられていたヤンキーなので。そして禿げた。
 そもそもロボットアニメの初期のザンボット3も地元で差別されてる網元の息子と灯台守の息子の不良同士が冒頭から鎖を投げあって決闘して、その合間に宇宙人と戦うっていうヤンキーアニメなので。
 モビルスーツはちょっと大きめのヤンキーバイク(ビームも出せる)なので!




 カバカーリーのヨーヨーが神勝平の鎖から来ているとは思わんけど。

 リフレクターモードは防御力が一番強いんかな。ヨーヨーはパックの翼を破壊しに来たっぽいけど。




 大気圏突入にも耐えたカバカーリーの2000度にも耐えられる膝当てを粉砕する全方位レーザー。全方位でその火力なのでえぐすぎる。(流れ弾とかどうなんだ?)大気圏突入で膝当てが弱っていたかもだが、膝当てで防御してなかったら死んでたかも。

 徐々に電池切れが始まるG-セルフだが、マスクはヨーヨーが破られたらG-セルフに追撃せず、マニィを探しに行く。ヒット・アンド・アウェイか?





 マニィはマニィで天才クリムとミックにも喧嘩を売っててやばい!ベルリを殺すだけでなく、暴走してる。クェス・パラヤ状態なー。しかもジーラッハの装甲の硬さだけに頼ってボコボコ撃たれてるし。普通の装甲のMSなら死んでる。
 クリムとミックの注意がジット団の2人に逸れるので、マニィは一応助かる。ものすごい忙しく視点が目まぐるしく変わる。


  • 再びルインに見つかる

 ラライヤがラトルパイソンを撃破した頃。ベルリは地上を這いずっていた。ベルリは理想としては艦隊の戦いを止めるのに参加したかったが、バッテリー切れとルインの追跡で艦隊戦には参加できなかった。そして、大きな状況はアイーダの意思を受けたラライヤが制し、ベルリはルインとのガチンコ対決に集中することになる。




 ルインのライフルとヨーヨーの猛攻!


 本当にクンタラとして情けないから死んでほしいのか?僕は前回ベルリがトラクタービームでルインに対して舐めプして女の前で恥をかかされたら「男として情けない」と感じているのだと思うが、ルインはそこまで自分の感情を出すのが、それはそれで恥ずかしいので、「クンタラの名誉として」という方向に自分の言葉をすり替えているんだろう。
 なので、ルインは舐めプする暇がないくらい猛攻してくる。

 ベルリにとって最大の殺意の象徴であるアサルトを反射的に使うほどのルインの気迫か。それとも、ベルリは純粋な牽制攻撃としてアサルトを使って手加減した?

 しかし、ベルリにとって最大の火力のはずのアサルトビーム、撃破やダウンには至らずカバカーリーの左腕のシールドバインダーを半分破るだけ。ルインの反射神経もすごい!同じキャピタル・ガードのデレンセンの教えを受けた二人!剣豪バトル!

 最大火力で撃破できない!「何っ!」


 G-セルフの火力が弱まったと悟ったルイン、銃口を向けて勝利宣言をするが!CM!

  • で、CM開け


 銃口を突きつけるが、カバカーリーバードストライク!天はベルリに味方したか?


 ライフルを避けるG-セルフカバカーリーも緑色のフォトン光を発してG-セルフと対等に見える。



 トリッキーモードのトラック・フィンをミサイルの代わりに使うがカバカーリーの頭部の撃破には至らず。センサーも異常ない。カバカーリーも顔面ではなく側頭部で受けたようなので、ルインも反射神経がいい。カバカーリーの頭部の装甲も頑丈。



 一応目潰ししたスキにカバカーリーとの距離をとったG-セルフは陥没した穴に逃げ込むが、戦場からは孤立する。



 ベルを鳴らしてちょうだいという養母の声に答えたわけではないだろうが、G-セルフ、ジャンプ!





 この期に及んで「ラスボス探し」をするベルリ。現実的にエネルギーが一番多いだろうラトルパイソンとブルジンの艦隊はアイーダとラライヤが潰している。MSとしては、クリム・ニックが戦闘を終えたので、ジーラッハカバカーリーが最強だがベルリはマニィとルインと戦いたくないので、彼らがラスボスだと思いたくない。
 最終回の最終局面で、ベルリはまだ「否認行動」をしている!しかし、知り合いのロックパイバララ・ペオールを倒すのもきつかったし、同じ学校の先輩のルインを殺すのは絶対にしたくない!また、ロックパイバララ・ペオールと倒すのは「大量破壊をする相手を倒し、みんなのため」だが、カバカーリージーラッハはベルリ本人を殺そうとしている。「自分のために人を殺す」これはベルリの性格からして絶対にしたくないことだ。
 だからバッテリーを消費してフォトンサーチャーして他に敵がいないかと探してしまう。ベルリはまだ覚悟が決まっていないのだ。
(あきまん武装のアイディアを全部使ってみたいという富野さんの考えもある?)






 しかし、バッテリーを消費してしまい、ジャンプの推進力も続かない。(G-セルフの推進剤は空気の玉と水の玉をフォトンバッテリーで噴射しているものと思われる。それとフォトンバッテリーを使ったミノフスキーフライト)

 フォトン・サーチャーでフォトンパワーの強いものの方向に向かっていたが、結局それはベルリが避けたいジーラッハだった!そして先にマニィに見つかる。

 ルインはマニィに戦ってほしくないのでガランデンへ押しのけようとするが、マニィはヒートアップして戦う。





 映像的にも弱々しいG-セルフ、ビームの嵐を受けて坑道へ逃げ込む。洞窟に入れないマニィの代わりにルインが洞窟へベルリを追いに行く。






 これでやっとマニィの戦いは終わる。




 ズゴックはちょっとしたサービスで特に意味はない。





 闇へ突進するカバカーリー!そのロケット噴射光を狙ってベルリが物陰からビーム・ライフル!しかし紙一重カバカーリーの本体に当てられず噴射光に当ててしまうベルリ。逆にライフルの光で居場所がバレる!カウンター・スナイプ!

 暗視モニターでカバカーリーを見てはいるが、殺意を決めきれないベルリは逃げ惑うだけ。

 カバカーリーが不殺で止められないパワーのある敵だと認めるが、ルインは殺せない。

 姉を頼るが、姉は艦隊戦で忙しい。ベルリは孤独・・・。


  • 生存本能と仲間

 ベルリの顔が一瞬青く(アブノーマルカラーに)なるが・・・。それを振り切らせるように、光る!それはカバカーリーに撃たれた光。

 G-セルフ、パーフェクト・バックパックの要所である右の翼が吹き飛ばされる!ベルリはルインを殺したくないという「理性」で止まってしまったが、撃たれて死にたくない!という「生存本能」で飛ぶ!理屈を飛ばす!


 よろめいてはいるが、音楽は雄々しくG-セルフは空に飛ぶ。





 リンゴくんはジュガンがアーミィの司令だとは分かっていないだろうけど気分で大将首を落とす。



 自分を心配してくれるケルベスとリンゴを見て、一瞬、子どものように安心した顔を見せるベルリ。




 そして、修羅場から養母の愛を再確認して、心が少し温まる。


 だが、ベルリの反射神経は仲間と母に気を取られず、マズラスターの奇襲のビームウィップを避ける!天才的な生存本能!



 逆に、理屈をこね回して社会を乱してきたクンパ大佐は若い反射神経がなく、マズラスターの足に押されたグライダーとともに滑落して死亡する。クンパの死は無意味にも見えるが、若さ、純粋な生きる力との対比でもあったか。

 そして、気づいていたのかは分からないが妊娠しているクン・スーンも子どもという若く生きる力を秘めた女。富野作品では妊婦は賞揚されるものだが。ベルリは妊婦と知らないだろうけど、優しさからクン・スーンを殺さない。ケルベスとリンゴも見守る。


 殺さないで、トラクタービームで対話をする。




 子どもを宿しながら、「子どもじゃないんだ。わかっている」とベルリとの戦いをやめるクン。オカルト的なイデオンVガンダムよりも、具体的な女性戦士の、胎児の力を強調しすぎない、人間的な矛の収め。ケルベスなら、半壊したマズラスターを任せられるというベルリの信頼も見える。

  • 最終決戦・男の対決は対話ではない

 富野監督のガンダムではなく、対話をテーマにしたガンダムがあった。ニュータイプを出さないで話し合わないと分かり合えないと言ったガンダムもあった。
 ベルリはクン・スーンとは対話で戦闘をやめた。しかし、ベルリのことを深く憎んでいるルイン・リーは?
 そして、前回、大気圏突入前にベルリとルインはトラクタービームで対話した。しかし、ベルリへの憎しみを吐くルインの言葉をベルリは逸し、戦いをやめろと上から目線で平和主義で概念的なことを言った。それでナメられたと思ったルインのプライドを傷つけ深く怒らせた。ルインは自分の力を畏怖しない相手は自分をナメていると思って怒って攻撃してきた男だ。

 ルインを外道に招いたクンパ大佐の死骸を見たルインが何を思ったかはわからない。だが、クンパがどうこうではなく、もう一人の男としてベルリを殺すと決めたルインだ。
 ヤンキー漫画と上記に書いたが、利益とか戦争とか政治じゃない、プライドの話なんだ。




 岩場の上のG-セルフを穴から垣間見たルインは、最大の激昂を見せ、カバカーリーを飛ばす!マニィは離れ、もはや迷いもなく純粋な殺意で!

  • 勇者たちよ、力を示せ!

 岩から飛び出したルインは一瞬でカバカーリーの銃の狙いを定め、ビームとグレネードを同時発射!


 紙一重で避けるベルリ。



 そこを、カバカーリーの左腕のソードが、これまで無敵を誇ってきたG-セルフのシールドを吹き飛ばす!出力か、膂力か、気合か?



 対話のためのトラック・フィンを単なる「曲がるミサイル」として迷わず使うベルリ。対決は対話では片付かないということを悟ったか?
 それに、カバカーリーの背中のヨーヨーの収納を破壊しないと、弱ったG-セルフはそれを使われると負け確定なので。ベルリは瞬間的にそう判断して必殺技を封じる。一瞬の駆け引き。
 このG-セルフカバカーリーの最後の打ち合いはガンダム史上に残る最強レベルの戦いといえる。


 この殺人考察シリーズでベルリの格闘ゲーム的な入力と判断のスピードの速さを分析してきたが、同じデレンセンの教えを受け、G-セルフと同格のG-ITを手に入れたルインも負けてはいない!スピードとパワーが拮抗した二人!


 ルインは諦めない!




 必殺のヨーヨーを破壊された仕返しのようにG-セルフのパーフェクトバックパックを封じる!そして激突!

 同時にルインはベルリからライフルも奪う!ルインの手数が勝った?素早い!




 上手から、力強く、パーフェクトバックパックを粉砕!(吹き飛ばされたパックの破片が黒くなっているのはフォトンディスプレイ装甲の電流が途絶して消灯したのか)



 バックパックを粉砕し振り上げたライフルを再びG-セルフに向ける。銃口!ベルリの生存本能が優しさを上回る!



 G-セルフが左手でライフルを封じたら、カバカーリーはすかさず蹴り!



 G-セルフの左膝のフォトンバッテリーを粉砕!G-セルフは特別製のMSで全身にフォトンバッテリーが散りばめられている(各部の水色の発光部分など)ので、膝だけがバッテリーではないのだが、全体的にバッテリーを使いすぎているので、やはり膝のバッテリーをやられるのはダメージ。爆発で歩行機能も失われる。
 が、ベルリも動く!左手でライフルを封じつつ、不安定な姿勢でも右手のサーベルで振り上げ、振り下ろし、カバカーリーの両腕を斬り落とす!



 斬り落とされて、逆にホールドを解かれたカバカーリーのライフルはなおも撃つ!鬼!サイコミュ?気迫?

 G-セルフの右足も撃ち抜いて破壊!コックピットには当てられなかった。


 両機とも武装と飛行能力を喪失し、カバカーリーは両腕、G-セルフは両足を失う。





 理屈じゃないんだ!レイハントン!コア・ファイター脱出!




 両機着水。戦闘終了。吠えるルイン。


 その自らの名を呼ぶルインを見るベルリ。やはり、ハッキリとベルリはルインが敵だったと認識したと思う。


  • なぜルインたち戦士は戦いから開放されたのか?

 簡潔に言うと、力を出し切ったから。
 ルインは自分の力を見せて畏怖させたかったので、前回、ベルリがトラクター・ビームでルインを無力化した上で対話で冷静に戦闘をやめさせようとしたら怒りを激しくした。
 だから、今回の戦闘では(ベリルがどこまでルインの心の動きを読んでいたのかは分からないが)、ベルリはルインと対話しても戦闘が終わらないので、もうぶちのめすしかないと悟って戦った。ベルリはルインを殺したくないと思っていたけど、ルインは殺しに来た。だから、ベルリは全力で戦った。ルインも全力を出し切った。
 その上で、引き分けた。


 両者の命が失われなかったのは運に過ぎなかったのかもしれないが。聖戦士ダンバインのラストでオカルト的なハイパー・オーラの浄化による結末を迎えたのと違い、奇跡に頼らず「人を殺さず、その怨念を殺す」となったのだと思う。

http://www.g-reco.net/tv/special.html
 激闘を演じながらも、ラストシーンでキャラクターたちが一挙に再登場するのはなぜなんだろう? そこに違和感を抱きながらも、納得もできるのはなぜなのでしょうか?


 ここにこそ、皆様方のおかげで、長くガンダム作品を制作させていただいていたトミノが、次のステージを考えるヒントを盛り込んだのです。


 ガンダムを使って脱ガンダムをするというテーマを自分の中に据え置きながらも、それができたのは“戦争の起源”を考えたからです。戦場で生き死にをしなければならなくなった兵士やパイロットたちは、お互いに憎悪はありません。戦争が起こり、そのような局面に直面せざるを得なかったから、戦ったにすぎないのです。


 ですから、兵器という殺しの道具や戦場そのものがなくなってしまえば、一人のパイロットも普通の人になります。それは古今東西の戦場の真理です。


 ですから、なぜ戦争が起こるのかといえば、その背景に政治や経済の問題があるからなのです。政治家たちの考え方次第ともいえるのです。そして今回の戦争は、大規模なテロであったのかも知れないのです。このような考え方を知って欲しい、と、次の世代の少年少女たちに申し伝えたいのです。

 富野監督は政治的な理屈をコメントしたが、ドラマを見るとそうではないだろう。


 ルインは「戦艦は2隻しか残っていないんだから戦争はやめられるでしょう」とトラクタービームで政治的に対話してくるベルリに憎悪を燃やして戦った。富野監督がどう言おうと、ルインの憎悪は本物だったと思う。クンタラだから、とかメガファウナキャピタル・アーミィの敵味方だから、という以上に「男のプライド」として怒りと戦意を燃やしてベルリと戦ったと思う。


 だが、ルインは戦いを終え、憎しみから開放された。なぜか?それは彼が勇者となったからだ。


 序盤ではガランデンに負けて帰ったルインはクンタラだとバカにされたが。

 最終回でジュガン司令を乗せたエフラグのパイロットは「マスク大尉が戦っている(だから俺たちも戦う)」となっていた。ルインは今回はベルリへの個人的な憎しみに集中して戦っていたが、結果的に「最強のマシーンと最強の戦士の戦闘」を戦場に見せつけることになったのだろう。



 カバカーリーG-セルフの激突は、



 近くにいた女たちの注目を集めた。描かれていないが、混戦をしていたアメリアやキャピタルの戦士たちもそれを見たと思う。


 戦争の大枠の、巨大戦艦や兵器を破壊する、という作戦はアイーダとラライヤが行った。しかし、戦士たちの男たちの戦意を止めるには、そういう大通具だけでは足りない。


 そこで、最強の戦士であるベルリとルインが最高の戦いを示し、それを終えることで、他の戦士たちも「最強の戦士たちが最高の戦いを終えたのだから、俺たちも、もういいだろう」という気持ちになったのではないだろうか?
 祭事としての戦争で、最高の武勇を示したので。ガーゼィの翼で部族間の決着をつけるために敵の将軍を討ち取るのが強調されたが。Gレコの激闘はそこまで湿っぽくならずに、戦士たちの決着を描いたと思う。(富野監督の政治思想とは別に、作品はそう見える)


 そして、その最高の戦闘を演じて全力を出し切って周囲に認められたルインは、そりゃあもう、クンタラがどうのではなく、勇者としてプライドは満たされるだろう。


 差別された鬱屈から、マスクになって人を恐れさせたいと狂気を演じたルインの心の鎮魂が、リーンの翼のサコミズ王のようにGレコの最後の激闘の一つのテーマになっている。(マスクが能楽的でもあるので、荒ぶる魂の鎮魂はテーマになる)


 だから、戦艦を落としたから、ではなく、G-セルフカバカーリーの戦闘が終わってコア・ファイターがG-アルケインのもとに飛んだのが自然な停戦のきっかけに見えるように感じられるのだ。




 だから、たしかにベルリはルインの憎悪の魂を救ったといえるし、ここまで人を殺したくないと思いながら殺しを続けてしまったベルリ自身もルインを殺さずに心を救えたことで、救われたのだと思う。まさに、ベルリは活人の道に目覚めたのだ。

 そして、ベルリが死を招いたキア隊長の魂も勇者の戦いによって救われる。

  • エピローグ



 それでも、因縁深いG-セルフに乗り直す気分にもなれず、ルインと顔を突き合わせる事もできないという程度には、まだ傷ついてわだかまりが残っているベルリは、和解する女の人をすごいと思う。




 でも、顔を合わせられなくても、男どうしはどこかで認めあっている。よかった。


 そして、ベルリは旅立つ。


 地蔵や鳥居や富士山などが描かれ、ベルリがスコード教以外の宗教に触れて殺しをしてきた自分を清める鎮魂の旅でもあろう。



 同時に、ベルリはここまでの冒険で「自分は善人だと思っていたけど、一番親しいと思っていたルイン先輩にメチャクチャ恨まれるし、自分も殺人をしてしまうような人間だった」と、自己認識した。しかし、そこで「信じてきたものが崩れた」「求めたものが毎回手に入らなかった」ということで絶望せずに、いや、そういう経験を経たからこそ、「もっと色んな所に行って、色んな人と関わっていこう。その中でまた違う自分を発見していこう」という、前向きな旅だと思いたい。


 だから外国人の日本人の農家のおじいさんとかとも積極的に会話して人間を改めて勉強していこうという。これはキャピタル・タワーの一本筋の進学と就職と出世の人生では得られなかったものだ。(ベルリは飛び級して2年間余裕があるので復学もできるだろうし)
 ベルリは自分の中の悪や人の心のわからなさをテレビ26話の冒険で痛感したが、それにめげず色んな人や土地を見ていこうとする。それはベルリがキャピタル・タワー勤務に戻ったとしても統治者として人間として大きな男になる敬虔になるだろう。
 臣下とともに世界や宇宙に威光を知らしめていく女王アイーダとはまた別の道で、成長していこうという。
 失恋とか傷心とか贖罪だけではない、前向きさがあると思いたい。



 登山マナーで絶対やっちゃダメだし、実際に富士山で禁止されていると富野監督が絵コンテに書いている「砂走り(テロップでは須走り)」で駆けていくのも、タブーをベルリが破って、それでも力強く生きていこうという肯定の雰囲気がある。
 砂走りは絵コンテによると富野監督が15歳の時にやったけど翌年禁止されたものらしい。そういう実体験に基づく「タブー」を「知るか!俺は走る!」とやったのは爽快感がある。タブーを気にし続けていたベルリ・ゼナムくんとしても殻を破って見える。
 (まあ、僕も登山経験はあるので、やっぱりマナーとして地形を崩す砂走りは駄目だとは思うんだけど、これはアニメなので)
 富野監督はこのラストシーンを「いまいちアイーダを引きずっている」とか「ノレドと一緒じゃないから映画になってない」とか仰ってるけど、僕は気に入っている。でも劇場版でもっと面白くなると、それはそれでいいと思う!


 ベルリ・ゼナムくんの前途に幸あれ。元気のGははじまりのG!


おしまい

  • あとがき

 殺人考察最長の記事になってしまい、読んでくださった人と読み込んでくださったパソコンやスマホに感謝を。(ギガが減る
 また、作品を作ってくださって、さらに好き勝手な評論を許してくださった作り手の人にも感謝を。
 自分としてもGのレコンギスタというアニメに4年も5年も使って細かく見ていくという異常な行動をして、二度とやりたくないけど貴重な経験になってアニメを見る能力が強化された気がする。(タイムシートは読めんが)
nuryouguda.hatenablog.com
 Gレコの総括としては放送後に同人誌に寄稿したりした。


 また、この殺人考察自体が「ベルリは不殺」という簡単な理屈に対する反論でもあり、トミノアニメブロガーナイトという気が狂ったイベントで30分位で雑に語ったことのリライトでもある。
nuryouguda.hatenablog.com
 トミノアニメブロガーナイトでは「ベルリ・ゼナムは旅の中で求めたものが毎回手に入らず、信じたものが崩れて行き、金星にまで行って世界の仕組みを知り、最後にラスボスを求めたのに結局自分は学校の先輩に嫌われている程度の人間だったと絶望する」と語ったが。
 今回、殺人考察をビームライフルの一発一発に至るまで見ていく中で「何故ベルリはトラクタービームを最終回に使わなかったのか」とか、そういう気付きから「ベルリは殺人の痛みを経験したが、ルインの心を救うことで絶望せずに希望をいだいて旅に出ることが出来た」と、イベントで語ったネガティブな結論とは逆の意見をもつことができて、自分としても面白いと思った。



 また、こういうブログを劇場版までの間に書き続けることで、インターネットの片隅でGのレコンギスタは過去の作品ではなく現在の作品だと示し続けられたのではないかと思う。(偉そう)
 いや、普通のアニメの劇場版だとテレビの後1年か2年で公開されるので、間に合わなかったらすごくかっこ悪かったし、4年も5年も使って映画を作ってくれた富野由悠季監督やサンライズの方々たちのおかげでもある。


 また、今は実を言うと、劇場版に備えてインフルエンザの予防接種を受けたのがよくなかったのか、劇場版に間に合わせるために連日徹夜したせいか、先月の肺炎が治りきってないのか、頭痛と発熱と気管支炎と下痢で、最悪の体調ですが。根性を出して劇場版前日に間に合わせられたので、やったぜって思う。


 おれはやると言ったらやる男だぜ。TV版の考察、完!


 そして明日から、新しいGのレコンギスタの劇場版、「行け!コア・ファイター」が始まるのです!

  • 布教活動


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