玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。


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夢喰いメリー最終回 第13話「夢、ふたたび」と総評

2011年1期の1クールアニメでは一番好きだった夢喰いメリーなので、見たり、感想を書くのを取っておいたらもう5月。
いや、良い作品でした。
まあ、ちょっと、最近見てなかったので感想に熱がない・・・。

夢喰いメリー 総感 - エネルギー吸収と発散
スタッフの美意識やこだわりが感じられる作画/
台詞だけじゃなくてキャラクターの表情や声優さんの演技にも記号以上の意味が込められている、そんな深みを感じられる作品

だいたい、こちらのブログさんの言ってる事で良いと思う。
話はベタだったし。
山内重保だけど、キャシャーンSinsの最終回ほどの狂気(キャシャーンが一番狂ってた)は無い最終回だったかなあ。でもキャシャーン Sinsの最終回も初見では意味がよくわからんかったので、メリーもDVDを何回も見ればしみじみと良さが染みてくるかもしれん。

「夢の中では精神力が強かったら勝つ」ってネタはベタなんだけど、まどか☆マギカのように設定の説明セリフや論理性ではなく、絵や音楽や感情を含めた主人公の経験の積み重ねや気持の揺らぎという方面で段取りを構築していって、藤原夢路「心の強さ」とやらの説得力強度をきちんと(少なくともテレビを視聴している間は)感じさせてくれるのは良かった。
シリーズ全体を通して、一本の映画として、伏線や暗示演出や脇役の入退場も物凄くうまく計算されていると思いました。


魔法少女まどか☆マギカも計算や段取りが上手い作品だったけど、まどマギは論理性それ自体が表面にハッキリ出てて「ラストの展開予想推理燃え要素」が面白かった作品だけど、夢喰いメリーの推理要素はせいぜい「樹海の器が誰か」くらいで、しかもそれも原作に出てないアニメオリジナルキャラを注意してたらそれで済んだ。
メリーの段取りは推理よりも、ラストの「心の強さ」という物凄い曖昧な物の強度を強めるための試練とか経験とかアップダウンだったと思う。
鹿目まどかは本人の心の強さかどうかは、いまいちよくわからん。暁美ほむらが苦労して時間を重ねたり、巴マミ美樹さやか佐倉杏子の死ぬ様や過去の魔法少女のイメージをまどかが見た上で、契約したとか、因果の特異点って言う段取りはあるけど。まどか自身は直接的に痛い目に遭った訳じゃないからなー。まどかの奇跡は「美少女だから許される」っていう魔法少女のお約束に乗ってるように感じた。誰だって死ぬんだから、自分のソウルジェムをぶっ飛ばすくらいはそんなにすごいとも思わんし。あと、まどかが数回ループしたくらいのほむらや群馬県民を自分を捨てるほど愛した理由の説得力も、「まどかが優しい子だから」っていう以上の理由がないんで、それはドラマとしてちょっと弱かったかなー。成長ドラマとして)


いや、比べるのは無粋か。
同じように奇跡や異界との接触を描いた話題作がまどかマギカ夢喰いメリーだったので比較してしまった。(話題性狙いもあり)
まあ、内容はともかく、作品全体の臭いとして、まどかマギカは文章的で、夢喰いメリーは音楽的って感じでしたかね。
夢喰いメリーは背景やキャラクターの作画の暖色寒色明暗、動きの速遅、音楽の長調短調や、イベントの積み重ね方が音楽的。
波っぽい感じで上がって下がって増幅してラストで盛り上がるって感じか。
まどマギ推理小説だから、線路のように選択肢や分岐や伏線を繋いだり、途中でせき止めて違う世界線に行って終点に到着って言う。あ、これ、エロゲやプログラムのフローチャートだ。


だから、前述のkkobayashiさんの「台詞だけじゃなくてキャラクターの表情や声優さんの演技にも記号以上の意味が込められている」という夢喰いメリー評が全く正しいと思う。記号や情報以上に、なんとなくの起伏や美意識や感情や勢いがあって、芸術的なんだよなー。
ミストルティンをやっつける段取りもすごくベタだし、わかりやすいし、あらすじだけ思い出したら簡単すぎるんだが。


心を無くした復讐者の河浪千鶴(と、たぶんレオン)が橘勇魚との友情によって心を取り戻し、苦悩しながら勇魚のために自分の心を犠牲にしてミストルティンに銃弾をブチ込む。

ミストルティンはまだ生きてる

千鶴の散りざまを見てブチ切れた夢路の心の力がミストルティンや飯島先生の邪悪さを上回って、夢の世界のルールを書き変えてボコる

メリー・ナイトメアとエンギ・スリーピースも藤原に触発されて精神が復活して、レオンの遺した傷からミストルティンの急所を撃ち抜いてトドメ


っていう。
少年萬画の王道すぎる。
でも、その王道に説得力を持たせるための、それまでの日常パートでのキャラクター同士の付き合いやバトルでの痛みの描写が良かった。
「こんなに大事な仲間たちだから、守りたい心が分かる」
「こんなに痛い目に会っても戦うんだから、心が強いと思える」
という。
夢路はリアルに捻挫してるし。
トロッコ問題みたいに「他人を救わずに、友人だけ救うのは正義か?」という理屈に千鶴が苦しむシーンは時事ネタというか最近の流行りのサンデルっぽかったけど、「友のためには心が強くなるんだ!」っていう王道萬画的パワーは爽快でした。
やっぱり、勝つ理屈とか、作品のテーマや主義主張の正しさより、アニメってのは感情の高ぶりこそが本道!うおおおおおお!

ミストルティンに勝てなさそうな積んだ感からの「いや、まだ、まだ何かがあるはずだ!」「これで終わりなのか?あと何分だ?」「エピローグはどうすんだ?」っていう最終話の時間配分も音楽的で見事。
まどかマギカも最終回の魔法少女まどかの連続コンボ奇跡は音楽的に面白かった)


で、夢喰いメリーは原作には無かったキャラや、色や造形や音楽描写を入れつつも、事件的には「アニメでは原作のボスのエルクレスとの戦争の背後にあったかもしれない、ミストルティン編だけを描きました」っていう再構成しつつも原作を良い意味で放置して壊さなかったのは良いかなー。良いバランスだったと思う。アニメ版の幻界のデザインに原作者の牛木義隆さんが参加してイメージを共通させたのもいい。
これで原作に興味を持った人も多いと思うし、しかも原作の事件はアニメでは手つかず(ケンの事件の放置とか)だから原作漫画を読むモチベーションは減らないと思う。
ここら辺は山内重保監督がドラゴンボールZの劇場版とか「原作の隙間を埋めるエンターテインメントを作りつつ原作を維持する」っていうキャリアが感じられたかなー。
まじかる☆タルるートくん花より男子シリーズディレクターっていうのも。


あ、あと、富野由悠季ファンとしてはブレンパワードのネリー編も山内絵コンテだけど、ネリー編も「比瑪と勇の物語の隙間に入るエピソード」だったなー。と。
ネリーブレンのスケートは富野のアイディアだけど、ネリー編の鮮烈な挿話っぷりはナイス。


って言う感じですね。やはりアニメは見てすぐに感想を書かないと、感想の熱気が薄れるなあ。
でも、感想を書きながら思い起こすとやっぱり面白かったので良かった。


ただ、欲を言うと、最終回はそれまでの話以上に作画的にものすごくなかったのが、残念。序盤のアクションはすごかったし、各話の背景の美しさも良かったのだが。全体的に良かったので、最終回だけとりたてて美しい作画では無かった、という贅沢な不満www。ハートキャッチプリキュア!の最終回はすごかったと思う。

  • 追記

メリーとまどマギとの対比で言うと、ほむらちゃんや魔法少女の真実をまどかが全部知るのと、千鶴の苦労と精神崩壊という犠牲を勇魚が最後まで知らないままって言うのが好対照だ。メリーは細かい事件の被害者を全て知るのは視聴者だけで、登場人物はそれぞれの手の届く範囲の事しかわからない。メリーも夢路も海にいたグリッチョファンの男の子の被害の事は知らず終いだし。ここら辺の空気感のビターな感じが、また味わい深い。