玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。

無敵鋼人ダイターン3 10話「最後のスポットライト」富野コンテの映像の原則!

脚本:星山博之 絵コンテ:斧谷稔 演出:貞光紳也 作画監督:山崎和男


すごく映画的な話だった!
今回のダイターン3の敵役はカンフー・スター兼映画監督のウォン・ローである。彼は自分と破嵐万丈の命がけの決闘を映画に撮ろうという野望に燃えた映画狂である。
彼の部下も死ぬほどの映画好きテレビ好きばかりである。
実際の撲殺が行われているカンフー映画を公開するような狂人だ。
また、映画監督志望だった富野監督の自己投影が行われているような感じでもある。

富野監督はこの回に映画監督になれない悲哀を込めたとコメントしていますが、多分ウォン・ローの事なんだろうなぁと……アニメではやっちゃだめな事とコメントしていますが、ウォン・ローの言動に重みが感じられるのはその悲哀が込められているからではないかと思います。
http://higecom.web.fc2.com/nichirin/story/story10.html

「とにかく映画には金がかかり過ぎるのが玉に瑕だ」とか、手塚治虫先生の「フィルムは生きている」みたいな台詞が出て来たり、ウォンの部下の撮影チームが「そこでパンだ!」とか「フレームから逃がすな!」とか「望遠で良い!アップで取れ!」とか映画用語を言いまくるなど、メタフィクション的な感じがある。


そんなわけで、今回はとても映像の原則を意識された感じの絵作りが面白かった。

映像の原則 改訂版 (キネマ旬報ムック)

映像の原則 改訂版 (キネマ旬報ムック)

最近、サンライズ8スタ制作のアイドルアニメの影響で、またハイランドビューさんの映像の原則記事が話題を浴びている。
落ちるアクシズ、右から見るか?左から見るか?<『逆襲のシャア』にみる『映像の原則』>


highlandviewさんのこの記事と図は本当に有用性が高い。


もちろん、映像の原則は原則だし、これが絶対と言うわけでもないと富野監督も仰ってるけど。


ダイターン3は爽快娯楽エンタメなので、あんまり深く突っ込まないで、論を簡単にするために上手下手の位置関係にだけ絞って話す。
あと、爽快エンタメにあんまり知恵を使うと、めんどくさいので、画像キャプチャはしません。


ウォン・ローはメガノイド・コマンダーであるが、地球征服よりも映画監督として最高のカンフー映画を作る夢のためにメガノイドとしての力を使う。また、ルックスもイケメンで万丈のアシスタントのビューティーとレイカも熱をあげるほどの色男だ。
なので、ウルトラセブンの「第四惑星の悪夢」のように「迫力をあげるために実際の殺人が行われる映画」を作っていても、彼自身はそんなに嫌悪感のある人間としては描かれない。
そのために、基本的に映画スタジオのシーンでは、彼は上手に置かれています。
今回の序盤ではウォン・ローは上手です。
「殺人ショー映画」を作る映画監督っていうのは気持ち悪いんだけど、涼しげな曽我部和行さんの声と横山光輝三国志みたいな爽やかな顔つきのウォン・ローはあんまり悪い奴としては演出されてなくて、上手の主人公的な位置に置かれています。
で、ウォン・ローの殺人映画を自宅の上映室で見て「こいつはメガノイドだ」っていう万丈の方がスクリーンに対して下手側に座っています。ここで二人の色男は隔てられているけど、万丈の方が下手から登場という事で、「今回の主人公はウォン・ローで、万丈はライバル」という、若干逆転した意識から物語が始まります。
主人公であるべき万丈が下手に居る、って言う不自然感がまた、演劇効果として位置エネルギーになるんですが。ただ、カット頭では0.5秒くらい万丈が上手からスクリーンを見ている、って言うカットもあって、バランス感覚が混在している。


そんで、万丈の美女アシスタントのビューティーをゲスト出演させるという名目で人質にするウォンは下手側に回る。これで、表情はにこやかだけど悪だという暗示を出してます。
で、当時の少しは髪の毛が生えていた富野監督のような助監督を映しつつ、撮影が進んでいたが、そこに万丈が乱入。
特に意味もなく万丈は画面上手側の建物の屋根の上から登場。万丈が高い所に登ったことは特に意味もないんだが、演出的には意味があって、高い所から万丈が、上手側ウォン・ローを見下ろす、と言う芝居が入ることで、地味にウォン・ローが下手側から上手側に、フレームに映っていない下側で移動する、っていう映像効果になっている。
万丈が自分から来てくれたので、卑怯な人質作戦をする手間が省けたウォン・ローは再び上手側のかっこいい位置に立ちます。
そして、万丈が立っている三階建てくらいの楼閣に飛び移ったウォン・ローは万丈と同フレームですが、上手側に大きく映り、強さとカッコよさをアピールします。対して、万丈は「君はメガノイド、僕は生身の人間だ」と、ハンディをアピールします。それが認められて、万丈はウォン・ローに許可を得てライトセイバーを持つわけですが。
ウォン・ローのカンフーと万丈のライトセイバー(実体があるので、むしろヒートサーベルになったサイリウムみたいなやつ)の格闘が始まるわけですが、飛んだり跳ねたり、激しく上手下手が入れ替わる格闘戦が面白い所。どちらが強いか、拮抗している、って感じ。


そこに、ドン・ザウサーとコロスにテレビ電話で指示を仰ぐウォン・ローのマネージャーのシーンが挿入されて、格闘シーンにアクセントを付けます。
上手下手ではなく、真正面からカメラを見ている(テレビ電話だしな)コロスが「メガノイドは趣味で戦っているのではありません。万丈を抹殺しなさい」と言うのは上手下手の価値観を超越した高圧的な雰囲気を感じさせる。


コロスのシーンが開けると、何故か万丈とウォン・ローの距離が開いていて、ウォン・ローは手下と一緒に逃げた万丈を追う。ウォンの手下を一人ずつロープによる首つりとか、姿を見せない必殺仕事人的な技で殺害していく。主人公である万丈が姿を見せずにウォンの部下を血祭りにあげていくのは、ホラー映画的な手法で、ともすれば感情移入の対象が万丈ではなくウォンになります。ここで、ウォンが単純な悪役ではなく、万丈に拮抗するライバルなのだ、と言う暗示が与えられるわけです。
で、万丈は「正々堂々一対一の決闘だと思えば、部下を使うとは!さすがメガノイドきたない」とか悪口を言います。ウォンは万丈の声のする小屋に近づきつつ「勘違いしたようだな。私は素手で戦うと言っただけだ」とか言うのだが、万丈の声は肉声ではなく無線スピーカーからだった!ウォンをそこにおびき出すための万丈の作戦!
逆襲のシャアじゃん!
瞬時にそれに気づいたウォンは小屋の二階に万丈がいると察知して、大ジャンプ!天井を突き破り、やはり2階にいた万丈と格闘!飛び出してきたウォンの蹴りもすごいが、床から出現したウォンを受け止めて投げ飛ばす万丈の技もすごい!


で、二階から突き落とされたウォンは下手で、万丈は上手だし高さ的にも高い小屋の屋根に居て、格闘戦での力関係は万丈の勝利、と言う風に演出されます。
また、ウォンが「火星から逃げ出した子供だと思えば」と悪口を言い、万丈が「メガノイドと違って人間は成長するのだ!」と返す。
上手下手が入れ替わるアクションで雌雄を強調しつつ、下手に追いやられてもライバルが悪口で精神攻撃をしてくるって言うのが富野アニメのアクションって感じ。逆襲のシャアブレンパワードも戦闘と同じくらい悪口の言い合いも重視されていましたからね。
で、下手側だけどアップで「メガボーグになれば人間以上に成長できる!」と言うウォン・ローの表情にはまだ余裕があるけど、ラストへの伏線になっている。


ここでAパートが終わってBパートからは、巨大ロボット・ダイターン3とメガボーグとして巨大化したウォン・ローの戦闘になります。
涼しげな長髪だったウォン・ローはメガボーグになると一転して剃髪した少林寺僧侶みたいな顔つきになる。
で、ダイターン3と戦うウォンのメガボーグは悪っぽいので下手側です。ダイターン3の出現の名乗りシーンのバンクが上手側って言うこともある。
そこで勝負ありかと思わせると、そこにさらに上手側からウォンを裏切ったマネージャーが巨大モビルアーマー・デスバトルで出現し襲い掛かってくる。
マネージャーはコロスの命令によりダイターン3を倒せればそれでいいとしてミサイルを撃ちまくる。万丈は「所詮お前もいつものコマンダーだ。何が正々堂々の戦いをフィルムに残すだ!」と悪口を言う。それに対して「いや違うんだよ万丈。あれは勝手に部下が裏切っただけなんだよ」みたいな感じで、ウォンはデスバトルを攻撃して撃墜する。
デスバトルに対して、ダイターン3とウォンは同じ下手側から反撃するので、期せずして二人が同じ立場で戦う連帯感を感じさせる。
ウォン・ローの部下の映画スタッフの映画にかける情熱の人間味とか、富野監督の映画監督志望の自分の自己投影などもあり、ウォン・ローが単なる敵役ではないボリュームを感じさせる出来になっている。
上手下手は大事なんですが、それが一方通行ではなく、外部要因で変転して行って、その変化の中で人間関係の変化みたいなのも感じさせるのが、映画的って感じですね!


そんで、協力してデスバトルをやっつけて、決闘が再開します。やっぱりダイターンが上手でウォンが下手。
万丈は単にメガノイドを一人でも多く殺害したいからデスバトルを破壊したのだ。
そこに、ウォンのスタッフが空中にオーロラのホログラフィーを投影する。
何でそんなことをするのかと問う万丈に対してウォンは「シーンが変われば背景が変わるのは当たり前だ!そしてダイターン3の最後は美しい朝焼け空にしよう」とか、命がけで決闘しているのに映画監督らしい演出論を述べる。
そう言う映画狂いの理屈はともかく、万丈は決闘を再開する。その決闘は邪魔者が居なくなったスタッフたちによって映像に収められる。一進一退の剣劇が続くが、基本的にダイターンが上手位置。ウォンの刀を破壊し、そのまま、サン・アタックでとどめか?と思った所で、捨て身のウォンのパンチの連打とバックドロップで形勢逆転!決死のウォンはなりふり構わずダイターン3の背後を取り、上手に回ってダイターン3の頭の角を握る。角が壊されるとサン・アタック回路が破壊されるのだ。何度もバックドロップや巴投げで上手下手が入れ替わり、緊迫したバトルとなる。
そして、両者ともにもみ合ったまま高空からブレーンバスター状態で地面に頭から激突し、突き刺さる。どちらが先に立ち上がるか?ダイターン3が先に立ち上がった!勝負あり!
ロボットプロレスなんだが、実にプロレスの文法も使っていますね。
で、「やめるんだウォン!勝負はついた!もし貴様が・・・」と、とどめを刺すことをためらうようなことを持ちかける万丈。万丈はメガノイド差別主義者でメガノイドを殺したくてたまらないのだが、ウォン理由や立場はともかく、協力してデスバトルと戦ったし、一緒に映画を撮ったので、万丈はウォンに対して連帯意識みたいなのが生じて殺害モチベーションが下がっている。
でも、ウォンは「私はコマンダーとして貴様と戦うのではない。映画の中で格闘わざの極め付けを見せたかったのだ……自分の力でアクションスターの座を手に入れたかった。
だがどうだ!私はメガノイドの力を借りてスターになった。
わかるか万丈……メガノイドの力でスターになったこの虚しさが。子供の頃からの夢がこんな形で……」
と、下手側から述懐。これはAパートラストでのウォンが「メガボーグになれば成長できる」と言った時と同じようなカメラの角度で、伏線の対比構造になってる。
「私はコマンダー失格だが、映画スターとしてエンドマークの入った極めつけのアクション映画を残していかなければならんのだよ。例え筋書きが変わったとしてもな!」
と、メガノイドの指揮官ではなくあくまで映画監督として、自分の命を投げ出しても作品を作るという姿勢を示す。
それに万丈も感銘を受ける。
なので、その後のウォンは上手下手ではなく中央のニュートラルな位置でカンフーの構えを取る。カットが変わりダイターン3も中央から走る。
真横からカメラが、シンメトリーに飛び蹴りを放つウォンとダイターン3を映す。
ここで、真横からの非常に人工的な芝居がかったカメラアングルを取ることで、ダイターン3もウォンの映画作りに協力した、と言うニュアンスを出す。
だから、万丈はウォンを殺害したのではなく、彼が散っていくという筋書きの映画作りに協力したのだ、と言う風なニュアンスとなる。
そして、いつも通り「日輪の力を借りて、今、必殺のサン・アタック!」という芝居がかった必殺技をするが、この芝居がかった万丈のいつもの必殺技すらウォンの映画美学に取り込まれていく。
そして、死にゆくウォンは画面の中央に貼り付けになったまま、サンアタックを受けて散ってゆく。上手下手の力関係の戦いが続いたが、最後は中央揃えで、ウォンは映画スターとしての美学を全うして死ぬのだ。と言う。
そして、ウォンは死んだが、彼の最後の死を収録したダイターン3対ウォン・ローの映画は興行的に成功して、女性ファンは「死んだところ見た?」「13回も見た!」「メガノイドでも、ウォン・ローはウォン・ローよ!」と、人の死すら娯楽にする。
それを車で通りかかった万丈は、どこか寂しげに見て、終劇。


映像の原則にあるような上手下手の力関係を意識させて、その変転でドラマに緊張感や意外性やメリハリをつけていたいい演出の話だったと思います。
劇中劇の映画を撮る楽屋落ち、と言う面もあるけど、富野監督や星山博之さんの映画好きな面が出ていたし、ウォンと万丈の敵味方を超えた微妙な関係や共感と、死別のほろ苦い感じがよかった。
一話完結の中のワンエピソードに過ぎないし、万丈が火星から逃げかえったという情報以外はほとんどストーリーも進んでいないが、ストーリー展開のシリーズ構成がかっちりと決まっていたザンボット3とはまた違って、バラエティーショーとしての面白味が出ている。
戦いや映画作りを通して、万丈が敵と一時的に心を通わせるけど、殺すしかない、と言うロボットアニメには割とよくあるエピソードでしたけど、それをセリフではなく、カメラアングルの暗示で見せて感情を表現していくっていう所は良いなーって思いました。


トミノ流「映像の原則」は絶対ではないし原則なので破られることもあるし、他の監督にはほかの流儀もあるんだが。今回のダイターン3の中では、割と分かりやすい感じで原則に沿って演出のメリハリがつけられていて、それは面白いなーって言う感じです。


で、万丈が絶対に相容れないと思っているメガノイドと心を通わせる可能性に気づくけど、結局やっぱり殺し合いをするしかない、っていうのは実は無敵鋼人ダイターン3全体を通したテーマでもあるので、それもまた良いです。