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玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。旧玖足手帖から記事・ブクマを引き継ぎました。


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精神科で同人の はるしにゃんの自殺を相談し、社会を憎む

はるしにゃんが自殺した。
らしい。
8月19日頃に投身自殺したらしい。


僕ははるしにゃんの最後のビジネスパートナーだった。彼の同人誌に寄稿依頼を受けて1万文字ほど途中まで書き、途中稿を彼にメールして見てもらったりしていたのだが。彼は僕の原稿の完成を待たずに自殺した、らしい。
そして、僕も母親を自殺で亡くしている自死遺族でメンヘラだ。
僕は彼の自殺を土曜日に楽しくアイカツ!の映画を見た後にTwitterで知った。死ぬなら死ぬで、同人誌の企画が中止になったかどうかメールしてくれたらよかったと思うのだが。しかし、私自身も希死念慮を持ち自殺者の家系(母親の義理の兄も自殺している)なので、自殺したい時の人間の混乱状態や事務処理能力の低下は実感としてわかる。なので、メールの出し忘れなどは仕方がないだろう。


内閣府の自殺対策によれば、今年も月に2000人程が自殺しているらしい。
自殺対策|政策統括官(共生社会政策担当) - 内閣府


なので、今年1万6千人の自殺のうちの0.01%にも満たないはるしにゃんの死は統計でしかない。だが、個人としての彼が最後に僕とメールのやり取りをしていたことについて書こうと思う。



  • はるしにゃんとは

fragments.g.hatena.ne.jp
このはるしにゃんという人は、ゲンロンカフェ(東浩紀がやっているやつね)に出入りしていて、ブログとかも、俺よりは読者が多いみたいだし、界隈も近い感じ。実際に一度LINE越しで話したところだと、良くも悪くも正直なところはいいところだとは思う。ごく一部の界隈では噂の絶えない感じで、そういうゴシップを聞きながら「そういえばゼロアカ道場なんていうのもあったなー」という感じになったりしていた。

また、hallucinyan.hatenablog.com
3年前にはこんな小説も発表していた。


と言う人で、享年24歳。24歳の頃の僕は大学を留年して引きこもりながらダラダラと富野アニメを見てブロガーになりつつあったころだ。9年前だ。僕は彼よりも9歳年上だったのに彼を死なせたのだ。
彼は僕の脳内妹と同じ1991年生まれだ。ぼくの脳内妹のような若者が死に追いやられたとしたら非常に悲しいことだ。
ちなみに、もっと大人であり若者を指導する立場にあった東氏は はるしにゃんが自殺した日からTwitterの更新を停止している。twitter.com

今年3月に、はるしにゃんは東氏の批評家養成塾への入塾を断られゲンロンカフェから見捨てられたそうだ。togetter.com



彼はその今年の3月にこんな連載をネットで発表していた。

kai-you.net
今回“はるしにゃん”こと私に原稿の依頼が来たのは、そうした困難に、私個人の実存的な共鳴もありながら、また同時にブログや主宰同人誌などでの論述の能力をどうやら買われたようで、編集者による「世界の果て」からのメールをいただいた、といった次第だ。


私は「メンヘラ」と呼称されるあるいは自称する人々について詳しい、あるいはメンヘラカルチャー評論家として認知されているようだが、この連載ではそうした「メンヘラリティ」の視座から幾原について論じることもあるだろう。

僕も幾原邦彦作品は好きな方だが、結局はるしにゃんはメンヘラ文筆家として売り込もうとしてメンヘラをこじらせて自分のメンヘラを制御できなくなり、メンタルヘルスが破綻して自殺したようだ。
これについて、母親を自殺で亡くして、母親の自殺を予期していたのに自分のメンタルヘルスの治療や仕事にかまけて母親を見殺しにした僕は、彼に哀悼の意を示したり冥福(存在するのか?)を祈る資格はないので、しない。


まあ、そんな風に批評文筆界隈で、はるしにゃんは栄光と挫折を経験し、5月には社会学者の宮台真司にフランス留学を勧められたりしていた。

宮台真司@miyadai

できるだけ早く行きましょう。つてを紹介します。RT @hallucinyan: 早くフランス行きたい

posted at 00:27:03


twilog.org

しかし、はるしにゃんはフランス留学に行くことはできなかった。理由は知らない。
ともあれ、社会学者の宮台氏のバックアップでのフランス留学からの批評家志望に失敗したそうだ。宮台氏はこれまでも援助交際少女を何人も死地に追いやっていたが、今回もやったそうで、説明責任が待たれる。東氏もである。
彼の恋人のツイートによると「鬱状態の上での職業訓練への不安、批評家になるという夢をなくした絶望、2chの止まらない叩き」に追い詰められて、彼はドラッグも酒もしない素面の状態で決然と投身自殺したらしい。


ちなみに、私の母親もドラッグや酒もせず、私の部屋の隣の廊下で首を吊った。首吊りと言うと目玉や汚物が垂れ流されて汚いと言われるが、そんなことはなく、死後5時間で発見された時、多少死臭がしていたが現場には残留物も無く、死体は眠ったように安らかだった。母親の手は元々体温が高くなかったので、死んでいても特に変わった感じはなかったし、むしろ死ぬ前日にイライラしていた時よりも解放されたような楽そうな表情になっていた。その母親が自殺した現場を毎日私は踏んで歩いて通らなくては外出できないのである。私の生活自体が事故物件だ。


まあ、私の話はいい。


はるしにゃんについては、2ちゃんねらーたちがウォッチスレを立てて死を望んでいたらしいが、いざ死んだとなると詫びを入れていて、意図が良くくみ取れない。

410 :ぞん:2015/08/20(木) 18:07:26.95 ID:3HK3PsG4
私はこのスレの住人を許さない
不謹慎にもほどがある発言をして、躁鬱の1型の行動をおもちゃみたいに楽しんで鬱になったら掘り返して、鬱になったのはぞんのせいだなんたら言って、ただ人の死を待ち望んで楽しみたいだけの人たちにしか見えない
個人情報を書き込んだ奴も許さない、はるしにゃんはそれですごくすごく苦しんでた
お母様が弁護士雇って不謹慎、自殺教唆に近い発言をした者はIP開示して罰するつもりなのでよろしく


411 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/08/20(木) 18:10:39.79 id:Q2zbT8tg
>>407
こんなスレに居るおれらも大概だけどそれ以上に倫理観皆無のヤバいのが揃ってて凄いと思う


412 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/08/20(木) 18:25:24.57 id:Q2zbT8tg
でも苦しんでるの知ってたならそれこそもっと前に書き込んでやめてほしいとここで言うべきだったんじゃないの?
後悔とかやり場のない怒りがあるのはわかるけどさ


413 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/08/20(木) 18:33:55.96 id:yfXg3phx
俺がダディ子の名前だした途端美少年美少年ってはるしにゃんの亡霊かよ


414 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/08/20(木) 18:39:59.82 ID:918epH0r
戦うのは結構なことだと思うが戦うタイミングと相手を完全に逸してるところが凄い


415 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/08/20(木) 18:41:42.44 ID:O4+Gik4f
ビビってるなあ
ぞんちゃん応援するぞ ここで煽った奴全員報いを受けるべき
はるしにゃんを殺したのはこいつらだ 死ぬまで追い込め
http://wc2014.2ch.net/test/read.cgi/twwatch/1433428264/

なぜはるしにゃんが死を望まれたのかと言うと、彼は精神障碍者のメンヘラ神と言うハンドルネームの女性と一緒に2013年11月に同人サークルの本を出していたが、メンヘラ神もメンヘラと恋愛をこじらせて自殺したのであった。



matome.naver.jp
hallucinyan.hatenablog.com


ちなみに、奇妙な因縁で、その領布イベントである第十七回文学フリマには私が書いた「臨死体験をして脳内妹に生き返らせてもらった話」を収録した同人誌のウェブニタスの概念迷路も参加していた。c.bunfree.net


そういうわけで、文学とかアマチュア文芸サークルとしては、私とはるしにゃんは近い位置にいたのだが。そんな経緯もあって、今年3月ごろに私は、はるしにゃんからアニメ批評をやらないかと寄稿依頼を受けたのだった。


hallucinyan.hatenablog.com


しかし、彼は批評家になる夢に破れ、自殺し、企画は宙に浮いた。一応、5万文字くらいのオーダーで1万文字書いた段階で途中提出して、僕は おはぎさんが夏コミで出したGのレコンギスタの同人誌や、トミノアニメブロガーナイトのトーク原稿を書いていたが、はるしにゃんの本もきちんと書くつもりだった。(まあ、結局締め切りが彼の死で永遠に伸びたのでグランブルーファンタジーやアイカツ!をダラダラしているわけなんだけれども)

  • そこで、僕はどうしたらいいのだろうか

これで、義理の伯父と母親が身内で2人自殺して、インターネットの知人が4人自殺している。合計周りで6人が自殺している。これは割と多い方なのじゃないかと思う。
ただ、文筆業者は精神的にも経済的にも不安定な人が多いので、業界の人に聞くと年に1回知人が自殺する人もいるらしい。
しかし、まあ、なんというか、ビジネスパートナー、と言うよりは、まあ5万文字で1万円の原稿契約をしていた相手が死亡により消滅し案件が停止したわけだが。
うーん。
母親が自殺したのを目の前で見て、その現場を毎日歩いている僕としては、人の死の実感と言うのがよく分からないのだ。寄生獣の泉新一のようになっている。
また、はるしにゃんはサークルクラッシャーだしメンヘラ神を自殺させた関係者であるので、




死んで当然、みたいに言われている。
しかし、本当にそうだろうか?(問題提起)


僕は母親が自殺するのを予期していながら、そしてそれを精神科医に相談していながら、精神科医に「グダちんは精神障害者だから母親が自殺しそうに病んでいることよりも自分の治療を優先しなさい」と言われ、仕事帰りに精神科でカウンセリングを受けている時に母親が行方不明になったという電話を貰った人間である。
メンヘラ神を自殺させたはるしにゃんと、母親が父親と不仲になり不動産屋と銀行屋の話ばかり聞くようになり無理な投資を進められ借金で飛んで自殺するのを傍観し、あまつさえその生命保険金で数年間無職ライフをエンジョイしている僕、
どちらも死ぬべき人間なのでは?
だが、僕は死ぬのが当然なのに生きている。
はるしにゃんは批評家になるのに挫折して自殺したが、僕はトミノアニメブロガーナイトに在野のGレコ評論家として招かれてトークライブをしてちやほやされた。慢心、環境の違い
僕も17歳のころからずっと希死念慮を持っていて、34歳になったら死にたい気持ち歴が人生の半分を占めるので自殺しようと思っている33歳である。
富野アニメは全部見たし出崎統は死んだので、生きる理由の6割くらいは消化している。あとは遺書の小説を書き上げるだけだが、その途中で母親が先に自殺したり、はるしにゃんが死んだり、みんな僕より先に逝く。

  • 精神科に行ってみた

そんなことで頭がいっぱいで、アイドルマスターシンデレラガールズガッチャマンクラウズインサイトの感想を書く気になれないまま精神科の定例カウンセリングに出かけたので、はるしにゃんが死んだことについて相談してみた。
主に2点。
「はるしにゃんに“グダちんの完成原稿を読みたい”と思わせる力が無かった僕の文筆力の無さ」
東浩紀氏や宮台信司氏に見捨てられ、死に近づいたはるしにゃんにとって“こいつなら原稿を頼めるだろう”と思われる程度の僕のレベルの低さ」
という、非常に自己中心的に、彼の死によって僕の自己愛が傷つけられたという事を訴えた。


精神科医曰く、僕はもっと怒るべき被害者らしい。


あー。
その発想はなかった。僕は「はるしにゃんを文章で殺した邪悪でかわいそうな僕」という歪んだナルシシズム的な自己像のメンヘラ陶酔で頭がいっぱいだったのだが、普通に第三者から見ると「仕事の契約を踏み倒された案件」らしい。
そこは僕もアマチュア感覚が抜けない所で、「同人誌の文章なんか金を貰えたらラッキーで、別に無料ブログで公開してもいいじゃろー」という文章料のダンピング癖がついている。
まあ、はるしにゃんは書いたら僕に一万円くれるって言ったけどな。
でも、その一万円が彼を追いつめたとしたら???
しかし、僕の母親は数千万円の借金で自殺したが???
人の命の値段とは?
2014年3月3日に茂木経済産業相が参院予算委員会で、原発停止に伴う火力発電の増加により3.6兆円の国富が流出したことを述べた。
一億三千万人の日本人が生きるために3兆6千億の金がかかるので、一人当たり一億円もかかっている。そこまでして恐竜や昔の動植物たちが必死になって変化してくれて地球が熟成してくれた貴重な化石燃料をジャブジャブ燃やしてでも生きる価値が君たちや僕たちに在るのか???


そう言うわけで、死んだはるしにゃんに対する怒りの気持ちは全く湧いてこない。
別に同人誌の締め切りが無くなっただけだし、逆に楽になった気持ちすらある。母親が自殺した時も、母親の愚痴を聞く役目から解放された気持ちすらあった。


しかし、そんな僕は精神科医に言わせると「自尊感情が欠落している」「自罰的」だそうだ。
精神科医も職業柄、自殺に立ち会うことが多く、その際には「怒りを感じて自分を守る」らしい。
怒り(いかり、英: anger)とは、人間の原初的な感情のひとつで、様々な要因・理由で起きるもので、例えば目的を達成できない時、身体を傷つけられた時、侮辱された時などに起きるものである。 憤り(いきどおり)とも言う。
医者に言わせれば、怒りを感じるという事は威嚇をしたり、縄張りを主張するための本能的に必要な動物としてのプログラムらしい。
だが、僕は機能不全家族で育ち、望まない妊娠から生まれた望まれない太郎なので、小さいころからちょっと機嫌を悪くするとその数倍親から怒りや暴力や叱責を受けた。それははるしにゃんも同じらしい。はるしにゃんはまだ若いし非童貞なので女性に怒ることもあったらしい。
しかし、僕は怒るたびに不利益を被るという事を学習して育ったために、怒りの感情が無く、思考パターンとしても自分が不利益を被った場合でもそれを認識できず(むしろトラウマ体験から目をそむけるように)、逆に不利益を引き起こしたのが自分の責任だと思う事で防衛している癖がある、と、精神科医は言う。


しかし、である。
「しかし」が多いのだが。
精神科医は職業柄、自殺した患者に対して「契約を破られた」と怒り、切断操作をして自己防衛を図る。それは正しいのだろうか?単なる職業上のメンタルヘルス運営のハウツーに過ぎないのではないか?
僕は母親を自殺させた人間でもあるが、おそらく自殺するであろう人間でもある。なので、「自殺した人間は悪い事をした」「自殺した人間は自分とは違う」「自分とは違う悪い人間が自殺と言う行為を持って自分の感情を乱したので、怒りを感じて壁を作るべき」と言うのは、使えない精神的作用だ。
なぜなら、自殺をする人間を別の種類のものと思い、怒りを持って心理的壁を作ると、自殺するであろう自分自身が分裂してしまうのだ。
なので、僕は「自殺された側」でもあるが、「自殺被害者」と思うことはできず、「自殺とは無縁で生きている人間の側」、「生きることを自明のものとし過ぎている人間の側」には立てない。
むしろ、化石燃料や他人の労働や諸外国との不利益交易でエントロピーを増大させながら、他人を傷つけ財産を奪い合う資本主義社会の消費単位として生存価値を日本国に認められているに過ぎない人間が「生きることは当然だ。当然のことを辞めた自殺者には怒って良い」と言う論理を振りかざすことで、より一層自分が生きていることの正当性を主張しようとするのは、非常に意地汚いものを感じる。


(追記)
精神科医は私に自殺しないことが治療上の契約だと言ったので、僕が自殺者に親近感を抱くことについて怒りを表明したのかもしれない。しかし、精神科医は僕が死んだら多少の収入ダウンにはなるだろうが、クリニックを増築する程度には繁盛しているし、僕が自殺完遂したら契約の責任も糞もないし怒られない。


「殺して奪い、無理をして生きる」「死んでいる状態の方が自然」と言うのが仏教とグノーシスキリスト教の影響を受けた僕の考えだ。
僕はメンヘラなので、自殺しないために毎日、泳ぎ続けて必死に水をかきながら溺れながら生きているような感覚だ。みんなは違うのか?生きることはそんなに自明なのか?


僕は自分が傷つけられたことが自覚できないと医師に指摘されるくらい傷ついている精神障碍者だが、人を切断操作して傷つけたことを自覚せず生きている健常者もまた、歪んでいるのではないか?


illumina.farthest.org

今こそ東浩紀を読み返す[sample1][sample2]
において、はるしにゃんは東浩紀について

レヴィナス的な絶対的他者に対する無限の責任は実は無責任だというような話をして、


東浩紀のそのような認識は、やたらカジュアルブロックするということに端的に現れていますね。どうしても自分の中で処理しきれないような他者はブロックするしかないんだというようなことが、彼の哲学的なものの中にあるわけです。レヴィナス的な他者はコミュニケーションコストが高すぎるのでブロックするしかないということが彼の中で理論的に正当化されている部分があると思います。

と評したが、それって単なる猿と同レベルの生存本能に過ぎないわけで、理論もへったくれもないのでは?
というか、東氏がなぜそんなに哲学的に重要視されているのかわからん。単に少々話題になり少々本が売れた程度の猿の一種ではないか。
そして、「カジュアルにブロックするあずまんに近いボク」という自己像をブロックされたはるしにゃんは自殺した。
父として考える (生活人新書)


  • 誰に怒りを向ければいいのか

精神科医に僕は「グダちんは自殺したはるしにゃんに対して怒りを持って、切断操作して自我を安定させるべきだよ」とエヴァンゲリオンA.T.フィールドのようなことを言われたんだが。
しかし、はるしにゃんが僕に対する加害者だとは全く思えないわけである。せいぜい富野アニメの感想文が印刷される機会が減った、と言う程度なのである。別に原稿料の一万円くらいそんなに必死になって自殺者を憎む原動力になるほどの金額ではないのである。
そして、大抵の生物にとって一番の不利益は死である。ならば、やはり不利益を被ったのは僕ではなく死んだ本人であるはるしにゃんなのではないか。と思う。
母親を自殺させて僕が泣いていると、父親に「お前だけが辛いんじゃないぞ」と怒られたのだが、僕は「一番つらかったのは死んだ母親なのではないだろうか」と思った。
そして、彼らを殺したのは僕らだ。社会だ。

business.nikkeibp.co.jp

僕の母親とはるしにゃんの自殺も社会の有機的な歯車の一つのパーツである。あるいは、社会と言うエンジンの歯車が回転し吐き出される排気こそが自殺者や殺人や戦争であり、エネルギー作用の必要悪である燃えカスなのだ。


しかし、ここで死んだのがモッブの社会に掃き捨てられる大衆ではなく、他でもないはるしにゃんであり、そこに日本社会学者の有名人の宮台氏と東氏が関わっているという事に非常に社会的な意義が見いだされるわけです。
社会学者は社会の中で苦しんでいる知り合いの若者を救うことはしない。確かに、はるしにゃんは薬物を濫用したりメンヘラをコンテンツにするという危険行為をする人物であった。
しかし、そんな一人の知り合いを医者に紹介するなり適切な施設に入れるなりすることもできなかったのが現代日本の社会学を代表するお二人だったのである。僕もはるしにゃんの精神が不安定であり、メールのやり取りをしても企画が不安定っぽいことは感じていた。だから僕も母親を自殺させた時と同様、はるしにゃんを(関わりの多寡の度合いはあれ、)見殺しにしたという点で、実際に肉眼ではるしにゃんに会ったこともある東氏やフランス留学の伝手を紹介すると言った宮台氏と同罪なのである。


ここで社会学と言うのは社会の構成員を幸せにしたり、最低限自殺させない程度の保障を与える機能も無い、単なる蒟蒻問答で文筆家の戯言で飯の種で寄生虫の糞でしかないと証明されたわけだ。
もちろん、機能的社会学だけが社会学ではなく、社会を現象として観察する社会学もあるだろう。しかし、それでもなお、はるしにゃんの周りの哲学や社会学を学んだ人ははるしにゃんをメンヘラとして面白がって玩具にしただけで、誰も、誰一人として救わなかったのである。
なんのために学んでいたのか。
適当にそれっぽい文章を書いて文壇で賞を取り、学会の内輪で予算を与え合い、印税をもらって老後の晩節を糞尿を垂れ流す肉塊になるまで生き延びる金を稼ぐためか。
社会学の知的ゲームをしてインテリジェンスレースをする芸を大衆に見せて小銭を稼ぐためか。そんなものは好事家の興奮のために命を削ってショーを見せる格闘家やアイドルや、メンヘラをコンテンツにしてアクセス数や承認欲求を稼いだ はるしにゃんやメンヘラ神と同じではないか。もちろん、こうやって広告付きブログを執筆している僕も同じだ。何の意味もない。
はるしにゃんのメンヘラ芸を本気の死に向かう人の苦しみではなく、ネットや文壇のパフォーマンスの冗談としか捕えなかった人間の考える社会学も、また、冗談半分の無意味で無価値な糞でしかないのではないだろうか。


「君たちは、泣いている人を見ても何とも思わないのかね! あきれたものだ。これが文明社会ってわけか! 都市生活は弱者を見殺しにするところからはじまるってことかい、は!」

ブギーポップは笑わない<ブギーポップ> (電撃文庫)



まあ、宮台氏はこれまでもたくさんの援助交際女子高生をメンヘラの死地に追いやり、東氏も可愛いお嬢さんを儲けてTwitterのアイコンにしてネットに配信してらっしゃって動物としては生殖や役割を終えた老人に過ぎない。なので、別に彼らが贖罪して悔い改めることもまた無意味なのである。
でも、東氏の御嬢さんは本当にかわいいお顔ですね。

  • 裁くべきは個人ではない

事ここに至っては、もはやはるしにゃん個人が自殺しただの、周りの大人たちが大人の癖に自分のことで精一杯で若者を切断操作して見捨てた責任のうんぬんではないのだ。
社会学者グループが行ったこの恐るべき殺人は、まさにこの我々の社会の闇を縮図として提示しているのだ。
つまり、「愛されたい」と願う者に対して「愛」という価値をちらつかせて玩具にしたり働かせたりして擦り減らせていく社会の構造そのものが邪悪なのである。
その点においては、ドローン少年ノエルの囲みも、はるしにゃんを気鋭の大学生ネット思想系アイドルとしてちやほやしたサブカル連中や社会学者も同じだ。news.livedoor.com
matome.naver.jp



また、僕ははるしにゃんに「グダちんさん、富野アニメの評論を書いてください」という依頼を受けることで彼から輪るピングドラム的な「承認」を与えられた感覚がある。はるしにゃんはサブカル連中に囲まれていたが、サブカル連中として僕や他のブロガーを囲んで価値だの承認だのを与える承認欲求装置でもあった。そして、僕もアニメの感想をダラダラと書くという糞みたいなオタクの趣味行動に過ぎないのに、なんだか思想的にたいしたことをしたような気分になって煽(おだ)てられたがって、はるしにゃんの寄稿依頼を受けたという実感がある。別に原稿料1万円が欲しかったのではなく、ネット有名人で文壇有名人とも知り合いのサブカルはるしにゃんにちやほやされたいという承認欲求が得たかったのだ。


そしてそれはまた、先日8月8日の大阪ロフトプラスワンウエストで行われ僕がGレコについてくっちゃべったトミノアニメブロガーナイトも同じだ。
富野アニメの感想を書くだけなら別に無料のブログで十分足りる。実際、そこで講演したおはぎさんや id:adenoi_today さんのトーク内容はnextsociety.blog102.fc2.com
僕も寄稿した同人誌の内容と被る部分が多かったので、僕は金を取って壇上に上がった立場の癖に「糞つまんねー話をパワーポイントなどで、もっともらしく語る奴らだ」と内心思っていた。(だいたいにおいて僕は他の富野アニメファンが糞つまんねー話しかしないからわざわざ感想ブログを書いているのだ。他の人が同じことを語ってくれるならわざわざ何日も徹夜をする必要はない)
いや、まあ、僕がもらった金は交通費の半分にも満たなかったのだが。
そして、金は大阪ロフトプラスワンウエストのスタッフと、そこと懇意にしているイベンターの人(この人は僕のフォロワーでよくブックマークしてくれるはてなユーザーであるが、トミノアニメブロガーナイトのホームページなどには名前を出していないので、僕もここでは名前を出さない)に入ったし、イベンターの人は金をもらうだけでなくロフトプラスワンウェストとのパイプ繋ぎとして僕や富野アニメブロガー三銃士を利用したわけだな。
このイベントの数か月前にあでのいさんと飲みに行った時にこのイベントの話を聞かされて、僕は「そんな講演会をするお大尽でもあるまいし、偉そうにするのはいかがなものか」と言ったのだが、「グダちんさんは富野アニメブロガー界で有名人だから、偉そうにしてもっと前に出ていいんですよ!」と言われた。
しかし、今にして思えばあでのいさんもトミノアニメブロガー三銃士ナイトの人も、イベンターの人に「イベントでたくさんの人にちやほやしてもらえるよ」という承認欲求をくすぐられた面も大きいのであろうと思う。そして、それは繰り返すがドローン少年ノエルやユーチューバーやニコニコ動画生主と同じ承認欲求乞食でしかない。
じゃあ、なんで僕は乞食行為だとわかってやったのかと言うと、まあ僕も卑しい人間だからなんだよ。
TwitterでたくさんRTされたりはてなブックマークがたくさん付いたら嬉しいし、世界に自分が作用しているという錯覚の充足感が得られる。
僕は実生活では母親の生命保険金を食いつぶしてヘンリー・ダーガーのような晴耕雨読のオタク活動とアイカツ!をしているキモヲタに過ぎないし、ヘンリー・ダーガーのように脳内美少女小説を書ければそれでいいのだが。精神科医には「創作活動を通じて社会と関わって、自信や自己愛を取り戻すべきだし、イベントに参加したり同人誌に執筆するのも精神的に良いのではないか」と言われている。
しかし、創作活動やイベントやアニメ批評を通じて自己愛を補強しようとした人格障害のはるしにゃんは自殺した。だから、やはり僕も二度とああいうイベントで金を取るようなことはしたくないなあと思って、今ここにイベントの醜聞を書いている。(しかし、もっとひどいことは書かないけど有るんですよw)
精神科医は僕に創作活動やアニメ批評活動を通じて、僕に自信だの自己肯定感を持たせたいようなのだが。しかし、その行為もはたして正しいのだろうか。本当に他人に自分をアピールすることで自己肯定感は得られるのだろうか?そもそも動物に自己肯定感などと言うものは必要なのか?空気と栄養と環境があればいいのでは?いや、しかし、僕の母親を自殺させたおかげで直接の親族を失って特別養護老人ホームに入所できた僕の祖母は、自分の娘が自殺したと聞かされず事故死したと信じたまま寝たきりの他の老人に囲まれて「動けなくなるのはコワイ!」と唱えながら「ワシは老人ホームにはいれて幸せ!」と娘を自殺させた婿である僕の父親を拝む。そして祖母は何の生産性も無く老人ホームで無意味に介護職の労働力を消費して生きて動物として生き永らえている。そんなものが幸せであるものか。そんなものが生き延びた先に在る未来であってたまるものか。


私の母親はそんな祖母が妾をして産まれた不義の子である。その後、年上の男性の再婚相手になった祖母だったが、その再婚相手の連れ子である母の義理の兄が、私の義理の祖父の病死後、自殺するとその家を義理の嫁に追い出されて私の家に来た。母親は祖母を憎んでいたが世間体もあって祖母を引き取り、苛立ち、私も精神を病み、母親は自殺した。そんな風に不幸をもたらした祖母は老人ホームでニコニコと笑って居る。私の母親も機能不全家族で育って、家を振り切るために結婚して愛されて承認されたいと思って私を生んだわけだが、結局生まれた私は機能不全家族から生まれた機能不全家族太郎でしかなく母親を自殺に追いやったのだ。


もう、ここでぶっちゃけるけど、あでのいさんのブレンパワード備忘録を読んだけど、めっちゃ気に食わないっすからね。
ブレンパワード スパイラルブック
あでのいさん、機能不全家族から生まれたジョナサン・グレーンに対して「ジョナサンは身代わりになってくれた。ジョナサンのように自分の代わりに狂ってくれる奴がいるから自分は狂わずに済む、と言う経験は誰しもあるだろう」とか書いていて、


ハア~~~~???狂ってる当事者のグダちんっすよ~~~!っつって!
愛されることが当然だと思って、幸せな家庭で育って狂うのをメンヘラに身代りにさせて、トミノアニメブロガーナイトやトミケットでちやほや客に論壇扱いされてスゴイスゴイーって言われて愛されたがるあでのいさんも承認欲求ビジネスに組み込まれてますねえ。



はるしにゃんもそのような機能不全家族愛着障害からくるメンヘラの問題点には自覚的だったようだ。hallucinyan.hatenablog.com

◆「自己愛」(Narcissism)

 自分自身に向けられた愛着。ナルシシズムの語はギリシア神話ナルキッソスに由来する。フロイトによれば自己愛とは自我へのリビドー備給を意味している。

 自己心理学者のハインツ・コフートは、自己を愛することは心理的健康に不可欠であるとし、また、自己愛の障害は、親や周囲の共感の失敗から生じる自己の欠損に由来すると考えた。
 自己心理学においては、「自己対象」(self-object)が核心となる基本要素である。自己対象とは、自己とは別の独立したものとして経験されていない、自己愛を充たしてくれる対象の主観的側面のことである。自己対象との関わりは極めて日常的なものであり、かつ心的生活において恒久的に存在するものであり、自己が心理的に正常に機能するにあたって必要なものである。
 自己対象には三つある。鏡映自己対象、理想化自己対象、双子自己対象である。鏡映自己対象とは承認や賞賛によって自己愛を満たしてくれる対象であり、理想化自己対象は憧れることによって自己を賦活してくれるような対象、双子自己対象とは自らと似ていることによって一体感をもたらしてくれる対象のことを言う。

まあ、 id:p_shirokuma 先生のサイトからの転用でもあるんだが。とりあえず、愛されないメンヘラは愛されないが故の問題行動を自覚しても呪いからは解放されず自殺したのだ。


ならば、愛されないし愛着障害を抱えている人間がなぜ愛されるために結婚したり子どもを生んで次世代にギャンブルやメンヘラを押し付けて生殖しているのか?なぜ僕や僕の母親は生まれてきたのか?祖母が老人ホームで生活するための年金を積み立てるためか?(ちなみに祖母と再婚した義理の祖父は軍人であり、今の祖母の生活資金大日本帝国の軍人恩給からも来ており、つまり祖母は植民地からも搾取している)


そんな愛されないクズが愛されたがって特に意味もなく殺す。headlines.yahoo.co.jp
headlines.yahoo.co.jp
大阪府寝屋川市の中学1年・平田奈津美さん(13)が殺害され、遺棄された事件で、死体遺棄容疑で逮捕された寝屋川市の職業不詳・山田浩二容疑者(45)の自宅周辺で過去2年間、不審者情報が相次いでいたことが22日、分かった。
2002年に、男子中学生を車で監禁する事件を起こし、刑務所に服役していた山田容疑者。そして、山田容疑者は、2014年10月に出所し、福島県除染活動をしていたという。
山田容疑者は児童性愛で子供に愛されたがっていたフランケンシュタインのような人物だったようだ。なぜそんなに殺してまで愛されたがったり生き延びたりしているのか。なぜそんなクズを生き永らえさせるために原子力発電所は職を与えるのか。なぜ原子力を使ってまで日本人は生き延びたがっているのか。なぜ、そんな殺人犯に子供を殺された遺族の悲しみを一億総探偵が感動ポルノとしてテレビで楽しんでいるのか。みんな人殺しでサディストだ。
はるしにゃんの自殺に興奮するネットの僕らも、殺人事件を新聞やテレビニュースの主な項目として消費する大衆も同じだ。みんな薄汚れて共食いをするネズミだ。
愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)

  • 万民の万民との闘争へ

ここでもはや、社会を構成することも愛を求めることも人死にと苦しみを生むだけのことだと分かった。
そんな穢れを量産して運営される社会もまた、自殺者の怨念によって憎悪され討ち滅ぼされるべきなのではないか。
おりしも、私が過労死寸前まで働かされたKLab株式会社も上海から発した株安で株価が暴落した。



ハハハッハハハハハハハハ!


メシウマ―ッ!
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ameblo.jp

KLabは1500円台は想定していたけど、1300円台突入は想定外。ただ、日経が19000円を割り、マザーズが-12%も下がればこうなるのも仕方ないのかもしれない。

不幸中の幸いは想定外の下げだったにも関わらず退場してない事。今日で-1000万くらい負けてるのだから後2日の余命かもしれないが、過去の大幅ドローダウンの経験が無ければ間違いなく今日で致命傷を負っていただろう。

ねえ、今どんな気持ち?ねえ、今どんな気持ち?
信じて株を買ったKLab株式会社の7月末に出たBLEACHソーシャルゲームのセールスランキングが爆死して株がどんどん下がっているのどんな気持ち?applion.jp
頼みの綱のラブライブ!もピークアウトっすねー。
バカだなあ。僕みたいなクズを雇う会社がまともなわけないじゃない!
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ソシャゲガチャゲー会社なんてー♪こわくなーいー♪あんなのバブル世代社長に縛られた籠の鳥だからやめたったwww
ヒルズ族なんてー♪あほらし♪
ワロスワロスFate/GOの佐々木小次郎かっけええええ!
2015年度 株主半期フォーラム

んん~~~♪
株主フォーラムでいいこと言ってましたやん~~~♪株価2200円まで上がりましたやん~~~♪
イナゴちゃんがワサーって儲けたいイナゴちゃんキター!!!!stocks.finance.yahoo.co.jp

でも今日の株価は1380円ですねぇ~~~。フヒヒヒヒwww
株で儲けようと思った資本主義の豚どもが真っ赤に焼かれてますやん♪
超メシウマ!
グダちんに関わった人間はみんな不幸になるwwwみんな焼かれるんですぞ~~~♪


アベノミクスも崩壊するんすかねええ~~~どっちなの?



そう言うわけで、私の母親を自殺に追いやって投資に狂わせた資本主義社会を憎む。
愛着や承認欲求を利用してはるしにゃんやドローン少年を狂わせたサブカルの囲み野郎を憎む。
そして、グダちんもこんなクソみたいな記事を書いて、トミノアニメブロガーの仲間にも嫌われて、みんな憎しみ合って殺し合うんですぞ~~~♪
愛されたいとか、認められたいとか、儲けたいとか、安心したいとか、そういう欲求が社会の底辺のメンヘラを追いつめて構造的に殺すんです。
でも、それでいいのかもしれない。
人間などの社会は2割のエリートと、6割の普通と、2割のクズで出来ている、と、GATCHAMAN CROWDS insightで語られた。
なら、クズをどんどん足切りして自殺や戦争で死なせてエリートを鍛えような!そうして理想的な内発性の高い社会を作ろうな!!!



だが、クズであり自殺する側で自殺させられる側で殺される側の僕たちも黙って殺されはしない。武士道は斬り死にである。
であるが、斬り死にするためにはまず斬り合うという状況を、殺すものと殺される側のインタラクティブな社会状況を用意せねば、誰も斬りに行かない。だから、僕は先ほどトミノアニメブロガーナイトの闇ブロガー仲間や、はるしにゃんの周辺や、前に勤務していた会社とその株主に火種を撒いておいた。
そう、理想的に、クズを淘汰する自殺や殺人をシステムとして内包する社会は死穢血穢をもシステム化して用意するべきだ。その機構の必然的な生産物、あるいは廃棄物として、はるしにゃんや私の母親の自殺が社会から出荷される。
東浩紀切断操作でつながりを断ち、都合のいい相手とだけ繋がって社会的安定を求めているのかもしれないが、僕は逆に「斬る」という刀を握った手と切られる内臓血肉で繋がれると同時に断ち切られる「闘争」が社会システムとして必然であり、また、そうやって他者を殺して貪って生きている自己自身を不断に意識することに自覚的になることで、本当の民主主義、民族自決社会が到達すると信じるものである。そのためにアトランダムに我々は憎み合い殺し合うべきだし、事実そうしてきた。
江戸しぐさの人口の安定は長男以外を家から排除して、夜這いによる性欲の発散と嬰児殺しで成り立っていたんだぜ。
文明崩壊 下: 滅亡と存続の命運を分けるもの (草思社文庫)
日本の江戸時代は成功例としてジャレド・ダイアモンドにも評価されている。
殺し合うんだ!


僕の怒りは自殺を選んだ死者ではなく、これから死ぬ者たちに向けられる。その攻撃こそが社会の流動性を高めて愚民どもに死ぬ機会を提供して社会を介護予算を食いつぶす老人たちから解放する。
自殺者と言う口をつぐまれた死者に対して怒っても何の意味がない。本当に社会を革命する行動的な怒りとは生きていて死ぬべきもの達へ向けられるべきだ。
憎んでも文句を言わない物言わぬ死者に対して怒りを向けて、本当に怒るべきものから逃げるのは負け犬のすることだ。既存の社会を安定させるために、社会から退場したものが契約違反だと言って、生存本能をただ肯定するだけの怒りなど、意味がない。そして、我々は怒り合い、殺し合い、価値観をぶつけ合って殺し合いながら最適化される。
そして、殺したという実感を抱きながら生き続けるものこそ本当に高貴な英雄であり、ニーチェが言う所の超人なのである。
これが、僕のガンダム Gのレコンギスタのカーヒル殺し、デレンセン殺し、ロックパイ殺し、キア・ムベッキとクンパ大佐の死への評論、海のトリトンと無敵超人ザンボット3論でもある。
ここまで読んでそれが分からなかった人は死んだ方がいい。


  • そして、僕の文章はどこへ

はるしにゃんが自殺したことで発表の機会が曖昧になった僕のガンダム論だが。
正直、90年代以降の富野アニメの全ヒロインの恋愛評論と言う無茶なものだった。しかし、それはおはぎさんのトミノギスタに寄稿したベルリ・ゼナムの去勢性と対になる企画だったのだが。
しかし、F91だけ書いた段階で1万文字を越えたので、正直はるしにゃんが死んでくれて締切が伸びて助かった面もある。
まあ、機会があれば、他の編集者の許しがあれば連載形式としてこちらに書いても良い。富野アニメの恋愛論的な側面を考える機会をくれたはるしにゃんに感謝。
しかし、その感謝は届くことが無い。


"はるしにゃん"を追い詰めるグダちん。 彼は屋上から身をさらし、その"肉体"は地面に落ち砕けちった。 だが、その精神はまだ"世界"にとどまっていた。
そう、"イマジネーター"として。
ブギーポップ・リターンズ VSイマジネーターPart2<ブギーポップ> (電撃文庫)


  • 追記

合わせて読みたい

いま甦る「マハ・ラバ(大いなる叫び)」

「障害者殺しの思想」(個々の家族の問題ではなく、「よってたかって世間が、地域社会が殺した」


  「障害者がなぜ殺されるのか、といえば、これは繰り返して書いてきたとおり、人びとが私たちの存在を、結局は自分たちの仲間と は認めない、異物・異形の存在だとする意識が大きく働くからに他ならない。だとすれば、これを破るためには障害者それぞれが住んでいる場で他の人びとと如何につきあっていくか、障害者が生きるということは正にそうした人びととのつきあい方の問題であると言ってもいいだろう。(中略)
  私が歩けないなら歩けないままに、言語障害があるならあるままに、相手の健全者が歩けるなら歩けるままに、喋べれるなら喋べれるままに、お互がその存在を認めあう、そうしたつきあい方を言っているのである。」

だが、はるしにゃんについて周辺の人物は「彼を救うのは無理だった」と言う。
しかし、現在の憲法は救えない人間にも生存権を認めることになっている。それができない憲法など呪いで書き換えてしまえ!弱者は死ねと明言しろ!