玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。


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フツウの結婚・祝福【生存戦略のレール】家族・呪い

三が日もだらだらと機動戦士Zガンダム劇場版を見て「カミーユは親が死んだり、好きな人が死んだりしてるのに頑張ってて偉いなー」などとアニメを見て過ごしている私ですが、皆様いかがおすごしでしょうか。

元日から母親の自殺をきっかけに、更に世界への呪いを書いたりして、
資本主義世界のせいで母親が自殺した。アフィリエイトとNHKで呪いあれ - 玖足手帖-アニメ&創作-

id:Yagokoroネタ本年も相変わらずの惰弱さのようで。呪いで死んだ奴はいないけど、人を呪う奴の周りからは誰もいなくなるんだよね。友人も家族もね。

とのお言葉をいただいたりもしましたが、昨日は私の小説のファンの女性の観光案内をしたり、友人の新年会に招かれたりした。友人には母の自殺のことを聞いてもらった上で、これからも友達でいてくれるような話をしてもらった。僕にはまだ僕を待っててくれる人がいるようです。ありがたいことです。
しかし、20代後半から30歳になると、結婚したり妊娠したりする人も周りに増えてきて、結婚してない人間としては切なさは感じますね。
それに、やっぱり結婚となると普通に人生のレール、大学に入ってストレートで卒業して新卒で正社員になって、きちんと研修を受けて昇給している人から結婚して行っているという事が観察できます。私の友人の数十人という観察対象でも、やはり普通の社会は普通の人に優しく出来てる、逆にレールからはみ出して私みたいに心を壊して留年したり、就職した会社で過労になって倒れて非正規雇用になった人間には厳しい世の中なんだな、って感じます。
同じ職場でも、産休をもらって子供を保育園に通わせながら高い給料をもらう正職員もいるし、その産休の代理で子供を保育園に通わせながら正社員が復帰したらすぐに辞めていく不安定な職員もいる。
まあ、人間はセックスしただけで製造されちゃうから、人生という名のレールを走る列車が増えすぎないように、社会のためには脱落者はレールから脱線して消えていくようにデザインされた世界なのかな、って思います。

世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない
宮沢賢治「農民芸術概論綱要」

だけど、この世界にはすべての人が幸福になるだけの実りの果実は用意されていないんだよ。


だけど、そんな世界の中で人は人生という電車の箱に乗って、時間という同じ速度で人生を進む。幸せという駅に停車できるものもいれば、脱線する者もいるし、不幸な路線に入り込む者もいる。いつか電車の箱が朽ちて死ぬまで、みんな同じ時間の速度で、違う路線を進む。

世界は幾つもの箱だよ
人は体を折り曲げて自分の箱に入るんだ
ずっと一生そのまま…
やがて箱の中で忘れちゃうんだ
自分がどんな形をしていたのか
何が好きだったのか 誰を好きだったのか

でも、それが仕方のないことかもしれない。生命体として、繁殖して、生存戦略という列車を進めるため、就職、結婚、妊娠、出産、育児、というレールに沿って進んで、新しい子供という列車を人間の生命というレールに継ぎ足して路線を伸ばすことが。人間という大きな生き物の種を永らえさせるための本能としてインプットされているんだろう。
だから、恋をしたりセックスしたり、子供が生まれることは幸せなんだ。↑BGM


しかし、人が路線を伸ばすための箱だとしたら、なんで僕たちには心があるんだろう?
なんで、箱の中に魂を閉じ込められているということを実感してしまうんだろう?


人間ていうのは不自由な生き物だね
何故って? だって自分っていう箱から一生出られないからね
その箱はね…僕達を守ってくれるわけじゃない
僕達から大切な物を奪っていくんだ
例えとなりに誰かいても壁をこえて繋がる事もできない
僕等はみんな独りぼっちなのさ
その箱の中で僕達は何かになることは絶対にないだろう
出口なんでどこにもないよ 誰も救えやしない
だからさ…壊すしかないんだ 
箱を! 人を! 世界を!!


なんて、人の幸せを見ても辛さを感じてしまう、妬みの塊のような僕です。
それを書くのに、輪るピングドラムっていうアニメのセリフや画像の引用で済ませちゃったりね。


↓また id:nekora 君が僕に呪われたことで、ブログを書き換えてくれたりもした。

もし彼がしっかりした大人の男となり正業に就き家庭を築いていたら彼の母は自殺しなかっただろう。小さな孫に会う事は老夫婦の生甲斐となり、毎日共通の明るい話題で毎日盛り上がっただろう。老父母って、息子娘以上に孫大好きな生き物だ。


それがどうだ。家庭どころかこの先一人で食っていけるかどうかも心許ないクズ。家も暗くなろうというもの。


それも苦しめ続けて自殺に追い遣る最悪のやり方で。彼が苛め殺したと言っても良い。一体どう責任を取るつもりなのか。自己憐憫とアフィリエイトばかりのブログを書いたり、正月から他人を呪ったり呪いが届いた(?)のを喜んでる場合じゃないだろう。未だにパラサイトシングルとしてアニメを見ながら他罰的な態度でのうのうと生き続けている所を見るとそもそも責任に気付いて居ない、というか罪悪感を感じているか、感じる感性があるのかどうかも疑わしいんだけど…。ブログを見る限りまるで外部から自分に降りかかってきた不幸の一つのように捉えて被害者意識すら持っているように見える。「呪う」という文字は多々あれど「償う」が無いのがその理由。


資本主義が云々と、要は世間が殺したような事に考えて逃げたいらしいけど違うから。殺したのは世間じゃなくて彼。母を苛め抜き悩ませ自殺に追い遣った張本人は他の誰でもない、彼、グダちんその人だから。
何か↓呪いのトラックバック(wが来て - ねこら対策研究要塞日誌@はてな

って書いてくれた。
ちょっと僕に呪われたくらいで、文章を書き換えてくれてご苦労様です。
そうだよ。僕が殺したんだ。
だが、母親はもう死んだから、僕は責任を取ることすら許されない。


でも、正しい仕事って難しいね。非正規職員とはいえ、公共機関の職員なんだけど、それでも正業とは認められず、母親を殺してしまった。公共機関だけど、正業と認められないというのは、つまり社会が賤民を必要としているってこと。
ちなみに、id:nekoraくんは雑にしか僕のブログを読めないくらい慌てていたから気づかなかったようだけど、息子はもうひとりいたと書きました。彼は僕と違ってリアルできちんと生活しているから、僕の呪いのエントリが及ばないように、彼のことは少ししか書かなかった。だから、id:nekoraくんは読み飛ばして気付かなかったみたいだね。まあ、ねこらくんは僕に対して雑に接しているから良いんだけどね。そのわりに、僕の小説の過去設定までイチイチ検索してくれて、画像をねこらくんのブログに無断転載してくれたので、ご苦労様です。
もうひとりの息子はもっと大きな公共機関の正職員で将来も有望なんだけど、それでも母親は死にました。
遺書には「大好きな次男。次男だけが支えでした。」って書いてあった。僕は長男です。次男の頑張りを帳消しにするくらい、僕はダメ人間だった。僕はいらない人間だった。僕は生まれるべきではなかった。

いや、長男は次男が生まれるために必要だから、次男のための踏み台になって、僕が先に自殺するべきだったのかもしれない。ジェットソン。


でも、ねこらくんの言ってることは半分は正解だが、半分は間違っている。だって、僕が生まれたせいで母親が自殺したんだから。
だったら

小さな孫に会う事は老夫婦の生甲斐となり、毎日共通の明るい話題で毎日盛り上がっただろう。老父母って、息子娘以上に孫大好きな生き物だ。

ということは間違いだ。
僕は生まれたての赤ちゃんの頃から、祖父母、老夫婦の生きがいの孫になることすらできなかったクズなんだよ。生まれたこと自体が呪われているんだ。
話は30年前に遡る。
今の僕と同じ歳の30歳だった父親は、彼の生存戦略のために母親と結婚して、いろいろと事業に失敗したりしながらも親戚のコネを頼って正業に就いて定年まで生存戦略した。
だが、生存戦略をしたものの、妻を自殺させた。
僕が生まれなかったら、父親にも母親にも別の人生のレールがあったかもしれない。
父方の祖父母は母親をイビったし、親戚の間の金銭トラブルもあり、それが母親の長期的な悩みになっていたという側面もある。
嫁という家のレールに入っただけで、親戚という路線の中での役割を演じさせられて母親は本当に辛かっただろう。そういう人間関係を子供の頃から見ているので、僕は簡単に自分の人生というレールにほかの女性を軽々しく巻き込むようなことはしたくないと思う。


「家族というのは一種の幻想、呪いのようなものだとは思わない?考えてもみなよ。家族という名に縛られて
苦しむ子供がどれだけいるか。愛という名目で子供を私物化する親、殴る親。彼らが愛しているのは
自分自身だけだというのに…子供はただ、家族という理由で親を愛し、兄弟を愛さなければならない」

家系の問題というのは、ねこらくんの言うように

小さな孫に会う事は老夫婦の生甲斐となり、毎日共通の明るい話題で毎日盛り上がっただろう。

というだけの能天気なものではない。
まあ、僕がクズだったから悪いんだけどね。僕みたいなクズを父方の祖父母に見せて恥ずかしくない秀才に育てるために母親はすごく頑張って僕が幼稚園の頃から「偏差値をあげなさい!」って言ってくれてたし、それでも田舎に住んでいた父方の祖父母は母方の親戚への劣等感から僕のちょっとした失敗を見つけては母を責めていた。まあ、僕は祖父母が死ぬ高校2年生までは京都の進学校で学年トップ10の成績をキープしていたからいいんだけどね。国立大学に入ってから精神がぶっ壊れたけど、それは僕が本当に勉強が好きなまともな人間ではなく、単に成績が下がって怒られるのが嫌で勉強していただけの回避性人格障害のクズのアダルトチルドレンだったから自業自得だ。


そういえば、話は13年前に遡るけど、
私の母親も死ぬ前に新しい家を建てようとして銀行に毟られてたんだけど、父方の祖母も死ぬ前に、たったひとりで住んでいた田舎の家をリフォームしようとして悪徳建築会社に金を取られていたなあ。父方には3人の息子がいたけど、全員祖母から離れて正業に就いて暮らしていたから、祖母はなんとか死ぬ前にもう一度、幸せな家庭ってやつを取り戻そうとして、誰も戻ってくるあてのない家をリフォームしたんだろう。癌に蝕まれていたのにね。女って、死にそうになると家を建てようとするのかなあ。かわいそうな生き物だね。

もし彼がしっかりした大人の男となり正業に就き家庭を築いていたら彼の母は自殺しなかっただろう。小さな孫に会う事は老夫婦の生甲斐となり、毎日共通の明るい話題で毎日盛り上がっただろう。老父母って、息子娘以上に孫大好きな生き物だ。

たぶん、父方の祖母も、僕の母親もそういう世間的な幸せってのを手に入れようとして、無理をして、死んだんだろうね。
まあ、id:nekoraくんは能天気だから、世間的な幸せを求めることから生じる苦しみは知らないんだろうけどね。彼は人間らしく「自分がどこから来て、どこへ向かうか」ということを俯瞰して考えたことはあるんだろうか?まあ、ねこらくんも今は風邪をひいただけで死ぬような病気に犯されているらしいから人の人生の幸不幸を考える余裕はないだろうけどね。

寄生獣(完全版)(6) (KCデラックス アフタヌーン)

寄生獣(完全版)(6) (KCデラックス アフタヌーン)


それでも、人は人類という種を存続させるために、幸せのレールに乗れるかどうかわからない、何が生まれるかわからない子供を、人生というレースに送り出す。
そして、それ自体が

しっかりした大人の男となり正業に就き家庭を築いていたら

小さな孫に会う事は老夫婦の生甲斐となり、毎日共通の明るい話題で毎日盛り上がっただろう。

という、「普通の結婚をして、普通の家庭を築いて、普通の幸せを手に入れて」という親になって人類社会に認められるための生存戦略でもあるんだ。
僕も母親の葬式で「所帯を持って落ち着け」って言われたよ。いろんな人に。でも、「結婚したのは間違いだった」って言い残して自殺した母親を見たら、そんな気持ちにはなれないな。他人を俺に巻き込むなんて。


でも、新年会での友人たちの楽しそうな笑い声を聞くと、そういう、「普通の結婚をして、普通の家庭を築いて、普通の幸せを手に入れて」というのは多分、人間の社会人としては祝福してやるべきことなんだろう。生まれてくる子はなんにもわかってないんだから、僕が呪うのは可哀想だしね。でも、そういう普通の幸せを手に入れないと、社会からはじかれてしまう、評価されない、そんな社会は寒いなあ・・・。



僕のかかりつけの精神科医によると、「日本人は他者から評価される、世間に認められることを重視しすぎて、もうひとつの幸福感である自分で自分を褒める」ということが苦手だそうだ。まあ、その精神科医も僕に「母親に認められることより、自分を大事にしろ。母親から距離を取れ」って僕にアドバイスして、母親を死なせたんで、何が正しいか今の僕にはわからないけどね

対人恐怖 社会不安障害 (健康ライブラリー)

対人恐怖 社会不安障害 (健康ライブラリー)

SSRIも身体化障害の幻覚痛を抑える気休めに過ぎないしなあ。

  • 自己評価、正しい自己愛とは?

ねこらくんは有村悠さんと自分を比べて、

 数年前のアフィリエイトブームの頃に始めるや否や、忽ち重要なポイントを発見して月4〜50万をコンスタントに稼ぐ天才肌の私。ブログにぺたぺた山ほど広告を無造作に貼るも(無造作故当然)ロクに儲けられぬ凡庸な彼。


 免震構造ハイテク高層インテリジェントエコロジー自社ビルに勤める真人間の私。歳老いた母の自宅に汚部屋を築きパラサイトする、ライターと称する事実上の無職の彼。

と、書いている。自己愛性人格障害の有村氏よりも、ねこらくんの方が正しく自分を評価して、健全な自己愛を持っているのかもしれない。
だが、ねこらくんの自己愛は「月に金をいくら稼いだか」「自社ビルに務める真人間」という「世間で評価されていること」に立脚している。
もし、彼がそのレールから外れたら?
そう、この社会はレールに乗り続けることが一番大事な、血を吐きながら続ける悲しい列車運行なんだ。
(ちなみに、有村さんは出崎統の世界という本で、かなりきちんとしたアニメ批評を載せていて、唸らされました)

アニメーション監督 出崎統の世界 ---「人間」を描き続けた映像の魔術師

アニメーション監督 出崎統の世界 ---「人間」を描き続けた映像の魔術師


影絵少女A:かしらかしら、ご存じかしら?

影絵少女B:普通に勉強して、普通に就職して、普通に恋愛して、普通に結婚して、

      普通の家庭を作るなんて、私たちに関係ない普通よね。

影絵少女A:私たち今までいろいろやってきて、疲れたわね。

影絵少女:そろそろ私たちも、普通に戻るとしますか。

影絵少女:かしらかしら、ご存じかしら〜。

                             


話は12年前に遡る。
父方の祖母が他界して遺産相続のレースに父親が敗北して父方の親戚と絶縁し、母の義理の兄が自殺して、母の実家のレールから追い出されて、母方の祖母が私の家に来て、母親の精神がさらに不安定になって、私の大学の成績が落ちた時から、僕の人生のレールは外れかけていた。なんとか富野アニメなどから元気をもらって卒業して、なんとか公共機関に非正規ながら就職したり、ギリギリ生きてるけど、どうやら僕は普通の人生っていうレールからは遠く離れた路線にいるようだ。


(ちなみに、生存戦略というレースと親子の命のレールについては、輪るピングドラムよりもシェルブリットの方が容赦なくハッキリと描かれている。ピングドラムはテレビで放送されるものだから、ちょっと表現が柔らかくなってる。)



僕はどこに行くべきだろう?
遺書を書き終わるまで、しばらくは自殺しないつもりではあるけど。
他人や家族や世間からの評価を得ようと、今まで色々やってきて、もがくのはもう疲れたね。
何よりも自分のために、自分で自分で幸せを感じて生きるにはどうしたらいいんだろう。何も感じないで、何も考えずに生きるには、まだ人生は長く、退屈だ。

id:samepa最近グダちんさんは内罰的過ぎて見ていて辛いので気分転換がてら一緒に海でも行って泳ぎたくなってくる。ジャイアントストロングエントリー!(冬だけど)2013/01/01
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そうだ、海へ出よう。

いつから、海を見ていなかったのかなぁ

おにいさまへ・・・
サン・ジュスト