玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。

宝島第4巻13〜16話 戦い・殺意倫理規定の生命力

第13話 じいさまのちっちゃな鈴 脚本:篠崎好
第14話 これも人生!敵・味方 脚本:篠崎好
第15話 シルバー式降伏のすすめ 脚本:山崎晴哉
第16話 おいら少年流れ鳥・・・!? 脚本:山崎晴哉
全話絵コンテ:さきまくら(出崎統


戦争だ!
宝島に上陸した途端にジョン・シルバー一味の20人の海賊が船長たちを裏切った!
宝島の地図をビリー・ボーンズ船長に託された主人公のジム・ホーキンズ少年と、彼の仲間はたった8人!
ジムとリブシー医師、オーナーのトレローニさん、トレローニの従者が3人、スモレット船長、一人だけ裏切らなかった水夫のグレイ(ベルサイユのばらの詩人みたいな感じの渋いイケメン)
彼ら8人の仲間たちは海賊たちの襲撃の中、宝島に残されていた大海賊フリントが建てた砦に立てこもり先の見えない戦いを強いられているんだ!
七人の侍のような戦のドラマだ。スタンダードな名作だ。
1回ごとに海賊たちと船長たちのパワーバランスや手駒や陣地が変化して非常に面白い。

  • 今回の見所は殺意の扱い方

戦争が始まったので、殺し合いが始まる。総勢30人程度しかいない登場人物の中、4巻で5人以上は死んでる。これはなかなか重みがある。たったこれだけしかいない少人数のドラマで一人、また一人と減っていくのはストーリーに重みがある。島の中での数十人の殺し合いは、バトルロワイアルにも似てるんだが、宝を狙うという大目的もある。宝の継承権をフリントの部下のシルバーと、フリントの副船長だったビリー・ボーンズに託されたジムが争うという構造でもある。
また、英国紳士と無法者の海賊との階級間闘争でもある。


命がけの戦いはエンターテインメントとして面白いんだが、残酷さを売りにするデスゲームエンタメでもない。これが子供にも見せられる人間ドラマ、教養小説としても見れるのは、登場人物の殺意の使い方、個々人の倫理観が別々に描かれているからだ。そして、主人公のジム少年が純朴で正義漢のある少年だからだ。
(バトルロワイヤルでも主人公はノーマルで殺人を忌避する倫理観を持っており、筋立てとしてはスタンダードだ)


いや、バトロワの話をしだすとややこしくなるので宝島の話をしよう。


出崎統的美学が感じられるのは、殺人行為に対する倫理観の違いの描き分けを通じて、キャラクターの魂の濃さを描いていて、人間賛歌、命の素晴らしさ、カッコよさを感じさせるからだ。出崎統の魅力はエモーショナルな生命力の描写だ。
出崎統の作品は死を扱う事が結構多いんだが、死のおどろおどろしさよりも、死に近づきつつも生きようとする魂の誇りのようなものの方が主眼ではないのか?


前ふりが長いな。


つまり、殺人に対する嫌悪感や覚悟がキャラごとに違うのが面白いのだ。こういう個性が登場人物の人生や生命力を感じさせるじゃないか。


以下、ネタバレ


http://moeve.moe-nifty.com/rot/2010/11/post-3281.html
こちらが海賊たちのリストだ。
そして、ジムの仲間のレッドルース爺さん、ジョイスを銃殺し、スモレット船長も銃撃して重傷を負わせたのが

このジョージという海賊だ。20人くらい敵の海賊がいて、銃撃と砲撃が飛び交っているのだが、4巻で直接手を下したのはこいつだけというのは明確な演出意図を感じる。
この片目にオレンジ色のスカーフが特徴的なジョージは、水夫長のアンダーソンやアロー副船長が死亡した後、シルバーの直属の部下という立ち位置でシルバーの近くにいる事が多い。割とプロの殺し屋という感じであり、シルバーの右腕のように殺人を行うのがジョージだ。彼の殺人はシルバーの命令のもとに行われたものと解釈できるだろう。
ジョージはシルバーの命令に従って殺人をする。ジョージとシルバーの関係は仕事上のドライな利害関係だ。ゆえに、ジョージの殺人行為はジョージの意志ではなくシルバーの殺意といえよう。
実際、ジョージはシルバーが15話で豪雨の中でヒスパニオラ号を動かすという無茶な命令をした時にジョージは反発し、シルバーに暴力的制裁をくわえられている。ジョージがシルバーにしたがっているのは、フリントの宝が欲しいという欲望のためだけである。
(これはのちの伏線でもある)


ここで、殺意の主体であるシルバーが直接手を下さずにジョージが殺人を行っているというのが面白い。
ジョージは自分の意志で殺意を持つ男ではない。ただ、欲望のために従って、その仕事の一環として殺人をする、という程度のダメな大人だ。
手下の海賊たちも、だいたい同じようなスタンスであろう。井戸に毒を投げ込み、ジムを銃殺しようとしたモーガンおやじも間接的に殺意を持っている。



かもめのパピーは世渡りのために海賊になった水夫である。こいつは欲望のために悪の道に入った素人だ。こいつの素人っぽい殺意は、16話でジムを殺害しようとした時のぼんやりとした感じ、銃を向ける事に対する実感のない態度からもうかがい知れる。結局、パピィの銃は手入れをされていなかったためにパピーはジムを殺害できなかった。その程度の男なんだ。
欲をこいているくせに、命令に従って行動するばかりで根性が足りん。


対して、シルバーは海坊主を自分の意志と手で殺害したので、殺意と殺人行為の両方を自分で制御できるという男の中の男である。格上。魂の濃さが強い。
殺人をするにあたって、自分の目的意識と、相手の命の重さをわきまえた上で、自分の能力を生かして殺害できるのが強い男だ。
海賊だし悪だけど、自分の意志で殺人も含めた冒険、人生を行っているから強い。


対して、正義側。
スモレット船長は英国紳士としての矜持、英国王に対する忠誠、法令遵守と職業意識にのっとって命がけの戦いに身を投じる男であり、彼も強い男だ。だが、彼の戦意は法にのっとったものであるので、自分の魂からの意志ではない、というのがシルバーとの差だ。
出崎統作品においては、割と矢吹ジョーのように損得やルールよりも「自分の意志」で行動する人物を評価して描く事が多い。「自分の意志」というのが物語において唯一、鑑賞者に虚構の登場人物の生命力を感じさせるものだからだ。
「本気が見たいんだよ!」(劇場版AIR


トレローニ氏はジムの地元の金持ちで、リブシー医師は地元の知識人で、この二人がフリントの宝を手に入れようとするのが今回の冒険の骨子だ。
この二人はいい歳をこいたオッサンの割に、冒険と宝探しや戦争に非常に前向きであり、オッサンなのに生き生きとしているようで、割とカッコいい。地元の仕事で成功した大人だけど、中年を過ぎてやっと少年の頃の夢をかなえられると言う。こういう冒険心の肯定は出崎っぽいなー。海を目指す。
彼らも戦闘においては銃撃をしているので、殺意を自分の欲求から使える者だろう。だからメインを張る。
太っているトレローニ氏は若干頼りないが、意外と射撃が上手くて面白い。


傭兵上がりの水夫で味方のグレイは「ついつい弱いものに味方したくなる」というだけの理由で戦争に参加してしまっているのだが、この「ついついやりたいことをやる」というのが、すごく出崎統的美学のキャラクターで、超カッコイイ。


そして、トレローニやシルバーの命令につき従っている召使いや部下など、自分の意志が弱いものから死んでいく。
魂の強さが生死に直結するのが出崎ワールド。キャラの死ぬ順番は原作も同じだろうけど。出崎演出は「意志の強さ」を強調しているように見える。

  • 命の重さと正義

また、殺意というのは、能動的な殺意だけでなく、死にかけている相手を見捨てるかどうかという面でも推しはかれる。
15話では、正義側は銃創で死にかけたスモレット船長の手術をするために仲間たちが助け合った。対して15話で海賊たちは戦闘に明け暮れたために熱病で2人の死者を出した。
シルバーは海賊仲間にも殺意を向けている。宝を手に入れるという目的のためにだ。
ここで、仲間の命を大事にする者たちが正義だという事が明確に描かれている。「命を大事に」と説教臭く台詞にはしてないし、主人公側も宝を取りたい欲望に取りつかれているという点では海賊と大差ないのだが、仲間の命に対する行動だけで正義感が示されてるのが逆に説得力がある。

  • ジムを殺さないシルバーと、ジム

川に水を汲みに来たジムの水瓶をシルバーは対岸から狙撃して言い放った。

シルバー「これがいくさってもんさ。強くて頭のいい奴が必ず勝つ事になってるんだ」
ジム「違う!勝つのは強い方でも頭のいい方でもない!正しい方が勝つんだ!」
シルバー「そいつは違うぜ。生き残った方が正しいって事になるんだ。世の中いつだってな」


このシーンは本当にアニメ的だ。小説でも絵画でも表現できない。アニメだからこその演出だ。
なぜか。
シルバーは立場的に完全に有利に立っているのだが、映像の原則で言うと

シルバーは左側、下手に立っているし、ジムの台詞に一瞬シルバーが気圧されたように下手に引く映像が描かれた。その上、河の流れの下流にシルバーが立っていて、演出的にシルバーが弱く見えるように強調されている。この演出意図がわからなければアニメオタクを辞めた方が良いレベル。

映像の原則 改訂版 (キネマ旬報ムック)

映像の原則 改訂版 (キネマ旬報ムック)


「そいつは違うぜ。生き残った方が正しいって事になるんだ。世の中いつだってな」
と、シルバーは言うのだが、この時映像的にシルバーは川下に立っている。つまり、「シルバーは”生き残った方が正しいという世の中”に流されている」という表現だ。
河の流れの←の圧力に負けているレイアウト。
そして、「自分の意志」を重視する出崎統の演出において、世の中に流された方が負けなのだ。つまり、シルバーは武力ではジムに勝っているが、魂の力においては負けているという表現で、つまりジムは子供だけど主人公なんだよ!


シルバーがジムをいつでも殺せるのに殺さなかったシーンは13話でもある。シルバーは射撃の名手なので、ジムを殺さなかったのはわざとだ。わざとジムを殺さなかったのだけど、いつでも殺せるという風に振る舞うのがドラマチックだ。
(シルバーはジムを降伏を勧めるためにメッセンジャーボーイとして生かしていたというシナリオ面もあるが)


なぜシルバーがジムを殺さなかったのか?それは大人になってしまったシルバーが、ジムの中に自分が失ってしまった意志の強さを見出して、それを惜しんだからだろう。
それゆえに、船の中でシルバーは事の他ジムと仲良くなったのだ。魂の波長が合うのだ。
ジムはレッドルース爺さんとの会話で「俺はたくさん宝を持ってる」「でも宝はたくさんあった方がいい」と言った。レッドルース爺さんは「大人になると大切なものを亡くしていってしまうんじゃ」と、人生に流された瞬間、死んだ。
流されたら死ぬ。


シルバーもたくさん宝を手に入れたいという野望と冒険心を持った男だ。自分の意志だ。ジムもそれを持っている。
シルバーは独り言で、「自分の部下は人数ばかりで頼りない」と言った。それは部下の意志の力が弱いからだ。むしろ、シルバーはジムの意志の強さの方を評価しているのだ。
だが、男の中の男であるシルバーも戦の弱肉強食の掟に従ってきたことで、「流された」。


ここでシルバーとジムの関係がすごく特別なドラマ性を帯びていて、ジムは強さの面でシルバーに憧れているんだけど、シルバーは逆にジムの心の純粋さに憧れているんだな。(これは終盤への伏線である)


また、映像面でも、二人は似ている。髪形や服装。船長服のシルバーは黒地のコートに赤青黄色の飾りで、ジムは白地のシャツに赤青黄色のチョッキとズボン。トリコロールは主人公の印であり、同時に「白」と「黒」の対立なんだなー。
これは少女革命ウテナプリンセスチュチュオーバーマンキングゲイナーコードギアスに受け継がれるんだけど、まあ、白と黒の対立は割と普遍的なモチーフではある。


そういうわけで、シルバーは自分に似ている要素(若い頃の純粋だった自分)をジムに見ているから、殺すのをためらうんですね。ただ、シルバーも自分の意志で生きている男なので、ジムとは対立して、ジムを許さず、いつでも殺せる風に本気で戦う。殺したくはないが本気で戦う。これがドラマチック。友情!


そういうシルバーの野心とジムへの愛情の葛藤があるんだが、ジムは単純な子供なので、あんまりシルバーのそういう微妙な距離感を分かってない。ジムは本気でシルバーを憎んでいる。単純ゆえに全力。ただし、ジムは子どもなので武力的にはシルバーをすぐに殺せてないので、ここのバランスがドラマチック。


だが、16話のラストでジムはシルバーが占拠している船の碇のロープを切断した。

→への強い意志の力を示す太刀筋で切断した。
しかも、ダメ押しで切断する瞬間にジムはシルバーの顔を一瞬思い出す。
ジムが「明確な殺意」をシルバーに向けたんだぞ!という映像表現だ。
この意志力をもって、ジムは己が主人公であることを強烈に示した!


台詞で説明はされてないんだが、映像の原則と流れによるとそういう事だ。
こういう風に、アニメ演出によって登場人物の意志を感じさせるアニメーションは生命力を感じさせるし、作り手の意志も感じられて芸術性が高いと思うし、好きだ!
僕が富野ファンだから、出崎統のフィルムの感性に好意を持つという所もある。


あと、やっぱり最近の設定やCG美術に凝ったアニメに比べると、宝島は筋書きもレイアウトもかなりシンプルだから、映像の原則が僕のような素人の視聴者にも明確に理解できて、見やすい。
映像の原則に沿って見ていると、ジムとシルバーの友好関係と対立関係の流れが言葉ではなく魂で感じられて楽しい。


魂が震えるアニメは名作。

宝島 Blu-ray BOX

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しかし、まあ、海賊シルバーの側もトレローニの側も、争わずに穏便に宝を平等に分けたら誰も怪我しないですむのになあ・・・。
いや、この時代の水夫とオーナーの身分の差があるから争うのかなあ・・・。という事も考えさせられますね。