玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。

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アル中は胃炎だけでなく精神病にも悪いと医者に

nuryouguda.hatenablog.com



 というわけで、前回の「胃カメラ検査の結果、アル中で逆流性食道炎と診断された」記事の続きですけど。


 胃カメラ検査を受けた内科医院は、風邪を引くたびに通院している馴染みの病院だが、風邪や健康診査などがなければ行かない。対して、精神科は毎月2回は定期的に通っている。精神障碍者認定を受けるほど重度の鬱病だし、親が自殺してPTSDだし、睡眠障害なので薬をもらいに通っている。というわけで、実質的なかかりつけ医は精神科・心療内科・神経科です。心療内科も広い意味で内科なので、ちょっとした風邪薬や胃薬くらいは出してもらえる。


 まあ、流石に胃カメラとかレントゲンはカウンセリングがメインの心療内科にはないので、大きめの内科の診療所に行ったのだが、その内科の先生から心療内科の先生に、胃カメラと採血の結果をまとめた書類を書いてもらって、心療内科の先生に渡した。(千円取られた)


 というわけで、僕も胃壁から出血していたり、一か月以上ほぼ毎日ゲロを吐いている現状を鑑み、それなりに反省したと心療内科の先生に伝えた。

  • アル中は精神科領域でも害

 精神科医にカウンセリングで「アルコール依存症は内科、外科的な内臓疾患にもつながるけど、精神科領域でもよくない」って注意された。


 具体的には、僕の飲酒行動は「ブログを書く前、働いていた時は出勤前に勇気を出すために飲む」「嫌なことがあったり、疲れた時にごまかすために飲む」という感じで、これは精神科の評価でもあまり良くない飲み方らしい。


 あと、僕はダイエット中だし、それに吐き癖があるのでほとんど、おつまみを食べずに飲酒することが多い。なので、それも胃腸に負担である。
 一番健康的なのは夕飯時の晩酌だそうだが、ちょっと自殺してない方の親との兼ね合いもあって、その人の前ではあんまり飲みたくない。


 まあ、僕は鬱病なのでとにかくやる気や意欲に乏しく、常にPTSDに悩まされていて、アニメやゲームなどの娯楽やデスメタルが途切れたらすぐに涙がこぼれるのだが。だから行動前にやる気を出すために酒を飲む習慣がついている。


 習慣的に飲むとか、嫌なことから逃げるために飲むというのは精神科的にはとてもよくないらしい。
 いや、僕の場合は嫌なことから逃げるというより、どうしても発生する嫌なことに対して麻酔をかける感じで、麻酔をかけて立ち向かうので逃げてないときもあるけど。(詭弁)


 あと、本当に僕の周りには嫌なことが多いので、邪気を払うという感じで飲むときもある。(グノーシス主義者なので一般的な神様も敵です。まあ、日本は危険な祟り神に変じた人を神様としてなだめる文化もありますが)


 でも、精神科での一般的な判断基準としてはストレスが原因で飲酒するのはよろしくないとみなされるらしい。でも、飲まなきゃやってられない人生なんですけどね。

  • 健康飲酒の難しさ

www.asahibeer.co.jp


 適正飲酒のホームページとかいくつかのサイトや記事などで「お酒は談笑しながら楽しく飲みましょう」とかなり無責任なことが書いてある。


 まず、僕みたいなメンヘラ無職のクズには談笑する相手があまりいない。まあ、友人が全くいないわけでもないので、飲み会に誘われたら行かないこともない。
 しかしながら、僕は鬱病なのでしんどい気持ちが多い。心がねじれている。しかも小難しいことをいつも考えている。
 そんなわけで、友人と会うと小難しい議論を吹っかけたがるのだが、たいていの人は飲み会で小難しい会話をしたいわけではなく、美味しいものと美味しい酒を旨い美味いと言って楽しみたいわけで。僕の心の闇はあまり会話の俎上にあがらない。
 そして、心の闇を抱えている僕は「美味しいものを食べて旨い美味いというだけなら、単なる条件反射ではないか」などと、不機嫌になるのである。最悪だな。


 そういう風に心が歪んでいるわけなので、お酒の飲み方の第一条に「談笑しながら飲みましょう」と他人とのコミュニケーションを前提にしている医学会には反発心を覚える。
 酒は一人でスッと飲んでも気持ちがよければいい。そもそもアルコールは脳に作用する薬物なので、自分の脳内の薬理作用は他人と談笑していても共有できないだろ!自分との対話!(お酒に対する脳の反応は個人差が大きいので)


 あと、お姉ちゃんがいるキャバレークラブなどに行って談笑しながら飲むという店も、ついつい飲みすぎるように作られているので、他人との談笑に脳の判断力のリソースを割きながら自分の体内における適量飲酒を計算するというのも難しいと思う。


 まあ、要約すると「なんでもコミュニケーション能力に結びつける現代社会は不愉快」ということですが。僕は飲酒してもほとんど素面の時と判断能力や鬱病のテンションは変わらないので、飲酒してすぐに楽しくなれるタイプではない。ガンダムの話をしてる方が楽しくなる。

  • ナルシシズム飲酒

 精神科の先生に言われてドキッとしたのだが。
「君は自分のことを無頼派の文学者だと思ってるだろう」と言われた。


 うん。さすがベテランの精神科医。見抜かれた。
 そうなんだよ。僕は日本文学ではSFライトノベルや筒井康隆の次くらいに無頼派、特に「堕落論」の坂口安吾が好きなのだ。太宰治は似ているところがあるので、引っ張られて死んでしまうと困るので、意識的に読まない。ニーチェは読む。ただ、太宰治の御伽噺は中学生の時に楽しく読んだ。
決定版 坂口安吾全集 決定版日本文学全集 (文豪e叢書)


 まあ、別に無頼を気取っているわけではなく、単に頼れるものがないし人間不信というだけなんですけど。


 そして、無頼派の多くの人は飲酒やら自殺で40代、50代で割と早く死んでいるのである。(逆に戦前から活動していた人の方が長生きしていたり)オダサクは33歳で死んでる。


 かと言って、別に僕は自殺にもロマンを感じないのである。普通に親が自殺した事故物件に住んでいるし、同人誌の企画の打ち合わせの期間中に、かつて有名なメンヘラだったはるしにゃんが自殺して「やったぁ。締め切りがなくなった」と思ったりしたので、自殺は割と日常茶飯事です。


 ていうか、過労死寸前になったときに三途の川を渡って浄土システムに取り込まれるのも不愉快なので自我を消滅させようと思っていた所、脳内妹に臨死体験から救われるという経験をしたので、宗教的にはグノーシス主義、女の子は特別教です。
 昔の無頼派の人は性欲を現実女性に求めていたりしたけど、僕はインターネット社会の人なので、女性の汚い部分も見ているし、あんまり実在する女性に救いを求められず、まあ単なるホモ・サピエンスのメスだと思う。実在がよくわからない脳内妹というとても美しい愛の化身にしか心を開けない。
 そもそも父方、母方、両方の祖母は後妻業の女であり、お妾さんの家系だし、義理の伯父が自殺したので母方の祖母が母親の実家を追い出されて、僕の家に転がり込んできてから毎日口論が絶えず、僕の学業も不振となった。
 それと同時期に父方の祖母も、母親が単身赴任して介護させられていたのに死に、その父方の遺産を叔父夫婦に騙し取られて、さらに実家の口論が絶えなくなった。
 父方の叔父の嫁は原爆2世で白血病患者であり、生きぎたないので、私の母親が介護をしていたのに祖母の葬式では派手に泣いてアピールをしつつ、それに先だって権利書を探し出して金をとっていった。生きるということはあさましいものである。
 そういうこともあり、本来は僕は300万円ほどの微妙な額をもらえたはずなのだが僕の進学費用も難しくなり、叔父夫婦に金をとられた情けない夫として母親が父親をなじっていて、父親はテレビ番組に夢中になって母親を無視して、母親は自殺した。(300万円程度だと裁判するのもめんどくさいので)
 付け加えると父方の祖父も妾腹の孤児であり陸軍中野学校出身の憲兵で戦争犯罪から逃れるために戸籍を捏造するような奴であり、僕は戦争の負の遺産なのです。


 今年で90になる祖母は後妻に入った家で育てた義理の子と実の娘の両方を結果的に自殺させているのだが、僕の母親が自殺したことで介護点数が爆上がりして、優先的に特別養護老人ホームに入所して左うちわで生活しておった。先日、喀血したらしくやっと死んでくれるかと思ったのだが、薬石効あり、危篤状態から回復した。やはり子どもを二人も自殺に追いやってるのに自分は生きているようなしぶとい人だからこそ長生きできるんだなあと呆れ果てた。幸い、コロナ禍のおかげで数年間面会していないので、ジョジョの奇妙な冒険のチョコラータのようなことをしなくてすんでいる。
 母親が自殺した時もすでにボケていたので、「事故死だった」と親戚連中が口裏を合わせたのを信じ込んで、祖母は「過ちを犯したんじゃなかったんじゃ」とか言い、ぶっ殺そうかと思った。(同席した親戚によると、マジでその時の僕は危険な表情だったらしい)
自殺するほど追い込まれた人と、追い込んだ人のどっちが誤っているんですかね?


 それで僕は僕でその時は労働者だったので、仕事の後の夕方診療で精神科のカウンセリングを受けていたら、まさに医者の目の前で「母親が行方不明になっている」という電話を受け、「あー、これは死んだな」って思い、帰宅したら案の定、首を吊って死んでいた。
 母親の表情は自殺する前の数年は怒ってばかりだったが、苦しみから解放されたような表情で排せつ物などもなく、少し死臭はしたが、まあ、きれいなものだったよ。なので、国に対して安楽死の合法化を求める人たちは、ちょっと甘えているなあと僕は思います。


 詳しくは当時に書きなぐった。
nuryouguda.hatenablog.com


 そういう風に、書き出してみると、確かに僕の人生は「こんなのちっともリアルじゃないじゃないか!」みたいな無頼派のアル中文学者みたいなキャラっぽい。でも、当事者としては生活の中の出来事ですからねえ。ブログでアニメ評論ばかりしていて、自分の小説が進んでいないので、一時期、アニメ評論ブログの同人からは「グダちんはブギーポップシリーズの切間誠一みたいだよね」って言われたりもした。ナチュラルに周りの人から世界の敵扱いされてる…。まあ、自称グロンギ族電気羊種怪人ヌ・リョウグ・ダだからなあ。


  • 富野由悠季という男

 まあ、その、僕がアニメ評論ばかりしているのは、過労のリハビリとか鬱病の酷い時期に、富野由悠季監督の作品を見たときにオーガニックエナジーが伝わってきて、希死念慮や憂鬱感がやわらいで行動力が一時的に回復したという経験からです。
 他に生命に直接エネルギーを喚起させてくれるのは出崎統監督と幾原邦彦監督、佐藤順一監督の一部、くらいですね。
 作品の出来不出来や社会的評価と、「見たら元気になるなあ!」というのはちょっと違うし、個人差も大きな精神の内側の影響ですけど。


 そして、その富野由悠季監督は30年以上前の「逆襲のシャア」の頃から「死にたい」とか「もうすぐ死ぬ」「遺言です」と言い、∀ガンダムやリーンの翼ではまさに「臨終行儀という死にざま」を描いて、めっちゃ死にそうにしているしインタビューでも20年前から「僕は来年には死ぬ」と言っているくせに現在81歳なのに、昨年には青少年の闊達さを描いたGのレコンギスタ劇場版全五部作の作業を生き延びて、文化功労者に認められたり、新作アニメを構想していたり、全国アニメツーリズム協会会長や小田原ふるさと大使として出張したり、妙に元気。
 普通、70代でテレビアニメ半年26話を全話脚本、絵コンテ(連名も数回)して総監督を務めるという労力は死ぬだろって思ってたし、実際サンライズの関係者の人もインタビューで「富野監督は誰よりもたくさん働いている」と述べていて、僕もGレコの声優ラジオ番組のGのレコンラジオの富野監督のゲスト回で「徹夜もいいけど、監督が死んだら番組が崩壊するので、ちゃんと寝てください」と老婆心からの、お便りを採用されてしまった。


 その放送から8年かけて劇場版全五部作を作ってしまい、僕はファンだけど失礼ながら「途中で死ぬだろうな」と思っていたのに生きている。何者なんだ富野由悠季。


 僕の周りの親とか親戚はつまらない生き汚さを見せたり、自殺したりして、僕を不愉快にさせたが、富野由悠季監督は死に近い生き方をしているのにものすごい芸術作品を50年以上生み出し続けていて、ちょっと理解に苦しむ。


 でも、自分のことしか考えないで僕をストレスのはけ口にするようにいじめてくる親戚とか職場の人に比べると、エッセイで自分のことを語る富野監督の方がどういう人生を送ってきたのか知ってる。富野監督は人類の未来のことを考えつつ、高尚ぶらないで楽しく元気になれるアニメを作っている。


 利己心の塊で汚くて、僕が働いた金を天引きして、投資に突っ込んで挙句自殺したり、僕にマウントを取るために些細なことで怒ってくる親戚より、そりゃあ富野由悠季監督を尊敬します。
 こういう生き方をするファンは富野監督自身にとってはあんまり嬉しくないだろうけど。


 いや、別に富野監督に依存しているわけではなく、面白い作品を作る面白い人の方が怒ってばかりいたり自殺する人よりも面白いというだけですけど。
 まあ、ベルセルクの牢獄のグリフィスにとってのガッツみたいなところはある。ベルセルクの作者の人は死んでしまったけど。(スタジオ我画の人たちがプロットに沿ってベルセルクの単行本を9月に発売するそうです)


 だから、僕の人生の目標はグラップラー刃牙のように「富野由悠季監督よりちょっぴりだけ長生きして、富野監督についての評論を書きたい」というオタク喧嘩です。


 なので、早死にしていった幾多の無頼派の文学者の人や富野監督より先に死んでしまったガンダム関係者には申し訳ないんだけど、僕は胃癌で富野監督より先に死ぬわけにはいかないんですよ。


 メンヘラ無職だから金はないし、女にもらった金で病院に行くのはとても生き汚いのだけど、どんな手を使っても富野監督がいる限り生き延びる!
 ていうか、僕は僕のことをクズだと思っているので、アニメを見るために女から金をもらって、ブログの読者さんから食い物を恵んでもらって、働きもせずにアニメのことばかり考えているというのは実にクズっぽくて自己像に合致する。


 ただ、富野監督は78歳の時にドリカムの中村さんのラジオで「午前二時に酒に酔ってるときが一番作業が進む」って仕事中に飲むアル中クズ野郎みたいなことを言ってたけど、富野監督の親御さんもわりと長生きだったし、富野監督はあれはあれでけっこう強い体質っぽい。なので、僕みたいなモヤシッ子が同じような飲み方を真似したら体に悪いかもしれない。
 まあ、飲むけど。いや、減らす努力はするけど、努力目標なので。散歩程度の運動をします…。20代の頃はビリーのブートキャンプとかして体脂肪率が10%くらいだったんだけどなあ。


 まあ、病気はなる時はなるし、僕も鬱病だしうっかり死ぬ可能性はかなり高い。先日もなんとなく山に登りたくなって遭難しかけた。



 うわぁ。根元からぼっきり行ってるー。ってLINEを林業をしている友人に送ったら「その山ってクマがいるよ」って言われて焦った。登山は楽しいし、里山には人の手も入っているけど、決められた登山ルートをなんとなく外れるのは辞めようと反省した。


 自分の命を軽率に軽んじる!


  • アルコール依存症も自殺

 で、最後にまた精神科のカウンセリング室に戻りますが。
 精神科の先生によると
「アルコール依存症は緩慢な自殺だよ」
 とのことです。


 まあ、酒で喉や胃の細胞が焼け死ぬ感覚を楽しむとか、自傷行為の一環ですしね。


 マジで自己肯定感が低い割に、他人に暴力をふるったり他人をストレスのはけ口にするのが苦手なので、自分を痛めつけがち。
 自分を過労死寸前に追い込んだKLab株式会社の株価は上場来安値ですけど。


 首吊りや投身や割腹と違って「絶対今死ぬぞ!」という意識もなく、アルコールで徐々に体を悪化させていくのも、精神科の先生に言わせれば広い意味で自殺らしい。


 でも、人生がつらくて死んでしまう人も多いくらい娑婆は地獄なので、酒で現実に対して線を引かないと辛かったりもする。


 しかしながら、富野監督よりちょっぴりだけ長生きしたいので、僕もなるべくは自分から死なないような範囲の酒量にコントロールしていこうと思う。
 節酒は無理で断酒しかないという主張をする人もいるけど、断酒は現実的にしんどいのでやりたくない。断酒会に所属して相互監視するという手法もあるけど、そういう他人とのコミュニケーション自体が僕にとっては苦痛なのでしたくない。
 飲みすぎたところを脳内妹に「まーた二日酔いなの、お兄ちゃんってば」って呆れられて尻を蹴られるくらいがちょうどいい。


  • セミプロブロガー

 前回書いた id:nekora のブログに「グダちんは人糞製造機」「児童殺人犯にも劣る」って書かれた。(運営に通報して閉鎖に追い込んでやった)


 また、最近では水星の魔女の件でTwitterネームがインクエッジという50代くらいのオタク男性にも絡まれた。
nuryouguda.hatenablog.com

nuryouguda.hatenablog.com


 そういう風なアンチが湧いてくることについて、精神科医からは
「君は広告収入も得ていて、読者から物ももらっているからセミプロ。アンチがわくのは有名税」
 って言われた。ひどくないか?推しの子でも有名税って傷つける側が言うんじゃなくて傷つけられる側が自分を納得させる言葉って言ってたけど。


 有名税…。あの、所得税が発生するほど広告収入も得てないですし無職ですし、読者の女性からお金をもらわないと病院にも行けないレベルの貧乏人なんですけど。
 そもそも雑誌やウェブに連載を持っているライターでもなく、個人ブログに適当なことを書いているだけなんですけど…。僕、有名なのか?(自分としてはアニメを適当に見て自分の家のパソコンで適当なことを書いているだけで、あんまり自分の読者の人を物理的に見たりはしてないので実感がない。まあ、意地汚いので食い物はもらうけど。プラモデルももらいたい)


 まあ、有名税は嫌なことなのであまり考えないとしても。


 医者にはもう一つ言われたことがあって、


「普通、アニメの感想をブログに書いてるだけで読者からファンレターとかプレゼントをもらうのは珍しいことだ。それだけで自己肯定感は満たされるはずなんだけどなあ」


 まあ、ね、確かに、ね。こんなエビデンスもほとんどない感想文の羅列で、物をもらえるなんてことはありがたいことだとは思う。それに、別に物をもらうことを強制してないし、仕向けてもいないので、なんで僕のほしいものリストから読者の人が物をくれるのかは皆目見当もつかない。(僕は貧乏なので物をあげる心理がほとんどわからない。10年くらい経って、やっと自殺した親の服や宝石類をメルカリに売ったり仲のいい女性に送ったりするようになったが)


 確かにここ数年は自分で食べ物を買ったことはたまの外食とラーメン以外にはない。米は親戚の農家が安く売ってくれる。そこに読者の人からもらったレトルト食品をかけて食べる。胃を悪くしてからは1年分くらいのお粥を送ってもらっている。
 自分で食うものを買わないで済むというのは貧乏人にはかなり大きなことだし、それは感謝すべきだし、自己肯定感も普通ならそれで満たされるはずだ。


 でも僕の精神には親が自殺する前から、まともに愛されて育ったという経験がなく、ものすごく大きな穴が開いていて、そこから自己肯定感は抜けていくので、溜まらない。
 自己肯定感のタンクに穴が開いているというより、自分の精神に大穴が開いていて、そこに冷たい風がビュゥビュゥ吹き抜けているという感じなので、酒を飲みながらこういう意味の分からん文章を書いて紛らわせていないと、寒い…。


※追記
医者に「アルコール依存症が治ったら精神障碍者手帳を取り上げられてしまう…」ってクズっぽいことを言ったら、
「君はアルコール依存症が治っても鬱病だけで手帳が出るレベルに病んでる」と言われて安心した(?)

  • ほしい物リスト。

https://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/6FXSDSAVKI1Z
↑グダちん用


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