- 前回のあらすじ
というわけで、映画館で序章とGQuuuuuuX編の第一話と第二話の先行上映を見た。
なので、今回のテレビ版の感想は「もう見た」です。
いやいや、先行上映もいろんな特典商法で興行収入を集めて2890人くらいフォロワーがいた僕のアカウントが凍結されたSNSのXとかTwitterとかでも話題だったじゃん。皆ふせったーとかを使いながら配慮しつつネタバレとか考察を熱心に語ってたじゃん。
まあ、僕のアカウントは凍結されたし、そもそも、なれ合いのためにSNSをしているわけではない。俺は人間ではなくグロンギ怪人だからな。
(前回の記事を参照)
だから凍結されたアカウントの代わりのアカウントを使って世間の反応を見たり、議論したりはしないの。僕のパイロットの本体は偏桃体にあるの。僕は自分の体もオーガニックマシンだと思っている。禁酒して4ヶ月で8キロ痩せて筋トレをして肉体改造していると体は部品だなって感じがする。(一番身近な道具であり乗り物なので丁寧にメンテナンスするために禁酒したり筋トレしている)
偏桃体の僕からすると自分の眼球から見る文字情報に過ぎないSNSもAIの作文も小説も大体同じ。その向こう側に人がいるとかプログラムがあるとか出版社があるとか、知識で知っているけど基本的に観測は不能。
2007年のTwitterとかテキストサイトとか、もっと殺伐としていただろ。なんだよ最近の「好きで繋がる」とか。繋がり行為ってセックスか?
俺がつながるのは偏桃体の周囲に常駐している脳内妹だけだ。そして脳内妹はアカウントを貸してくれる時と、かしてくれないときがあるし、脳内妹はSNSを僕の発言と、たまに来る他の人リプライ以外はあんまり見ないでテキトーにフォロー返ししていたのでタイムライン構成がぐちゃぐちゃであんまりガンダムやアニメの話題が出てこない。広告ばっかり。だって妹が興味を持つのも僕だけだから。
だからもうXには興味ないですね。
そんなわけで改めてテレビで放送されて、もう一回ネットニュースとかで取り上げられて話題になってインプレッションが稼げますね。おめでとうございます。
というわけで、まー僕も(OVAなど金をかけないといけない数作は水魔女の間のテレビ放送でごまかしたけど)ガンダムは基本的に全部見ているガノタだし、インターネット上の他人からはガンダムに詳しいグダちんと思われているので、義務感と広告収入目当てでこんな駄文を書いているんだけど。
あんなに興行収入を叩き出してネットでみんな盛り上がってたじゃん。それがテレビで再放送するってことでまた同じように盛り上がったり考察しろってか?無理だな。
僕は確かにアニメの感想ブログでそこそこ人気がある。読者が僕の感想に感銘を受けて15年くらい前に書いた文章の感想を送ってくれたり食い物などのプレゼントを贈ってくれる。それはいい。犬猫でも餌をもらったら喜ぶもんや。(こういうことを書くから前々回の記事のように元読者から「グダちんは人格的に余裕でアウト」って言われるんだな。性根が腐っているから治らないけど)
その程度には僕にはアニメの感想を書く才能があるんだろう。
だが、僕には致命的な弱点がある。
それは「初見の勢いがないと感想が書けない」です。
僕は色んなアニメの感想を書いているのでアニメに詳しい人と思われているかもしれないけど、実はこのブログに載せているのはほとんど初見の感想ばかり。見返して分析しようと思って、実際二週目の感想を書いたのはほぼ、Gのレコンギスタくらいです。
nuryouguda.hatenablog.com
富野由悠季と出崎統の作品のように、何度見返しても初見くらいのパワーがある作品以外は、ほぼ「もう見た」と、興味を失う。

山も一回登ったら興味をなくす。好きな食べ物は食べたことがないメニュー。まあ、毎日珍しいものを食べるほどやる気がないので普段の食事はめっちゃ雑。
好きな音楽はサブスクで検索する、聞いたことがない北欧メタル。それか何度聞いても飽きないモーツァルトと富野作品サントラとアイマス。アイマスは無節操にいろんなジャンルをカバーするから。
最新作が最高傑作というのが理想なんだが、それを追求するとよっぽどの理由がない限り2回以上見るのは時間がもったいないと思う。いや本当に、2年前のプリキュアをまだ録画して見終わってない上に、毎日新作アニメの録画をするために何かを消さないといけないし、実は16年前に東京に住んでた時に購入したHDDのなかにある初期の(地上波アナログ)録画、具体的には新造人間キャシャーン、「第一話を録り逃した」と言う理由でまだ残ってるからな。そろそろ壊れるぞおい。切実に時間がない(じゃあ駄文を書くのやめろよ)
永野護みたいな最新鋭の生き方をしたい割に、永野護より模型を作るのが遅くて9万円したカイゼリンはまだボークスの動画で勉強中。(クリアコートの種類の塗装プランを練るために3回くらい再上映に行った。なんか花の詩女ゴティックメードって毎年再上映しててありがたみが薄れてきてないか?ファンも音響設備マニアの話題になってきたし)
なんて下らない話はいくらでもできるんですけど。まあちゃんとした感想はちゃんとしたサイトに書いてあるから任せた。僕はちゃんとするのが苦手なタイプなので。
「アニメとおどろう」の闇鍋はにわさんはちゃんと各話感想を書いていて、16年前の僕のようだ。偉いと思う。僕は過労死しかけているのにアニメの各話感想を書くのをやめなかったので死にかけたんだけど。まあ、仕事はやめれるけどオタクはやめられないからな。
https://dwa.hatenablog.com/entry/2025/04/09/234140
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でもなんか、アクセスしようとしたらフィッシングの警告が出たので闇鍋はにわさんはサイトを見直した方がいいかもしれない。
でもセキュリティソフトは有料版を買ってやったと言うのに、さらに課金しろって警告出してくるから、あんまりそれも信じてない。まあ、昔のパソコンとか熱暴走して妊娠したり爆発するのとかが普通の世代なので、出火してない程度の警告は無視している。
- AIでRe:write
というわけで、初見じゃないアニメの感想を書くのはめっちゃ苦手。まあ、テレビで見るにあたって「CMの入りの編集がクソだな」とか「2回目で話が分かってると説明セリフが多すぎて糞つまんねーな。倍速で見た」「宇宙のかなたに飛び出してないシーンでも飛び出して行けって何回も言うんだな」くらいの感想は出たけど、そんなものは今さらあげつらう必要はない。
ところで、最近、僕はXで手軽に使える人工知能Grok3が実装されたのでそれをネタに書いてたんですけどね。Xのアカウントは凍結されたけど。でも有料版の他の人工知能アプリを使うほどやる気がない。
とかなんとかやってたらブラウザにも実装されたっぽい。



じゃあちょっとAIの起動実験代わりにGQuuuuuuX、食われてみてください。初めて使う機能なので、もろもろよろしく。
2回目のアニメも、新しいAI機能の実験台くらいには、なるだろう。
まあ、興味本位だな。いや、スタジオカラーの人には悪いけど、僕はガンダムだからと言って無条件ですべての作品を好きになったり真面目に分析する人じゃないから。それより俺の遊びに付き合えよ。(倫理観の著しい欠如。まあ、怪人だから)
1月20日に書いた、2ヶ月と2週間程度前に書いて既に興味を失った記事をリライトさせてみた。
以前の僕の生の感想の記事と、AIに「万民受けする分かりやすい文章に直してください」という注文で書かせた文章、複数のタブを開けるブラウザ環境の方は並べて読んでみてね。

2万文字行けるって言ったのに、1万数文字以上はダメッてエラーを吐くくらい性能が低いので半分に分けたわ。
以下は「構成の整理」のアプローチで、内容の流れを整理・再構成した例です。オリジナルのエッセンスを残しつつ、読み手が内容をたどりやすい形にまとめました。
『ジークアクスへのオタクな想いと戦慄の日々』
- 1. 序章 – 沈みゆくオタクライフ
オタクとしてガンダムシリーズに熱中してきた僕は、いつしか膨大に増えた作品群の中で、次々と新作が発表される現状に翻弄され、追いきれなくなっていた。サンライズやバンダイナムコを取り巻く巨大なエンターテインメント産業は、オタクの第二次創作の温床となり、ガンダムやアイドルマスターなど、さまざまなコンテンツが生まれ、育ち、そして時に形を変えていった。
- 2. ブログ活動の軌跡
2.1 挫折と成功を味わった日々
西暦2021年、無職メンヘラオタクの一面をさらけ出しながら「玖足手帖」というブログで、たとえ平凡なシン・エヴァンゲリオンへの批評記事を書くだけでも、ブックマークスコアが900を超え、数万アクセスを記録する一大旋風を巻き起こした。もちろん、無断転載問題などから激怒した経験もあり、その怒りを有料noteにぶつけることで、ひと時の収入にも繋がった。
2.2 オタク活動の転機
その後、Gのレコンギスタ劇場版で一段落がついたかに見えたオタク活動も、実は新たな波を前にしていた。歳月の中で、ブログの読者数が増えたり減ったりを繰り返す中で、経済的な苦境やプラモデル・ポイ活といった日常の摩擦も、次のチャンスへと向かう燃料となっている。
- 3. ガンダムシリーズとの葛藤と情熱
3.1 新作映画と再起の叫び
「ジークアクス」を名とする新作映画の存在は、かつての熱狂的なガンダムファンであった僕にとって、再び胸を焦がす呼び水となった。金銭の窮状や借金、リボ払いの苦しみの中で、かつて感じた情熱は衰えず、むしろ盛り上がりを見せる。広告収入を頼りに再起を図り、映画館で得られるわずかな希望に全てを賭けるという、ちょっと苦いオタクの闘志がここにある。
3.2 元祖への敬意と現代への挑戦
昔ながらの富野監督による「機動戦士ガンダム」のオリジナルは、今なお聖なるものとして語り継がれている。しかし、バンダイナムコやスタジオカラーがその伝統に手を加え、商業的な儲けを優先する様は、オタクにとっては到底容認しがたい現実でもある。そんな中で、かつての情熱を取り戻し、再び新作への期待と怒りを以て立ち上がろうという決意が込められている。
- 4. パロディとネタ – ガンダム文化の華
4.1 シャアという存在
ガンダムシリーズの魅力のひとつは、そのキャラクター造形にある。たとえば、シャア・アズナブルは、声色やデザインに変化があれど、その存在自体が一種のリアクション芸や独り言として描かれるところに、笑いと哀愁が同居している。オータクの間では、彼のセリフやアクションがたびたびパロディの対象となり、その面白さが語り草となっている。
4.2 パロディの妙とオモシロ
「ジークアクス」にも、シャアをはじめとするキャラクターが、原作のエッセンスをパクりながらも独自の展開を見せるという演出が散りばめられている。オタクな僕にとっては、過去の思い出と現代のアレンジが交じり合うこの「パロディ」が、懐かしさと新鮮さを同時に感じさせ、笑いと怒りを呼び起こす瞬間だ。
- 5. ガンダムのデザインと設定 – 技術と芸術の狭間で
5.1 工業デザインとしての進化
「ジークアクス」では、機体のデザインに現実の工業デザインを取り入れる試みが見られる。山下いくと版のRX-78シャア専用ガンダムやザクなど、細部にわたる設定変更がなされ、従来のヒーロー性を排したよりリアリティを追求する姿勢が感じられる。ビーム・ライフルなどの武器システムや、エンジン配線のディテールに至るまで、徹底したリアリズムが挑戦されている。
5.2 不合理な部分もまた魅力
一方で、リアリティを極めるあまり、時には設定上の矛盾や違和感も出現する。それは、ガンダムという作品が重ね重ね進化する過程で避けがたい側面でもある。背景設定や小道具、さらにはスペースコロニーの回転速度といったディテールも、ファンにとっては「これはまた面白い!」と突っ込みどころになり、結果的に作品への愛着を深める要素となっている。
- 6. まとめ – オタク魂の再燃と未来への挑戦
ガンダムシリーズは、時の流れとともに変貌しながらも、根底に流れる情熱とオタク魂は決して色褪せることはない。借金に悩み、現実とのギャップに苛立ちながらも、映画館で新たなネタを見出し、昔の自分に負けない情熱で現代のパロディに立ち向かう。
「ジークアクス」に込められた新たな挑戦は、ただ単にネタとしての面白さだけでなく、オタクコミュニティ全体に向けた、かつての栄光と今を繋ぐ架け橋ともいえる。これまでの思い出や批判も、すべては次の情熱的な記事や議論へと昇華していくのだ。
この再構成された記事は、個々のエピソードや感情の断片をテーマごとに整理し、読み手が全体の流れと背景を掴みやすくすることを意識しています。今後、さらに具体的なポイントや補足事項があれば、また順次整理しながら内容を充実させることも可能です。
以下は、オリジナルの「バトルシーンの解説」部分を、読者が内容をたどりやすいように論点ごとに整理・再構成した文章です。オリジナルの熱量やユーモア、批評精神はそのままに、主題ごとに分かりやすくまとめています。
『バトルシーン解説の裏側』
(~パンフレットの不備から撮影技術、戦術理論、演出まで~)
- 1. パンフレットの問題点とネタバレ論争
まず、3000円を払って手に入れるはずのパンフレット。その内容構成の粗さには嘆きを禁じ得ない。たとえば、帰りのバスの中で読んでいたとき、ネタバレ厳禁と明記されたはずのページに、ある男の顔が大きく掲載され、隠すべき情報があえてピンナップグラビアになっていたという。結果、他の乗客にまで「ネタバレ」が拡散される事態に発展し、乗客からは「折り込み部分に隠すべきでは?」という不満の声が上がった。こんな設計ミスが、せっかくの期待感を一瞬にして台無しにするとは、痛烈な問題である。
- 2. 監督の意向と高速解説者の採用
パンフレット内のインタビューで、鶴巻監督は「富野作品の戦闘シーンがあまりにも速過ぎるので、もっと分かりやすい解説が欲しい」という意向を明かしている。鬼滅の刃のような分かりやすさを求め、まるで格闘漫画『刃牙』や『TOUGH』の名解説者を彷彿とさせる高速解説者を起用する試みが見受けられる。ひとたび、猿空間のような独特の語り口で、ミノフスキー粒子や通信制限、さらには視界の悪いスペースコロニー内外のリング状空間など、さまざまな設定を交えつつ解説していく。その正確かつユーモラスな表現の鋭さには、思わず「何語で、どこから喋っているんだろう?」と驚かされるほどである。
- 3. 高速モビルスーツ撮影への疑問
その一方で、問題は解説だけに留まらない。果たして、どのカメラが高速で動き回るモビルスーツを捉え、しかも非正規の野良試合として全世界に配信できるのか? まるで、カメラ自体が戦場に飛び込んで戦っているかのような錯覚すら覚えるほどだ。視聴者にとっては、戦闘の激しさとカメラワークの速さが一体何を示しているのか、理解するのが難しい。あまりの速さに、「そのカメラで戦った方が早いのでは?」と、苛立ちを覚える瞬間もあった。
- 4. 戦闘描写と戦術理論への挑戦
ここで語られるのは、単なる映像美や演出だけではない。宇宙世紀の有視界戦闘において、先に敵を発見すると不利になるというマヴ(MAV)戦術理論があるのだという。急展開の戦闘シーンや、通信障害が発生しうるスペースコロニー内での激戦は、従来の戦闘描写の枠を飛び出している。さらに、鶴巻監督が時代設定を「0085」に変更した背景には、シロッコの登場による歴史的な問題への配慮があるという。これは単なる「木製帰り(※原文ママ)問題」よりも、40年後に受け継がれる戦術の流れ―ジュピトリストリオの索敵や遠距離・格闘の三機役割分担といった伝統戦術と、MAV戦術との相性の問題とも結びついている。こうした理論的背景が、戦闘シーンの演出にどのように影響しているのか、ファンの間では議論が絶えないところだ。
- 5. プラモデルとキャラクター起用の謎
また、作品の設定だけでなく、プラモデルの再販状況にも言及せざるを得ない。かつて人気を博したメタス系列のプラモデルは、転売ヤーの手により即完売状態に陥った一方で、新作の主人公ジークアクス君のプラモデルや、ヒロインメカとして待望のHGボリノーク・サマーン君の配置具合は、意外な現実を映し出している。さらに、マヴ戦術を提唱する指揮官が、新人エリートパイロットひとりを初仕事に出すという演出には、疑問の声も上がる。「一番分かっているなら、なぜ一人で任せるのか?」という問いが、ファンの間では根強く残る。これは、ディレクター独自の演出意図と裏に潜む、キャラクター起用にまつわる皮肉とも捉えられる。
- 6. 映像演出とライブ感の追求
戦闘シーンの映像表現では、デザインやフォントに至るまで実験的な手法が随所に見られる。たとえば、『機動戦士クロスボーン・ガンダムゴースト』冒頭のフォントは、夜明けを思わせる独特の雰囲気や、冬の厳しさを反映するかのような表現になっている。閉塞感のある町並み、大きな金色のビル、そして突然現れる巨大な物体―これらが重なり合い、あたかもライブパフォーマンスのような臨場感を生み出している。こうした演出は、単なるバトル描写というよりは、一種の「PMV(プロモーションミュージックビデオ)」的な趣を漂わせ、視聴者に新鮮な体験を提供しようとしている。
- 7. 音楽と映像の融合:主題歌への考察
また、バトルシーンに流れる音楽にも注目すべき点がある。米津玄師さんの主題歌は、楽曲自体の完成度は高いものの、従来のロボットアニメの戦闘主題歌――たとえば『ボルテスV』や『ブレンパワード』の挿入歌と比べると、映像と合わない、あるいはフラットな印象を受けるという意見もある。テレビ放送では同じ楽曲が繰り返し使われることもあり、激しい戦闘の中でどこまで感動を引き出せるのか、個人の嗜好によって評価は分かれる。筆者自身、普段はスラッシュ北欧メタルを愛聴しているため、その影響もあってか、音楽の盛り上がりと映像の動的な表現とのギャップに戸惑いを覚える瞬間もあった。
- 8. 結びに―バトルシーン解説の先へ
こうした細部にわたる批評や疑問、そしてユーモラスな突っ込みは、まさにガンダムシリーズならではの魅力でもある。パンフレットの手抜きや監督・解説者の試み、高速で動くモビルスーツの撮影技術、さらには戦術理論の解釈―すべてが、ファンコミュニティ内で絶えず熱い議論を巻き起こしている。金目当てでガンダムを観に行ったはじめの衝動から、やがてその奥深い世界観や革新的な演出に心を奪われるという、ある意味「ガンダムあるある」の物語。それは、虹の彼方にいるかのようなシャア的存在への憧れとも重なり、今なお新たな議論の種となっている。
そして、この解説もまた、次回に続く―めぐりあい幾原・永野編へと展開していく布石に過ぎない。ファンとしては、今後の作品やその解釈に、さらなる期待と探求心を抱かずにはいられないのである。
この再構成された文章は、オリジナルの熱量を維持しつつ、各論点を見出し毎に整理しているため、読者が全体の流れを把握しやすくなっています。今後、さらに細かい解説や新たな視点が加われば、より一層充実した議論が展開されることでしょう。
フムン。感情と文脈とオタクネタのニュアンスを知らないAIが書くとこんなものか。まあ、口語体で叫ぶように書いていた原文よりも格段に読みやすい表現で、士郎正宗の漫画の欄外のような雑な小ネタを排除して、はるかに短くくまとめているな。
でも原文が怪文書だから、やっぱり気持ち悪いな。
そう、GQuuuuuuXの先行劇場版の感想は、2つ書いた。記事は「2個」あったッ!(最近は生成AIだけではなく、テキストエディタのAIもネタっぽい文章を書くと文法が間違っていると文句をつけてきやがる。(そのくせ、オタク用語の固有名詞は訂正しないんだよな「木星帰り」とか)
来週は第二話が放送されると思ってたので、次はそれでお茶を濁そうかと思ってたんだが、どうもそうではないらしい。
まあ、その時にやる気がなかったら何も書かずに休みます。上記の文章で重複する部分もあるし。
- エンディングテーマ
Q.
2025年制作の「機動戦士Gundam GQuuuuuuX」というアニメーション作品は、スタジオカラーという制作会社によって鶴巻和哉監督を中心に、1979年制作の「機動戦士ガンダム」という富野由悠季監督のアニメーション作品を別の角度からリライトした作品でもあります。
その「ガンダム」をリライトした「GQuuuuuuX」についての感想記事をリライトした今回の私の行為について、「終わらない戦いの連鎖」というテーマで、アニメーションのエンディングテーマのような詩を作詞してください。
(伴奏)
www.youtube.com
A.
以下は、「終わらない戦いの連鎖」というテーマをもとに、 「機動戦士Gundam GQuuuuuuX」へのリライト行為と、そのルーツである 1979年の「機動戦士ガンダム」への敬意を込めた、アニメエンディングタイトル風の詩です。
【終わらない戦いの連鎖】静寂を切り裂く光の中で 遥かなる記憶 刻まれた時代(とき)が 鋼の意志 再び目覚める 流れる星のように 僕らは歩む
燃え盛る炎と 共鳴する魂 伝説は継がれ 風に乗り 鶴巻の瞳に宿る 未来の鼓動 富野の夢を今 新たな形へ変えていく
繰り返す戦い 幾千の記憶 ひとつの筆が 刻む真実(こと) リライトの行為は 戦場への祈り 絶え間なく紡がれる 永遠の連鎖
悲しみも歓喜も 交錯する軌跡(あざな) 鋼鉄の友情と 熱き誓い 時代を越えて 響くエンディング この歌は、終わらぬ戦いへの讃歌
そしてまた 闇夜の果てから 新たな朝が 姿を現す 光と影の狭間で 僕らは信じる 終わらない連鎖の中で 何度でも立ち上がる
この詩は、かつてのガンダムの伝説が新たな視点で紡がれる様と、 リライトという行為をひとつの戦いの一幕として捉え、 永遠に続く戦いの連鎖を、希望と情熱で描き出します。
この先、どんな時代が訪れようとも、祈りと闘志は決して消え去らない―― それが、我々が信じる永遠の物語です。
オチを遊び半分でAIに丸投げするようでは俺も焼きが回ったな。
しかし、一回見たアニメの感想を書きなおすのもクッソつまんねーからAIに丸投げして手抜きしようと思ったけど、新しい機能のフォーマットとか考えたり、演算中に待機したり、また徹夜してしまった。やれやれだぜ。
- ほしい物リスト。
https://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/6FXSDSAVKI1Z
別にくれなくても読めるけど、著者へのプレゼントはこちら。
匿名で住所を伏せてプレゼントを送るための、つかいかた
nuryouguda.hatenablog.com
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