玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。

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寝てもさめても富野

ファウ・ファウ物語(リストリー)〈下〉 (角川文庫―スニーカー文庫)読了・・・。
なんとなく、単館系の映画になら実写でできそうな話と思ったが、天皇が出るので無理。
なんつーか、俺は海よりも深く反省した。萌えは世界を救うといっても、愚民どもが救われたがって蜘蛛の糸のようになってしまったら、萌えキャラがかわいそうだ。と。
タカハシマコ先生も『「萌え」って「人扱いしない人でなしの心」』といってらっしゃる。救ってくれる萌えキャラに救われる為に、萌えキャラを汚してしまったら何にもならない。しかし、ソレをし続けてきたのが我々凡俗なわけです。萌えキャラの方が俺たちの人生よりも大事なのに。
ダンバインのシーラさまも。そういう民の犠牲になったのかなあ。聖戦士ダンバインのラストは考えても霧がないなあ。
よく考えたら、小説版は地上に出ずに決着してるんだよな・・・。読むの楽しみ。
シーラ様のバックグラウンドが描かれていないのはエレ様の成長とかぶるからか?とか考えた。エレ様はシーラ様の後輩みたいな感じだったしなあ。シーラ様もちょっと前はエレ様みたいな過去が在って、エレを書くことでシーラの性格設定を兼ねるみたいな・・・?
そんで、シーラもちゃんと女王を職業として選択してたとしたら救いもあるんだが。ぬー。
兵に涙したり虫になつかれたりするのでいい人ではあるよな。
シーラ・ラパーナは背景があまり書いてないから気になるねん。
でも、それをゆったらドレイク・ルフトも家族は書いてるけど過去はそうでもないよなあ。シーラの後継がエレで、ドレイクの後継がビショットとか言う対比構造とかないか?うーん。霊力はエレの方が上かー。