玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。


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機動戦士ガンダム00の狂気のサクラ

機動戦士ガンダム00はとてもおもしろいかも - 玖足手帖-アニメ&創作-
>>id:stonedlove
そうですね。満たされない人生の鬱憤を大きな所に一足飛びって言うのはあります。三島由紀夫レベルの犯行が自意識をこじらせた高学歴ワープアが模倣してますね。
(ちなみに、三島に関して、富野由悠季は「公人が殉ずるべき大義は国体などの大きな物よりも弱者や子供といった下位の存在であるべきだ」と看破してます)
あと、アキバ殺人事件と00の世界観の共通点はセブンソードニートが振り回す、と言うだけではない気がします。
先日、ガンダム00キチガイキャラの奇矯な振る舞いを本気にしないでネタだと思って嘲笑すると面白い、と書きました。ニコニコ動画で突っ込みを入れると面白いと。また、リア充の視聴者は僕のような現実の復讐としての理想の人間関係の模索をアニメに求める必要はなく、むしろ人間関係を忘れる遊びとしてアニメを見るのではないか?と。
戦争に巻き込まれた人が泣き喚いたり、気が狂った人が事件を起こすのを冷笑し、見下して楽しんでるのかな?と。
で、です。秋葉原連続殺傷事件現場を携帯電話で撮影したり、ネットでNEVADAたんやネオ麦茶などをキャラクターとして扱ったりという態度はガンダム00のトリッキーなキャラクター遊びに近いのではないか?などと感じたりもします。
まあ、僕はちょっと頭が病気なので、なんでも意図的に感じすぎで、杞憂でしょう。
リア充の視聴者の方は本能的に人間関係のスキルを積み上げていらっしゃるでしょうから、僕みたいに頭で注意し絶えず自分を制御しないと犯罪を犯すような人間とは違います。
そういうキチガイは真人間様に観察されるおもちゃでしかないんです。
そもそも、富野信者がアニメに必死すぎるんです。今の中高生の視聴者はもっと明るくアニメを見ています。

京都精華大学教授「実はその、ファーストガンダムのファンっていうのも言うまでもなく大変たくさん多くって、でー、10代20代のファンの中にはファーストガンダムのことばかり語っているファンって言うのを嫌っている部分ももう一方であったりするわけですね。


精華大学の学生に、ガンダムの第一作やその後のダンバインイデオンのオリジナルを見せることがあるんですけど。こちらが予想もしないようなシーンで笑い出したりするような子がいるわけです。当然我々が昔見ていたときとは全く違うマインドで見ているということがあるわけで、つまり、第一作のガンダムがそのまま同じ形で受け継がれてという現象だけではなくて、作り変えられているということで、アンチという風に言えるかどうかは分からないんですけど、そういう現象が同時並行で起こっている。というのが杉井監督が仰っていたように類例が無い独特の現象なのかなあと思うんですけど」


富野「その事については僕にはこの数年、ちょっと分かりません。どういうことなのか、どういう意味があるのかという事については分かりません。

ただ、僕の立場で気をつけていることはただ一つです。

若い人のやる事に対して絶対にクレームはつけない。もう、嫌いな物でも我慢して、あのー、継続しているなら、商売になっていいねえ、とニコニコして言うしかない。という風にしか思ってませんので、思考回路は完全に切れています。

・・・・・・ど、どうしてうまくいってるんですかね?その、両方の・・・(聞き取りにくい)」

中途半端に富野の言葉を語らないで欲しい - 玖足手帖-アニメ&創作-

ダンバインを笑うような学生は本当にぶちのめしたい。いや、ダンバインのときは俺は1歳だけどな。(でも、バーン・バニングスが漁船に助けられて男泣きをしてる時にあの挿入歌はさすがにギャグかと思った。ちなみに漁船の人はバーンに殺されます)
つまり、昔にアニメ新世紀宣言を本気にした人や、21世紀にも成ってから富野信者になるような僕がどっか人生を間違ってるんですな。普通の人は「なにこれわけわからん(笑)」ってなもんよ。
昔はそういうアニメを心に必要とするダメ人間か小さな子供だけがアニメを見てたんですけど、今はアニメを特に必要としないマス層の方々もアニメーションを見てくださる世の中になって、その方に最適化したのが今のガンダム00等でしょうか。
そういう世の中を作ったのはまあ、富野監督でもあるし、子供の遊び場がなくなった代わりにとなりのトトロをエンドレスで見せたら子供がおとなしくなると言う社会だったりするのかもしれないっす。いや、アニメは面白いから見たらいいけどな。



とりあえずの呪縛に関して、さっき境界性人格障害の治療法を調べてた時に書いてあったので思った事を書きます。愛情飢餓感のあるクインシィやカナンたちアンチボディの女達はボーダーライン症候群だと感じます。
で、境界例パーソナリティ障害の治療では、一貫した態度で側にいてあげる事が肝心なのですが、母性的に愛情をひたすら注ぐのは、底の抜けた桶に水をつぎ込むようなもので共倒れになってしまうそうです。大きな母親に見えるオルファン自身ももう一人のオルファンに振られて鬱病になってる女の子なので、愛されない物の傷のなめあいでしかない、と。
それがとりあえずの呪縛なのかな?と、感じました。
冷静さを失わずに、何でも言う事を効くのではなく、それでも見捨てずともに歩みつづけようとする態度が必要なようです。ブレンは本当に治療そのものですな。やばい号泣。


富野監督はKINOの時の精華大学講演で、「Zのカミーユなどの人格障害者は自覚的に設定した。同時に、自分も社会もそういう方向に向っているのがわかった」と仰ってるので、人格障害を解説半分、実感半分、という感じだったようですね。鬱病から復帰した後はさらに実感も研究も重ねられたようです。
だから、単純に治療法を羅列した説明文って言う感じにもなっていなくて、胸を打つのかと感じます。
そう考えると、ガンダムって言うのはやっぱりスタンダードには成らないし、なってはいけない特異例なのかと。で、特異例だからこそガンダムエヴァンゲリオンとかは大ヒットしてしまい、ヒットしたと言う事実を持ってサラリーマンはスタンダードなシリーズ化ビジネスをやっちゃうのかな?
まあ、おかげでVやGやXや∀ガンダムが出来たのでいいんですけど。
ただ、そういう特異例だとおもわないでガンダムこそリアルロボットの基本だと思って、特に考え無しに、V字アンテナと同じような記号としてガンダムの不幸な人たちの要素を真似るだけだと、真人間の人がキチガイをおもちゃにしてるような感覚をガンダムキチガイに抱かせるのかな?と。


そういうわけで、僕もだめだなあ。ガンキチ三平。狂気の桜はガンダム00を見ていらっしゃるリア充の大多数の人じゃなくて僕のほうですよ!リアルで頑張ってる人の方が偉いにきまってんじゃん
忙しいのに、「ブログできちんとしたことを書かないと読者が離れていく」って思って長文を書きすぎるのは正しく見捨てられ不安だなあ。
「実生活ではガンダムの話や心の話は出来ないうえに宮崎勤扱いされるけどブログなら読んでもらえる」って言うのも愛情飢餓感だなあ。
いやー、読者の人とは距離感を保ったお付き合いをしたいです。さらけ出せるパートナーはプライベートの脳内恋愛でちゃんといますし、人様にはあまりぶっちゃけない練習をしましょう。
カミーユにはファがいてくれて本当に良かった。