玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。

無敵超人ザンボット3 ついに突入してしまった第16話 人間爆弾の恐怖

脚本:田口章一 絵コンテ・演出:貞光紳也
あらすじ
http://higecom.web.fc2.com/kingbial/story/story16.html


ついに突入してしまった人間爆弾4部作。アニメ市場に残るトラウマアニメとして名高いエピソードなので、見るのがつらい・・・。
でも、今回はスタジオZ回で金田伊功さんの作画がきれいでかっこいいんだけど、同時にギャグやお遊びも入れている作画や小芝居だし、神ファミリーの年少組の子供たちがガンダムの小さな防衛線のように活躍しているので、ポップな印象もある。なので、全体的には凄惨な印象はまだ少なく、マイルドに見えた。
金田伊功さんって小説の挿絵のようなハードでシリアスな鉛筆の描線のタッチで一枚絵としても通用するカッコよくてハードな絵のカットと、コミカルな動きと表情でそのハードさをマイルドにする両面もある。(まあ、シリアスなシーンなのにギャグが入る違和感もちょっとあるんだけど。おにぎりとか)
あと、ザンボット3の作品自体が全体的に既存作画のバンクの使い回しも多いんだけど、今回は使い回しアクションでも、起動したメカブースト戦艦に向けてザンボエースがマグナムを撃つカットとか合体シーンで何枚か動画を抜いてスピード感を上げている。バンクでも角度を変えたりしてるし。こういうひと工夫が大事だと思う。
あと、金田さんの神北恵子が一番美人だと思う。安彦良和先生のデザインのままの恵子はちょっと子どもっぽ過ぎるんだよなー。むしろ、今回の恵子の顔は機動戦士ガンダムIIIめぐりあい宇宙の時のセイラさんの顔に似てる。
あと、今回の神江宇宙太の髪型は2年後に金田さんが手がけるサイボーグ009の島村ジョーみたいで美形でした。


人間爆弾は現実の戦争でも、チャージマン研!などの古めのアニメでもよく使われる戦法だし、そんなに物珍しい感じはしなかった。子供のキャラクターの目線でガイゾックが悪いんだという事を見せているので、まだ子供向けアニメの範囲内かと。
「人間爆弾の恐怖」というタイトルだが、人間爆弾そのものの描写よりも、神ファミリーの年少組3人が怪人の人質になったので、主人公が潜入して奪還する、と言う筋書きだ。だから、人間爆弾の残酷さ、ショッキングさを突き付けられるというより、子どもの人質奪還作戦と言う子供向けロボットアニメでよくある定形に則った感じであり、安心感はある。よくあるロボットものの話のテンプレに乗ってるので、人間爆弾編の導入としてはスムーズだ。
トラウマ回として名高いので、もっと最初から飛ばしてくるかと思って身構えていたが、そうでもなかった。
人間爆弾にされた人の描写より、人質になった子供と助けに来る勝平の描写の方にウェイトが置かれているので、悲惨な死のショッキングさは薄い。今回犠牲になったのは見も知らない人だし。(次回は…)


だが、ザンボット3や富野アニメの特徴として「よくあるロボットアニメのふりをして異常なことをする」という特徴があり、「よくある展開かー」って思ってたらラストが非常にひどいので、後味はすごく悪い。
視聴者に油断させて差してくるところがある。

  • ロボットアニメから戦争に移行する第三部

前回、国連軍が指揮するアメリカ太平洋第七艦隊を犠牲にしてまでもビアル部隊に大規模補給を行った人類である。
戦いが始まり、神ファミリーが地球人類に誤解されて日常が崩壊したのが第一部、そこから徐々に人類の人の信頼を取り戻していくのが第二部。最終決戦が第4部。全23話のザンボット3は富野アニメにしては珍しく路線変更や打ち切りが少なく、シリーズ構成の区分がしっかりしている。
そして、前回から始まった第三部は、主に人間爆弾編として言われるんだが、ここでは人間爆弾以外の面で考えてみたい。
それは、1話完結で1回ごとに敵の怪獣を駆逐していく娯楽としてのロボットアニメから、大きく流れる大河ストーリーへの転換です。
そして、今回から敵の怪獣は一回ごとに殺されていくことで娯楽性を強調する怪獣から、戦争行為に投入される戦闘兵器という描写に変化する。ここは押さえておきたいポイント。
ガイゾックのキラー・ザ・ブッチャーが「メカブーストより人間爆弾の方が安くたくさん人間を殺せる!」って気づいて作戦を転換するのも、このロボットアニメから戦争ドラマに転換していく第三部の特徴として捉えられる。
この時点での作中の地球は軍事力がビアル部隊以外壊滅され、大部分の土地をガイゾックの巡回型自動戦闘兵器軍に制圧され、人々は難民となり、敵の目につかない土地を転々としている状況である。初代キャシャーンや初代テッカマンと同じく、70年代アニメらしく文明が滅んでいる。1話では日常の現代社会だったのにな。
で、ガイゾックの目線で考えると制圧戦が終わったので、残った人間を細かく根絶やしにしていく掃討戦に移行している。その一環として、メカブーストによる襲撃から人間爆弾の人間社会への投入と言う路線に変わっている。非常に軍事的な発想で、序盤はコン・バトラーVと同じシリーズの1話完結のロボットアニメに見えたのに、第三部の作戦を見ると1話完結ではなく段階的な軍事行為の推移としてロジカルにストーリーが作られていると分かる。
今回の敵のメカブースト・ブゥボンはザンボット3の刀剣を受け付けない強固な装甲を持つという特徴があるが、もう一つ、地球人の使用する航空母艦に擬態しているという神林長平SF小説戦闘妖精雪風のJAMのような特徴を持つ。

宇宙人の敵が地球人を抹殺するために、地球人のテクノロジーを理解して使用するというのは非常にSF的だ。同時に、敵が鹵獲品を使用したり、味方のふりをして諜報員や自爆用の人間爆弾を送り込んでくるというのは現実的で実際の戦争でも使われるゲリラ戦の戦法であり、軍事的でミリタリーテイストがある。
私は今までザンボット3は未見だったので人間爆弾については、氷川竜介先生の講義を受けたり周囲のアニメファンの意見を聞いて、もっとエモーショナルで観念的でグロテスクで悲劇的なガジェットとして描かれているという印象を持っていたが、違った。
ザンボット3の人間爆弾は、決して不思議な宇宙人が人間を異常な力で爆弾に変えるホラー要素ではない。むしろ、非常に現実的で冷徹な作戦行動や戦略の推移に伴って使われる戦術兵器なのだ。
そう考えると、ザンボット3で描かれる人間爆弾が決して絵空事のスペースファンタジーや怪獣戦闘やロボットプロレスアニメではなく、現実の戦争と地続きの殺人を組織的に行う行為の描写だとして心に響く。
私は3話前くらいの感想で、ザンボット3の厭戦的な大衆への批判は戦後民主主義の日本への批判であり、ガイゾックのブッチャーが娯楽や贅沢品と並行して大量殺戮を行っているのはアメリカ合衆国のメタファーだと書いた。
なので、人間爆弾も同じで、宇宙怪人が地球人を改造するという表層的なホラーテイストではなく、戦争行為の苛烈さとして捉えると、また違った恐怖考えられるでしょう。
実際に自爆攻撃が多用されたのはWWIIの時の日本軍やベトナム戦争のベトコンやスリランカパレスチナイラクアフガニスタンなどなので、アメリカ軍は自爆攻撃をする側ではなく、受ける側なんだが。
ザンボット3ではアメリカのメタファーに見えるガイゾックが日本人に自爆をさせるという事で、また違った歪みを生み出している。アフガニスタンタリバンも過去にアメリカが対ソ政策の元で支援したという面もあり、また今もアメリカ軍は撤退しつつ自警団に大量の武器弾薬を配り、逆に治安を悪化させている。
自爆する若者たち―人口学が警告する驚愕の未来 (新潮選書)

自爆する若者たち―人口学が警告する驚愕の未来 (新潮選書)


また、今回の空母と巨大触手怪獣が合体したメカブーストはザンボット3の攻撃に対してほぼ無敵の強度を持っていたが、内部のガイゾックの指揮官のバレターの手元が一太郎のミサイル攻撃の振動のせいで狂って、間違えて人間爆弾一斉起爆ボタンを押してしまって、内部の人間爆弾工場の人間爆弾たちが爆発したせいで誘爆して倒された。
つまり、ザンボット3の攻撃で勝ったのではなく、敵のミスで勝った戦闘である。(一応ザンボット・ムーン・アタックでとどめを刺してはいる)
だから、スーパーロボットのヒーロー性や様式よりも戦争の時の偶然性や巻き込まれた人命の軽さを表現する戦闘になっている。だから第三部からはスーパーロボットアニメというジャンルと言うよりは戦争ドラマと呼ぶべきであろう。予定調和ではなく、敵も味方も予期できない所で偶発的に大量殺戮が行われる人命に対するシビアな雰囲気は機動戦士ガンダムにも受け継がれている。
もちろん、人間爆弾工場を抱えているメカブーストを主人公が必殺技で中の人間ごと爆破すると主人公の正義に疑問が生じてしまうので(これは後ほど)、勝平がムーン・アタックを発射する前にすでに中の人間爆弾にされた人たちは死亡していたとするのは配慮でもある。
人間爆弾4部作は全23話の中でじっくりと描かれているので、段階的に描写されている。なので、今回は勝平は人間爆弾の存在を知らないまま中に人間を収容している敵と迷いなく戦った。敵の内情を知らないと人間爆弾の人が勝平たちの攻撃で死んだとも思えるが、それを知ってるのが神ファミリーの年少組だったというのが、また残酷でもあるし、作劇のスピード感でもある。(大人のキャラクターが内部に人間がいると知っていたら迷いが生じるので)
で、今回のラストで人間爆弾戦術を知った神ファミリーは、その悩みや戦いにくさを感じながら戦いぬかなくてはいけなくなる。
大規模な怪獣戦闘からゲリラ戦に移行したが、むしろ戦いはさらに困難で苛烈になるのだ。

初期の富野喜幸作品に共通しているのが海のトリトンからの生体兵器である。
海のトリトンでも伝令用クラゲとかポセイドン族に改造された生体兵器(というかポセイドン族自体が・・・)がたくさん登場した。勇者ライディーンでも化石獣は生体兵器という面があるし、クラゲ型の量産雑魚妖魔獣のドローメもある。
で、今回のザンボット3でも地上の戦況をモニターして宇宙のガイゾックの基地のバンドックに情報を送信しているカタツムリ型の飛行メカや、人間爆弾工場の周りを警戒しているサイボーグ鮫などの魚介類をモチーフにした生体兵器が使用されている。
戦闘に直接参加する巨大怪獣ロボット以外にも、このような諜報や偵察を担当する自動兵器が運用されているって言うのが、海のトリトンからの富野喜幸作品の不気味さを醸し出している。
無敵鋼人ダイターン3は敵の怪人が直接怪獣になる生体兵器。
機動戦士ガンダムではザク自体が脅威の汎用性を持ち、1話から偵察も戦闘もコロニー落としも行っていたので、サブメカの影は薄いが、偵察機や戦闘機や戦車は地味に活躍している。作品の性質上、生体兵器はガンダムでは出てこないが。
イデオンでは生体発信機が出ましたね。また、イデとそれに取り込まれた人自体が生体兵器でした。ザブングルも遺伝子操作を受けた人間の話。
オーラバトラーフランケンシュタインタイプのサイボーグロボット。エルガイムではファティマを否定した富野監督だったが、結局Zガンダム以降のガンダムにはバイオセンサーやバイオコンピューターを搭載されている。νガンダムの時代のバイオコンピューターには人格はないが個性があるという。あと強化人間。
そして、F91の鉄仮面とバグ、Vにも自動警備ロボがあったしエンジェル・ハイロゥは事実上サイキッカーを生体兵器にした。
そして、月光蝶である。
オーバーマンも生体的なメタルマッスルを持つ。


こうしてみると、富野監督はどの作品でも生物の自動性や自律性や自己再生などの要素を使った自動機械や生体兵器を盛り込んでいるとわかるし、核兵器と並んだこだわりだと思う。
勝平たち神ファミリーのパイロットも睡眠学習で脳を情報的に変化させられている生体兵器ともいえるし。人間爆弾も生体兵器だ。
富野作品では人間も動物も使えるものは何でも兵器にする所があって、それが戦争の貪欲さだ、と言うシリアスな雰囲気に流用している。
ここまで一貫して生体兵器を出している監督って言うのは異常です。(そもそもロボットアニメばっかりやってる人自体が少数派で、今川監督ですら七人のナナとかやってるのに)
でも、僕みたいにあんまり理解力のない視聴者からしてみれば、一貫性のある作風の人は見やすくていいですね。

  • 次回

あと、続けて17話も見ました。苛烈でした。
これ、どう感想にしたらいいのか…結局土曜日の夜中になってしまったので、明日書くけど…。
ますます戦争の残虐さが表現されてます。これは怪獣や宇宙人の侵略の無機質な残酷さではなく、人間同士の戦争のメタファーを宇宙人にやらせているだけで、滅茶苦茶ミリタリズムにあふれています。
それをロボットアニメの皮を被って子どもに見せるのです。
道徳的な反戦アニメの行儀のよさではなく、戦闘ロボットアニメの派手さの中に苛烈な残虐性を自然に入れている。戦争は愚かだからやめよう!と理性的に言う反戦アニメではなく、愚かでも敵が殺しに来たら殺す!という戦争の泥沼に主人公たちも地球人全員が放り込まれます。
地獄。