玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。旧玖足手帖から記事・ブクマを引き継ぎました。


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今期一押しだったマクロスFとコードギアス 反逆のルルーシュR2の対比(私信も兼ねて)

マクロス好きの友人(しかしカミーユ萌え)とメールのやり取りをしていたが、日付けが変わったし、あまりにも肩こりが酷いので、こっちに書く。
アルトが酷すぎたらしい。マクロス7はすごい面白かったのに、時代かなあ?って。


マクロスフロンティアの三角関係って言うかアルトが優柔不断すぎたのは、早乙女アルトって言うか制作者側がシェリル・ノーム派とランカ・リー派の両方に良い顔をしようとしたからか?っていう。
それがマクロス7(僕の中で神マクロス)と違って、ストーリーよりもキャラを優先しようとして、逆にキャラの人格を殺いだのかも。
そういう見方にフォーカスする時代と言うと、そうかもしれん。
まあ、元々美少女キャラ萌え、SFメカ燃えのショーがメインのマクロスシリーズの中ではマクロス7がアミロテツロー過ぎる異端である訳でもあるのだが。
とりあえず、劇場版もあるし、CDや玩具も売っていくには気持ちの良いショーアニメとして気分よくお客さんを帰すっていう程度のストーリーである事が重要。
歌メドレーのプロモーションビデオとしては最高でした。敵のグレイスは敵記号で充分。
バサラだったらグレイスもゲペルニッチみたいに歌わせたと思うけど。
アルトの見せ場を発砲射殺にしなければいけないって言う程度のアイディアしかなかったのだろうけど、アルトとランカとシェリルが歌いながらウェーブライダースイカバー突撃して永遠の17歳の耳元で歌ったら井上喜久子が巳真兎与子っぽく子守唄を歌うとか、そういう感動路線もありえたかも。
まあいい。
河森正治監督が富野由悠季監督の影響で「万民に理解してもらえる作品を心がけるようになった」っていうのは、「(その発言当時の90年代のアニメの)おたくっぽい凝った話の作り方はやめて、万民に理解してもらえる程度の、単純な話にして、あとは綺麗な絵と歌を陳列する」っていうことなのかもなあ。っていう気がするマクロスFでした。



逆に、コードギアスの終わり方はファンに賛否両論を呼びそう。
キャラに入れ込んでいた人の終盤の感想を見ると、どんどんアレになっていくストーリーに「これじゃない感」を感じてるっぽいのを拝見したですよ。
ホモとかな!
まあ、実際中盤は話題盛り上げ優先で迷走していたのも事実だと思う。ロロいらねーじゃん。
それはそれとして。ロロとかはまあ、あれかー?2期を長くするためのつなぎだったんかなあ?
なわけで最終回は1期のルルーシュスザクナナリーカレンC.C.を中心にはとりあえずまとまったかと。
ルルーシュの公に殉じる姿勢とか、ナナリーとカグヤとかの不幸とか、僕の思想と相容れない所も在るにはあるんだが、僕の思想が関係するのは僕だけだし、アニメの人は面白かったらそれでいい。
あんまりアニメキャラの不幸は気にしないのが僕。アニメキャラのファンになっても虚構のキャラクターが幸せになろうが知ったことか。不幸すらも娯楽にしろよ。
アニメキャラなんか最初から泣きも笑いもしないからな。
それよりも身近な脳内妹を大事にしろ。
だから、アニメキャラクターの幸不幸や自分の予想や好みで作品を嫌うことなんてないんすヨ。
あと、最後までルルーシュの行動と思想の正しさを書くのに終始して、それを盛り上げるためだけの脇役だったなーとか。ルルーシュの行動にフォーカスしてテーマを書くために、芝居やドラマというよりは説明文に近くなって、広い話なのにややこしい所は省いてまとめた部分もあるかも(いや、演出スタッフとか絵描きとか声優や音響とかスタッフは頑張ったと思う)
等という不満は在るには在るが、そういうのは自分の作品でやればいい事。
反逆のルルーシュだからルルーシュが偉かったらそれでいい萬画だと了解。
実際、自分にとって非の打ち所のない作品は自分しか作れないので、それを他人に作られる方が怖いだろ。泣くぞ。


コードギアス 反逆のルルーシュは最後の最後にかなり好きになったと思う。
いろいろあったけど、スザクとルルーシュの白と黒の物語がきれいにまとまった。
コードギアス反逆のルルーシュは富野信者からは微妙な同族嫌悪的(トミノじゃないのに富野っぽいことをするなって言う感じ?)にイラッとする所もあったのだけれども、面白いと感じられたのだから、それは素直に面白いと思える自分でありたい。アニメは娯楽なんだから面白がるのが目的なんだし、面白がるよ。
最後の最後で僕も好きになりました。
面白いとちょっとでも思ったら今までギトギトにけなしていても面白がるのが私だ。文脈など無いし、正当性も無い。そもそも僕が生きていること自体が被捕食生命体に対して犯罪行為だ。



んで、谷口吾朗監督は

しかし、ネットの声を気にしすぎて、本来やろうとしていたことを止めてしまう作り手も結構いるんです。

 実はネットの声というのは、ごくごく一握りでしかないんですけどね。

昔、とある雑誌の編集さんが言っておられた言葉があって、「たとえ10万人敵がいようと、100万人の味方がいたらこっちの勝ちだ」と。これはとても理解しやすかったですね。まったくもってその通りだと。10万を取るか100万を取るか、発想の根底を学びました。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20080925/171696/

って言ってるから、まあ、キャラのファンの好みなどよりかは、終盤のテーマ的ななまとまりを最後は優先したのかもな。そういうストーリー優先は好きだったりする。
まあ、でも、途中で多くの人に知ってもらうためにキャラ萌人気を利用したって言うのはあると思うけどねえー。グダグダの所は確かにあったわけだし。
あーはーはー