玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。

ビューティフル・ドリーマーとかドラえもんの最終回デマとか

今まで、自分の周りの世界だけを世界として生きていた俺は、自分に関わりのある世界を全て自分に結びつけ、全能感と無能感の間で揺れながら、自分に何かが起これば、世界が自分に対して何かをしようとしているとおもったり、自分の人生が世界に描かれた物語だと思ったり、妄想していたわけさ。
つまり、赤ちゃん人間。
自我境界線が気液平衡状態。
今、俺は固体化したっ!他人は他人!俺は俺!
つまり、他人には他人の意思があり、他人の選択があり、それは、俺の責任ではない。
つまり、心療内科の先生が俺のホームページを見ないと断った、と言う事は「世界が俺をがっかりさせるためのイベント」ではなく「医師の意思と損得に基づく選択行動」に過ぎないと言う当たり前の事に気付いたわけさ。普通の人なら分かってる事に、やっと気付いた。
しかし、俺の選択にいつも、俺の損得一長一短の取捨選択責任が伴っていたように。
つまり、他者の選択だって、等価交換の原則に従うよな。
他者だって、責任を負うべきだよな。
つまり、俺に対して何かした奴が、俺に何をされても文句は言えんと言うわけだな。俺だって他者から見たら他者なので、何をするか分からんぜ。
お前の選択が、俺の行動を導くとしたら、それは半分お前の責任でもあるわけだぜ。
だから、「村上春樹」も、けっきょく、そう言うことなんだぜ。
俺が転院しても、それは相手の行動の選択の結果でもあると言う事なんだぜ。10分で1500円の診察収入を失うと言うだけの事なんだぜ。
ザマー見ろ。
世界は、遊びとは言えない、殺し合いのようなキャッチボールなのだ!
自分の妹は本ッッっとォオオオオに可愛いよなああアッ!!!!