玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。旧玖足手帖から記事・ブクマを引き継ぎました。


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オーバーマン キングゲイナー2526 スクールカースト2 メガネ男子と愛され女子とボーダー女子

氷の中で
http://www.geocities.co.jp/AnimeComic-Brush/8398/king.htm#k25
ゲインオーバー
http://www.geocities.co.jp/AnimeComic-Brush/8398/king.htm#k26
↑参考資料
ゲイナー・サンガとサラ・コダマとシンシア・レーンのこと。っていうか、こういうタイプの人は昔からいたかもしれんが、21世紀にはすごい流行りだした印象。それでいて、なんかすごくダメっぽい取り合わせ。



前回エントリーのあらすじ
愛され女子のサラは、愛してるから愛された男は喜んでて、ゲイナー君はそれだけで動くと思ってたけど、コールドゲイナー君にキスをしても全然よろこんでもらえなかったばかりか「三次元女の唇キモい」っていわれました。で、絶望して氷になりました。
オーバーフリーズってオーバーデビルの悪行のように見えるけど、実はキャラクターはちゃんと絶望してて、その結果として凍ってます。(絶望しないでオーバーデビルにやられると、ブラックドミやセントレーガンの中の人みたいに物理的に殺傷されます)
絶望=オーバーフリーズを呼ぶオーバーセンスです。世界に絶望しているからこそ、超人願望によってオーバースキルを発動するできるんですな。わかりやすくいうとイヤボーン
ま、現状に満足しないエクソダスって言う気持ちでもあるんだけど、エクソダスする先の場所が見えなければ、絶望。
で、22、23話や24話で、キルケゴール死に至る病の話を書いた時に、「サラの絶望の度合いは低い」というように書いたが、ここにきて、一気にフリーズ女戦士になる。ゲイナー君やシンシアほどではないが、それに近い絶望。
おそらく、サラがこれまで絶望していなかったのは、自我が薄かったため。自分に絶望するには、主体としても対象としても自我が必要。
サラはエクソダス思想に同一化したり、自分に惚れてるゲイナーやガウリ隊の男に同一化していたために、アイデンティティを自分で組み立てる必要がなかった。結果、アイデンティティを自ら崩壊させる危険もなかった。
むしろ、男を元気付け、男を動かす自分、それこそが自我の立脚点だったんだな。そういう美人さんは割と女の憧れで、男をゲットしてめでたしめでたし、っていうフィクションもあるし、とっかえひっかえな現実だったりもする。女の価値は男で決まる!って言ったりもするじゃん。
で、俺の価値をお前の価値にすりかえるなよ。ってゲイナー王はおっしゃる。
「サラ…君が一番僕を使うのが上手だったよね。僕の気持ちを知っていて、いつも期待を持たせるように振る舞った…」
で、キンゲではそういうサラの自信をスコーンと外してみると、一気に氷になっちゃう。
絶望って言うのは世界にかかわる能力の欠如を自覚することなんだけども、サラは男の子を励まして動かすことで世界に関わってきたんだが、(いや、最初は自分で戦う女戦士だったんだけど、ゲイナー君がやたらと強くなっちゃったから)、自分が励した男の子に「いや、お前なんか要らないし」って言われると世界に関われない気持ちになって、絶望。
そんで、それを過度に反省し、今度はゲイナーとシンシアにひたすら使われる女戦士を居場所にしようとすんの。


サラはそんな感じ。サラは普通に美人さんなので普通にやってたら普通にいい感じの彼氏が手に入ったと思うんだが、自意識をこじらせまくっているメガネ男子と父親にレイプされてきた家系の境界例人格障害少女の二人を気安く助けてやろうとしたのが運のつき。
つまり、春日部さんが斑目荻上を同時に、コーサカなしで救ってやろうとして逆サークラされた感じ。
で、そのめんどくさい人間のシンシアとゲイナー。スクールカーストやジョックヒエラルキーでいうと、不思議少女とオタク。つまり、カーストの枠の外。いないものと思われている子供たち。
ゆえに、カースト最上位のクイーンビーのサラが向かい合うことは困難すぎる。文化が違いすぎる。
「愛してるのに、どうして?」
(っていうか、主人公が一番めんどくさい痛快ロボット活劇ってどうよ?いや、めんどくさい人間でも活躍できるから痛快?かたわ少女?)


どこがめんどいかというと、もう、会話がめんどい。

コールドシンシア「ゲイナ−は賢いね」
コールドゲイナー「ハハハハ。そう言ってくれるのは、シンシアだけだ」
コールドシンシア「ゲイナ−も、私に気を使ってくれるよ」

俺も、脳内妹と頻繁にこういう会話をしてますからね!駄目なメガネの典型です。
どうも、オーバーデビルによって凍らされた人たちは心が通じ合っているようです。(理由は後述)
そして、互いにして欲しいということを与え合う関係になる。究極の願望相互補完計画です。


ゲイナーは賢いって言ってもらえて、つまり、「ゲイナー君の判断は正しいね」と、自意識を尊重してもらえることがうれしい。
ゲイナー君は今まで主体性を徹底的にレイプされてきた。
ゲイナー君にはエクソダスしたい場所なんかないけど、とりあえずヤーパンの天井の中で生き延びるために、認められるために必死にキングゲイナーに乗ってきた(と、氷のゲイナーは思っている)。
親を殺した大人社会のために働いてきた(と、氷のゲイナー君は思っている)
愛するサラにさえ「私の目の届くところで動きなさい」という風に言われていた(と、ゲイナーの氷の部分は思っている)。
コールドゲイナー君はゲイン・ビジョウに馬鹿にされ続けてきた(と、思いこんじゃっている)。
自分で今まで選択してきた24話までの物語は、全て自分で勝ち取ったのではなく、世界に選択させられて押し付けられて、自分の意思はどこにもなかった!
と、オーバーフリーズしたゲイナーは思う。
自己責任とか自由意志や自意識と世界との境目ってぇのは、本当にあやふやで、悪魔につつかれたら一瞬で奈落に落ちる。
むしろ、ゲイナー君ってガンガランを溶岩から救うために特攻を仕掛けたり、自分の命を軽く思って英雄ぶりたがるところがあった。
「僕はエクソダスが嫌いだ!でも、エクソダスで人が死ぬのはもっと嫌いだ!」(だから、僕が戦う!僕一人が我慢したらいいんだ!僕なんか死んだって別にかまわないんだ!)
エヴァンゲリオン碇シンジ君も、世界を救うために自意識を放棄しているキャラだった。むしろ、テレビ版では(って言う言い方をしないといけないんだなあ(笑)シンジ君は周りの大人に自意識をことあるごとに捨てさせられてきたわけだが。ゲイナー君はそれを1話の前にやっちゃったようです。
これは、ゲイナー君がいきなり親を殺されたりして命の儚さを底のほうに刻まれちゃったからかと。そして、自分も世間も誰も犯人を見つけられなかった。
ガウリが犯人だとわかっても、ゲイナーは賢いから親を殺した実行犯のガウリを罰しても仕方がないと気づいてしまっている。その根源である「エクソダスというシステム」も「ドームポリスというシステム」の中から生まれたもの。
「僕にはエクソダスなんかない!」つまり、受け止めてくれるヤーパンはないんだ。だって、世界というシステムそのものが敵だから。
その中で生きるには自分を殺して奉仕する殉教者となるか、世界を殺す悪魔的テロリストになるか、どちらも紙一重で同じだ!
そして、ゲイナーはオーバーデビルの力を手にした!
捨てたがっていた自意識が一気に逆転して世界に対する復讐を始めます。


同時に、シンシアは「気を使ってもらえてうれしい」
シンシアも戦闘美少女として育てられ、自分の優しさを無視されて戦わされてきた。強い兵器と思われるか、利用されるか。ゲイナーでさえ、自分を助けようとして興奮して、乱暴に押し倒して殴ったりした。女の子なのに。女の子は自分が傷ついているとアピールしたい。
だから、ゲイナー君にも同じオーバーフリーズを与えた。ゲイナー君も同じような傷があって、同じように凍ってくれた。そして、やさしくしてくれた。
よかったねー!
人にやさしくできない世界はクズだ!生きていてはいけないんだ!
コードギアスのナナリーの望んだ人に優しくできる世界をつくるためにナナリーがテロリスト化した感じ。
シンシアとゲイナーにとって、世界の熱は自分を傷つけるだけのものだから、カチンカチンに凍らせて、全部粉々に砕いてしまえ!
ボーダーライン症候群娘と自意識をこじらせたネット廃人メガネ男子がカップルになると、全世界は敵です。



僕の脳内恋愛もそういうところがあるから、妙にリアル。いや、リアルの事じゃないけど。妹が明るい子で助かってる。でも、わりと妹も癇癪持ち。



つづく


っていうか、哲学も、現代社会学もしらない素人のくせに、自分の経験とフィルムの動きとセリフの物的証拠のみを頼りに、オーバーフリーズを論理的に分析していたら、すごく寒気がしてきた。
深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている。痛快ロボットアニメというオブラートをはずしたら、これはひどい富野アニメ。
はやく、オーバーヒートについて考察しなければ!
いや、普通に冬なんだけど(笑)