玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。

ホスト部とキングゲイナーの両親

富野監督は「キングゲイナー的なものがスタンダードになる」と予言したんだが、むしろウテナ系譜的な意味で似てる方が大きいかもしれない。ウテナは見てないけど。
そんなこんなで、最近はなんでもオーバーマンキングゲイナーを通じて考える癖が付いたので、桜蘭高校ホスト部オーバーマン キングゲイナーの類似点を書く。
桜蘭高校ホスト部は家がテーマなんだが、母親はほとんど排除されたユートピアだよなあ。
父親は出てるんだけど、父親は主人公グループの実力で簡単に乗り越えられる。ゼロ年代の想像力において、父親を乗り越えることは簡単でギャグみたいなものだ。若者の実感として、父は弱い。
藤岡ハルヒの父親の子安武人がオカマというのはうまい。オカマであるがゆえに父親の強権や母親の粘着質な絡み方を排除して純粋な親の愛になってる。
で、母親の土井美加は死んでて、イノセント。
須王環の母親も家の犠牲者として隔離されていることでイノセント。
鳳鏡夜の母親は姉に薄まり、常陸院ブラザーズの母親は服をデザインするだけで表には出ない。常陸院ブラザーズの母親が光と薫を女装させるとか、母親のヤバさの片鱗はあるが。
ホスト部の疑似家族でも母親役は誰よりも冷静な男である鏡夜で母親のヒステリーから自由な空間だ。
原作での母親の扱いは知らん。
しかし、ここまで母親が隠蔽されていると逆に母親への恐怖が感じられる。アニメやマンガやゲーム等のオタク文化は母親から隠れて見たり、見てたら母親にボコられる物なので、物語の中くらいは母親から自由でいたいと言う構図は他の作品でもよくある。現代日本では父親は会社でよく分からないことをして家では寝てる人なので、母親こそが現実の代表になりがちで、虚構物語では母親は出ないか過度に理想化されるかのどちらかなのだ。
母恋い物語は古くからあるので、現代日本だけの問題ではなく、子宮に押し込めたがる蛇や閉じた円環の象徴である地母神の性質は物語を停滞させ逆戻りさせる物かもしれない。
例外として環の祖母が家を固定化しようとする敵としての母親の側面を晒しているが、祖母なので環へのストレスは須王譲のストレスより軽い。環の父親の譲は母親に生気を吸い取られて元気がない。
母親マジパネェっすね!


と、いうわけで、母親の象徴であるオーバーデビルの子宮にチェーンソーを突き立てて殺したキングゲイナーは強い!
父親は能力を前向きに伸ばせば勝てる。しかし、母親の支配から逃れるには、自分が愛されたいと言う本能そのものとも戦わなくてはいけない。
しかし、ゲイナー君と、オーバーデビルの息子かもしれないキングゲイナーは「お前なんかに愛されなくても、もっとピチピチギャルのシンシアやサラに愛される!
お前に与えられなくても好きな物は自分で掴む!
ババアはチェーンソーを食らえ!」
爽快!
まあ、ゲイナー君の本当の母親は父親とセットで死んでるから、オーバーデビルは母親本人ではなく、母親の象徴なんだけど。
シンシア・レーンの母親の魂はアイシングゲートを通ってオーバーデビルにサルベージされて合体しているかもしれない。シンシアこそが母親殺しをやってる?
綾波レイ碇ゲンドウを捨てて碇ユイエヴァに取り込まれたが、シンシアはキッズ・ムントにもオーバーデビルにも勝った。
やっぱり俺は富野アニメが一番好きだなあ。
ここまで母親殺しをやろうとする永遠の思春期っぽいところが大好き。母よ大地に帰れ。ウッソが妹みたいなシャクティを選んだら、母さんの首が取れて「母さんです」
カリン・ブーンも母親だけど、アスハムの妹だから強い!
シンシアは年上の妹がキャッチコピー。
妹こそが最強である!
男は母親を捨てて妹(血縁や年齢は関係なく、慈しみたい女性全般)を背負うのだ!妹背な関係だ!


つまり何が言いたいかと言うと、機動戦士ガンダムジ・オリジンでシャアの母親が理想化された被害者と言うのは余り好きではありません。小説版のシャアは母親よりむしろ妹のことをいつも考えてるしな。安彦良和先生はマザコンっぽいが富野はアグリッピナコンプレックスでシスコン。
せっかくだから俺はシスコン富野を選ぶぜ!