玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。

勇者ライディーン第18〜22話 あるいは萬画とアニメと映画の関係

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あらすじ
勇者ライディーン|WOWOW ONLINE

話数 サブタイトル       脚本 コンテ 登場怪獣
18 壮烈アギャール必殺の電撃 伊上勝 高橋資祐 化石獣タランチュ
19 巨獣ゴンガー魔腕の唸り 辻真先 安藤正信 化石獣ゴンガー
20 残忍!悪魔提督ダルタン 伊上勝 瀬田強 化石獣ドッグキャット
21 強撃!翼獣ムチールの罠 辻真先 安藤正信 化石獣ムチール
22 乱撃!魔鳥コンドルンの爪 高久進 安藤正信 化石獣コンドル

刻一刻と富野喜幸監督降板の足音が聞こえてきました。
それにしても、富野監督がオカルトに走って、くどいドラマをしたので視聴率が伸びず、監督降板と言うのはわかるが、その降板が巨人の星長浜忠夫と言うのは、くどい味付けをもっとくどくするような感じ・・・。
でもおもちゃが売れて長浜ロマン三部作の枠も好調だったそうなので、まあいいか。


ところで、この動画を見てくれないかな?諸君。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm4173610
⑭出崎監督インタビュー、マンガ(劇画)からアニメ化への道!
テレビアニメ45年史_第四巻_コミック編_その1


ここで、出崎統あしたのジョーについての本人の証言と、長浜忠夫巨人の星の、花形満が大リーグボールを打つ時の荒木伸吾の動画を元にして、「劇画をアニメにする事」について「線の多い静止画で見せる劇画原作を、どう動画アニメーションに置き換えるか」という事が語られている。
このテレビアニメ45年史では「原作の良さをどうアニメに転写するか」という論点で編集していますが、それは違うと思うのね。
だって、出崎統だもん。
原作と全然違う物を造ってるのに、なぜか面白いと言うのが出崎統です。
ブラック・ジャックの原作は全部読んだけど、骨子が似てるのはサンメリーダの話位と言うくらい別物です。でもなぜか、ブラック・ジャック間黒男大塚明夫の「らしさ」が伝わってきてとても面白いという快作にして怪作。
ベルサイユのばら長浜忠夫がすごいくどい演出をしたので降ろされたら、さらに出崎が無茶苦茶をしたと言うくらいすごい。

ライディーンラ・セーヌの星ベルサイユのばらを中心にした70年代の監督スワッピングがすごいですよねー。
ルパン三世とか世界名作劇場とかトリトンとかヤマトとかを混ぜるとさらにアニメ業界人の関係が、監督レベルだけでも酷くややこしい事に・・・。


まあいい。話塩塩
テレビアニメ45年史で出崎が喋ってるのは、「アニメーションだから仕方がないとか考えるのはよそう。
実写と同じテレビに出るんだから、実写と同じ土俵で勝負する映像にしようね。
登場人物一人一人を追っていこうぜ。
そんで、誰かの視点じゃなくて、自分の視点で、自分がジョーだからこうするって信じる」
って言う話。
だから、萬画をアニメに単純に置き換えて、情報を翻訳するっていう話じゃないの!
メディアの違いを理解しろ!
そして、そのメディアに合わせた最善の工夫を尽くせ。


そこで、話はライディーンに戻る。
ライディーンの戦い方って鉄人28号やマジンガーZ(原作)のロボット萬画より、ウルトラマンや同時期のファイヤーマン等の特撮や、底に使われたプロレス技の影響や引用が多い。
マジンガーZは読んだけど、鉄人はちょっとしか読んだ事がない・・・。
あと、動画としては、リミテッドアニメをあんまり枚数を使ってないのに動いているように見せるという点では、出崎統のテクニックや荒木伸吾や大塚康生の書き方やらを使ってるっぽい。
出崎さんはすごいテクニカルな撮影をしてるが、ライディーンもそこら辺は電気紙芝居というか、まさに仕掛け絵本的なギミックな画面の感触がある。
ライディーンが必殺技・特にゴッドバードを使う時の空の色がガンバの冒険の1話の川みたいな煌びやかな色に変わるのは、絵画の引用か。
もちろん、ヌーベルバーグやら、実写映画の影響も見逃せない。
また、ライディーンが鎧武者のような格好で見得を切ったり、トリトンオリハルコンのように必殺技を叫ぶのは、マジンガーの影響でもあるが、歌舞伎っぽい動きのメリハリがある。動きにメリハリを付けて決めポーズをしたら動画の枚数も減るし。
人形浄瑠璃を紙芝居でやっていると言う見方もできる。
それに、長浜忠夫は舞台芝居その物をアニメに取り入れている。
長浜的演出論 | ひびのたわごと
手塚治虫も映画好きで、芝居好きだからね。色々とハイブリッドしてる。いや、手塚は萬画に映画を持ちこんだという側面もあるのよね。
出崎の断片収拾〜どろろと佐武市 - まっつねのアニメとか作画とか
佐武と市捕物控」とかでも実験的手法があって、黎明期のアニメは色々と取り込んでたなあ。
いや、庵野秀明のメカ作画とかも、実際の戦争やロケットを写実的に描こうとして、取り込んでる感じで、今もデジタル時代に成っても、ポップアートとかの分野からアニメに要素を取り込んだりって言う試みは今もやってるか。うむうむ。


また、コマ割で画面の大きさや形が変化する事でインパクトを変える萬画と一定の枠のアニメは違う(出崎は半分黒塗ったりするが)。し、同頁に複数のコマを描く萬画と同時に1場面を映すアニメの違いもある(出崎や富野はコマ割ったりする)。
逆に、テレビや銀幕は萬画よりも大きな画面に出来るという物理的な違いもある。
あと、音ね。萬画は雰囲気をコマの大きさや効果音や集中線や背景でやったりするけど、アニメは絵の効果に加えて音によるインパクトも多い。BGMもそうだし、ライディーンが敵をSATSUGAIする時に鳴るピアノの重和音とか。
絵のディフォルメなんかも、劇画の「漫画よりかっちりしたデッサン」を動く途中に変形させて、残像効果を生み出しつつ全体的には動いているように見せたり、抽象画的に意味を添付するためとか、全体の視線誘導をするために意図的に崩すっていうのもあるよなあ。キュビズムとかも入ってる?
横顔だけど口は正面に近いっていうのは、キュビズム。エジプト壁画は目が正面。


つまりどういうことかというと、「萬画→(工夫添付)→アニメ」という直線関係じゃなくて、その「工夫」には、ありとあらゆる芸術や現実の森羅万象を参考資料として、チートしてプログラムを書き換えて別物に仕上げるということです。
こういうライディーンとか、古めの「アニメその物が出来上がりつつある頃のアニメ」を見るとアニメーションは奥が深いなあ、と、逆に思いますね。
アニメーションの要素自体がハッキリと抽出しやすいので分かりやすい。(荒削りと言う言い方もある)


そういう荒削りな要素をふんだんに盛り込んで、ライディーンはとても感情を揺さぶる痛快アニメーションに成っている。
ひびき洸の美少年ぶりとか、敵に対する容赦のない破壊ぶり(ゴッドバードで敵の急所を貫通した後、さらに2回往復して敵の化石獣と言うロボットをズタズタに引き裂いて爆発させる)などは、人間の動物的でプリミティブな破壊衝動や性衝動を揺さぶって、とても面白い。


そういうロボットアニメーションと比べると、月刊ガンダムエース1月号の機動戦士ガンダム THE ORIGINとか、ガンダムエースに乗ってる他のガンダム萬画を読んでると、「やっぱりロボット萬画とロボットアニメは別物だなー」って思う。
うん。
ロボット萬画は難しいんですよ。アニメに比べて巨大感とか質感とか出しにくいし。
その点、ガンダム THE ORIGIN は安彦良和先生の天才アニメーターっぽい感性で、今月はアムロのマグネットコーティングフル装備ガンダムジオングの超高速空中戦闘のスピード感があって面白かった。
ジムやザクがロケットを付けた巨大ロボットの割に密集して戦ってるのは、あんまり好きじゃないけど、そこら辺は安彦良和先生の画力とかよりは用兵思想の問題だから、そこは、まあ、心に棚を作る。
それにしても、今月も超級!機動武闘伝Gガンダムは原作信者でも驚きの改変で最高に面白かったな!ボルトガンダムの巨大感も十分。
というわけで、ロボットアニメから、ロボット萬画への技法の逆輸入のような物を感じるなあ。
むしろ、ロボット萬画はロボットアニメのコミカライズと言う感じに成ってしまっていないか?ロボットアニメがしたような、他の芸術分野や自然からの要素の取り込みをロボット萬画で行っているだろうか?などと老婆心を起こしたりもする。




むしろ、アトムとか鉄人28号とか、ロボットアニメ以前のロボット萬画を見ると、それからぼくらのとかを見ると、面白さはロボットアニメのような、「動きの快楽」よりは「物語的シナリオ」の面白さに依る所が大きいと思った。謎ときとかね。つまり、アニメより小説に近い。小説も挿絵が付きますしね。その比重の問題。
いや、アニメに物語がないって言ってるわけじゃないんだが。
うーん。なんだろうね。
アニメは視聴者がぼけーっとしてても動くけど、萬画や小説は頁をめくったりクリックしたりって言う、ごく弱いが確実に在る身体性と言うか動作があるので、物語に対する能動的な推理とか、考察とか、期待感というもの、「次の頁には何があるか?」と言う思考が時間芸術のアニメより認識しやすいのかなー。
アニメはポンポン進んで、目の前のものも認識できないで繋がって見える錯覚が本道だったりするからなあ。小説みたいに一つ一つ咀嚼して、次のステップを楽しみにするっていうよりは、音楽的な流れの快楽を味わうのがアニメって感じ。



アニメにとっては、一話一話とかAパートとBパートと言う物がワンステップで、期待を味わうインターバルなのかもしれん。いや、高度に訓練された作画オタクはワンカットごと、動画一枚ごとに認識して理解する動体視力神経を持っているかもしれんが。
映画はもう、ジェットコースターとして見るのが正しいって富野も言ってる。途中で止めたらダメらしい。




またTHE ORIGINの話だが、今月のガンダムエースで、セイラさんがアルテイシアとしてジオンに入って、反キシリアの兵士を扇動するというか、セイラが来て勝手に盛り上がった親ダイクンの兵士が造反して、ア・バオア・クーを混乱させて、それでジオンが負ける方向に持っていく、って言うのは、岡田斗司夫さんが言ったように、安彦良和先生のつじつま合わせで、小説的なんですよね。安彦先生は小説も書いてるし、歴史ものも好きだから、そう言う人間をパズルのピースやコマのように組み合わせる作劇かな。そう見ると、萬画はアニメより小説に近いのかもしれんとか思ったり。
キシリア敗戦の理由を、理詰めで過去編からの権力闘争とか、ドロスの配置とかという、アニメでは描写されなかった伏線に求めるのは、小説的だな。
アニメーターとしての勘で、コマ割をしたジオングガンダムの戦いは躍動感のある絵で面白いんだけど。
対して、アニメ版のガンダムは、ジオンの敗戦の理由は、キシリアの伏線とかアルテイシアとかではなく、単に「ギレン死亡の一瞬のすきを付いて、アムロが十字砲火を突破して、そこからジムが侵入して施設を破壊しまくったから」ってだけで納得してしまう。
特に理由は明示されないけど、ジオンが負けるのは自然に見える。何でかというと、時間が勝手に動くのがアニメだから、その時の勢いが良ければ、視聴者はそれで押し切られてしまう所がある。音楽的なのだ。
キャラクターの行動原理の感情線や人物としての雰囲気がしっかりしてたら細かい辻褄や伏線を描写してなくても、それどころか作者が深く考えていなくても視聴者の脳内で勝手につじつまが合ってしまう。
(まあ、僕も自分の小説を適当に書いていて、あとから「あ、前々回のあいつの台詞はこういう意味にも取れるな!よし、2年後の行動の伏線にしよう」って後から気付いて描くという、酷いやり方をしてるので、アニメと小説の違いというよりは作者の違いもあるでしょうが・・・)
荒木伸吾神のウェブ萬画はまた、アニメーターの萬画だけど、伏線もへったくれもない、絵本のような幻想の美しさがあるしなあ・・・。人それぞれか。
http://www.arakishingo.com/pc/pieces/
絵本としても美しい。動きを感じる萬画だなあ。
神過ぎる。
アニメから萬画への逆輸入もありだよなあ。モーションコミックとか。
あ、そういえば、アニメーターから画家になった天野嘉孝様もいるよなあ・・・。


ま、どれが優れてるとか言うつもりはないし、メディアっていろんなステータスパラメーターがあって違うのねって言う事ね。
はい、とっぴんぱらりのぷぅ。



あと、ライディーンは子供番組なのに、感想を書くのに視聴時間と同じくらいの時間がかかってしまうし、脳の体力も使って疲れる。
なんでかというと、ツッコミどころが多すぎるからだと気付いた。
ツッコミ疲れたので、短くまとめよう。
見直しながら感想を描くと、ツッコミが長くなるので、見ないで、覚えてる所を徹夜明けの頭で書く。


それにしても、序盤に出てきた洸の親父の石化問題や洸の母親の失踪問題が全く説明されないし、スルーされて続けているのは酷いなあ。
富野は日常感を大事にするって言ってるけど・・・。結局、親の問題とか、ムーの秘密というドラマは長浜忠夫まかせっぽい???
ずっと一話完結のロボットプロレスしてます・・・。

  • 18 壮烈アギャール必殺の電撃

17話でライディーンに負けてもあんまり口惜しそうじゃなくて、「またまけちゃったーくやしいなー」ってコメディアンみたいだったアギャール将軍が、上司のプリンス・シャーキンに「お前、失敗しすぎ。負け癖がつきすぎ。死刑」って言われる話。
しかも、シャーキンの死刑宣告のタイミングが、ライディーンに負けた後じゃなくて、アギャールが化石獣を使って人類の戦艦を殲滅して勝利した後に、「私の命令がないのに勝手に化石獣を出動させた事、及びライディーンに負け続けたことにより死刑」というのが、シャーキンの性格の最悪さを露わしてますね。
負けたから死刑と言うのが本題なのに、きっかけはあくまで「命令違反」という事にするというのがすごくいやらしい。しかも、命令違反の結果、勝利したのに・・・。ひどい。
富野アニメはこういう上司の最悪さをさりげなく描くので本当に最悪ですね。
あと、人類ってまだ戦闘空母を残していたのか。バトルスピリッツ ブレイヴ的な感じで、勢力図はどうなってるんですかね。ライディーンのいる神奈川県以外が全て滅びているわけでもなさそうだ。
あと、妖魔帝国って帝国って言う割に、兵士と幹部と暗黒神バラオ言う軍事組織・宗教組織しか描写されなくて、帝国臣民がいないのが謎。養うべき国民がポセイドン一族にはいたよね。最終回で瞬殺されたけど。


とか何とかやってるうちに、アギャールは死刑になるくらいだったら、ライディーンと刺し違えるって事に成って出勤。
そして、洸の学校に行って、「死刑になるから、助けて洸ちゃん。地球上で頼れるのは洸ちゃんだけなの」と泣きつく。キモい。なぜちゃんづけ。
で、陽動作戦っぽい感じで、アギャールが死刑から逃げたがっていて、洸を頼ってると信じ込んだひびき洸は大魔竜ガンテの基地の情報を教えると言うアギャールに一人でついて行って、案の定騙されて殺されかける。アホか。
て言うか、アギャールって悪魔なのに、ホイホイついて行って、洸は余裕だな。ちょっとガタイが良い黒人くらいにしか戦力的評価をしてないのか。
伝説巨神イデオンだったら、敵の捕虜についての扱いはもっとシビアに集団で行動してたのに・・・。洸はアギャールを捕虜にするでもなく、信じて二人で敵の基地に行く。敵の基地って、敵地じゃん。
んで、アギャールに殺されかけて、「おぉおおおのれええええっあっぎゃああああるっ!どぅあましたなあああっ!」なんか、徐々に神谷明がアフレコに慣れたのか、どんどん演技がくどくなっていく・・・。


で、敵兵数十人をボコボコにしながらも追い詰められた洸を助けに、サッカー部副キャプテンの荒磯が助けに現れました。
やっぱり、マリちゃんの尻を追いかけてるより、ひびきキャプテンを一徹に慕って助けて、命をかける舎弟っぽい荒磯の方が似合ってるよ。
あとアギャールに対して正妻を主張するホモっぽい感じも良い。両方ともブ男だが。
で、荒磯が「ここはおれに任せろ!俺が死んでもいいが、おまえは世界でたった一人、ライディーンを操縦できる人間なんじゃい!」って、やっぱり正妻はかっこいいな。
そして、洸は「そんなものより!お前の方が大事だ!」とかイケメンのひどい口説き文句を言う。洸は誰にでも愛を振りまくので怖い。
まあ、結局は荒磯と二人で血路を拓いて、荒磯が食い止めてる間にライディーンの所に行くんですけどね。
「絶対にライディーンで助けるからな!」イケメン…。
この二人のアクション作画が良いね。


アギャールはゴッドバードでぶち殺しました。処刑用の機体だったのか、化石獣の急所と、アギャール将軍の座席が同じ位置にあって、ゴッドバードZガンダムウェイブライダー突撃スイカバーのようにアギャールを直接切り裂きました。あー。富野はずっとそう言う芸風なのか。

  • 19 巨獣ゴンガー魔腕の唸り

人間に見世物にされた上に、逃げだしたら殺されかけて、人間を恨んでいるゴングを改造して化石獣にしてみました。
ゴングは化石獣に成る前に洸の彼女のマリちゃんに優しくしてもらったので、それで化石獣に成ってからもマリをさらったり、優しくして、その隙にライディーンに殺害されました。
うん。モロにキング・コングだね。富野は初代キング・コングが好きな世代。
ていうか、辻真先先生、なにやってんすか。
「勘弁しろよ、ゴング…」
洸はその死を悼むが、悪いのは妖魔帝国なので、「勘弁しろ」です。一応、かわいそうなので、化石獣ゴンガーの死体の上半身を抱いて伊豆あたりから海に流して「故郷のアフリカに帰れるだろう」っていう。うーん。ニュージーランド回り?
ていうか、悪魔に侵略されている時代なのに、なぜかアフリカから巨大ゴリラを日本に輸送して見世物にする余裕が謎。
そして、ゴングが逃げ出したら、海上保安庁の巡視艇や海上自衛隊駆逐艦やら戦闘機が海上に掃射したり魚雷を打ちこんだりする。やりすぎ。
というか、悪魔と戦争状態にあるのに・・・。よゆう・・・。

  • 20 残忍!悪魔提督ダルタン

突如ドローメに襲われた洸はシャーキンからの手紙を発見する。それはアギャール将軍の葬儀の招待状であった。約束通り教会に行くとガンテが棺を運んできた。しかし中から現れたのはダルダン提督だった。「今度会う時はお前が死ぬ時だ」挑戦の言葉を吐くダルダン。ムトロポリスを襲った化石獣ドッグキャットを退けたライディーン。だがダルダンの真の目的はライディーンのパワーの秘密である、ムートロンを奪おうとするものであった。

敵の幹部が変わりました。冷酷無比と言われたダルダン提督が出ました。
アギャール将軍はトカゲっぽい顔が二つある太ったおっさんでしたが、ダルダンは頭が炎、左目は髑髏の眼帯、細身の全身タイツに骨の模様。強引な作戦のコメディリリーフから冷酷な知性派の悪役に変化。
しかし、富野喜幸監督降板まで、あと7話しかないのだ・・・。


今回の嫌がらせは、アギャールの葬式に呼びだしたら、洸はホイホイ行く。行くな。敵に対してもフレンドリーだな。
言ったら、洸の学校の先生が洗脳されていて、棺からダルタンが出てきた。
アギャールの葬式はあんまりしてない。
で、ダルタンがなんか態度悪かったし、怪獣を出してきたんで、洸は悪魔と一緒にいた教師をスルーして戦場へ。
教師は悪魔の意識に洗脳されてた、音楽の先生で、ソープラノ先生。ソープランド先生に聞こえる。3等身。顔が赤塚不二夫萬画っぽい。先生は校長先生も洗脳して、ムトロポリスに爆弾を仕掛けた。戦いになるとムトロポリスが外壁を閉じるので、閉じたら挟まった爆弾が爆発すると言う、すごく適当な敷設。ていうか、ムトロポリス、そんな警備で大丈夫か。
松金よね子さんが声をしてるレッド団の「のすけ」の妹のアッちゃんが、同じ松金さんの声の狸のポン太の代わりにレギュラーに成りました。幼女でテコ入れです。でも富野は27話からは監督を下されます。
そんな子供たちの活躍で、爆弾は取り除かれました。
小さな防衛線・・・。富野の芸風の引き出しはあまりないのかもしれない・・・。まあ、多作だからな。
子供アニメの王道だし・・・。


怪獣は、獅子舞の頭の中に、もう一人の小さな化石獣がいて、そいつが急に表れてマシンガンでライディーンを撃つと言う、変則攻撃。
でも、あんまり覚えてないけど、ライディーンはイケメンで無敵だから、勝った。

  • 第21話 「強撃!翼獣ムチールの罠」

恐竜ティラノザウルスが翼を与えられ、ムチールとして甦った。対決するライディーンは光の輪に囲まれ、パワーが弱って海へ墜落する。意識を失った洸はガンテに捕われた。ダルダンはムートロンの引渡しを要求する。内部を調べ、ライディーンのボディを切り刻もうとするダルダン。ブルーガーの果敢な攻撃により九死に一生を得た洸は、念動光線ゴッドアルファで神面岩を壊そうとするムチールを倒す。強敵ダルダンに洸は手強さを感じるのだった。

だそうです。
プリンス・シャーキンがティラノサウルスを褒める時の中二っぽい台詞が素晴らしいですね!
でも、ティラノサウルスという意味も翼があるという意味もあんまり感じなかったなあ。大抵の化石獣は普通に飛ぶし。
それより、謎の刺付き鞭っぽい尻尾とかの方が・・・。
あと、ライディーンが今回、磔にされて、電動ノコギリで切り刻まれて、洸がアンアン苦しみます。このアニメは美少年を縛ったり痛い目に合わせて、それを腐女子やオッサンが生温かい眼で観賞するという変態アニメなんじゃないか・・・。
あと、ゴッドアルファ便利。
磔は、なんかライディーンがすげー本気出したら破壊して、やっつけた。
無敵。

  • 第22話 「乱撃!魔鳥コンドルのツメ」

深夜を走るトラック軍団。武器を操り、街を破壊しながら神面岩へと進んでいく。妖魔人たちの攻撃だ。神面岩に急ぐ洸。化石獣コンドルンの妨害にもめげず、フェードインする。しかし、ダルダンの操るゴーガーとコンドルンの挟み撃ちにあい倒せない。再び神面岩を襲うドローメ。ダンたちのメカ・ボインダーが戦ううちにライディーンはコンドルンを倒し、神面岩を攻めるゴーガーをも倒した。改めて、チームワークの大切さを知る洸であった。

妖魔帝国も、化石獣以外にも戦車を実用化するなど、人間の文明を取り入れております。
妖魔戦車と、二体の化石獣の異種複数展開が繰り広げられます。
そして、一度負けた洸は意地に成って、三日三晩寝ないで人面岩の上で怪獣を待ち受けました。
「敵の作戦が俺を参らせる事なら、正々堂々、立ち向かってやる!」
なんだそれ。
それで、ミスター神宮寺は「放っておけ。あいつは俺たちを信用してないんだぜ」と。
おいおい。
こないだ、コッペとかとの交流を通じて洸と仲良くなったのではなかったのか・・・。まあ、洸がちょっと調子に乗ってるという回だが、少し、シリーズ構成としては粗がある。
ダンが猿丸太郎博士にポンコツを集めて作ってもらったブリキのおもちゃみたいなロボット(石炭蒸気機関)のボインダーで立ち向かいますが、ボインダーって何だよ。
それより、コープランダーのブルーガーをもっと量産化して、兵員も増やせよ。
自衛隊や米軍や、アフリカまでの航路も一応確保されてるんでしょ!他の回を見るところ・・・。
でも、それをやるとたのしいスーパーロボットではなく、リアルロボットに成ってしまうからな・・・。
兵站描写をきちんとするのはもっと後の作品か、富野…。
複数の化石獣との戦闘は、チームワークで頑張った面もありますが、まあ、基本的には、寝てなくても無敵なライディーン
圧倒的だったという印象。

ゴッドバードでボロクソです。