玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。

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機動戦士クロスボーン・ガンダム DUST第1~2巻のキャラ別感想

 長谷川裕一先生は富野フォロワーの中でもあきまんウエダハジメと同格だと思っている。その中でもコンスタントにガンダム作品を描いている長谷川裕一先生のクロスボーン・ガンダムシリーズはとても好きだ。人間味あふれる雰囲気も趣向に合っているので、クロスボーン・ガンダムシリーズはいつしかガンダムシリーズの一つというだけでなく、僕にとって富野作品の次くらいに大切なガンダムになった。
 しかし、大切にし過ぎたせいか、感想を書く前に新シリーズの2巻が発売されてしまったのだった。…。
これまでの感想
nuryouguda.hatenablog.com


 しかし、どうやらそこまで肩ひじばった感じの作品ではないようだ。
 機動戦士Vガンダム宇宙世紀153年から∀ガンダムの正暦2345年、もしくはガンダム GのレコンギスタのR.C.1014年までの数千数万年間にガンダムに何があったのか?この宇宙戦国時代からアーマーゲドンを経て再生に至るまでの大きな空白期間は、基底現実の20年以上の間、アナザーガンダムのアニメ作品などが作られても長い間手つかずだった。しかし、このクロスボーン・ガンダムDUSTの舞台は宇宙世紀0169年。そして、宇宙世紀は原作者・富野由悠季監督の∀ガンダムGのレコンギスタによって「滅亡が約束された時代」になってしまっている。そんな中で前作の主人公のフォント・ボーは宇宙世紀を終わらせないために戦い続けている…。
 非常にガンダムの設定年表的には難しい時代だと思うし、ガンダム業界でもまれに見る事業だが、まずはそれを描こうとしたことをほめたい。(長谷川裕一先生もクロスボーン・ガンダムは前々作の鋼鉄の七人で完結させるつもりだったらしいが、クロスボーン・ガンダム ゴーストを12巻各間に考えが変わったのだろうか)
 さりとて、そこまで肩ひじばった宇宙世紀歴史学と言う感じではなく、キャラクター優先の冒険劇、ということを長谷川裕一先生は冒頭で述べている。
 『これは塵どもの物語である。始まりでもなく 終わりでもない ただ宙を舞う 一片の欠片である』

 さて、今回は、今までとちょっと趣向を変えて、まずキャラを作って、世界へ放り込んでみる、という作劇で始めました。「キャラが勝手に何かし始めてから、手綱を取ろう」と思っていました。

 岩明均先生の寄生獣の逆ですね。
[まとめ買い] 機動戦士クロスボーン・ガンダム DUST(角川コミックス・エース)


 なので、結構すごいことをしているんだけど、そんなに気負わずにエンターテインメントとして見ていきたい。
 ブログの感想も軽やかに行きたい。キャラごとに。1、2巻をざっくりまとめて。
 以下ネタバレ

 

  • アッシュ・キング

 主人公


 軽やかに書こうというのが長谷川裕一先生のスタンスからも見受けられる。軽やかさは前々作の鋼鉄の七人のトビアの生き方で強調されていたのだ。が、かなりテクニカルなことをしてる。
 まず、クロスボーン・ガンダムの冒頭では一般人の主人公がガンダムと遭遇して巻き込まれて、徐々にエースパイロットになるのが描かれてきたが、今回はアッシュが最初から主人公メカに乗っていて、そこにヒロインのレオが遭遇する、と言うのがDUSTの特徴と指摘されることが多い。
 しかし、アッシュは前作の脇役として登場した時にガンダムに遭遇している、と言うのが描かれている。これで一般人が成長していく過程をすっ飛ばしているテクニック。前作の主人公のフォントが人を殺すことに強い抵抗感を示すタイプだったが、アッシュは宇宙戦国時代を生き抜いているので、わりと敵を殺している。ただ、「敵を殺す」ではなく「悪を殺す」という精神構造らしいのだが。(主犯じゃない傭兵は殺さないようにする)アッシュのベテラン戦士っぽさが描かれるが、しかし子供時代を先に描いているのでゴリゴリの戦士とか、ニヒルな兵士とか、リアリストという、戦闘者に付き物のイメージを読者に抱かせるよりも親しみやすさを感じさせるテクニックで、うまい。
 また、アッシュが童貞ではなくてスケベというのも、ロリコンとしても有名な長谷川裕一作品としても異質なのだが。かといって大人の男、というだけでもない親しみやすさが過去を先に描いていることで出ていて、独特の風合いになっている。
 ダイターン3破嵐万丈とか、シティーハンターの冴羽遼とか、プロフェッショナルの戦士として登場して、徐々に弱さや過去を見せて行くのが定番の見せ方のようだが、前作の脇役が主人公になるDUSTは珍しい。過去のトラウマシーンを回想シーンで描き直さなくとも、前作の現在進行形シーンで既に描いているというバランス。
 トラウマキャラは結構描くのが難しい。トラウマキャラの現在での行動の理由付けとしてトラウマエピソードを回想シーンで描くのが定番だが、ともすればトラウマシーンだけが浮いてしまいやすくなる。過去シーンが浮いてしまうというか。トラウマエピソードが行動理由を後付けしたり泣かせるためだけのシーンになってしまい、キャラクターをつらい目に合わせる割に、作劇の作為の方が鼻について、人情味が薄くなってしまいがち。これはかなりうまくやっている方の作品の寄生獣とか進撃の巨人とかでも出てきちゃっているので、結構難しい作劇なんですが。しかし、F91から数えると46年の歴史を持つクロスボーン・ガンダムのサーガ要素をうまく利用して、トラウマエピソードとか可哀想な所が、トラウマを植え付けさせるためだけの創作事件ではなく、事実の積み重ねで「こうなってしまった歴史」「一つの事象を他の登場人物が解釈すると違って見えるという世界の広がり」みたいな雰囲気で見せてきていて上手いなーって思う。
 作劇としてもうまいのだが、やはり「サーガ感」の見せ方に伊達に20年以上もクロスボーンとか30年もガンダムを描いてきてない長谷川裕一のキャリアも見えるし、宇宙世紀末期の世紀末感とか、物語ではなく歴史ものになってしまっているガンダムの歴史問題に対するカウンターでもある。(※これは富野由悠季監督も指摘しているし、THE ORIGINを歴史漫画家の安彦良和先生が描いたあたりにも表れている。いわんや年表埋めスピンオフの数々をや)
 Gレコと∀のどちらが前か問題もあるんだけど、逆襲のギガンティスとかTV版と劇場版ガンダムやイボルブのパラレルワールドとか輪廻感を見ると世界線がシュタインズゲートっぽさもあるのがガンダムなので、(ユニコーンとムーンクライシスとかね)そこはあまり細かく問題にしないのだが。ただ、パラレルもやりすぎると一つのエピソードが黒歴史アーカイブの断片に成っちゃうので。クロスボーンシリーズはひとつなぎの物語ですよ、と個人作家の名義で描いている萬画媒体ならではって感じで、これはこれで作家ではなくサンライズ著作権があるアニメーションとの差別化があって面白い。
 やっぱりね、安彦良和先生がシャア・セイラ編の過去を以ってして、見てない逆襲のシャアの台詞をORIGINに引用してトラウマ行動理由をしちゃうのはキャラクターに対して雑だなーってもやもやしちゃったんですが。
 クロスボーンは作品のテーマの一つに愛があるし、キャラクターを尊重してる感じがあって、そこはいろんなガンダムを見てきている僕としては、こういうカウンターを出されると痛快に感じます。しかし、そこを安彦良和サンライズに物申す!とかいう重々しさではなく、あくまでエンターテインメントとして萬画を描いていく長谷川裕一先生の軽快さのバランスがね、いいね。あと30年も萬画を描いてるのに絶妙にうまくならない絵柄…。CGとか結構取り入れてるんですけどね。長谷川裕一先生は作風からも見れるように、オタクとして新しいものにアンテナを張っているんですが、絵柄が柔らかいというか雑と言うかデッサンが下手糞なおかげでサイバーに尖っているというとげとげしさが少ないというか、手塚治虫の系譜と言うか。
 メカの描写もそうです。少ない情報量の絵柄で宇宙空間や高速でのロボットの格闘戦とかを読者に見せて行く構成力があるので、決して下手ではないし長谷川先生にはかなり立体把握能力があるけど、MSがミキシングビルドガンダムブレイカーデザインで1st、Z、F91、VのMSのサイズが違い過ぎるパーツをまぜこぜにしてるのにロボットのサイズ感の設定を細かく感じさせないで萬画に出てくる敵メカとしてシルエットを分かりやすく描いて見せる実力というか萬力な!


 かなりテクニカルな側面の話ばかりしてしまったのだが。アッシュ・キングのトラウマは個人的に他人ごとではないし、僕も一人の精神障碍者として自分の中にずっと怯えている子供がいるって言うのはすごく分かるし読んでてつらいので、テクニカルな側面を見てごまかす、って言うのはある。最近、年を取ったせいか現在進行形で30年もトラウマを積み重ね続けた報いと言うか、素直に感動するのがつらいというか、疲れるというか、感情を揺さぶられるとダメージを食らうのであんまり感動したくないっす…。嫌な大人になってしまった。


 で、大人と子供って言うのは富野作品とガンダムクロスボーン・ガンダムの大きなテーマなんですけど。アッシュは前作で非常にかわいそうな子供として登場したのに、今回は日常的に恋愛やセックスを楽しむ成人男性としても振る舞っていて、そのバランスがなー。世代を重ねる意味がまた富野作品とは違った角度で描かれている。サーガとして、各作品の主人公たちが大人になったりならなかったりしてクロスオーバーしているのも、スーパーロボット大戦や長浜ロボットのコミカライズを長年描いてきた経験値が感じられる。(ちなみに今作では"クロスボーン"の綴りが『CROSS BONE 』から『CROSS BORN 』に変わっている)勇者ライディーンの後日談の萬画ゴッドバードコールドスリープしてたひびき洸や宇宙をさまよっていた超電磁チームと地球人の対比が描かれた経験がガンダムにフィードバックしてる。もちろんSF者としてタイムパラドックスとか宇宙を描くっていう要素も。
 大人のガンダム!子供向けガンダム!って割と最近、対立項としてガンダムの各作品が出されている現状があるんですが。大人と子供がCROSS BORNしていこうって言う意気込みがあるね。50代の長谷川先生が描く20代後半のアッシュの人物造形として、子どもの要素と大人の振る舞いがミキシングビルドされてるっていうのは間違いなくあるだろう。そして35歳になってもダラダラガンダムブログを書いていてまともに社会的な地位を持っていないオタクの僕としてはね…。こう、くるものが…。終わらない思春期!高齢者の性!
 しかし、CROSS(性交)! BORN(誕生)!GUNDAM(戦闘)!DUST(塵)! ASH(灰)!というタイトルの生老病死の人生っぽさ。もちろんキリスト教の要素もあるんだけど。しかし、あの生臭神父がタロットカードを使って占いをしているって言う宗教のごった煮っぽさも宇宙世紀末感ある。
機動戦士クロスボーン・ガンダム DUST(1)<機動戦士クロスボーン・ガンダム DUST> (角川コミックス・エース)

 宇宙世紀末の主人公メカのアンカーが錨であり怒りであり最終走者とか、いろいろ小ネタがあるんですが、長谷川裕一先生のこういう所はすごいオタクっぽいんですけど、やっぱり柔らかい絵柄でオタクっぽさ(エヴァ的な感じの意味での)が薄れてるのは絵柄で徳をしてるよな。すごい難しいことを言ってるけど、その一方で軽く笑ってる面もあって、そういう作風。
nuryouguda.hatenablog.com

 あと、ゴッドバードコールドスリープとかタイムパラドックススーパーロボットとかオカルトロボットのすごい科学とか超能力で描かれていたけど、ガンダムは比較的リアルロボットなので、そこら辺の細かい理由付けの雰囲気がちょっと変わっていて、そこら辺の違いが分かるのもいい。まあ、Vガンダムは思いっきりオカルトなんですけど。超能力は普通に出てくる。
ゴッドバード 1巻


 しかし、DUSTは機動新世紀ガンダムX鉄血のオルフェンズに似た世紀末感と言うかポストアポカリプスな世界観なのだが。そこをアナザーガンダムではなく宇宙世紀でやる覚悟。富野さんが「いまさら宇宙世紀ガンダムをやると終末論にしかならない」って避けてGレコを作ったわけだけど、長谷川先生は「宇宙世紀の中で生きているフォントやアッシュやレオは自分たちの世界が終わるとは知らないで頑張っている」という終わりのないディフェンスの向こう側に何かを刻もうとしててすげーよ…。
 さすがはVガンダム外伝のコロニー宇宙船ネタを∀ガンダム本編に逆輸入させた実績。(いや、サンライズの中での宇宙世紀年表作成の経緯は知らんけど。森田繁さんの功績も大きいか)
 で、DUSTはマッドマックスとか北斗の拳とかガンダムXなんだけど、そのガンダムが最先端技術から貧乏臭くなっていく発端は、冷戦とバブル景気の最中に作られた機動戦士ガンダムF91から、ユーゴ紛争やバブル崩壊オウム真理教事件の直前や最中に作られた機動戦士Vガンダムの1992年に特異点がある。
 1982年生まれの僕としてはだな。
 F91シーブックはバブリーな学生生活で「宇宙世紀2世紀のコロニーはすごい余裕があるし、フロンティアサイドのコロニーは自給自足だし戦争もなくなったし、逆に学生にアナログな肉体労働のバイトをさせて賃金を払うことが美徳」みたいな余裕のある社会だったのに、Vガンダムでは一気に「地球は汚染され切ったし、コロニーと連邦の統制も取れなくなり、住む場所がほとんどないしみんな辛い」っていう貧乏くささになった。1992年に何があったんだ。1991年のF91は最新型ビーム兵器満載のガンダムだぜー!フォーミュラースーパーカーだぜー!って出たのに、ヴィクトリータイプは「金も資金もないレジスタンスが資源を切り詰めるためにパーツを寄せ集めた張りぼてガンダム」という、この落差!その間に海賊がいるんですが。そんなにサンライズの経営交代がつらかったんか。


 まあ、そのあと日本と世界の景気はすげー悪くなって、ずっと悪いという情けない時代を20年も続けてしまい。結果的にVガンダムの貧乏くさいリアリズムが20年後のDUSTでもリアルな感覚になってしまったんだが。


 いつから僕たちアニメファンはロボットを最先端だと思わなくなってしまったんだろう!
 まあ、10年前のトップ2や初音ミクアイドルマスターはともかく、今の小学生が戦前の漫才師よりも頭の悪そうなユーチューバーを崇めているのはリアルな辛さがある。情報化したのに知恵を使えていない人類たち!


 という苛立ちは効率厨になってしまったフォント・ボーにはあるのかもしれん。



 あと、小ネタだけど無敵運送って社長で小学生っぽさがあるな。
無敵ロボ トライダーG7 DVDメモリアルボックス

  • レオ・テイル

 ヒロインであり、もう一人の主人公。
 16歳巨乳。アッシュのエッチ行為に迷惑するものの、ダーティーペアみたいな服を着ている。いまさらダーティーペアかよーーー!80年代…。絵柄が変わらない(むしろ80年代よりやぼったくなっている)長谷川先生ならでは?
 獅子の尾という直球の名前は機動戦士Vガンダム外伝プロジェクト・エクソダスに登場したダンディ・ライオン(雑誌連載時の名称は「ステラ・バース」)がプロキシマ・ケンタウリに移民したことを強く意識させる。ド直球。しし座のデネボラなんですかね。
機動戦士Vガンダム プロジェクト・エクソダス (カドカワコミックス・エース)


 本当に僕は宇野常寛が嫌いなんですけど。宇野常寛クロスボーン・ガンダムの少女ヒロインと少年主人公の関係を批判した話はすごい嫌いなんですけど。
 いや、宇野の話はもういい。あいつは小銭を貰ってラジオやテレビで適当なことを言って日銭を稼いでいるだけだ。まあ、僕はもっとダメな底辺なんですけど。


 しかし、長谷川先生のすごい所は批判を実作で上書きできるところ。僕もですけど批評家は所詮は作品に対して後出ししかできないけど、実作する人はそれを自分で乗り越える力があって偉い。


 と言うわけで、巨乳で少女だけど、かといって守られるだけなのは嫌なんだけど、MS戦士ではないけど、社会の中で仕事を見つけて行こうみたいなP.A.Worksのお仕事アニメ主人公みたいだけど、壮大な野望を持っているレオ・テイルちゃん。
 僕は女ではないんですけど、女の子の見る星の夢みたいなのはクロスボーン・ガンダム スカルハートのトゥインクルあたりからあるし、女性SF作家のフェミニズム問題はあるんですが。
 そこら辺を上手くドラマにしてくれたらいいんですが。レオ・テイルは過去のクロスボーン主人公たちのようにMSの操縦が上手くなって戦士になっていくのか、女性らしさを持ち味にしていくのか?
 Gレコのアイーダさんもそこら辺を問題点にしていたけど、女王誕生を描くのは難しいことだったのだ…。レオはどうなるのか。女王と言うよりは庶民っぽいけど、今後出世するのか?(アッシュ・キング、穀物王、カグヤ姫など、DUSTの主要キャラは王の名を持つ。しし座のデネボラを連想させるレオはレグルス(王の心)の星になるのか?)



 男性主人公のアッシュが自分の中の子どもを暴走させて、それを女性主人公のレオが目で訴えて正気に戻す、っていう関係性。まあ、北斗の拳のユリアの母性と言ってしまえば昔からあるし、それまでなんですけど。
 戦闘ヒロインじゃない女性キャラを冒険ものでどう取り扱うか問題はラノベアニメとかエヴァンゲリオンとか戦闘少女の心理学とかでたびたび取り上げられる。
戦闘美少女の精神分析 (ちくま文庫)
 物語シリーズの戦闘力がないのに発言力のある西尾維新ヒロインの流れも21世紀になってからあると思う。けものフレンズのかばんちゃんとか。
刀語 第一話 絶刀・鉋 (講談社BOX)




 でも、アッシュとレオは年が離れているし、恋愛になるかどうか微妙だ。レオはヒロインになるのか、自分の野望に行くのか?ちょっとよくわからん。
 フォントとくっつくって言うのは、ベルナデットが生きてる間はないか…。

  • フォント・ボー

 えっ。こんなに早く再登場するの?ほぼ続投じゃん!そして肉体年齢はアッシュより年下。
 そしてファントム強すぎ。15m級小型高性能MSは18m級大型ミキシングビルドMSのアックスを片手で受け止めるのか。マジかーーー!そしてビームを消し実弾も弾くビームシールド。効率厨になったフォントと合わさり最強に見える。
 フォント、ゴーストのラストよりもさらに覚悟完了しててやばいな。なにがあったんだ。
 でもアッシュを援護したり人情を捨てたわけでもないのか。
 まさかのティターンズ再興とか。一つ目巨人族のキュクロープスは星座のギリシャ神話感がある。
機動戦士クロスボーン・ガンダム ゴースト(4) (角川コミックス・エース)

  • カグヤ・シラツル

 月下の白鶴の異名を持つ謎の黒髪ロングパッツン貧乳レズ無敗傭兵ネコ属性。うーん盛りすぎ。でもかわいい。
 ダーティーペアっぽさが…。80年代…。(裏表紙の装丁がサイバーコミックスの単行本っぽいんですが)
 28歳にして長谷川作品に欠かせないロリコン要素を持ち込んでくる人材でもある。ロリコンと批判されやすい長谷川作品ですが、まあ、ジュブナイルロリコンは切り離せないっつーかさ…。
 ロリコンの被害者で母性に目覚めつつ娘をやったガンダムユニコーンのマリーダの描写は僕は好きではないんですが、成人女性として女児を守っていくカグヤはうまくころがっていいキャラクターになってくれるといいですね。


  • タガナズ・タヤカ

 穀物王。アイアンマンっぽい。金持ちの社長で重MS乗り。酒を愛する色男。しかし本業は農夫。うーん。盛ってる。
 というか、ちゃんと武力と農業のバランス経営に軌道が乗っている鉄華団の社長って感じ。
 DUSTは世紀末っぽさとかガンダムの再利用など、鉄血のオルフェンズのやり直しの要素がある。
 僕はあんまり鉄血には乗れなかったし感想も書かなかったけど、きちんと一般経済社会と裏の暴力社会の間で上手く立ち回れた場合の鉄華団がDUSTの農業王なのだろうか。
 鉄血は社会性の描写が非常に薄かったのだが、DUSTは盗賊に説教するアッシュなど、宇宙世紀末期のコロニーに依存して地球と連邦が疲弊した社会を俯瞰して抑えつつ、個々のキャラクターの心情も描いているので構成のうまさを感じる。
 子どものまま社会性を身に着けずに滅んだ鉄華団だが、クロスボーン・ガンダムシリーズでは子供は大人になるし、大人は子供を引きずって絡んでいるんだよなー。

  • 一つ目巨人のアーノルド

 金髪糸目。
 クズっぽいんだけど、エゥーゴ出身のネオジオンのシャアにすら反地球連邦と言われたティターンズの家系で出世しなくてはいけない指揮官というすごい重い業を背負っている。ベルセルクセルピコくらいかわいそうだな。
 中身がない分プライドだけ高い愚連隊と言われるようになり下がった地球連邦軍…。
 いったい地球連邦はどうなってしまうのかー!そして木星は…。続く!
機動戦士クロスボーン・ガンダム DUST(2)<機動戦士クロスボーン・ガンダム DUST> (角川コミックス・エース)
 ボルケーノはFAZZっぽいんだけど、ガンダム・センチネルのネタは拾うのかな?キュクロープスのアッシマーは下半身も円盤になるのね。



 8月か9月に出るであろう3巻にはちゃんと合わせて感想を書いていきたいぞい!Gレコも劇場版が決まる前にベルリの総撃墜評論を…。そしてデレステ…。グラブルアイマスコラボ…。シンデレラガールズツアー…。ミリシタ…フォトカツ…。ボトムズアイアンリーガーもそろそろ見ていきたい。遊びきれない毎日バンダイナムコ!!!!!!!

第1話 終戦

第1話 終戦





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