玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。

逆襲のシャアのギュネイ・ガスがカスな場面

 前回の記事の続きというか、書き漏らしの補記。
nuryouguda.hatenablog.com


 クェス・パラヤはシャアに誘拐されて、お客さん気分でネオ・ジオンに入ったのだが。父親を殺してから、それをきっかけにするかのようにネオ・ジオンの軍人からは戦闘員扱いされて、服装を怒られたり被弾したヤクト・ドーガごと放出しろって言われて冷たくされる。


 子供気分だったのが、一回の実戦を経て、いきなり大人扱いされるしナナイに敵視される。


 で、シャアに甘えに行くつもりで片腕を失ったヤクト・ドーガでサザビーのところまで飛んでいくのだが、一応ギュネイ・ガスが自分のヤクト・ドーガでクェス・パラヤの機体をフォローする。
HGUC 1/144 ヤクト・ドーガ (クェス・エア専用機) (機動戦士ガンダム 逆襲のシャア)


 クェス・パラヤは親を殺した(と理性では知らないけど、ニュータイプ的に感じてしまった)不快感から人にやさしくしてほしいのだが、戦闘モードになったネオ・ジオンの軍人たちは手のひらを返したようにクェスに冷たくなる。


 だから、年の近いギュネイ・ガスにクェスは守ってほしいのだが。(13歳と18歳は年齢が微妙にティーンエージャーとしては離れているのかもしれんが)


 実際、ギュネイ・ガスは途中まではクェスの傷ついた機体を守っていたのだが。
RE/100 機動戦士ガンダム 逆襲のシャア ヤクト・ドーガ(ギュネイ・ガス機) 1/100スケール 色分け済みプラモデル


 ロンド・ベルのブライト・ノアが発射した核ミサイルが飛来したら、ギュネイはクェスに挨拶もせずにスーッとミサイル迎撃の方向に飛んでいってクェスから離れる。
 この男は……。
 若い男は女の子を守ることよりも、武勲を立てるチャンスが来たら、スーーーッとそっちの方に行ってしまう。


 シャア以上に正確に多くの核ミサイルをファンネルで狙撃してみせるのはすごいし、実際ここがギュネイの見せ場ではある。映像的にも派手。でも、心も機体も傷ついた女の子を放置して核ミサイル迎撃に出るというのは、ちょっとどうなの?
 核ミサイルはアクシズの核パルスエンジンを狙ったものなので、核ミサイルを阻止しないとクェスが傷つく、ということではない。
 まあ、アクシズ落下作戦を遂行するためには必要な仕事ではある。


 その間にクェスはサザビーのコックピットに潜り込んで、シャアに「(核ミサイルを迎撃するのが)強化人間の仕事だ」って割り切ったことを言われる。
 クェスをほっといて核ミサイルを迎撃したギュネイはまあまあすごい。でも、シャアには「強化人間はそういう仕事のためにあるから」って突き放すことを言われる。
 なので、クェスのギュネイへの気持ちも冷める。同時に、クェスも少し強化されているので「大佐の役に立たないと認められない」と思ってしまう。
 可愛い女の子だったら愛される、ではなくて、愛されるためには実績が必要、みたいな大人の恋愛観になってしまう。これは13歳にはきつい。
 シャアもそういうクェスのニュータイプ的な反応を見て、かつてのララァと同じように感じて、利用しようとする。


 で、場面は飛んでアクシズの地下街でギュネイとクェスは口論するのだが。


 ギュネイは 「俺な、敵の核ミサイルを一気に狙撃したんだぞ。俺は大佐以上に働けるんだ、あんな男は気にするなって」
 と、”クェスをほっといて得た実績”をクェス本人に自慢して、恋愛アピールするという、もう、本当にどうしようもない若い男の逸りをやってしまう。それでクェスはギュネイに対しては割ともう、冷めているのだが。
 ギュネイは他のネオジオンの兵士よりはクェスに優しくて、クェスとつきあって研究させてもらいたい、とアプローチしていたのだが。核ミサイルが来たらクェスをほったらかしにしてそっちの迎撃に行く。父を殺して神経質になっていたクェスは誰かに優しくしてほしいのだが、ギュネイも結局はクェスを守るより軍人の男らしい功績を欲しがっていく。


 でも女の子にとっては自分のエスコートを途中でやめて核ミサイルを落とすのなんか、知らんし。そんなことをドヤ顔でアピールしてくるギュネイは鬱陶しい。
 クェスが核ミサイルを狙撃した実績を褒めてくれないと悟ったギュネイはシャアへの個人攻撃をする。
「大佐はジオンの一年戦争の時に使ったパイロットのララァに憑り付かれているんだぜ」って言ってしまう。



 この後のクェス(川村万梨阿さん)の 「はぁ?」、最高。


 完全にどうでもよくなった男から、好きな大佐の昔の全く知らない俗な話を急に投げられて、そして多少の困惑と軽蔑も混じっての、「はぁ?」


 それでクェスはギュネイに対して「若い男は嫌いだ」と決別するのだが。


 ここでクェスに見下されながらシャアの悪口をいうギュネイのポツンとした立ち位置と影の感じ、最高。


 逆襲のシャアは「嫌な女を描くのが上手い」とよく言われるけど、ギュネイ、ハサウェイ、そしてアムロとシャアなどの、男のしょうもない部分もかなりうまく描いている。
 女の子を守るといいながら、武功を焦ったり、それで女の子に戦果を自慢したりっていう、若い男のどうしようもなさというか。
 シャアとアムロも決して理想的な人物ではない。どちらも難民の問題や地球連邦政府の腐敗に対して決定的に正しい意見を持っていない。もちろん、大人というのは決定的に正しいことは出来ない、というものでもある。(カムラン・ブルームさんはすごいいい人なんだけど、核兵器を横流しして社会的には人生が終わる終身刑を覚悟しているからな)


 富野監督は女性を描くのが上手いと女性に言われるけど、僕からすると男のみっともない部分やしょうもない部分もちゃんと描かれていると思う。
 なので、人間を描くのが上手いのだと思う。



 しかし、ギュネイが嫌いになっても、死んだらクェスはちょっとは怒るので、クェスは裏切り者で悪い女とか言われがちだけど、意外と情に厚い女の子なのかもしれない。ハサウェイのことも助けるし。


 クソみたいな家庭環境だけど内向せずにインドでニュータイプについて修行していたていどの向上心はある。(まあ、地球連邦政府の首都がチベットにあったので、近かったというのもあるだろうけど)
 地球連邦政府の参謀次官の娘だけど、スペースノイドのことも思いやっているし、それもあって戦うだけのアムロより、難民のための政治や地球環境保全などの思想をしているように見えたシャアに期待するようになる。


 いや、ギュネイもザビ家のコロニー潰しに対する義憤から強化人間を志願したので、根は真面目で独裁者から弱者を守ろうという意識はある。主人公のアムロの敵ではあるし、人質作戦もする外道だが、善性の欠片は持っている。でも、シャアへの嫉妬とか出世欲とかで、男らしい失策を演じてしまう。うーん。



 しかし、前回の記事の続きなんだけど、そういう戦争に対して右派でも左派でもないニュートラルな立ち位置で無垢で善性を持っていたクェスとハサウェイだけど、特に明確な意思や目的がなくて社会見学の延長の気分でも戦争に巻き込まれたら道を違えたり思想が歪んだり殺人者になってしまったりする。そういう子どもを強制的に大人にしてしまう戦争ってなんだろうねえ…。というのはWWII中に生まれて学生運動や反核運動みたいなこともして、アニメでは少年兵の話を多く手掛けてきた富野監督のライフワーク的な思考課題なのだろうなあ。
 そういう物語の中で犠牲になる少年少女たちを見せて、現実の少年少女たちに何事かを訴えていきたい、明確な答えがなくてもなにかの引っかかりを残したいのだろう。


 それは現在のGのレコンギスタを子供に見せたいとしきりに発言するのにも通じていて、日本戦後テレビアニメ黎明期から働いているアニメ業界人として、やっぱりアニメは子どもに見せるものという信念があるんだろう。
 でも、おじさんの僕も子供っぽい部分があるし、逆シャアをちょっと1年ぶりに見ただけで長文を書いてしまう程度には面白い。




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