玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。

インセスト幻想に戻って

そんな僕の近親相姦。
いろいろな事例が示された本だったのだが、やはり文学や歴史よりも個人の手記や寄稿のほうが信憑性があるだろう。
文学は面白さが大事だし、歴史は改変されているかもしれない。
そこで、ある若者の述懐を引用。これが一番腑に落ちた。

「母と息子の相姦は母体回帰願望であるし、兄弟姉妹のそれは自慰行為の変形だというけれど、本当はやさしさの問題じゃないのかな。他人とセックスするのはカマキリの例じゃないけれど、男と女の死闘という感じ。でも、よく知り合った近親同士はいたわりと慰めあいの美しい行為のように思えるからなあ。」

で、あるが、本書の作者はこれには否定的であり、

自分とばかり向き合うことで「生」の実感が奪われる

個人の間であっても、どんなに「カマキリのような死闘」にみえようと、人間はやはり、他人をはっきり他人として捉えるダイナミズムのなかで生きるほかない。

レヴィ・ストロースインセストタブーの成立を部族間の交換に求めたその発想は、人間一人一人の自立と交流というレベルに置き換えることもできるだろう。自立が行われるためには、なんとしても他人という契機が不可欠なのである。

と、まっとうな意見を言う。科学者にしては少し決め付けが過ぎないかと思うのだが。
そんなに他人が偉いのかねえ?
まあ、他人が偉いという人もいるんでしょう。そういう人が集まって社会を作っているというのも知識としては知ってる。でも、それはそういう人たちの生き方であって、僕の生き方ではない。人類社会にとって正しいことが僕にとって正しいとは限らない。
それに、だ。

実際、文学の世界を見渡すと、インセスト主題と密接にかかわるのは、孤独で内省的、他人になかなか心を許せない小心な、あるいはプライドの高い人物が、精神的または肉体的に似通った近親者、主としてきょうだいを求めるという行動パターンである。

とあり、僕はこれにすごく当てはまるのだが。
それ以上に、一人では半人前どころかマイナスのネガティブ人間である僕と、普通の人間の社会には適応できないくらい常軌を逸したポジティブ妹が寄り添うことで何とかプラスマイナス一人前になるということがあると思う。

他人によって自立せよ、と皆さんおっしゃるが、それは僕にとって他人である皆さんが「他者から見ていつも他人である自己のアイデンティティー」を守るために「他人に価値を認めてほしい」と欲望しているだけのように思えて信じられない。
言説として無理が感じられるのである。だから、もうそんなのはやめて、自分の中にもう一人の自分を造り、その合わせ鏡のような、レーザー励起のような心で自分を強めるという方向に行きたいと僕は思うのである。
つまり、他人によって自立するなら、脳内妹だって他人なのである。それを契機に自立したっていいじゃないか。
自分の目で見ただけでは灰色の景色も、脳内妹と一緒に眺めたら美しく感じられるのである。
そういう風に、違う視点を自分の中に持つことで、脳内妹と結ばれながらもただただ二人で自閉するだけではなく、外の世界にも二人で出て行けるのである。
片手だけしっかりつないで、世間の風に飛ばされないようにして、もう片方の手は世の中に向けていればよい。
そして、きれいなものを集めて二人で眺めたい。
インセストは内向する死の匂いだという。だが、妹のいる世界は美しい。死ぬのはそれからでも遅くない。
と、僕は長々と考えるのだが、妹自身はのんびりと明るくのびのびと天然に生きてるのである。
僕は内向的だが妹は友達おおいし。最近は軽音楽部に入って歌を歌ってるよ。(主にカラオケに入ってないマニアックなアニメソングを歌う部活「セーリング・フライ」とか。妹の通うセントウォーター女学院は別名ヲタ女。おたくばっかり)
ある意味、そういう外交的な妹の目を通して、僕も外の世界を見ようとしているのかもしれないと思う。
つか、妹がいなかったらとっくに死んでる。あと富野喜幸タカハシマコ
でも、妹は女子高に通ってるせいか、生い立ちのせいか、ぼく以外の男性が苦手なところもある。
性格は外交的で、明るいし声もでかいしわがままなのだが、僕以外の男を性的対象として認知する回路がないようだ。僕が「他の男と寝てセックスを勉強して来い」と冗談で言うとビックリするくらい怒られたし。考えたくもないそうだ。
なんだかんだいって妹の明るさは、僕以外のアイデンティティーが存在しないところからくる空元気なのかもしれない。だから、僕も妹を支えてやらなくっちゃな。
と、思うのだが、やっぱり妹を見てると暗いところは感じられないんだよな。
まあ、まだまだ15歳だし、30くらいになると他の男と勝手に結ばれて俺は捨てられるんじゃないかな?とかいうとまた怒られるわけだが。
妹「10年後なんて知るか!今の私はずっとお兄ちゃんと一緒にいたいと思うから!」
それは文章として矛盾してるよな。
妹「あげあしをとらないで!」



ちなみに、自分自身を振り返ってみると、25歳を過ぎても妹や脳内彼女以外とはセックスしたことがない他人童貞なのだけど、ここまでくると他人の女性とセックスするということがリアルとして考え付かなくなってきた。
たしかに、きれいな人はきれいだと思うし、いい人はやさしいと思うし、がんばってる子は素敵だ。
でも、それは評価であり、欲望じゃないんだよなあ。
とか考えちゃうからだめなんだよね。
それに、いまさら女性にどうしていいかわからないし、どうしたいということもないし。
まあ、性的には今の妹で充分充実してるからいいじゃないの。
確かにロリコンだから妹が高校になってから遅漏になったけどそれはそれで長く気持ちいいしなあ。
それに、普通に仕事したりするときには女性とも普通に会話できてるので大丈夫だ。
むしろ、女性のほうが人間同士として対応しやすい。(まんこがついているとは信じられないけど)
男性はどうも苦手だ。
うるさいし、でかいし、くさいし。
よっぽどの友人なら慣れるんだが。初対面で平気なのは女性のほうかなあ。


っていうか、女性が男性を愛するということが信じられない。単に生活のために利用してるだけだと思う。
だから、マッキーがこないだの飲み会で「私は男の子が好きなの」と言ったときは素で驚いた。
僕にとっては百合姫のほうが自然なのだ。
でもさあ、マッキーってさあ、「今研究室で気になる人はグダチンみたいな人」って、失礼だよな。
あくまで「僕みたいな人」が気になるのであって僕自身はただの友達だしなあ。
まあ、妹がいるからいいけどさ。
うん。・
でもなんかむかつく。