玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。旧玖足手帖から記事・ブクマを引き継ぎました。


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“鋼弾之父(ガンダムの父)”富野由悠季氏、台湾で未来のクリエイターへ向けたメッセージを語る

http://www.watch.impress.co.jp/game/docs/20080126/tomino.htm

個人的に思うところを抜粋

自分の心からの叫び、自分固有だと考える気持ちをそのまま作品に作り上げることができるような、“日記風”のコンテンツを作品にすることができるのは限られた天才しかできない。


 「ケータイ小説」や「Youtube」作品から大ヒットに繋がった作品はあるが、それはツールがメジャーになる過程で天才が作品を生み出したと言うだけで、ツールを使う全ての人が作る日記的コンテンツが全て高い評価を受けるわけでは決してない。


 「我々が作品を作る上、技能を行使する上で必要なのは、『わかって欲しい』と思うことではないでしょうか」


100万人に通じる言葉の使い方、表現をしなくては自分の主張は、作品は絶対に伝わることはないという。


 富野氏にとって、「100万人に伝わる表現方法」が“ロボット物”というジャンルだった。ロボット物という手法の上に、自分が求める人間性を求める物語要素やテーマを少し加えるという形で表現していった。自分が求める映画表現への想いやテーマ、物語をそのまま出していたら、今、台湾まで私の名前が伝わると言うことは“絶っっ対”になかった」

つまり、自分の想いを伝えるために、気に入らなくても、みんなが分かる言葉遣いをしよう。
当たり前過ぎるぜトミノ


昨日の、やしきたかじんの番組で、松山千春が「100万枚のヒット曲を作るのは、オレのレベルを下げたら簡単だ」と言ってたのと似ているけど、逆だなあ。
まあ、トミノはレベルを下げなくっちゃ!と想いながらちっとも下げる気配がなく、あんな映画ばっかり作っているから、せめてカミーユの家庭の最後の朝食風景くらい描けよ。


と、すると、自分は嫌いだけど、子どもみんなが好きなロボットものでヒットを飛ばした富野のように、みんなが好きなエロで表現するエロゲーには未来があるのか?
と、いいつつも、

ツールに頼るほど作品はつまらなくなる」


「対象や商売を考えて作品を作っていく危険性」

うーん。たしかに、エロはエロで、内に篭もる所もあるからなあ。
まあ、ロボットものも、子どもとおたくとフィリピン人のボルテスVヲタとフランスのグレンダイザーヲタくらいしか見ないと思うんだけど。
ツールとして、広く一般的に受け入れる物と言うと・・・。
そこで、アジアの代表を自認するGacktさんなのかなあ。西城秀樹とか。
ラルクとかブリグリとか。
ガンダム00の方針は正しいんだよな。
まー、「わかって欲しい」「想い」がトミノほど在るのか?と言うと、「想いだけでも、力だけでも」なのだが。

http://anime3.2ch.net/test/read.cgi/x3/1201165081/151n-

148 :通常の名無しさんの3倍:2008/01/26(土) 15:38:08 ID:???
>「雑誌のインタビューなどで知っていると思いますが、僕はあまり『ロボットもの』というものが好きではない。
>だけど、“鋼弾之父”と紹介されると、感動してしまう。この監督はホントにロボットものが好きだよねえと(他人事のように)感動してしまう。
>だけど基本的には、嫌いです」。
ここはちょっとニュアンスが間違ってるので、ちょっと補充
実は講演始める前に、富野作品の紹介は流されていたので、監督もアアコさんも一緒に見た

「雑誌のインタビューなどで知っていると思いますが、僕はあまりロボットものが好きではない。
だけど、さっきの映像を見ると、ああ、この監督はやっぱりロボットものが好きだよねえとついに思ってしまう。
だけど、基本的には嫌いです」


152 :通常の名無しさんの3倍:2008/01/26(土) 16:03:55 ID:???
ツールに頼るほど作品はつまらなくなる」
↑まだ整理していないからあまり覚えてないが、たぶん上のYOUTUBE話の延長だと思う
YOUTUBEで商売をやってもいいが、それはあくまでツールだから、いつまでも頼っちゃいけないという話

バイストン・ウェルは自然が神であり、あえて名前をつけなかった」
↑これはバイストン・ウェルの作り方に対して、かなり複雑な答えになってたが、
簡単に言うと、あえて西洋文明の一神教な観念(つまり善と悪)を避けたためにそういう風にしました
善と悪を肯定したら、バイストン・ウェルはいなかったという

ニュータイプは子供に夢を与えるため、人の世の問題を超えるかもしれない理想を求めた概念で、単純な超能力者とは違う」
↑これは何故ニュータイプを考え出したのかという質問に対する答え

「対象や商売を考えて作品を作っていく危険性」
↑ここで企業やスポンサーやプロダクションを罵って、偉い人をビックリさせた

手の動きは「芸能の基本だ」として富野氏はマイクを離してポーズをとって見せた。
↑これは富野作品のオープニングは何故いつも手を振るうのかという質問に対して実演
それは芸能の基本ですから!と

「スポンサーとクリエイターの関係」
↑これは業界人は会社やスポンサーの不満を散らしてる質問に対して答え
この人はちょっと監督が言ってるアホの意味を誤解してるようで、やや挑戦的な言い草をしました

とりあえずここまで できれば今晩か明日まで上がりたいから、もう暫しお持ちを

なんっていうか、富野監督の言う事には整合性が一見ないが、細かい語彙の強弱や反語の打ち消しあいでパラメーターを調節するような物言いなんだよなあ。
ピーキーな金田バイクみたいな。
デジタル的に一つの意見を主張する態度が近代的な知のあり方のようーな印象が在って、それは結局立場と立場の官僚主義的競争にしかならないという気がしてたんだけど、
トミーノの物言いは、内包的多神教的なんだよなあ。
精神分裂病的というか。
脳髄はものを想うに、ものを想うにはあらず。電話交換。
っていうか、トミノもなんか、まだまだ現役というか、発展途上というか、なんだかんだいって場当たり的な気がして、そーいうところが好き。
やっぱ、おハゲ様は絶対者と言うよりは人間の同伴者なのだよなあ。
まあ、地球に生きるホモ・サピエンスの一個体ということなわけだが。
そーいう脳神経使いが同じ時代の同じ惑星上に生存していると言う事をこーいう風に認知できるということは幸せだ。
特に、バーチャル世代の僕は人や自分の精神の存在を否定しがちなところがあるからなあ。
おトミさんはミレニアムのイエスですよ。
まー、僕はキリスト教は嫌いなんだが。というか、宗教全般が嫌いだ。
なぜならば、宗教を信じる行為は宗教それ自体ではなく、宗教を紹介してきた、親兄弟友人知人血縁地縁企業経済しがらみ損得親の因果が子に報い現世利益を信じる態度に過ぎないのではないかと思う。
そーいうわけで、何となくテレビでやってたアニメが面白いと言うだけのことの方がよっぽど宗教っぽいと思うんだなあ。
まあ、超能力でも何でもなく、アニメーションなんだが。


だから、トミノは存在するのである。