玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。

機動戦士クロスボーン・ガンダムDUST 11 前編 責任の範囲

機動戦士クロスボーン・ガンダム DUST(11) (角川コミックス・エース)

 先日の富野由悠季インタビューとかソシャゲとかで、発売日に買っていたのに感想が2週間後になってしまった11巻ですが。


 富野監督は長谷川裕一先生は絵が下手だと言ったけど、うまいだろ。


 爆発とミノフスキー粒子の炎に包まれて轟沈しようとする宇宙戦艦の上での、ガンダムタイプのアンカーと敵怪ロボットのメルト・バロックから飛び出してきたバロック本体との剣戟の見開きアクションとか、普通に絵がうまいと思う。難しい舞台なのにちゃんとマンガとして迫力がある。
 それに、長谷川裕一先生の各ロボットは他のガンダムエース作家の人の描くモビルスーツよりも線が少ないのだが、プラモデルというお手本のないオリジナルデザインで、曲線や曲面も多い上に細かく部分的に変形するMSを破綻なく描いている。コマによってMSの印象が違うとか、デッサンが狂っているということはない。(大きさによって描き込みの情報量を増減させてはいるけど)
 新しく出てきたビーム射撃特化MAのヘカトン・ゲイルのデザインも独創的だけど、製作期間とか性能の特徴がきちんと分かるデザインだし、曲面を多用して、わりと変な所にスラスターがある奇妙なデザインだけど、やっぱりデッサンに破綻はない。
 (リサイクル屋のアメディオ・サロイモアのMSガナビィは直線が多いのでアシスタントが描いているっぽい)
 メルト・バロックウルトラ怪獣のような、ガンダムワールドのメカとしては一見ふざけているようなデザインだが、曲面による跳弾効果装甲とか、前作ゴーストの終盤に登場した艦艇型可変MAカオスレルの技術を転用しているとかで説得力がある。(アンカーと接触する直前の一コマだけ、艦艇型の姿勢で前進する場面がある。この時に中のバロックの下半身を前にしているが、それもセンサーを必要としない覚醒者・首切り王の能力で、前も後ろも特に関係ない(ディキトゥスとかにも近い設計思想))まあ、もちろんあのデザインにしたのは性能面よりも首切り王の異常性を見せるという演出効果なのだろうけど。

  • アクションの面白さ

 テーマ的なことは後で書くけど、11巻はアッシュ・キングたちネオ1バンチ防衛組と地球連邦軍精鋭部隊キュクロープスの艦隊(それに隠し玉のコスモ・バビロニア戦艦やヘカトン・ゲイル)、賛美歌の国の旗艦ケルベロスを中心にした艦隊(隠し玉のレーザー兵器)の決戦で戦闘の迫力の印象が第一にあった。
 各艦隊とも、所属しているモビルスーツに特色があって、それが入り乱れて戦うところがとても面白かった。



 
 特にすごいのが、前巻で「今後に期待」としたフロンティアIVの地方領主で大金持ちのミリオ・ビリオンでしたね。金色のレプリカガンダムG・G(ゴージャス・ガンダム)に乗っているという色物枠だし、前巻の巻末に「指揮官であるミリオ・ビリオン自身の腕前は高くない」って書いてあったのに、アッと驚く精密射撃で、猛威を振るう首切り王のメルト・バロックへの反撃の糸口を掴むとか。すごすぎるだろう…。
 理屈はわかるけど、Iフィールドのバリアーのギリギリ外という見えない間合いを狙うとか、すごいコントロール。しかも相手も自分も宇宙で動いているのに当てるとか。(まあ、一年戦争当時は珍しかったニュータイプとかが陳腐化している時代なので、宇宙空間でのセンスの高い人物はそう珍しくないのか?もちろん資金があるのでセンサーが高性能だし、他の戦士が戦っている前半戦は観察に徹していたというのもあるんだろうけど。しかしまあ、よくやる)
 その他にも、前巻でアッシュがスカウトしてきた怪改造MSを操る銭ゲバとか修行僧とか荒くれ者たちも前作の強敵だったサーカスのMSを独自の戦術で圧倒していてよかった。前作の強敵で木星帝国のタカ派の制式マシーンであろうサーカスMSをレプリカの継ぎ接ぎの野党MSが知恵と工夫と戦闘経験でやっつけるのはスカッとする。まー、再生怪人は弱いとか、宇宙戦国時代だしゴースト編で敗北したサーカスのMSはゴースト編よりも劣化しているのかもとかあるけど。鉄血のオルフェンズも荒くれ者がツギハギでパーツを集めていって偉そうな制式マシーンをやっつけるっていうコンセプトは良かったんだけど、なんかパッと見でわかるマシーンの個性がなかったかなー。むしろパーツを組み合わせて個性を出すガンダムはビルドシリーズのほうがあるのかも(時間がなくてReは見てないけど)。まあ、最近のそういうガンダムのコンセプトはいいけどうまいことアニメにならなかった部分も、オタクの長谷川裕一先生は取り込んでるような気がする。


 前巻で鮮やかにノエル・レイス飛行固定型を奪った女怪盗はかっこよかったけど、同じ手口でエオス・ニュクス号を奪おうとして、フォントが隠していた大規模な奇策に阻まれるというのも構成がうまい。成功パターンと見せかけてドッキリ。そしてデカイ戦艦のアクション!うーん。順序の盛り上がりがいいですねえ。


 もちろん主人公のアッシュのアンカーV3の大活躍もかっこいい。ファントム・フレイムを手に入れてスピードアップしたという見た目にもわかりやすいパワーアップが特徴だが。次々と捕鯨銛、電撃、鉈が付いた火縄銃のようなライフルを繰り出して、使い切った武装を思い切りよく捨てる「手練」の戦いのスピード感がとてもいい。大剣ビームサーベルイカリマルをワイヤーにつなげて足で操作するとか、無印のクロスボーン・ガンダムX-1の戦い方にも通じるものがある。アッシュはキンケドゥやトビアなどの初代クロスボーン・ガンダムパイロットの操縦技能は教わってなくて独学だと思うが。(木星帝国サーカスのパイロットだった牧師のジャックは足が不自由になっているが、教えたのだろうか?デナン・ゾンやF89のジャン師匠の戦い方ともまた違うよなあ)
 MSが全身を使って武器を振るうというダイナミックな海賊的なアクションはやっぱりクロスボーン・ガンダムらしさだ。(正式に命名されたクロスボーン・ガンダムがニコルのX-13しか出てこないし、今回はそれほど出番がなかったとしても)
 前作の主人公でファントムのパイロットのフォントはなんだかんだと言って、エンジェル・コールをめぐる電撃的な連戦のあとはコールドスリープしていたので、地道に積み重ねた実戦経験は実はアッシュのほうが上で、ファントムライトを手に入れたアンカーが首切り王の(ファントムと同程度だろうという)想定を超えて大暴れするというのも説得力がある。萬画的な逆転劇としてもおもしろい。ニュータイプを上回る「手練」の実力という。(フォントはニュータイプではないけど、脳を使うタイプなので、繊細タイプ)
 (あと、メカもアンカーのほうが大型だし作業用MSなのでスピード重視の小型実験変形機のファントムよりもフレームの剛性が強いのかもとか、オタク的なガンダム比較もできる。ルナツーではファントムは一度拾ったイカリマルが大きすぎて扱えていなかったし、速度はともかくパワーはアンカーのほうがあるっぽい)


 それで、アッシュのアンカーV3、首切り王のメルト・バロックともに全身の武器を使って奇策をぶつけ合って戦うが、最終的には燃え盛る戦艦の甲板の上ですれ違いざまに互いの大剣で斬り合うという、「時代劇かよ!」という見栄の切り方も長浜ロマンシリーズや戦隊シリーズなど剣で戦うロボットに詳しい長谷川裕一先生の分かっている感があって、とてもいい。燃え盛る船の上での一騎打ちはロマン。
 また、バロックの大剣や手裏剣の質量を持ったガンダリウムは脅威だけど、ある程度以上の性能のビーム兵器では破壊可能、という微妙な塩梅がいいですね。初代ガンダリウム(ルナ・チタニウム)のガンダム・シールドも強いけど、ザク・バズーカのHEAT弾頭だと貫通されるって機動戦士ガンダム第5話で説明されているので。原点回帰っぽさもある。グリプス戦役時代でもガンダリウムγのMSは初期は優位性があったけど、ビーム戦が主体になって、装甲を厚くするよりも運動性を上げて回避する可変機に推移するとかあったし。(ハイ・ザックの頃はエンジンが弱くてビーム兵器を大量には扱えなかった、という注釈もあり)(それで逆シャアの頃には、どうせビームは回避しないといけない前提なら当たっても当たらなくても同じだし、量産型の装甲はガンダリウムより安いチタン合金セラミック複合材に戻してもいいだろってなったり)(ヴィクトリータイプは量産型なので、ガンダムなのに割とよく装甲が破壊されがちだった)


 ガンダリウムは強いけど決して無敵ではない、っていう微妙なところがオタクをくすぐりますねえ。
 7巻のルナツーでの戦闘ではキュクロープスのボルケーノの砲弾を大剣でバロックが防ぎきったけど、今回はボルケーノの近距離一斉射撃でメルト・バロックは大破した。メルト・バロックの外部装甲は内部のバロックが分離するときに剣を振るうと崩壊したので、バロックの剣よりも強度が下なのかな?メルト・バロックのクラゲの幽霊みたいな部分はソードファンネルの推進剤のタンクなので、一度穴が開いて火が着いたらあかんのか。
(でもボルケーノに撃たれたあとも、ある程度は飛行していて、メルト・バロックを破壊したのは中のバロック自身だったが)


 あー、もちろんミスティック・シールドとクジャク(前作でX-0が持っていた大剣ね。もとはピーコックスマッシャーとムラマサブラスターの合体)を装備したファントムV2改もビジュアルがかっこいいのだが、フォントは参謀としての立場もあるし、迷いもあるし、メルト・バロックのビーム砲を破壊したくらいの活躍しかない…。いや、それもすごいのだが。
 フォントの迷いはどう決着するのだろうか…。


  • 責任の所在

 で、テーマ的なことですが。まあ、一回読んだだけでは「すげー戦闘をしのぎきったあとに、すげーDUST計画が始まるぞ」というワクワクアクション萬画という印象でとても楽しかったし、あんまり難しい感想は思い浮かばなかった。


 しかし、ガンダムらしく、戦闘の中で各キャラクターの思想や考え方の違いを見せていくというのがとても良かった。


 具体的には、一番はっきりしているのは、首切り王はサイボーグ化して人間としての楽しみがなくなっているので、他人の精神が壊れたり死んだりするところにすごい興味があって、自分が率いる賛美歌の国の軍や、同じメルト・バロックに乗っているファンネル操作用のニュータイプ(サーカス部隊出身者以外にも集めてきたのかな)たちには全然興味がなくて尊重せず、指揮官としてハッキリ言ってゴミというところですね。首切り王はフォントとアッシュの対立する心の色を見るのが楽しくて母艦ケルベロスへの潜入部隊の接近を許すとか。まあ、ガンダムの悪役ってシャアや鉄仮面やドゥガチ総統など自分の個人的な感情で相手を陵辱することにこだわって全体の作戦を疎かにする部分が割とある。なので伝統かもしれない。滅んだ世界で暴力によって支配するニヒリストの王といえば風の谷のナウシカの皇兄ナムリスもだけど、ニヒリストは虚無なので割と実務に対してはゴミだったりする。(クシャナの軍団を取り込んだところはよかったんだが)
 まあ、他人を尊重せずに略奪を賛美するというのが首切り王以下、賛美歌の国の軍の特徴だし、首切り王のバロックケルベロスという強大な暴力への恐怖心のもとで従っているだけなので、兵士の基本的な士気も低い。弱いものに対して略奪する時は強気でも、勇敢に立ち向かってくる英傑たちには弱い。
 覚醒者を名乗る首切り王も部下や賛美歌の国の民のことを無能だと思っているし、愚民と呼ぶし、部下の自意識や思考を認めず、「自分が首を切って殺すまで体の上に乗っているだけの頭」として扱っている。なので暴力的なカリスマだけど組織の運営能力が低い。覚醒者の能力を活かして、ちまちまとルナツーを採掘する業者をやっていた時は10年間安定して組織運営していたっぽいけど、賛美歌の国の独立宣言をして以降は(アッシュのこともあり)人の死と狂気を見ることに意識を傾けがち。


 しかし、賛美歌の国の「滅んだ世界でも生き延びようとあがく」という姿勢は割とロボットアニメとかでは主人公側や人類の美点とかモチベーションとして描かれがちなのだが。ファフナーとか。それが「人から奪って生き延びようとする」という要素になっていると悪になるのか。


 しかし、クロスボーン・ガンダムシリーズはもともと海賊の話だし、ネオ・1バンチを守りたいという主人公のアッシュたちも自分たちの作戦のためにフォント・ボーのノエル・レイスを強奪したり、メカを破壊したり、首切り王のケルベロスを奪おうと内部に突撃兵を突入させて白兵戦で殺人をさせている。
 なので、主人公側も決してきれいとは言い難い。とくにフォント・ボーはもともと学生で殺人を忌避するタイプだったけど、アッシュは戦国時代で生きてきたので野盗とかは割と殺している。DUST計画の爆発に巻き込まれて敵のMSもたくさん死んでるし。


 宇宙戦国時代でみんな余裕がないギリギリのところで戦争をしているという舞台なので、敵側の人命をいちいち尊重する余裕もない。(だいたい宇宙で戦争している時点で人はすぐ死ぬ)でも、アッシュは首切り王が自分の部下を殺すことには正義の怒りを燃やしている。この微妙な倫理の線引きがキャラクターごとに違っているし、守るべきもの(自分の作戦に必要なもの)が各々違うというのがこの作品の特徴だ。


 アッシュは幼少期に自分を助けてくれたフォントを慕っているが、その二人の道が協力したり別れたり、というすれ違いの場面も多い。
 キュクロープスに参謀として籍をおいているフォント・ボーだが、その指揮官のアーノルド・ジルベスターとも目的が一致したり反目したりする。
 アーノルド・ジルベスターは首切り王、本名エバンス・ジルベスターの実弟であるし、前巻では二人で宇宙世紀を正しく導こうと話し合ったが、今巻では首切り王の裏切りにあってキュクロープスの軍隊は大打撃を受ける。


 人はわかりあえるのか?だけがガンダムのテーマだとは思わない僕であるが、親しい人物でも目的や仕事や立場の都合で集合離反する様を何度も描くクロスボーン・ガンダムDUSTである。まさに戦国の世の習い。


 それで、アッシュもフォントもアーノルドも首切り王も大事なものや、責任意識が違う。首切り王は部下もみんな自分のものだと思って命を簡単に奪うので責任意識が一番低いのだが。(今回は母艦のケルベロスを自分で破壊したので、彼の居場所ももうバロックのコックピットの中にしかないようだし、割と自暴自棄である)(ほとんど飲み食いしないし、サイボーグ化して自分もMSバロック(歪んだ真珠)のパーツになりつつあるのかも)


 フォントは宇宙世紀のインフラを立て直して宇宙世紀に生きる人民の文明に責任を感じている。その手段として地球連邦の権威復興も考えている。DUST作戦については地球環境保全として責任を感じている。そのため、ガンダムエース最新号ではアッシュ殺害もほのめかしているし、病院船は見逃すけどネオ・1バンチの協力するムーン・ムーンのモビルスーツはファントムで殺害している。フォントは効率を考えているので、大を生かすために小を殺す。


 フォントを利用しているつもりのアーノルド・ジルベスターは地球連邦の威信と人類の存続に責任を感じている。なので、過剰な人口である難民はコロニーごと虐殺してもいいと考えている。人口が資源に見合わなくなってしまっているのは、一年戦争で人類の半分が死んで人口が激減して、その後の相次ぐ戦争で科学技術が後退したせい。人口が急に減ったことで、逆に人口を賄えなくなるという皮肉な宇宙戦国時代。難民は世界のお荷物なので殺すべきだ、というアーノルド・ジルベスターの考える地球連邦政府は大を生かすために小を殺す。だが、民があっての国であるのに、民を食わせられないので間引くというのは手段と目的があべこべになっているようにも見える。だが、実際問題、作中世界では食糧危機は起こっている。なので完全に間違っているとも言えない。
 アーノルド・ジルベスターの描写で印象的なのは、賛美歌の国の軍が事実上崩壊して、逆転したキュクロープスの兵が賛美歌の国の兵を殲滅しようとしたのを制止して、投降するものは味方に引き入れて命を助けるという命令を発したところ。秩序だった人道主義にも見えるが、本音では賛美歌の国の兵士を部下にして自軍の戦力を増やし、ネオ・1バンチコロニーの難民を確実に殺すのが目的。難民を殺すために敵軍を生かす。
 戦艦や光の翼などのメカニックの奪い合いが印象的な11巻だが、この兵の配属の奪い合いも戦国らしい。
 アーノルド・ジルベスターが人殺しをするのは演出的に悪く見えるけど、フォントも割合い殺してしまっているので、ハッキリと善悪のボーダーラインは示されない。(僕も人口削減主義者なので、過剰人口対策が悪とは言えない。ただ、僕は戦争などによる殺害は火薬や石油資源を浪費するので、安楽死や自殺か、二次元や妄想に性欲をスライドさせることによる産児抑制による少子化で文明を維持したままスマートに人間に減ってもらいたいと思っている。事実僕は脳内妹しか同族として認識しない性的マイノリティーである。女の肉と性交するのは不衛生な感じがする(実際に免疫が弱く、感染症に弱い))


 ところで、僕はVガンダムの時代の宇宙戦国時代前半のゴースト編の時点で「武侠小説的」と感想を述べていた。しかし、実は僕はガンダムアイマスに時間を使いすぎて武侠小説はほとんど読んだことがないのだ。水滸伝は途中で飽きた。横山三国志すら読んでいない。Gガンダムの関係で笑倣江湖は持っているが未読。SDガンダム三国志FGO陳宮レベルの知識しかない。レッドクリフを以前に見たけど記憶は曖昧。
 なので、今巻の表紙カバー袖の作者コラムで「三国志のエピソードをうっすら下敷きにしています」と言われても、実はわからんのだ。すまん。まあ、三国志には宇宙やロボットは出てこないのだが。
 群雄割拠諸国乱立、って感じは何となく分かる。キャラクターのネーミングも「王」をモチーフにしたものが多いし。しかし、王はいても皇帝がいないんだなー。(一応遠くに木星帝国あらため、木星共和国はあるけど、正統後継者のテテニス・ドゥガチの扱いは悪い)
 地球連邦政府にも一応、議長や首相はいるはずなのだが、ガンダムシリーズでは伝統的に地球連邦政府のトップは描かれない。敵のトップは描かれるが。ティターンズジャミトフ・ハイマンやリガ・ミリティアのジン・ジャハナムなどの軍閥のトップは出るけど、地球連邦政府の絶対民主政で選ばれたトップは出ない。銀河英雄伝説自由惑星同盟ではヨブ・トリューニヒトが出たけど。
 一部のスピンオフのガンダムを除き、なんとなく首相などトップが曖昧なまま、ガンダムの地球連邦は腐敗した官僚の群れという様相。一年戦争では事実上レビル将軍による軍閥国家だったのだろうか。Zガンダムでも議会と議長はいるけど、いまいちはっきりしない。まあ、トップを設定して個人攻撃のドラマにするより、社会制度としての官僚主義や民衆の無責任さみたいなものがガンダムのテーマなのかもしれない。(富野監督によるアナザーガンダムである∀ガンダムでも地球は地方領主の集まりだった。Gのレコンギスタキャピタル・テリトリィのビルギース・シバ首相は軍や経済界に振り回されるお飾りのような感じだったし、戦争をしている他の大陸を統治するほどの権限はなかった。ヘルメス財団ラ・グー総裁もリギルド・センチュリー最高の文明知識を持っているようだが、僻地の管理者、辺境伯に過ぎないようでもある)
 


 話がそれたが、責任の所在が割とクロスボーン・ガンダムDUSTのテーマの一つだと思う。
 賛美歌の国の賛同者は自分で考えることを放棄して首切り王の暴力に従うし、かといって主人公たちが守りたいサイド1ネオ・1バンチの民衆も日々の生活に手一杯で選挙を放棄し、「有能そうな王の一族」に統治を任せっきりにしている。他のコロニーも王や独裁者や野盗のボスなどが支配していて、責任を持った民主主義の主権者としての国民というのが非常に少ない。



 くっそ長くなったので記事を半分に分けます。


つづき
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目次
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