玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。

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アニメの楽しみ方

氷川竜介先生のアニメの楽しみ方講座と言う物がやっているらしい。
そして、僕はいけないらしい。遠いから。
まあ、それはそれとしてデビュー30周年おめでとうございます。
http://hikawa.cocolog-nifty.com/data/2007/08/30_49b0.html
サイゾーの語り口は首都圏的なニヒリズムがあるので僕は好きではない気がする。
首都的なアヴァンギャリズムではなく、首都圏的なニヒリズムですね。
ここらへんの問題は最近考えていたので、これにかこつけて書きますが、なんか、関東系の人って言うのは格好付けようとしすぎて、格好つけるためならダークサイドにも落ちますよね。
まあ、僕が関西系の人かというと、それもまた微妙なんですけど、僕はどうも形や整合性や優位性を気にして楽しくなくなるよりは、何もかも破壊して自分を一番貶めながらヘラヘラしていたいなあと思う。
あと、はてなブックマークとかで議論を展開しすぎて批判から発展して個人攻撃する人。
感想と情報交換だけでいいじゃないですか。文字で個人攻撃したって何にもならないじゃないですか。
憎いなら、ドアノブにザーメンを引っ掛けるとかそういう戦いを挑まなくては!
東京を食い物にしている地方出身者はそういうどうでもよさがないと思うので、ダブルディスパッチだ!
http://blog.livedoor.jp/akiman7/archives/51050281.html
富野信者は大事です。トミノから入ったら手塚、出崎、杉井、宮崎、高畑、押井、庵野、新感線とか、いろいろな所に興味が出ます。


で、僕のアニメの楽しみ方をちょっと考えてみた。
「傑作も名作もない!正しいアニメも面白いアニメもない!
幸せな瞬間があるだけです」

と言う事かなあ。
つまり、僕はFLAGはすごくつまんなくて、途中で見るのをやめちゃったんだけど、それはFLAGが駄作な訳でもそれを面白がってる人の目が悪いわけでもなく、何となく今の僕はそういう反応をする縁だったと言うだけなんだという事は分かっておきたい。
まあ、アニメ見てる暇もあまりないのだが。


えーと、つまり、正しい評論とか、よく出来た作品って言うのを求める気持ちは僕には無いんですねー。
だって、たかがアニメじゃないですか。
これが原子力発電所の設計とかだったら正しくやらないとみんな死んじゃうけど、アニメのどこが面白いかどうかっていうのは特に死なないからなあ。
とか言いながら、ボクも富野アニメを見たいから仕方なく自殺してないんですけど。
まあいい。


んで、ここで氷川竜介先生の話題に行くわけだが。
僕は個人的に氷川竜介先生には恩がある。
いや、別にミクシィをたまに覗きに来て下さってありがというございますとか、そういうことではなく。
何にも無くてすみませんねえ。脳内妹のラブラブ日記ですよ。
どういう恩かというと、出崎統監督のA I Rを見に行った時に、正直あの作品は作画の事情とかで残念な出来ではあったのだが、氷川先生のパンフレットのコメントを読んでおいたおかげで楽しく見ることができたし、雪の女王も面白く見れた。
面白がれると言うのはこの世で一番大切なことだと思う。
いや、別にネ、僕は正しいものの見方とか正しい価値観なんてものはどうでも良いんです!
むしろ、正しい客観的なものの見方をするためだと称して作品の欠点をあげつらったり、視聴者の問題を攻撃する事で「おもしろきこともなき世をもっとおもしろくなくしちゃうこと」は絶対に正しくないのです!
だから、僕は面白がるだけです。
で、氷川竜介先生のすごいところは、そういう風に主観的に面白がりたいと思っている僕に客観的な情報と視点で補強した主観的な面白ポイントを教えてくれるので、面白い。
たまに氷川は誉めすぎじゃネーのかと思うときもあるのだが、誉められると気分がいいので誉めたらいいと思う。
まー、そんでもアレな部分って言うのはある。
氷川先生はそういう部分もちゃんと気付いている上でオブラートに包んでいるのが上品だなあ。
僕もトミノ作品全てがすばらしいと思っているわけではなく、アレだなあと思っているところはある。
で、そこを面白くないとか悪いとか劣っているとか悪意があるとか問題だとか言って理屈に逃げるよりは、アレだなーと思っていたいなあ。
つーか、結構アレな部分も好きだし。


「つまらない理由」をいくら列挙しても「面白い」という評価は否定できない - 魔王14歳の幸福な電波
まー、大体こういうことです。
ただ、僕がこのリンク先とは違うスタンスなのは、僕は作品に対する正当な評価と言う事は最初から放棄していて、作品を見るということでドンだけ僕が面白いと感じる瞬間があるのかと言う刹那主義的快楽原則だけを問題にしてるんです。
富野アニメはとても気持ちの良い思いが出来るので、好きです。
らき☆すたもネタは面白かったんだが、30分間僕が見るほどの価値があるかと言うと微妙に感じたので、切った。
が、アニメ店長が出たら面白そーだと思ったし裏番組のデスノートも終わったので録画再開しようかなあ。


また、僕は他の視聴者が何を面白がっているのかと言う事にもあまり興味が無い。
まあ、人の噂から面白い物を見つけると言う楽しみもあるのだが、「こんな物を面白がっている奴は腐ったオタクだ」なんて思いませんよ。
つーか、どうでもいいじゃん。
他人の価値なんて。

ただ、他人に対する好みって言うのは、他人の価値ではなくって、他人をそのように自分の脳が認識しているだけの事だと言う風な唯脳的個人主義に陥りたいというのが僕の立場ですかね。
他人なんて所詮、物質の挙動情報にしか過ぎないじゃないですか。
いや、まあ、実際に付き合いのある友達とかだともうちょっと違ってくるんだけど、ネットの噂とか文壇とかオタク業界とかオタク世代という他人の潮流と言うのは全くの情報でしかないし、そんなのに怒るのは自分が損じゃないですか。
怒るとご飯が美味しくない。
だから、僕は怒るのではなくてヘラヘラするのですよ。
あと、オナニーもする。
人のオカズにけちつけるなよ。お前は高田純二か。

ただ、君のオカズの好みも、自由だ!


それで、他人だけで無く作品に対する評価も自分の気分でしかないわけで、それって自分の脳の中の物質の作用や経験則の積み重ねによって左右される、本当に気分でしかないと思う。
スレッガー中尉風に言うと、「人間若いときはいろんなことがあるけど 今の自分の気持ちをあまり本気にしない方がいい」
まあ、スレッガーもその時の状況と気分に合わせて死んでみたりするので、自分の気分って言うのも大事なんだよ。
だから、気分にこだわって作品を面白がるのは良い事なんだけど、それでもそれは気分でしかないんだと言う自覚を持ったまま、気分屋でありたいな、と。


ちなみに、何故氷川竜介「先生」なのかと言うと、先生顔だからだ。
あと、グレンラガンは面白いのか?ビデオを借りた方がいいのか?
おれはいそがしいぞ
うつらん!
テレビ東京系で映らないのにすぐにビデオを借りたのはエヴァくらいだなあ。
ウテナもまだ見てないや。


と、窓を開けながらだらだらと書いてみたのだが、ペルセウス座流星群はまだ1つしか見てない。
そろそろ極大だと思うんですけどねえ。