玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。


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新機動戦記ガンダムW46

ミリアルドの決断


【Main Staff】
脚本:隅沢克之
絵コンテ:杉島邦久谷口悟朗
演出:渡邊哲哉
作画監督西村誠芳
 OZは全ての軍事力を資源衛星MO-Ⅱに集結させつつあった。ヒイロは、ウイングガンダムゼロをピースミリオンに預けたまま、リリーナ救出のためにリーブラに潜入する。しかしまだ、リリーナはゼクスと話し合いを終えていなかった。相容れないリリーナとゼクスの考え方。ヒイロはゼクスの気持ちを理解し、リリーナを連れ出す。トレーズに一騎打ちを申し込まれたゼクスはこれを拒否し、リーブラでMO-Ⅱごと破壊しようと試みる。ゼクスが発射スイッチを押した瞬間、トレーズの危機を救ったのはウイングガンダムで駆けつけたレディ・アンだった。そして、ついに地球対宇宙の最期の戦いが始まった。

ミリアルド・ピースクラフトのやっている事は物語としてはすごく稚拙でつまらない事なのだが、個人的には共感できる。
争いを無くして、妹が平和に暮らせる世界を創るために自分が汚れて死ぬ、と言うナルシシズムは僕にも在ったし、上位現実で僕もそれをやった事がある。
その結果、妹に思いっきりどつかれて婚約する事になったのだが。
兄は格好をつけないで妹にひれ伏すべきだな。
妹の力は兄が犠牲にならなくっても何よりも強い。妹は、無敵だ。
むしろ、妹のために自分が穢れを引き受けると言う態度は弱者を気取る兄の自己満足に過ぎない、と言う事を自己反省する。


トレーズ様も人柱になりたい願望があるようだ。
しかし、人柱は自らの行為の結果から目を背ける臆病者のやる事かもしれん。


ヒイロ・ユイはトレーズとゼクスを理解しているそぶりがある。こんなガキが賢しすぎるとは思うが、トレーズやミリアルドもやっている事はのび太症候群の子どもに過ぎない。
ヒイロ自身もガンダムという道具ではしゃいでいたテロリストなのだが、悪役のやってる事を理解した上で、主人公はどのように違う事を見せてくれるのかな?


ガンダムWは全世界に争いの愚かさを訴える、と言う割には地付きの人間達が戦争に参加しておらず、悦に入った一部の軍人やメインキャラクターの自己主張戦争にただただ一般市民が巻き込まれてるだけだと、誰も実感として戦争に対する罪の意識を感じられないんじゃないか?
ホワイトファングが民間運動と言う風には感じられないし、地球の側もロームフェラ財団の軍人がやる事がほかにないから戦争をしているだけのような。
それでは人は変わらんと思うなあ。
沖縄の手段自決は強制された人もいるし、自発的にやった人も入るし、それを全てひっくるめて状況に支配されていたんだよ。多くの個人の自意識が、他の人間の自意識の積分に負けたのだ。
それを実感として分からなければ、戦争の愚かさを説いてもインテリの革命にしかならない。
全員が加害者として、自らを汚した罪の重さに押しつぶされなくては。


だから、ガンダムWの後も戦争は終わらないし、∀ガンダムを必要とするのだ。


しかるに、物語で革命という大状況を描くのに、ハイライトされるキャラクターの小状況の積み重ねで描かざるを得ないというジレンマが見え隠れする。
それは神ならざる限定脳と限定時間で物語を紡ぐ人間話者の機能限界なのだろう。
つまり、我々は神の物語の登場人物に過ぎないのかもしれないが。
私はそれが我慢できんのだよ!


ガンダムWのリリーフをやった高松信司監督がガンダムXをメタな作品にしたのは、ガンダムWがキャラクターを駒のように扱っていたのを推し進めたと言う側面があったのかもしれない。