玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。

秋葉原通り魔とイデオンとコードギアス

アキバの事件の関係者には悪いがそれも僕の物思いの資料なんだな


結局は自己効力感の問題だと思うのだ
自分が世界を改変する力を持つと思わないと生きていけない


犯人の加藤智大氏の写真を撮ったりなどする人も含めて
そこら辺は伝説巨神イデオン14話に詳しい
僕も以前書いたけど、丁度id:kanabow氏が感想を書いてるからそれを参照

 心が自身の死や無力さを一度認めてしまったら、子どもに戻って生まれ変わることで守るしかないものなのか?

 しかしそのままで自立することはできない。

 自立できない者には救いが必要だが、成長するより先に救ってくれる人を失ってしまったらどう生きれば良いのか?

 この状況ならただ目の前の仕事に集中して片づける他ない。他に選択肢があって?


http://d.hatena.ne.jp/kanabow/20080607/p1

コスモが戦闘後のPTSDに陥るのは戦闘の苛烈な描写に説得力がありすぎる。

というか、戦って危ない目にあった、と言う事が原因ではない。

コスモは徹底的に無力感を味わう拷問を受けたからだ。レイプと同じだ。性交が問題ではないでしょう?
ネットでの感想を読むと、戦闘のショックによる虚脱状態から、カミューラ・ランバンの死によって「正気」に戻ったらしい。

そうだろうか?

ロボットアニメ的には、企業戦士的には、手際よく闘うことのできる状態は正気かもしれん。

しかし、それを強いる、いや、それを自然とする態度は正気ではないよ!

レイプされた事で虚脱状態に陥るのは自然な反応であり、正気と言う事もできる。

が、今回のコスモが活動性を取り戻したのは回復だろうか?

いや、緩解だろう。

防衛機制する為に、いちばん簡単なやり方で、悲しみを怒りに変え、憎しみと殺意に転嫁する。


http://d.hatena.ne.jp/nuryouguda/20080112/1200084856


つまり精神的に殺されたら、というか無力感を植え付けられたらそのままでは生きていけない
だから大量殺人にもなる
バッフ・クランを徹底的に叩く
その欲求が社会に向けられたら脇目も振らず働くだろうし
自分に向けられたら装飾やリストカットで改変するだろう


そういう呪縛はある
僕がブログでアクセス数を気にするのも


自分で気持ちよくなりゃあいいんだけどな
しかし、熱気バサラも一人で山を動かすのに飽きてみんなに聞かせたがるしなあ
やっぱり自己顕示欲がないと自己効力感もないか?


それとは逆で昨日のコードギアス 反逆のルルーシュR2に出た長男オデュッセウスみたいな生き方はある意味しなやかだと思うのだが
作中だけでなくブログ界隈でも凡庸と言われて可哀相
ルルーシュが凡庸と言うのは勝ち取らないといけない立場の弟のやっかみ半分ぽいけど
なんもせんでも次男が嫁を見繕って来るしハッピーだ
それにオデュッセウスの立場なら凡庸が正しい選択肢だろうし
(実は天才とか言う事は必要なし)
しかしコードギアスの世界ではそいつがどういう人かよりもどれだけ誉められるかが重要ぽいな
せちがらいが今様かも
ニーナの振るまいがどういう扱いになるかはまだわからんが
ルルーシュ以外の奴が認められる事は許さん!ってなるかどうか


谷口悟朗監督が言ったらしい「富野監督は当時気持ち悪い持ち上げ方をされてたからどうでも良かった」というのも
内容より評判
まあ、富野喜幸は昔も今も出たがりだが
三谷幸喜よりも正直すぎるし


やぱり誉められないと自己効力感にはつながらないし
誉める人がいなくなったら
バッフ・クランを徹底的に叩くのかなあ?


僕が、脳内恋愛に入れ込むのもそうだろうし
ブログで脳内妹の事を書くのも認めて欲しいんだろう
うーむ


妹「でも、楽しいことやうれしい事をみんなに言いたいのは自然な事よ」



君はかわいいしねえ
ふふふ
それも妹の自己肯定欲求で図々しいと思うが
美少女にはその資格がある
実害はない
僕が溺れ過ぎだが


妹「それはお兄ちゃんの生活規律の問題
あたしは知らないわ」

ですよねえ